ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第十四話「邂逅二回目」

 魔法少女の信頼を勝ち取れ。

 

 らびらびは簡単に言うものの、そのためにはいったい何をどうすればいいのか。

 

 この間会った時あの子達は俺を、それはもう、まるで魔王か何かのように警戒していた。

 

 自分で言うのもなんだけれど、かつての俺は立場も身体も貧弱を極めていた。

 

 だから好悪を問わず、俺に向けられる感情は基本的に憐みがベースで、間違っても誰かに怖がられるなんてことはなかった。

 

 そういう訳で警戒する子の説き伏せ方なんて知らない。まったく思いつかない。

 

 こういうのはまず言い出しっぺがアイデアを出すべきだろう。俺はそんな大義名分を掲げ、当然の権利としてらびらびへ振るった。

 

「ずばり、人から信頼を得るためには何をすればいいと思う?」

「誠意を見せればいいぴょん」

「なるほど。じゃあ誠意って?」

「金ぴょん」

「おいマスコット」

 

 擦れ切った回答にツッコミが我慢出来なかった。金って。

 

 そんな夢も希望もへったくれもない答えを述べたらびらびは、あくまでも常識を話すような口ぶりでなおも続ける。

 

「誠意とはすなわち、相手のために自分の身を切れることを言うぴょん。だから身銭を切るのは一番手っ取り早い誠意の証明手段ぴょん」

「いやまあ、言われてみればそうなのかもしれないけど」

「ちなみにこれは恋愛にも転用出来るぴょん。なんだかんだ言いつつ、大抵の人は金のかかったもてなしを受けると悪い気分がしないぴょん。ただしこの時重要なのは、相手の身の丈よりも少し上の金額を叩き付けることぴょん。下は語るまでもなく、上でもあまりかけ離れているとかえって逆効果になるぴょん」

「いきなりいらない話の生々しい助言するのやめてくれない?」

「つまり、金で愛は買えるぴょん」

「おいこらマスコット」

 

 こいつ、マスコット以前に生き物として大丈夫なんだろうか。

 

 結構な生まれを自覚している俺でさえ、いくらなんでもそこまで荒み切った考えはしていない。もはや呆れを超えて心配になってきた。

 

「ただ、そうは言ってもクリアシャイン達はまだ子供ぴょん。価値の分からないお子様に現ナマを振る舞っても大して意味はないぴょん」

「言い方。それなら今の会話なんだったの?」

「場の空気を滑らかにする鉄板妖精ジョークぴょん。現に今ぬるぬるぴょん?」

「ドロドロだよ、気持ちも空気も」

 

 中身も言い回しも最悪と言っていい。汚い大人を存分に見せつけられた気分だ。

 

 視線に不快感を乗せてぶつけてもらびらびはびくともしない。平然と推定助言のようなものを話し続ける。

 

「お金が駄目なら、地道に信頼を積み重ねていくしかないぴょん」

「やっぱそれしかないかー。いけるかなぁ?」

「絶対大丈夫ぴょん。耕太郎は優しくて格好いい、誰よりも素敵な子ぴょん。いずれ必ず、いいや、すぐにあの子達も耕太郎の魅力に気付いて信じてくれるようになるぴょん」

「……急に褒めちぎるなんて、もしかして悪いことでもした?」

「ついさっきとても質の悪い冗談言ったぴょん。心から申し訳なく思っているぴょん」

「今更自覚したんかい。いいよ許すよ」

 

 らびらびは時々奇妙なことや世知辛いこと、マスコット失格なことを口にする。

 

 我慢出来ずに毎度ツッコミを入れざるを得ないけれど、どれも俺を思いやっていることだけは辛うじて一応伝わっている。だから今日も仕方なく許すことにした。

 

 

 

 耕太郎はらびらびに持ち上げられ、実は少しだけいい気になっていた。その心地のまま気楽に突撃した結果。

 

「また現れたのね、ヒューマンレギオン!」

「あっ駄目だこれ」

 

 彼は既に失敗を悟っていた。

 

 今回レムナントが集積した場所は、狭間市にある市営の野球場である。

 

 古ぼけた市営らしい簡素な設備、錆びたフェンスや塗装の剥げかけたベンチに独特の愛着を持つ市民も多いという。

 

 耕太郎は愛着こそないが初めて訪れる野球場に興味津々、レムナントを探すふりをしてマウンドで遊んでいた。

 

 二手に分かれての捜索を提案したらびらびはこうなることを察していたものの、特に何も言わなかった。彼の境遇を理解していたから、またすぐに魔法少女達が現れ遊ぶ暇も捜索する余裕もなくなると踏んでいたからだ。

 

 そんな予想通りの光景の中、耕太郎は魔法少女達に向け不満を零す。

 

「会うの二回目なんだし俺何もしてないし、話くらい聞いてくれてもよくない?」

「……この間のことは、礼を言う」

「シャインを助けてくれてありがとうございました」

 

 揃って深くお辞儀をした後、クリアシャインは杖を耕太郎へと向けた。

 

「でも、それはそれだから。あんたが怪しいのは変わらない」

「しっかりしてるなぁ」

 

 親切にされても見知らぬ人にはついて行くなと、耕太郎は先日学校で耳にタコが出来るほど言われていた。その実践を前に感想が漏れ出る。

 

 そんな間の抜けた感心はさておき、耕太郎はその数秒で考えた対策を提案した。

 

「怪しいのが駄目なら、そうだ、自己紹介すればいいのか」

「は?」

「俺はクリアグレイ。よろしく、先輩方」

 

 らびらび渾身の命名である。トリプルミーニングだとドヤ顔で言われたものの、耕太郎は面倒だからと一切その意味を考えていなかった。

 

 唐突な出来事に対し、反射的に行う動作には概ね育ちが現れる。

 

 クリアオーシャンは両手を口の前で彷徨わせた後、耕太郎のように軽く頭を下げた。

 

「あっ私はクリアオーシャンです」

「オーシャン! 姉さんに言われてるでしょ!」

「でも、自己紹介してもらったからちゃんと返さないと」

「しっかりしてるなぁ」

 

 今回は親御さんの教育がいいのかな、などという感想である。耕太郎に他意はない。

 

 ただし続けてクリアシャインへと向けた視線には、多量の他意が含まれていた。

 

「……あたしはクリアシャイン。これでいい?」

「ありがとう。これからもよろしく」

「よろしくはしない」

 

 差し出した手は一瞥すらされず、一言でもって冷たく切り捨てられる。寄り付く島など一切ない。

 

 それならばと、耕太郎はまだ辛うじてありそうな当てを求めて狙いを切り替えた。

 

「どうすればよろしくしてもらえると思う?」

「わ、あ、えっと」

「ちょっと、オーシャンに近づかないで!」

 

 先ほどまでの冷たさは一転、クリアシャインは声を荒げて二人の間に割り込んだ。

 

 彼女の背中には感謝と戸惑い、目の前からは困惑と微かな悲しみの視線がぶつけられる。他者の感情に聡い彼女は当然それに気づいてしまう。敵だと思っている相手にも情けを抱いてしまう。

 

 だからこそ、クリアシャインはつい妥協のようなものを口にしてしまった。

 

「そんなに言うなら、まずは変身を解いてくれる?」

「……うーん、まあ、仕方ないか。分かった」

「えっ」

 

 思わず息を漏らす魔法少女達の前で、耕太郎はらびらびに聞かれたら激怒される決断を下した。

 

 耕太郎も誰にも正体を知られるな、という助言を忘れてはいない。連れ去られるという脅しも覚えている。しかし彼の悪癖をらびらびはまだ理解しきれていなかった。

 

 だが変身解除すると言ったものの、一向に耕太郎は動き出さない。とうとうしびれを切らしたクリアシャインが、挑発するように声をあげた。

 

「……どうしたの? 怖気づいたなら」

「いや、どうやってやるのか分からなくて」

「は?」

「なんか唱えたり、変身に使うやつ操作すればいいのかな。俺のこれなんだけど」

 

 耕太郎は首に下がる懐中時計を外し、魔法少女達に向けてぶらぶらと振る。それをじっとクリアシャインは観察していた。

 

 やがて彼女は無言で手を伸ばす。貸せというジェスチャーだと考えた彼は、躊躇なく時計をそこに置いた。

 

 真剣な面持ちで彼女は時計を弄り出す。とんでもない暴挙をしたアホは、間抜けな顔で馬鹿な独り言を呟いていた。

 

「今まで気づいたら変身解除してたし、そういえばやり方聞くの忘れてたなー」

「あの、今までって」

「二週間前の病院と、この間の繫華街の二回。どっちもレギオン倒して少ししたら、自然と元に戻ってたから」

「……病院」

 

 そう小さく呟いたきり、クリアオーシャンは口を閉じた。考え込む様に耕太郎も声をかけることが出来ない。クリアシャインが時計を弄る音以外音はなく、沈黙が野球場に満ちていた。

 

 数分ほど痛く冷たい空気が流れた後、その音すらも止まる。雰囲気に耐えかねていた耕太郎は飛びつくように問いかけた。

 

「どう、分かった?」

「……あのね、あたしたち魔法少女は普通、レギオンが出現している間は変身解除出来ないの、杖をどうこうしても、安全のために」

「じゃあどうしてって、あれか、ブラフ的な」

 

 魔法少女は解除出来ないということは、逆説的に言えば出来る者は魔法少女ではないということ。

 

 すっかり口車に乗せられていた耕太郎は、怒りも焦りもせずにただ感心していた。そしてそれよりも引っかかることが出来ていた。

 

「というか、今日もレギオン発生してたんだ」

「は、はい。ガイアが出現を確認してて、でもまだ見つけられてなくて」

「そっか。ちょうど噂をすればなんとやら、らしいよ」

 

 ガイアという初耳の名前、恐らくはクリアガイアという魔法少女に気を取られながらも、耕太郎の耳は敵を逃さない。

 

 彼が視線をグラウンドに下ろすのと、地面が揺れ始めたのはほぼ同時だった。

 

「下から来る、避けて!」

 

 三人それぞれ、別方向へと跳躍する。その後を追うようにマウンドが膨らみ、まるで噴火するように爆ぜた。

 

 土があちこちに飛び、投手板が粉々に砕け、更に黒鉄の怪物が地上に躍り出る。

 

「な、なにあれ!?」

 

 身体に比して大きく鋭い爪、細長い筒状の鼻先を持つ、円筒型の体型。

 

 幼い頃植物図鑑や生物図鑑を読み漁っていたクリアシャインは、無意識のうちにその名を叫んでいた。

 

「多分もぐら、モグラレギオン!」

「じゃあもぐら叩きの時間だ!」

 

 相手がなんであろうと耕太郎のやることは変わらない。

 

 着地の瞬間跳ね返るように飛び上がり、彼はモグラレギオンへ襲い掛かる。

 

 もちろん易々と受けるレギオンではない。すぐさま元の穴に飛び込み、耕太郎の一撃は空を切った。

 

「チッ、逃げたか」

 

 舌打ちしつつ耕太郎の視線は地面、グラウンド全体を警戒し続けている。魔法少女達への注意、警戒心など欠片も窺えない。

 

 だからこそ彼女達も頷き合い、彼の視界を補うように杖を構え始めた。

 

「おらッ!」

「そこっ!」

「えいっ!」

 

 だがそれからも耕太郎の拳は、魔法少女達の放つ魔弾もモグラレギオンには届かなかった。どれも地下に逃げられて躱され、ただ時間ばかりが過ぎていく。

 

 今も追いかけっこをしている耕太郎とモグラレギオンから一歩離れ、クリアシャインは忌々しげに呟いた。

 

「このままじゃ埒が明かない。何か作戦を考えなきゃ」

「ねえシャイン、ちょっといい?」

「その顔、もしかして何か浮かんだ?」

 

 こくりと頷いた後、クリアオーシャンは相棒の耳元で囁いた。耳のこそばゆさに耐えた後、クリアシャインはにやりと笑みを浮かべる。

 

「いいアイデアじゃない、気に入った。派手にやりましょう」

「それじゃあの人、えっと、グレイさんは」

「……しょうがない。一声くらいかけるか」

 

 いっそ巻き込んでしまえとクリアシャインは考えていた。しかし、心配を滲ませる相棒の声にそれは消えてなくなった。

 

 非常に甘く、そして姉の考えに反する考えではある。だが彼女は相棒のそういった部分をとても好ましく思っていた。

 

 だからこそかける警戒の声は大きく、どこか弾んでいた。

 

「今からぶっ放すから、早くそこどきなさい!」

「分かった!」

 

 そして素直に従い観客席へ退く耕太郎の姿もまた、彼女の機嫌を底上げさせていた。もっとも、それは本人も気づいてはいなかったが。

 

 とにかく耕太郎が退避したことでグラウンドには一瞬静寂が訪れる。モグラレギオンも動きを止めているのか、地面の振動も止んでいた。

 

 クリアシャインはこの隙を見逃さない。

 

「オーシャン、今!」

 

 そしてクリアオーシャンは相棒の指示を疑わない。彼女は瞳を閉じ、魔法に集中した。

 

 彼女の立つバッターボックスから生じた青の魔法陣が、球場全体を飲み込んでいく。グラウンドが青に染められていく。

 

「広がって、『グレイシア』!」

 

 そして願いと共にクリアオーシャンが魔法を解き放ち、その全ては氷と化した。

 

「うわ、グラウンド全部凍ってる」

 

 正確には全部ではない。魔法少女達の足元、そしてマウンドが存在していた場所のみ、ぽっかりと穴が開いたかのように土が顔を覗かせている。同時にそこには、モグラレギオンの開けた穴があった。

 

 クリアシャインは自身の足元、バッターボックスに開いた穴に勢いよく杖を差し込みながら口角を上げる。

 

「あたし、待つのって嫌いなの」

 

 非常に可愛らしい、もしくは恐ろしく攻撃的な笑顔がそこにはあった。

 

「だからさっさと出て来なさい!」

 

 呼びかけと共に杖から放たれたものは爆炎。その全てが、モグラレギオンの作り上げた地下通路を蹂躙していく。観客席でそれを眺める耕太郎の口から、えげつな、と引く声が漏れた。

 

 そして当然モグラレギオン本体もまた、土の中で火に襲われていた。クリアシャインの放つ炎は邪悪の存在を許さない。このままでは耐え忍ぶことなど出来ず、やがて核ごと焼き尽くされるだろう。

 

 よって耐えきれず飛び出した先で、彼は手を握り合いながら杖を向ける少女達を見た。

 

「オーシャン!」

「シャイン!」

 

 呼び合う声は信頼の証。重ねた想いは魔力となり、悪を討つ正義の光を生み出す。

 

「『クリアレイ・ストリーム』!」

 

 火と水、相反するはずの力がお互いを高め、強大な光の渦となってモグラレギオンを飲み込んだ。

 

 そうして星も月も見えないほどの輝きが夜空を貫いて、後には残ったのは光のシャワーのみ。

 

 恐らくはモグラレギオンだった欠片が、ひらひらと球場全体に降り注いでいた。

 

「……あれ受けたらさすがに死ぬなー」

 

 自身の攻撃とは比べ物にならない光景を前に、耕太郎の脳裏に走馬灯やら何やらが流れる。最終的には呆れを込めて、単純な感想のみを言葉にしていた。

 

 そんな耕太郎に迫る小さな影が一つ。

 

「耕太郎、この隙に離脱するぴょん」

 

 それは二手に分かれた結果、今回完全に蚊帳の外にいたらびらびだった。

 

「レギオンが消滅したことで結界も崩壊する、ここはもうすぐ現実に戻るぴょん。早く帰らないと球場の守衛に出くわして、後々面倒なことになるぴょん」

「そっか、警備の人いるんだ。でも変身してれば大丈夫じゃない?」

「正体はバレなくても妙な噂話が広がりかねないぴょん。ついでに守衛の彼らにも余計な仕事を増やしてしまうぴょん」

「それは大変だ」

 

 真夜中の球場で乱痴気騒ぎ、なんて新聞の一面を耕太郎は想像していた。

 

 それは不味いと、彼は遠く離れた魔法少女達に届くよう大声をあげる。

 

「警備の人そろそろ来るかもだってー! 俺先に帰るからお疲れ様ー!」

 

 別れの挨拶と同時に大きく手を振ってから、耕太郎は足早に野球場から立ち去った。

 

 あまりにも自然、まるで友達か何かに話しかけるような口振りに魔法少女達は反応出来ず、そのまま彼を見送ってしまう。クリアシャインなどは手を挙げかけてすらいた。

 

 その手をこっそりと戻しながら、彼女は友人の顔を窺う。

 

「……体よく逃げられた、というよりは」

「なんというか、普通に帰られちゃったね」

 

 そしてそこに柔らかな苦笑いが見えたから、とりあえず今日はこれでよしなんて、彼女は一人勝手にまとめていたのだった。

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