シングルファザーローランくん 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
おまけです。時系列的には、図書館が外郭に飛ばされてすぐです。
接待:黒い沈黙
「なあ、アンジェラ。少し相談があるんだけど」
些細な出来心。そしてあまりにも微かな希望を俺は見出してしまった。
「何かしら、ローラン」
「前に赤い霧を再現したことがあったよな」
「ええ。彼女が残してくれたいくつかの物のおかげでね」
「それでなんだけど……俺の妻、黒い沈黙のアンジェリカ。彼女を、再現することってできないか?」
その言葉を発した瞬間、アンジェラの表情が固まった。辺りを沈黙が支配する。
「……おそらくできるわ。けど、おすすめはできない。結局は再現で、本にしてもしなくてもすぐに再現した彼女は消えてしまうから」
アンジェラはそう言って気まずそうにした。
「ああ〜いや……再現したアンジェリカとずっと一緒にいたいとか、そういうことじゃないんだ。まあできるならそれが1番いいんだけど」
アンジェリカは死んでしまった。それは何があろうと変わらない。たとえ図書館の力で再現できたとしても、結局それは虚像であり、人形に接するようなものだ。でも、その人形だったとしても、必要な時がある。
「俺は、アンジーに母親と会わせてやりたいんだ。ただ、それだけだ」
◇◇◇
黒い沈黙の手袋、幾つもの工房武器。そして、俺の記憶。それらによって俺が最も愛した人が再現される。
「ここは……あれ? ローラン?」
「…………ッ」
記憶の中にある通りのアンジェリカだった。変わらない姿、変わらない顔、そして変わらない声。
彼女の姿には血の一滴もついていない。傷の一つもありはしない。ピアニストに解体されたあの姿が嘘のようだった。
「ちょ、ちょっと、なんで泣きそうになってるんです?」
「いや、すまないアンジェリカ。すまない……」
クソ、アンジェラに、そして俺たちの娘に会ってもらうために再現したっていうのに。なんでこんなにも嬉しいんだ。そして、なんでこんなにも悲しいんだよ……。
「……大丈夫ですか?」
「……ああ。落ち着いたよ。ごめん、アンジェリカ」
「もう、本当に泣き虫なんですから。……それで、ここは一体どこなんです?」
「ここは図書館って場所だ。そして、俺の今の職場だな」
「はい……? でも貴方はフィクサー稼業を一旦休んでて……」
少し考えるアンジェリカ。そして、気づく。
「私、あのピアノを弾くやつと戦ってから先の記憶がないんですけど。……もしかしてここって天国だったりします?」
「いい線……いってるな」
それから俺は、ゆっくりとアンジェリカに色んなことを話した。ピアニストは俺が殺したこと。その後に紫の涙にここに転移させられたこと。ここで起きたこと。アルガリアがおかしくなって……それでもなんとか生きてること。そして、アンジェリカ、君が死んだこと。
「なんとなくわかってましたけど、やっぱり私、死んでたんですね」
「ああ……」
「もう、またしょぼくれた顔して。今度はなんです?」
「あの日、俺がもう少し早ければ、君を助けられたかもしれない」
「いいんです、別に。私は死んじゃったかも知れないですけど、それでも貴方はなんとか幸せに生きてるじゃないですか。それで私は満足です」
「アンジェリカ……」
優しく抱きしめられる。全部全部、あの頃のままだ。
「それで、私を再現した理由はなんですか? 貴方のことですから、何か用事でもない限りこんなことをしないと思うんですけど。どうせ再現だから本物じゃない、とか、俺は守れなかったんだから会うことなんてできない、とか言って」
「うぐっ……いや、まあそうなんだけど。君に会って欲しい人がいてな。ちょっと待っててくれ」
「……?」
そうして、少しアンジェリカをその場で待たせて、その間に俺たちの娘を腕に抱えて連れて行く。
「アンジェリカ、待たせちゃったな」
「……ねえ、ローラン、もしかして」
アンジェリカが俺の腕の中にいるアンジェラを見た瞬間、両手で口を抑え、その瞳が潤み始める。
「この子の名前は、アンジェラ。俺たちの娘だよ。ほら、アンジー、お前のママだよ……」
「まま?……まま!」
「私、守れたんですね……よかった……」
2人の大人が赤子を囲んで泣いている。そして赤子は元気に笑っている。なんとも奇妙な光景だ。
「アンジェラ……いい名前ね。ローラン、この子を抱っこしてもいいですか?」
「もちろん」
アンジェリカがアンジェラをしっかりと抱きかかえる。……俺はずっとこの光景が見たかったんだ。
「大きい……そして、あったかい。この子が、私たちの子供……」
アンジェラがしっかりとアンジェリカの服を掴んで、アンジェリカの目を見る。
「いい子ね。アンジー、ママですよ」
その呼びかけに、アンジェラは笑顔で答えた。
「髪の毛は貴方に似て、お顔は私に似ているんですね」
「そうだな。できれば髪の毛まで君に似て欲しかったんだけどな」
「もう、ローラン。怒りますよ」
「ごめんごめん」
「ふふ。……でも、笑顔は貴方に似てます」
「え? そうか?」
「そっくりですよ。貴方の優しい笑顔に」
「…………」
その言葉に俺は何も言えなかった。俺の目には、アンジェラの笑顔は、今俺に向けられているアンジェリカの笑顔にとても似ているように見えたから。
アンジェリカがアンジェラの頭をゆっくりと撫でる。存在を確かめるように、そして愛を伝えるように。
「アンジーが大きくなったら……貴方から伝えてあげてください。ママはもういないけど、貴方のことが大好きですよって」
「大丈夫だ。きっと、もう伝わってる。だってほら」
アンジェラの方を見ると、アンジェリカの服を掴んだまま、すやすやと眠っていた。よっぽど懐いている。
「本当に可愛い……私が育てられないのが本当に悔しいです。……そろそろ時間みたいですね」
「そうか。……もうなのか」
アンジェリカの身体が淡く光り始める。光で構築された身体が解け始めているのだろう。
「ローラン。昔貴方に言った、私の好きな詩。覚えてますか?」
「苦痛を愛するための祈り、だよな」
「そうです。でも、一つだけ、好きじゃないところがあるんです」
「それは……初耳だな」
「私の苦痛よ、汝はこの上なく愛する恋人より優しい……ふふ、ここの部分です。だって、私は貴方の苦痛より優しいですから」
「……そうかもな」
「覚えておいてください。私はずっと貴方を、そしてこの子を見守ってます。いつもすぐそばにいますから。あなたが死に就くその日まで、何よりもすぐそばで」
「わかったよ、アンジェリカ」
「なら、良かったです。愛していますよ、ローラン」
そう言って、アンジェリカは光になった。
後に残ったのは、俺の腕の中ですやすやと眠るアンジェラだけ。けれど、アンジェラの身体にはまだ、アンジェリカの温もりが残っていた。