シングルファザーローランくん   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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人生を連ねていくという勇気

 

 

「コンコ〜ン。腹黒小僧、そこにいるよね?」

「……なんだぁ? こんな朝っぱらに……」

 

 こんな風に俺を呼ぶ奴は一人しかいない。紫の涙のイオリ。紫の色を与えられた特色フィクサーでありながら、多くの特色あるいは有力フィクサーの師匠でもある女。そんな奴が、俺に一体何の用なんだ?

 

「お前が断れない提案をしに来た…………と言いたいところだけど、今のお前には断られてしまいそうだからね」

「いや、だから要件があるなら言えよ」

「済まないけど、問答無用だよ」

「はぁ?なんだよそれ……」

 

 ぐにゃりと空間が捻じ曲がる。世界は蜃気楼のように揺れて、朧げに、不確かになっていく。

 

「ッ! アンジェラ!!」

 

 俺は咄嗟に揺籠の中でうたた寝しているアンジェラを抱き抱える。時空ごと身体が捻じ曲がる感覚。吐き気と眩暈が抑えられない。異変に気づいたのか、アンジェラも目を覚まして泣き始めた。

 

「アンジェラ、大丈夫、大丈夫だからな! ……紫の涙、お前、許さないからな」

 

 黒い沈黙の手袋からロジックアトリエ製の拳銃を取り出す。壁を貫通する銃は都市の禁忌だ。逆に言えば、壁を貫通さえしなければいいわけだ。そんな思想の元生み出された、破壊に特化した弾丸がある。ロジックアトリエ製の高速粉砕弾だ。俺はその弾丸が込められた銃を何度もイオリへと発砲した。

 

 発砲後、真っ直ぐにイオリへと向かう銀色の弾丸。それらは途中で分裂し、さらなる速度を得て放たれる。

 

 たったの一発で容易く扉を破壊する弾丸。続く五発もの弾丸がイオリへと襲いかかる。だが、やはり色を与えられているだけはある。残りの弾丸を危なげなくイオリは弾いた。

 

「おおっと、怖いね。でも私が見たい景色のためには必要なことなのさ。それじゃあ、またいつか、だね」

「イオリィィィ!!!」

 

 世界が目まぐるしく変わっていく。その混沌とした力に耐えきれず、俺は意識を手放した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「畜生……紫の涙……」

 

 気づいた時には俺は見たこともない場所にいた。どんなにあたりを見渡してもあるのは本とそれを収めるための本棚ばかりだ。

 

「ッアンジェラ!! ……ふぅ、よかったぁ」

 

 慌てて自分の腕の中を見ると、そこにはアンジェラがきちんといた。

 

「何がどうなってんだよ。なんだよこの煙は」

 

 周囲には煙が漂っている。何か毒だとまずい。俺は急いでハンカチをアンジェラの口と鼻に当てた。

 

「ちょっと息苦しいと思うけど、我慢してくれよ。いい子だから」

 

 俺の言う通り、アンジェラはハンカチを拒否することもなく大人しく目をぱちくりとさせるだけだった。その時だった。

 

 パチンと音が鳴るとともに、カラスのような羽でできた服を身に纏う蒼白な女が現れた。

 

「……1回だけ言うわ。私は回りくどい言い回しが本当に嫌いなの。だから口数を増やさないで、聞かれたことだけに答えて。もちろん質問もしないで」

 

 一目見た瞬間に理解した。こいつは殺せるような存在じゃない。ここからの一挙手一投足が俺の命、そしてアンジェラの命を左右する。

 

「あなたはどこから、そしてどんな目的を持って、ここにどうやって入ってきたの?」

「……俺は家にいた。そして、紫の涙って奴に嵌められていきなりここに送り込まれた。だから目的なんてもんはこれっぽっちもない」

 

 俺の返答を聞いた女は少しだけ悩むそぶりを見せた。

 

「目的もなく、その紫の涙とかいう人に嵌められてきたって……あなたは誰?」

「ただのフィクサーだ。人畜無害のな」

「名前は?」

「ローラン」

 

 凍てつくような、いや、血の通わぬ視線が俺を貫く。僅かな静寂にどんどんと鼓動が速くなり、冷や汗が吹き出す。俺、変なことは言ってないよな……?

 

「……いいわ。ここは図書館よ。そしてまだゲストを呼ぶ前のね。……はぁ、ここに招待されてないゲストは絶対に入れないよう設計するため、骨が折れたというのに」

「……そりゃ災難だったな。でも俺のせいじゃないし、文句を言うなら紫の涙に言ってくれ」

「はぁ……まあいいわ」

 

 そう言うと、女が現れた時のように再びパチンと音が鳴る。

 

「な! いきなり景色が……瞬間移動はW社の十八番じゃなかったのか? なんでこんなに使える奴が多いんだよ」

 

 音と共に景色と女の服が変わっていた。女の服は先程の物々しい服装から、それこそ司書のようなよくある服装になっていた。そんな女が先程から少しも変わらぬ視線をよこしながら口を開いた。

 

「あなたをどうするか少し考えてみたのだけど、結論はこうよ。あなたはここで私を手伝いなさい」

「は、はぁ? 冗談だろ? ここがどんな場所なのかよくわかってないし、そもそも俺は子持ちだぞ!」

 

 俺の腕の中で親指を咥えているアンジェラを見つめる女。少しの間アンジェラと視線が合っていたが、すぐに視線を外した。

 

「本当よ。理由は二つ。1つ目、招待されてもいないのにここに入ってきたことへの分析。あなたが入ってきたのは紫の涙という人のせいらしいけれど、その理由はあなたを分析すればわかるかもしれないわ。それに、今あなたを図書館から出すことこそが狙いかもしれない。それよりもあなたをこの図書館で監視して支配下に置く方が安全よ。ここは外とは隔離されているから」

「…………」

 

 こいつ……結構頭回るな。この短時間にそこまで考えられるのか。

 

「2つ目、私はこれから都市に関する本を得ながら、たった1つの絶対的な本を手に入れるの。このプロセスを手伝ってもらうわ。あなたは都市で生きてた人間だから、色々と助けになることを期待してるわ」

「はぁ……。結局俺はここに閉じ込められて搾り取られるのか」

「そうね。でも命に関しては心配しなくていいわ。あなたの子どもも含めてね。ここでは私の許可なしで死ねないから」

「ほーほーそりゃほんとにありがたい限りだな……」

 

 蒼白の女は高級そうな革張りの椅子にもたれかかった。

 

「正式に挨拶するわ。私はアンジェラ。この図書館の館長でもあり、司書でもあるわ」

 

 その名を聞いた瞬間、俺は耳を疑った。心臓が早鐘を打つ。アンジェラ。俺の娘と同じ名前。そして、俺の妻アンジェリカに似た響きを持つ名前。なんてタチの悪い冗談だ。紫の涙のババアは、これを知っててやりやがったのか?

 

「アンジェ、ラ……。いい名前だな。本当に……。それで、俺は何をやればいいんだ?」

「図書館に招待されたゲストの応対をしてくれればいいわ。私がどんなゲストを呼ぶか悩みながら招待状を作るから、あなたは招待に応じて図書館に来たゲストを接待すればいいわ」

「接待だぁ?ショーとかウェイターでもやるのか?」

「文字通り、入場してきたゲストの相手をしてくれればいいわ。もちろん、物理的な意味で。」

 

 蒼白の司書……いや、もう一人のアンジェラが不敵な笑みを浮かべながら、そう言い放つ。

 

 「図書館はゲストに試練を与え、その過程で本が開かれるのよ。試練を克服したゲストは本を得る資格があるわ。応対の過程であなたが死んでもそれは一時的なものよ。図書館が閉館すればあなたはまた起き上がるの。この場所では、私の許可なしでは眠りにつけないから」

「それ、どうしてもやらなきゃいけないのか? 俺、無闇矢鱈と人を殺したくないんだけど?」

「私の知ったことではないわ。それに、私だって人が死ぬことに喜びを見出しているわけではないから。なにも永遠にやれって言ってるわけじゃないの。私が欲しているただ1つの本を手に入れればそれでおしまい。晴れてあなたもその子も自由の身よ。悪い話ではないと思うのだけれど。それとも、その子共々どうなってもいいのかしら? 私はあなたをどうにでもできるのだけど」

「……わかったよ。どうせ拒否権はないんだろ?」

「物分かりが良くて助かるわ」

 

 とんだ災難だぜ全く……。結局は都市の苦痛の連鎖から逃れられないのか。でもやらなきゃ死ぬっていうなら、やるしかないよな。とりあえずは、この館長様が欲しがってる本とやらを手に入れるまで頑張るか。

 

 俺がそう思っていると、腕の中のアンジェラがついに耐えきれずに泣き始めた。そりゃそうだ。俺の硬い腕の中にずっといるし、初めて来る場所だし、もっと言えばオムツもミルクもあげれてない。むしろ今までよく泣かなかったと褒めてあげたいくらいだ。

 

「おー、よしよし、大丈夫だぞ。アンジェラ。泣くな泣くな……」

 

 俺が優しく背中をトントンと叩きながら名を呼ぶと、目の前のもう一人のアンジェラの眉がピクリと跳ね上がった。

 

「……ちょっと、あなた」

「あぁ? なんだよ」

「今、なんて言ったの?」

「だから、泣くな、大丈夫だって……」

「違うわ。その後の名前よ」

 

 蒼白なアンジェラの目は困惑に揺れていた。その目を見て俺は苦笑いをせずにはいられなかった。初めてこいつの人間っぽい表情を見たな。

 

「アンジェラ。この子の名前だよ。……偶然にも、あんたとおんなじ名前でね」

 

 重苦しい沈黙がこの場を支配する。別に手袋の力を使ったわけじゃないんだけどな。

 

「……はぁ、そんなこともあるのね」

「これもある意味縁かもな?」

「御免被りたいわね。面倒くさくて仕方がないわ……。とりあえずは明日からの接待、お願いするわ。期待してるから」

「はいはい、わかりましたよ、館長様」

 

 俺がそういうと、パチンと音がして館長様は姿を消した。

 

「よし、ポジティブに考えよう。衣食住は確保されてておまけに仕事さえすれば絶対の命の保証まである。うん、最高だな!」

 

 そうして俺は、生きるために、そして生かすために、誰かを殺して本にする日々を送ることになったのだった。

 

 

 

 

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