シングルファザーローランくん 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
※キャラ崩壊が含まれます。青い残響が好きな方はご注意ください。
外郭に追放された図書館にも、冬は等しく訪れる。窓の外は、純白の雪が降り積もり、地平線の彼方まで白銀の世界が広がっていた。
「……よし、こんなもんだろ!」
図書館の大広間には今、大きなモミの木が聳え立っており、その木にはさまざまな飾り付けが施されていた。というのも、クリスマスが間近に迫っているからだ。
ちなみにこのモミの木は、外郭からゲブラーと一緒に取ってきたやつだ。根元からぶった斬った後に、2人で気合を入れて運んできた。あとちょっとで腰を壊すところだったな。
「わぁ……! キレイ!」
「やはりクリスマスはツリーが必要ですね」
「ワイン……ワインはどこですか……?」
みんなが装飾されたモミの木を見上げていた。……とある酔っ払いを除いて。
「そういえばアンジー、今年のプレゼントは何をお願いしたんだ?」
「え〜……」
モジモジするアンジェラ。そんな風に恥ずかしそうにするのは初めてだった。
「実はね……高いし、大きいからきっと無理だと思うけど……私、ピアノが欲しいの……」
「ピ、ピアノ……?」
その言葉に俺は思わず聞き返した。随分と久しぶりに聞く楽器の名前だった。いや、俺が意図的に意識から外していたのかもしれないが。
「……ちなみに、なんでピアノが欲しいんだ?」
「この前読んだ絵本の中にピアノが出てきて……どんな音なのかネツァクに聞いたんだ。そしたらピアノの音が出る本をくれて……その音がとっても綺麗だったの!」
「そうか……」
「それにね、昔聴いたことがあるって思い出したの!」
「え?」
アンジェラにピアノの音を聴かせたことはないはずだ。少なくとも図書館にピアノはない。
「よく覚えてないんだけど……すっごくきれいなピアノの音と、優しく大丈夫だよって言う声。多分……ほんとにちっちゃい頃だと思う! それを思い出して、あんな風にきれいにピアノを弾けたらなって……」
「…………」
アンジェラは、あの日を覚えていたのか。あの、アンジェリカが死んだ日のことを。
「きっと、弾けるようになるよ、アンジー。それに、ピアノも届くようにパパもお願いしておくから」
「本当!?」
「ああ、嘘は言わないさ。アンジーは今年もいい子だったから、大丈夫大丈夫」
「えへへ、ありがとう」
アンジェラの頭を撫でる。……そういえばピアノ、教えられる奴はいるのか? 最悪、俺もピアノを弾けるように練習しないとな。
◇◇◇
「はぁ……」
雪の降る夜。わざわざ俺は図書館から出て、とある人を待っていた。
「……ふぉっふぉっふぉっ」
「……やっと来たか、青い袋」
俺が待っていたのは、クリスマスが近づくと突如現れる自称特色フィクサーの青い袋。偽物臭い白髭を生やして、青いコートと帽子を被り、大きな袋を持っている。……お察しの通りだと思うが、こいつの背中には見覚えのある青い大鎌がある。向こうから何も言わないから、こっちもあえて言及しないけど。
「それで、今年はどんなプレゼントをお願いされたんだい?」
「……ピアノだ。それも、ちゃんとしたグランドピアノ」
「ピアノ? はは、これはこれは……」
青い袋が呆れたように笑った。
「それはなんでかな?」
「アンジーは、ピアニストの音を覚えてたみたいでな。……それに、アンジェリカの声も」
「……わかったよ。クリスマスまでにピアノは用意しておく」
「毎年ありがとな……ちなみに、なんでこんなことやってんだ?」
俺がそう聞くと、青い袋は何かを思い出しながら少し笑った。
「外郭に面白い生き物たちがいてね。とても愉快だったから、それの真似事をしてみるのも楽しいと思ったんだ。実際、結構楽しいしね」
「意外だな。まあ、俺としては助かるから文句はないけど」
「……それじゃあ、俺はそろそろ行くとしようかな。物が物だから、結構用意するのが大変そうだ」
「でも中途半端なものはダメだぞ。アンジーへのプレゼントだからな。なんとしてでも用意しろ」
「……君にそう言われるとすごく腹が立つね。黙ってくれない?」
「おーおー、怖い怖い」
俺がそう言った瞬間、吹雪が吹き荒れた。視界は白に包まれ、何も見えない。しばらくするとそんな吹雪も収まった。やっと視界が晴れると、そこにはもう誰もいなかった。
「あんなこと言いながら、あいつ毎回プレゼントは完璧だから流石というかなんというかだな……」
全身にこびりついた雪を払って、俺は暖かい図書館の中に戻った。
◇◇◇
クリスマス当日の朝。外郭の地平線から昇る朝日は、雪原に反射して、図書館全体を眩いばかりの純白で包み込んでいた。
「パパ! パパ! 起きて! 来てるよ、来てる!」
娘の弾んだ声に、俺は重い瞼を持ち上げた。
眠い目を擦りながら、娘に手を引かれて大広間へと向かう。モミの木の下。そこには、昨晩まではなかった「それ」が鎮座していた。
深い青色をした、見事なグランドピアノだった。装飾はどこか音符や五線譜、波紋を想起させ、光の当たり方によってはまるで海のように揺らめいて見える。
準備する期間もほとんどなかっただろうに、どこからこんなものを調達したんだ? いや、待てよ……こんな意匠はあいつしかつけないな。もしかして自分で……?
「わぁ……すごい……! ほんとに、ピアノだ……」
恐る恐るピアノに触れるアンジェラ。蓋をなんとか開けて、鍵盤に手を伸ばす。指先が白鍵に触れた瞬間、ポーン、と澄んだ音が響いた。
瞬間、アンジェラは俺の方をくるりと振り向く。その目はキラキラと輝いていた。
「すっごくきれいな音! パパ、ありがとう!」
「アンジーがずっといい子だったからだぞ……あと、これをプレゼントしてくれた青い袋にも感謝しないとな」
「うん!」
そう言って、アンジーはピアノの白鍵を端から順番に一つずつ弾き始めた。その音に、次々と司書がやってくる。
「ほう……? 此れは中々の物だね。調律も完璧だ」
「ふむ……。素晴らしい。ピアノの音など久しく聴いてはいなかったが、目が醒めるように澄んだ音色だ」
気づけば広間には全ての司書が集まっていた。
「ねえ、パパ! こっち来て!」
「ん? どうしたんだ?」
「一緒に弾こ!」
アンジェラが、座っているピアノ椅子の隣をポンポンと叩いて呼びかける。それに従って俺はアンジェラの隣に座った。連弾ってやつか……
「き〜ら〜き〜ら〜ひ〜か〜る〜……ほら、パパも!」
「……ん? あ、ああ……」
鍵盤に手を伸ばす。その手がかすかに震えた。俺にとって、ピアノは心の奥深くの傷そのものだった。今の俺には、鍵盤がその傷そのものに見えた。
黒鍵に触れる。瞬間、奏でられる音が俺を貫いた。たった一音、だけどそれだけで十分だった。
あの音じゃない。あんな音より、遥かに美しい音だった。その音は、俺の肩に重くのしかかっていた何かを取り払った。
娘と一緒に、ピアノを弾く。お互いに拙い技術、ゆっくりとしたリズム。時々外す音。けれど、どんな音楽よりも幸せな旋律だった。
ピアノの記憶。見ないように、思い出さないようにしていた記憶が、幸せな光景へと書き変わっていく。
プレゼントを貰ったのはアンジェラだったけど、救われたのは俺だった。
メリークリスマス。かすかにそう聞こえた。
ふと窓の外を見ると、雪原を一人、青い影が歩いていくのが見える。
大きな袋はもう空っぽで、代わりにその足取りはどこか軽やかだ。あいつは一度もこちらを振り返らなかったが、風に乗って、微かに旋律が聞こえた気がした。
「……ありがとう、アルガリア」
俺のその呟きは、ピアノの音にかき消され、誰にも聞こえることなく消えていった。でも、確かに届いた。そんな気がした。
笑い声が、ピアノの音色と共に図書館に満ちていく。今日くらいは、みんな幸せでありますように。
メリークリスマス。