シングルファザーローランくん 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
「何とかあのキチガイ集団を止められたな」
「招待状が導いたのはここまでよ。ここが終着点ってことね」
「おめでとう、アンジェラ。やっと終わったな。……それで、どうするんだ?」
アンジェラの表情が翳る。
「私は……」
「迷ってるんだろ?」
アンジェラがパッと顔を上げる。今にも泣きそうな顔だった。
「……ええ。どうしてかしらね……ずっとこの日を待ち望んでいたはずなのに、私は心のどこかでこの日が来ることをずっと恐れていたの……」
「きっと、楽しかったんだな。やっと自分でいられたから」
「私は、この日々を手放したくない……でもこの瞬間が来てしまえば、選ばないといけないから。そして選んでしまったら、決定的に変わってしまうから……だから怖いのよ、ローラン」
アンジェラの瞳から涙が溢れた。それは、人の涙だった。
「……ローラン、アンジーを抱きたいの。いいかしら」
「……ああ」
アンジェラがアンジェラを抱きかかえた。慈しむように、丁寧に。
「アンジー……あなたはいつも笑っているわね。泣いてるところなんて殆ど見たことがないわ」
アンジェラの顔を見て、コテンと首を傾げる。純粋な瞳。青く美しい瞳がアンジェラを貫いた。
「ねえね、すき!」
「私もよ……本当に、良い子ね」
ぎゅっと抱きしめる。泣いている顔を隠すように、自らの愛を与えるように、抱きしめる。
「……もう、良いわ」
「そうか……アンジー、パパだぞ」
アンジェラの腕の中の娘を今度は俺が抱きかかえる。温かい体温。早い鼓動が確かに命を主張する。そんな命を、ベビーベッドで寝かしつける。
俺とアンジェラの2人で優しくお腹を叩く。一定のリズムでゆっくりと。いつもの寝かしつけのルーティンだ。
心地いいリズムに、次第に瞼が落ちていく。しばらくすると、静かな寝息だけが聞こえてきた。
寝たのを確認してから、アンジェラは俺へと静かに向き直った。
「……ローラン。私は手放すわ」
「アンジェラ……本当にそれで、いいんだな?」
「光を奪ったあの日。私は報われたかった。ただ、生きたかった。でも、それによってあなたの妻、そしてこの子の母親を奪ってしまったのよ。そして、この図書館でも、自らの選択だという考えで命を奪い続けた。それによる因果さえ考えずに……」
「そうだな。そして、それが都市だ」
「ええ……それが都市なんでしょうね。そしてそんな都市で、こんな手段で私が自由を得ても、生きていける自信がないの……」
報われるため。そのためなら仕方ないと言って、多くの命を貪った。自分の自由のために。けれど、すでに自由であるはずの都市の人間もまた、苦痛に喘ぎ、苦痛を振り撒いている。アンジェラは、都市に真の自由がないことに気づいてしまった。
「私、さっきアンジーに見つめられた時に目を逸らしたの。その純粋な瞳に耐えられなかったのよ。きっと自由を得ても、私はその罪悪感に耐えられないんでしょうね……今の私には、奪ってきた全てが重すぎるわ」
「……アンジェラ。俺はとても卑怯なことをしようとしていたんだ。お前がもし、手放さなかったら。この命を賭けてそれを止めるつもりだった」
「…………」
「お前はかつて、自由になりたいと、そして自分と同じように閉じ込められていた幻想体を都市に解き放つと言った。俺はそんな世界でアンジェラに生きて欲しくない。そして、そんな世界でお前が幸せになれるとも思えなかったんだ。独りよがりだろ? 今になってお前を説得するみたいにこんなことを言って……こんな考えもただの言い訳かもしれない。俺が奪ってきた命を元通りにするためのな……」
「でも、あなたの言う通りよ。きっと、私は幸せになれないわ……」
情けないな、俺は。もしかしたらアンジェラは利己的に全てを踏みにじって人間になるかもしれない……そんなことを考えてた。でも、アンジェラは、今までの全てから学んで、自ら手放した。自分が最も求めていたものを。俺にそれができるだろうか。そして、都市の人間にそんなことができるだろうか。
「私は、全てを……ッッ」
「……アンジェラ?」
アンジェラの様子がおかしい。いきなり、アンジェラは頭を抑えてうずくまった。
「……なんなのこれは。あなたは……? 私が自由に選んだ答えよ。ただ、私の意志で選んだ道だから……」
「おい、アンジェラ! 聞こえるか!」
アンジェラが1人で話し始める。これは……シャオの時と同じだ。
アンジェラの身体がノイズが走るようにぶれ始める。まるで他の誰かと重なっているかのようだった。しばらくすると、それも収まり、その場に残ったのは……
「昔のアンジェラ……?」
「…………」
かつてアンジェラの記憶の中で見た、L社の時のアンジェラ。過去のアンジェラがそこにはいた。
「私は生きたい。生き延びたい。このまま終わりたくない……」
「……いや、違うな。お前はアンジェラじゃない。一体誰だ?」
「…………」
過去のアンジェラの姿をした誰か。そいつはただ沈黙するだけだった。
「お前が……アルガリアも言ってた声ってやつなんだろ。なら今のアンジェラの状態はねじれみたいなもんだろうな」
ならやることは簡単だ。
「徹底的に叩きのめして、目を覚まさせる!」
黒い沈黙の手袋から、デュランダルを取り出し、アンジェラへと走る。
「ッ!? ガハッ!」
そんな俺を、横から凄まじい衝撃が襲う。意識外の一撃に、俺は吹き飛ばされた。
「クソ……こいつ、幻想体の力を……」
アンジェラの手には本があった。その本のページには、様々な幻想体の姿が描かれている。今開かれているのはテディのページだった。
どろりと熱い感触。額からは血が流れていた。クソ……さっきアルガリアと戦ったのもあって疲労が溜まってるな。足が重いし、頭もぐらつく。
アンジェラが本のページを捲る。すると、どこからともなく、頭が蝶の幻想体が現れる。死んだ蝶の葬儀か。
幻想体が放つ銃撃を、疲労の溜まった身体で必死に避ける。その時だった。
思考にノイズが走った。そしてそのノイズと共に、俺の過去を想起させられる。
煙戦争、アンジェリカとの出会い、血染めの夜との戦い、そして、アンジェリカの死。鮮明に、その時の感情さえ想起させられる。……図書館の力か。
頭の中に、声が響いた。
『ローラン。あなたは、ようやく手に入れた幸せを、最も愛していたものを失ったの。その復讐をする機会は今しかないのに……本当に、それでいいの?』
「…………」
美しい声だった。そしてそれは、アンジェラの声だった。これが、あいつらの言ってた声ってやつか。
『憎しみの連鎖を断つ……そんな曖昧なことのために、あの時のあなたの悲しみを、アンジェリカを失った怒りを、無碍にする必要はないの。鎖を断ち切ったはずのセフィラ達も、結局はこの図書館で苦痛に加担したまま……反復しているだけ。都市は……変わらないわ』
「黙れ」
くだらない話だ。
「憎しみの連鎖を断ち切っても、都市は変わらないかもな。でも、その連鎖をそのままにしたら、都市は絶対に今のままだ。俺はそんな都市で子供を育てたいと思えるような人間じゃないんでな。少しでも可能性のある方へ賭けるんだよ」
『その少しの可能性のために、あなたは自分の感情を深く沈めて……幸せになれる?』
「なれるだろうな。少なくとも、復讐をした負い目を感じながら生きるよりは」
復讐は、過去の清算だ。過去を斬り捨てる儀式だ。そうしないと、前を向いて生きていけない奴がやることだ。すでに前を向いてる奴、あるいは復讐をしても過去に縋り続けるような奴は、復讐に向いてない。する必要もない。それは俺もそうだ。
俺には守るべき子供と、救い出したい友達がいる。それと比べれば、復讐なんてものはクソみたいなもんだ。俺は、前へ進む。
「これは……」
気づいた時には、俺の左手には白いデュランダルが握られ、背中には天使のような翼が生えていた。
「アンジェリカ……」
俺の世界になってくれた天使。そして俺から離れていった天使。俺に生えたこの白い翼が、その彼女に思えてならなかった。
いや、わかってる。これは、俺の心が生み出したアンジェリカだ。都合のいい幻だ。それでも、確かにアンジェリカは俺のそばにいてくれたんだ。俺の世界を破ってきたあの日。そして俺の世界になったあの日。君は、とっくのとうに俺の心の一部になってたんだ。
「貴方よ。貧しい私の心の火鉢の傍から決して離れない人よ」
身体が軽い。白いデュランダルも、よく手に馴染む。どこまででも、飛んでいける気がした。
「貴方はこの上なく愛する私の苦痛より優しい。私は知っている」
ページを捲るアンジェラ。その動作さえ、時が止まったように遅く見える。アンジェラの懐へと一瞬で潜り込む。
「私が死に就く日にも、貴方は私の心の奥深くに入り」
二振りのデュランダルを握りしめる。後に残るのは白と黒の軌跡と、純白の羽。
「私と共に、整然と横たわらんことを」
そして、アンジェラは崩れ落ちた。
◇◇◇
「アンジェラ、目が覚めたか」
「ローラン……私、夢を見ていたみたい」
「そうだな。とんでもなく寝相が悪かったぞ」
目を覚ましたアンジェラは、いつも通りのアンジェラだった。
「何が起きたかは、なんとなくわかっているわ。私も、話をしたから」
「そうか……」
「迷惑かけたわね」
「滅相もございません。私は、貴方の召使いですから」
「ふふ……そうね。そして、友達よ」
アンジェラが立ち上がる。その姿は屹立としていて、自身のすべきことを定めた人の姿だった。
「今から私は、私の全てを手放して、ゲスト達を生き返らせるわ」
「…………」
「お別れよ、ローラン。……その白い翼、似合ってないわね」
「最後まで酷いなぁ……でも、俺もそう思うよ」
「それでも。その翼がある方が、私は好きね」
「……そっか。ありがとう、アンジェラ」
その言葉を最後に、アンジェラは光の中へと消えていった。
「さてと……じゃあ、0か1しか知らない世間知らずの館長様に、人間の中途半端さを教えてやるとするかな。おーい司書のみんなー」
俺がそう呼ぶと、残響楽団の接待の疲労からようやく回復した司書達がぞろぞろやってくる。一部のやつは全然疲れてなさそうだけど。
「今から俺はアンジェラをあの光の中から引っ張り出してくる。多分光は中途半端に都市にばら撒かれるけど、いいよな」
俺の言葉に、司書達は首を縦に振るか、ただ俺を見つめ返すだけだった。
ぐぐっと伸びをする。
「よし。反対するやつはいなさそうだな。……多分残響楽団の奴らが復活してくるだろうけど、後はよろしく」
そう吐き捨てて、俺は光の柱へと飛び込んだ。
黒い沈黙接待&総記の階完全開放戦のよくばりセットでした。あと我慢できずにローランにE.G.O発現させました。解釈違いの方はすみません。