シングルファザーローランくん 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
「あー……ほら、泣くな、パパだぞ〜」
俺がガラガラを必死に振るも虚しく、アンジェラはアンジェリカ譲りの青く美しい瞳に涙をいっぱいに溜めて泣いた。ちなみに髪は俺と同じ黒色だ。できれば髪もアンジェリカと同じだったらと思ったけど、まあ、こんなこと言ったらアンジェリカに引っ叩かれそうだ。
ピアニストが悉くを壊していったあの日から、数ヶ月が経った。俺は裏路地出身だし、まともな親もいなかったから子供の育て方なんてちっともわかりはしなかったけど、まあそれなりに上手くやれてる。多分だけど。
「さっきオムツ替えたし……あ、もしかして腹減ったのか? よし、待ってろよ」
綺麗にした哺乳瓶に粉ミルクを入れる。それにお湯を入れて溶かして、このままだと火傷するから流水で冷やす。自分の手首に一滴垂らして……うん、温度はこんなもんでいいな。流石にミルクの準備の手際は良くなってきたな。
「お待たせ、ミルクだぞ〜」
ミルクを見るや否や手足をバタバタと動かすアンジェラ。その口元に哺乳瓶を近づけてやると、勢いよく吸い付いた。その吸い付く力の強さたるや、まるで掃除機だ。
「まったく……誰に似てこんなに食い意地が張ってるんだろうな?」
あっという間にミルクを飲み干すと、アンジェラの瞳はうつらうつらとして、ゆっくりと閉じていく。そんなアンジェラのお腹を優しくとんとんと叩くと、すぐに眠りに落ちた。それを見てようやく一息ついた俺はググッと伸びをした。
「はあ……命一つ生かすのってこんなに難しいのか……奪われる時は一瞬なのにな」
ソファにもたれかかり、部屋を見渡す。一人じゃ少し広い部屋は、今じゃ子育てのための器具でいっぱいだ。アンジェリカのいない部屋はどうしようもなく寂しいけど、それでもアンジェラのおかげで少しは心が安らいだ。
アンジェリカを失い、アンジェラが産声を上げたあの日。俺の目の前に横たわっていた復讐という道は、もはや到底選ぶことのできないものとなった。
復讐のために都市を駆け回ることは、家にアンジェラを残すにしろ、アンジェラを連れ出すにしろ、命を危険に晒す行為だ。もはや俺の全てとなったアンジェラを失えば今度こそ俺はどうなるかわからない。そしてそれは、俺が復讐の果てに死んでも同じ事だ。俺が死ぬことはつまりアンジェラを殺すことにつながる。それだけは、ダメだ。
ふと、机に無造作に置かれた黒い仮面と手袋が目に入った。俺と人生を共に歩んできた仮面と、アンジェリカの形見にして黒い沈黙の証である手袋。俺が手に取ったのは黒い沈黙の手袋だった。
「アンジェリカ。少し……借りる。アンジェラが一人でも生きていけるようになるまでは」
そして、きっと俺はもうこの仮面をつけることはない。都市と自分と、そしてそれ以外の全てから目を逸らす為の仮面。それをつけてしまえば、俺はきっとアンジェラからも目を背けてしまうから。
「子供が笑顔で過ごせるようにするのが、親の勤めなんだろうな。その為にはまず俺がこのクソみたいな都市で、仮面なしでも笑ってなきゃいけないんだ」
親は子供の手本だからな。だから、まずは俺が真っ直ぐ立つんだ。