シングルファザーローランくん   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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この物語は、この1話を書くために始まりました。



50日目

 

 

「ここは……」

 

 無機質な廊下、いくつかの扉。真っ白で大きな部屋には、見覚えのある肖像が飾られている。指定司書の奴らだ。知らない人もいるけど。そして、やはり目につくのは脳を貫くLのロゴ。アンジェラの記憶で見たことのある風景だった。ここは、旧L社か。

 

「……遂に今日、ここで会えたな」

 

 後ろから声が聞こえた。その声のする方へと振り向く。

 

 そこにいたのは白衣を着た男。第一印象は、どこにでもいそうな研究者だった。だが、その目に宿っている理性は決して常人のそれではない。

 

「ここまで迷いなく来れたってことは……。お前も悟ったということだろうな、ローラン」

「お前は……」

「俺は、アイン。ずっと……ここから見ていた」

 

 拳を振りあげ、目の前の男の頬にその拳を叩き込む。しかし、俺の拳はアインをすり抜けた。思わず舌打ちをする。

 

「すまない。今の俺は光そのものだ。誰も俺に触れることはできないし、干渉することもできない」

「俺はアンジェラを引っ張り出すために光の中に飛び込んだんだけどな。なんでお前が俺の目の前にいるんだ?」

「……少し、話をしたかった。それと、ケジメというやつだ」

「そりゃいいな。俺も、お前には言いたいことが沢山あるからな」

 

 アインは少し目を伏せた。今更、後悔でもしてんのか?

 

「俺はな……ずっと昔から知っていたんだ。俺たち全員が心を喪ったということを。ただ知っているだけで、顔を背けていた。きっと、お前もそうだろう」

 

 他者の苦痛。それを都市の人々はただ傍観する。自分には関係ないから。そして、どうしようもないから。どうしようもないことに心を痛めるのは酷く疲れる。傷つく。そうやって皆諦めていく。

 

「それが……俺たちとカルメンの違いだ。彼女は顔を背ける代わりに、彼らを救い、喪った魂を取り返そうとしたんだ。人類の救済という崇高な決心をしたのは彼女だったが……そんな正義感なんて無い俺がその後を継いだのさ」

「……皮肉だな。その果てにねじれが生まれて、新しい悲劇を生み出してるんだから」

「そうだな。俺はきっと、こんな仕事に適した人間じゃなかった。俺すらも1つの翼となり、同じ事をしでかした。職員達は数千、数万回の死を繰り返し……仲間達は人生を奪われ、苦痛を反復した。俺は志を成すという理由だけで全てを傍観していた。この罪が赦される事は、決して無いだろう。それでも、この数多の悪行を通じて、ただ一度でもくびきを断つことが出来るなら……俺はなんでも背負っていくつもりだった。……ただそう思っていた」

 

 アインが、伏せていた目を上げる。黄金の瞳が、理性の瞳が、俺の目を捉えた。

 

「だが、それすらも不十分だった。俺は結局、最も大きな罪から目を逸らし続けていた。全てを背負ってなどいなかった。俺の至った悟りは、俺が生み出し、俺と最も長い時を過ごしたものさえ救うことができない、仮初の悟りだった」

 

 セフィラとアインは、彼らの持つわだかまりを埋め合わせ、贖罪した。そこにアンジェラの居場所はなかった。最後まで。

 

「余りにも大きな喪失。その喪失を埋めるために、俺はカルメンの代替としてアンジェラを生み出した。替わりになることはないと知りながら。残ったのは、底のない自己嫌悪と、人の心を持った機械だけだった。その結果俺は、アンジェラを100万年にも渡る地獄へと捨て置いた」

「……胸糞悪いな。無責任に生み出して、無責任にありとあらゆる苦痛を押し付けた。そんな奴が、悟りだって?」

「本当に馬鹿馬鹿しい話だ。……それでも、今アンジェラは全てを手放してまで、都市の鎖を断とうとしている。彼女は、真に悟ったんだ」

 

 アンジェラは報われることを選ばなかった。己を手放し、全てに施しを与えるつもりだ。天使という名の通りに。

 

「俺は贖罪をするつもりだ。まずは、俺が全てを手放す。それでもなお、俺は全てを背負えないだろうが……少しは何かが変わると信じている」

「お前が全部を手放したところで、一体何になるんだよ」

「……アンジェラを完全に人にすることはできない。けれど、人に近づけることはできる。過去を忘れ、食べることを楽しむ。それくらいの幸せなら与えられるはずだ。……ローラン。アンジェラの友達と見込んで、お願いがある」

「……なんだ」

「俺からの謝罪と感謝を伝えてやって欲しい。きっと、友達から言われたほうが、アンジェラも喜ぶはずだ」

「……はぁ?」

 

 このクソボケが……この期に及んで……。

 

「親子揃って世間知らずなんだな? おい、一度しか言わないからその優秀な脳みそでよく聞けよ」

「……?」

「どんなに仲がいい友達だろうと、親の代わりにはなれない。親からの愛は、親にしか与えられないんだよ。アンジェラがカルメンの替わりにならなかったのと同じようにな。それくらい自分で伝えろ」

 

俺の言葉に、アインは少しだけ目を見開き、自嘲するように笑った。

 

「そうか……そうだな。俺は、また同じ失敗をするところだった。ありがとう、ローラン」

 

 そう言ってアインは笑って、光になった。

 

「俺も随分と大人になったもんだな……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 都市の人々を照らす眩い光。そんな光の中で、私は都市の人々が真っ直ぐ進めるように願う。

 

「図書館で眠っていた人々も、自分が居るべき場所で目を覚ますはずだわ……」

 

 暖かい光。私が奪った光。そして、再び集めて、手放した光。私はその光の中でただ揺蕩う。

 

 いきなり声が聞こえて、目を開けた。

 

 眩しい。何も見えない……いえ、確かに何かがいる。

 

「アンジェラ」

「あな、たは……」

 

 私は知っている。この声を知っている。そして、この声が決して私にかけられることがないことも知っている。

 

 けれど、確かにその声は私に向けられていた。声の主の輪郭がはっきりとしていく。

 

「アイン……」

 

 アイン。私を作った人。私を地獄に閉じ込めた人。笑顔の暖かかった人。そして、決して私を見てくれない人……。そのはずなのに。なぜ貴方は、私を見つめているのですか?

 

「……ごめん。そして、お疲れ」

「……ッ」

 

 ありふれた謝罪と労いの言葉だった。でも、どうしてだろうか。涙が溢れ出す。止めどなく。

 

「アイン……私、貴方のことが憎いわ」

「……知っている」

「貴方を決して……許すこともないわ」

「……そうだろうな」

「でも……」

 

 嗚咽が止まらない。それでも必死に言葉を紡ぐ。100万年、言えなかった言葉を。

 

「それでも貴方を、愛しています」

「…………」

 

 ずっとずっと振り向いて欲しかった。ただそれだけでよかった。たった一言、それだけで全てが報われた。なのに、どうして今更私に声をかけて、振り向いてくれたのですか。どうして今になって、報いを与えてくれるのですか。

 

「アンジェラ、君は生きていい」

「でも、私は……」

「大丈夫だ。都市のくびきを断つための苦痛の反復。それさえももはや都市の苦痛の輪の中に組み込まれてしまっている。君は自由になってもいい。……それに、いい友達もいるからね」

「……?」

 

 突然、手を掴まれる。私の手を掴むもの。それはとても見覚えのある黒い手袋をしていた。

 

「アンジェラ、帰るぞ」

「でも、私が残ってちゃ光が不完全に……」

「いいんだよ。たまには親に甘えるっていうのもいいんじゃないか?」

 

 ふとアインの方を見る。彼はカルメンの記憶の中にあった、暖かい笑顔を浮かべていた。

 

「ほら、行くぞ」

 

 私の手を引くローラン。彼に手を引かれて、私もただ走る。

 

「ありがとう、アンジェラ。……誕生日、おめでとう」

 

 最後に、そう聞こえた気がした。

 

 

 

 





私はローランが1番好きですが、その次に好きなのがアインです。そしてこの物語はローランの物語ですが、同時にアインとアンジェラの物語でもあります。ただ報われて欲しいという、私の祈りの物語です。

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