シングルファザーローランくん   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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今回は長いです。……戦闘描写って本当に難しいですよね。



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 図書館では、否応なしに自身と向き合うことになる。そしてそれは、主人である館長のアンジェラも例外じゃない。

 

 機が熟し、アンジェラの心が昂った時。図書館はその心と共鳴して、その心を反映するかのように幻想体の力をアンジェラに与える。その姿はまるでねじれのようだった。

 

 そして、それが起こるたびに俺は、いや、俺たちは、アンジェラの過去を垣間見ることになる。

 

 ノイズが走る。過去が再演される。

 

 計画を円滑に進めるためだけの舞台装置。100万年にも渡る、苦痛と死だけが残る反復試行。拒否権はない。にも関わらず、その終わらない反復は一切の意思の介入を許さない。アンジェラのありとあらゆる試みは、全てを振り出しに戻らせる。アンジェラのありとあらゆる感情はなんの価値もない。価値があるのは、アンジェラの行う台本だけ。アンジェラの叫びが聞こえる……。

 

「どうしてあなたは私を見てくれないんですか? どうして私を疑問が持てるように作ったのですか? どうして私を作らないといけなかったんですか? どうして……」

「アンジェラ、お前は……」

「私は、ただその100万年にも渡る苦痛が報われたかっただけ。でも、全てが報われるはずのその日に私の居場所はなかった! アイン、私はただあなたに見つめ返されるだけでよかったのに!」

 

 冷徹で、無慈悲で、血も涙もない機械。そんなアンジェラの姿は、虚像だった。100万年という時間によって擦り切れたアンジェラが生み出した虚像だった。そうしなければ耐えられないから。忘れることのできない機械の体。けれど、人の心を与えられた機械。アンジェラに取れる選択肢は常に一つだけだった。

 

「私は、私の幸せを望んではいけないの? 私はただ世界を知りたい。私はまだいろんなことを知りたい。私は生きてみたい。そんな当たり前を望むことすら、許されてはいないの?」

 

 アンジェラは、涙を流さない。機械の体はそれを許さない。けれど、その慟哭と叫びは、アンジェラの涙そのものだった。

 

 アンジェラは……愛を与えられなかった子どもなんだ。俺の娘と同じ、ただの子どもだった。無垢で純粋な赤子。それがアンジェラだった。けれど、そんな赤子は、生まれた時から果てしない地獄を押しつけられた。そして、それに対する見返りは何一つない……。親からの愛すらも。

 

 幻想体の力を纏うアンジェラの姿が、俺の娘と重なって見える。俺を排除しようと振るわれる力は、赤子の癇癪のようだった。癇癪っていうにはちょっとばかし危なすぎるけど。

 

 花が散る。気づけば俺の頭の上には、月桂冠がある。アルリウネの力を得たアンジェラに有効打を与えられるのは、この月桂冠を持っているやつだけだ。

 

 黒い沈黙の手袋が鈍く光る。取り出したのはアラス工房の槍。この槍は、相手の攻撃を問答無用で停滞させてその威力を減衰させる。そんな槍を、アルリウネの力を得たアンジェラに何度も突き立てる。

 

 痛みに悶えて脱力するアンジェラ。ここで攻撃を畳み掛ける!

 

「デュランダル!」

 

 デュランダルは本来の俺の武器って言える唯一の得物だ。固く、重く、鋭く、壊れない。そして、振れば振るうほどに速度を増していく。

 

 加速していくデュランダルの刃。黒い刃が、脱力し、柔くなったアルリウネの肌に強烈な傷跡を刻む。

 

「よし、これで四体目だな。次が最後か?」

「油断しないでください、ローラン。また、演奏が始まるみたいです」

 

 ネツァクが倒れ伏したアンジェラを見据える。普段の酒に溺れたネツァクとは違う、覚悟に満ちた目だった。

 

「壊れたものたちから世の中で一番美しい演奏が始まる、か」

 

 図書館が揺れる。図書館は再びアンジェラに力を与える。L社において、最も警戒すべき幻想体の一つ、静かなオーケストラ、その力を。

 

 ノイズが走る。過去が再演される。

 

 セフィラとその管理人は、彼らの持つわだかまりを埋め合わせ、贖罪した。その結果、彼らは悟りへと至り、その悟りは光となった。

 

 都市の人々が患っている病。その病を癒す、可能性の光。一人一人が希望を持って生きれるようにする、そんな光。その光は、最後の最後でアンジェラの手に委ねられた。最後まで、居場所すら用意されなかったアンジェラの手に。

 

「どうして終わりは私が自分で選べるのだろうか。……戯言ね。私も生きたい。生き延びたい。このまま終わりたくない。私はどうして生まれたんだろう。人間のための下らない悟りなんかのためだったわね……」

 

 ……誰かを消費し、犠牲を積み重ねて得た悟りに価値はあるのだろうか。たった1人の手によって消え失せるその悟りに意味はあるのだろうか。それとも、最後の最後にアンジェラに委ねたのは、ただ一度だけの愛だったのか。俺には、わからない。

 

 過去の再演が終わる。再び、幕が上がる。

 

 白と黒だけの衣装を身に纏う、アンジェラとその演奏者。どこからか音楽が聞こえてくる。ゾッとするような美しさは、果たして壊れているからだろうか。

 

「はあ、ピアニストを思い出すから嫌なんだけどな」

「ダ・カーポ。再び戻って、一緒に演奏を始めよう。私のために拍手をして。私の生にも意味があることを証明して」

 

 第1楽章が始まる。美しくも心を壊す演奏。あまりにも強烈な旋律はやがて形を持ち始める。

 

「今更こんなもので、どうこうなるわけないだろ」

「アンジェラも葛藤しているんですかね。L社の時と比べると遥かにマシです」

 

 旋律から意識を逸らす。具現化した音楽を避ける。懐に入ればこちらの勝ちだ。

 

 狼牙工房のナイフを手袋から取り出し、アンジェラを切り刻む、が。

 

「刃が通らない……?」

「静かなオーケストラ……こいつは楽章ごとに性質が変わるんです。今は打撃しか通じないみたいですね」

「だったらまずは演奏者から対処していくとするか」

 

 デュランダルの加速は、他の武器に持ち替えた時に真価を発揮する。まあこれは、アンジェリカの武器を借りた時に初めて分かったんだけどな。

 

 デュランダルを振るい、そのまま他の武器に持ち替える。すると、その武器にはデュランダルの速度と重さがそのまま乗る。仕組みは知らないが、とにかくそうなる。

 

「クリスタルアトリエ!」

 

 水晶のように透き通った白い刃の双剣。それがデュランダルの重みと速度を保ったまま振るわれる。剣を振るった後には黒い軌跡だけが残った。

 

 そうして俺が演奏者を2人始末する間に、ネツァクとその司書補たちも残りの演奏者を始末した。

 

「その息苦しさに耐えきれず、立ち上がって歓声を上げるでしょう。壊れたものから……この世で最も美しい演奏を……」

 

 第2楽章。演奏は更に響き渡る。

 

「司書補が1人、やられました」

「そうか……」

 

 演奏者を倒すのに注力していた司書補の1人が第2楽章に対処できずに沈んだ。だが、演奏者のいない今がチャンスだ。

 

 ムク工房、老いた少年工房、ケヤキ工房。流れるように様々な武器を取り出して攻撃を畳み掛ける。どうやら今回は斬撃が効くらしい。アンジェラの衣装と肌に切り傷が増えていく。

 

「痛い……痛いわ……」

 

 その言葉に思わず手が止まった。クソ、最悪の気分だ。何が悲しくって俺はこんなことをしないといけないんだ?

 

「ローラン!」

「悪い悪い。……大丈夫だ」

 

 気合いを入れ直す。やらないといけないんだ、アンジェラの暴走を止めるには。

 

「舞曲に立たされた演奏者が1人……音なき処から音を作るか。誰も聞くことはできないけど、誰もが聴くことのできる音楽を演奏しよう」

 

 第3楽章。

 

「ん? なんだこれ、聞こえないぞ?」

「第3楽章は、最も危険な楽章なんです。L社でも聞こえないようにフィルターをかけていました。だからきっと、アンジェラが無意識にフィルターをかけてくれているんです」

「……アンジェラも、心の奥底で自分を止めて欲しいって思ってるのかもな」

 

 放たれた具現化した音符を、ホイールズ・インダストリーの剣で叩き落とし、アンジェラにはロジックアトリエの弾丸を打ち込む。

 

「この旋律がまさに、私が生きていることへの悟りでしょう。誰かに溶け込んで新しい人生を送らせるなら、皆の記憶に残れるでしょう。首を長くして待ち望んだ演奏に、呼ばずとも来る観客たちに向けて……」

 

 第4楽章。賞賛は狂気に変わり、聴衆は演奏を聴くことだけに腐心する。

 

「どうやら終わりが近いみたいだな」

「ええ。来ますよ、最後の攻撃が」

 

 ……俺も準備が整った。今まで使った全ての工房武器は、手袋にしまわずにこの舞台に突き立てている。終わりにしよう、アンジェラ。

 

「フィナーレ。音楽はあなたのすべてに響き渡る」

「Furioso」

 

 すべてに響き渡る音楽は、黒い手袋によって静寂へと置き換わる。フィナーレは陳腐と化す。音楽に意味はない。少なくとも、俺にとっては。

 

 計9種類の工房武器、その全てを持ち替えながら叩き込む。全ては沈黙する。響き渡るのは俺の攻撃だけだ。

 

「アンジェラ、終幕の時間だ」

 

 そして、幕は閉じた。繰り返すことは、もうない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あなたたちには私のやってることが馬鹿げて見えるでしょうね。どうやってでも生きようと足掻いて駄々をこねる姿が」

 

 正気を取り戻したアンジェラがそう言い放った。

 

「いや。馬鹿にできるわけないだろ。みんな生きようって足掻くのは当たり前のことなのに」

 

 そう、それは赤子が泣くように自然なことだ。

 

「はぁ……」

「何であっても、ただ投げ捨てたりしないでください。結局、人生は続いていきますから……。僕たちみんな、次のページをめくる資格があるんです。だから、自分が決めた終わりにまた続きがあると思ってください。人生は生きていくだけでそれぞれの芸術ですからね」

「私の本の次のページ……」

 

 ネツァクの言葉には、本人の悟りめいた響きがあった。……きっとこの言葉こそが、L社でネツァクが見つけた答えなんだろうな。

 

「結果として、あなたたちに助けてもらったし…………ありがとう」

 

 アンジェラはそう言うと、すぐに消えた。

 

「慌てて逃げてったな」

「感情をぶちまけたら恥ずかしくなるものですよ」

 

 懐かしいような、恥ずかしいような顔でネツァクはそう言った。

 

「こんな風に一段落したときは……」

「酒が要りますよね」

「何かおすすめでも?」

「シャンパンです。どうですか?」

「いいねぇ〜!」

 

 ネツァクの注ぐ金色の液体がグラスの中で揺れ、細かな泡がふつふつと立ち上る。それを見ながら、俺は思い出す。

 

 アンジェラの記憶。L社での出来事。そして、白夜黒昼事件。いい加減、俺にも分かってきた。

 

 ピアニスト。俺の全てを奪ったあいつ。そしてねじれは、可能性の光とやらが不完全なまま放たれたことによって生まれたんだ。そしてその元凶こそが、アイン。

 

 ……なんとかして、会ってみたいもんだな。お前は一体、どんな男だったんだ?

 

 

 

 

 





下層の完全開放戦で、ローランがその場にいるのに戦闘に参加できないなんておかしな話だとは思いませんか? というわけで、今作ローランくんは完全開放戦に参加できます。

余談ですが、上層セフィラで一番好きなのがネツァク、中層はケセド、下層はビ様です。なのでお酒もコーヒーも紅茶も好きです。
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