らびらびは妖怪らしく、もとい妖精らしく神出鬼没だ。
魔法少女関係の話がある時だけ姿を現すかと思いきや、時々益体もない話をしに出て来ることもある。
この間なんか、何故か美味しいするめ焼きの焼き方だけ話してすぐに帰って行った。するならせめて現物持って来てよ。
そういう訳で俺から話があっても、相談したいことがあっても、らびらびの気分に左右されてしまう。
だから俺はこの日、ようやく部屋に現れたらびらびへ勢いのまま自説を叩きつけた。
「実はこの世界は貞操逆転じゃなくて、百合系魔法少女の世界だったんだよ!」
「……耕太郎がとうとうストレスで壊れたぴょん」
「壊れてない!」
らびらびの瞳には憐みだけが浮かんでいた。超腹立つ。
「ならどうしていきなりそんなこと言い出したぴょん?」
「俺が一人で外出ると起きるやつ、植木鉢のやつ考えて思いついたことがあって」
「……ああ」
嫌そうにらびらびが息を漏らす。そういえばらびらびは俺と違って植木鉢が直撃してたし、なんならその後トラックに轢かれてペラペラになってた。俺よりもっと被害者だった。
「あれについて、ここ二週間くらい色々試して分かったことが三つあるんだ」
第一に、あの現象は俺が一人で出歩いている時にしか起こらない。なおらびらびは人間じゃないから除く。
七海ちゃんと買い物に行ったり、クラスメイトと一緒に下校したり、外に出る機会はこれまで数多くあった。その全てで植木鉢は飛んで来なかった。なんなら周りに知らない人、通りすがりがいる時も同じだった。
そのためあれが起こるのは本当に俺一人の時だけ。よって恐らくあの不可思議は俺だけを狙った現象だと考えられる。
次に、どう考えても魔法か何かの超常現象であること。
トラックはともかく、普通植木鉢はあんなに飛んでくるものじゃない。それに避けた後片付けようと周りを見ても、欠片どころか痕跡一つ残っていない。いつも完全に消えている。幽霊植木鉢だ。
最後に、女の子と多めに関わった次の日は規模が大きくなること。特に複数の子だと倍率ドン、魔法少女相手だと更にドンって感じになる。
あからさまに恣意的、誰かの意思を感じる。男が女に近寄るな、という強い怒りのようなものが透けて見える。
俺は昔この手の感情を見た、聞いたことがある。
魔法少女系のアニメを見ていた田中の兄ちゃんが、かつて鼻息荒くして同じようなことを言っていた。きっとあれと同じだ。
こうして三つの根拠と推論を並べた後、俺はらびらびに向け改めて結論を述べる。
「だからあの植木鉢は男が女の子に挟まったことへの、百合の神様による天罰みたいなものだったんだよ!」
「世迷言ぴょん」
「急に切れ味が凄い」
正直自分でも冗談半分だったけれど、想像以上にばっさりと切り捨てられた。
この分だと百合系の作品には男の存在を出来るだけ削除してるのもあって、その流れで男も減ったんだよ、みたいな話をしたら滅多切りにされそうだ。
その予想は多分正しかった。続くらびらびの確認は呆れに満ちていたからだ。
「そもそも百合というのは、恐らくは耕太郎の言い方から察するに、女の子同士による同性愛のようなもの、で合ってるぴょん?」
「大体そんな感じ」
「ならまずそこがおかしいぴょん。耕太郎にはまだ分からないだろうけど、その手の関係には隠しようのない独特の臭いがあるぴょん。あの子達にはまったく感じないぴょん」
「えっと、女の子同士の関係性なら、なんでも百合だーって言う派閥もあって」
「戯言ぴょん。なんでもなんて、所詮物事の判別がつかない愚か者しか使わない言葉ぴょん」
「語気も強い」
戯言も愚か者も、おおよそマスコットが使う言葉じゃない。
引き出したのは俺だからそこは一旦横に置き、事実については強調する。
「原因はともかくとして、女の子と関わった次の日密度が凄くなってるのは本当なんだ」
「確かにそれは認めるぴょん。いつも冷や冷やしながら見守ってるぴょん」
「……らびらびって、普段何してるの?」
「おっと、プライベートは秘密ぴょん」
「うざ」
いつでもどこでも俺の傍にいるだか、サポートのために待機しているだか。
前に言っていたことはある程度事実、いつも俺のことを見ているのは本当らしい。マスコットというより、どっちかと言えばストーカーっぽいけれども。
今俺をじっと見る目もそれっぽい。ぬいぐるみもどきだから当然かもしれないけれど、一切瞬きもしない。おかげでますます不気味、ホラー係数が増加していく。
そんな馬鹿げたことを考える俺とは異なり、らびらびの問いは真剣なものだった。
「それなら耕太郎、今後魔法少女との接触は避ける、説得は諦めておくぴょん?」
「んー、やめない。どうせこの先も出くわすのは変わんないから、せめて襲われないくらいにはしときたい」
「……」
無言で俺を見つめる瞳には心配が宿っている。それなりの付き合いになってきたからその程度は分かる。
だからそれを晴らすため、俺はあくまでも軽い調子でらびらびに告げた。
「大丈夫大丈夫。危なくなったら、今までみたいに逃げれば平気だからさ!」
そんな油断をしていたことを、この日耕太郎は早速後悔していた。
「なにこれ硬。出れないんだけど」
「ふふん、当然。今日のは姉さんが張った特別品なんだから!」
半透明の壁を叩く彼に声をかけるのは赤の魔法少女、クリアシャイン。彼女は身内の自慢を、それはもう鼻高々としていた。
今日も出現したレギオンと戦うため、耕太郎とらびらびは狭間森林公園にある結界へと向かっていた。ここは文字通り市の管理する、木々が並ぶ森のような公園だ。
結界内は常と同じく暗く、また森林のせいで視界が著しく悪い。
よってレギオンは見つからず、捜索のため彼らは今日も二手に別れた。そしてそれから早々、耕太郎はクリアシャインと出くわした。
まるで居場所が分かっていたような出会いに彼は驚き、体勢を立て直すため一度出直そうとした。しかしこの通り、結界により逃げ道を阻まれた形となる。
結界と魔法少女の挟み撃ち。周囲をさりげなく警戒しつつ、耕太郎はクリアシャインへと探りを入れる。
「前から思ってたんだけど、その姉さんって誰?」
「クリアガイア。ここにはいないのは補助専門だから。結界の外からこの杖を通じて助けてもらってる」
「……素直に教えてくれるんだ」
「まあ、これくらいはね」
赤い毛先を弄りながら、クリアシャインは言葉を選びつつ呟いた。
そこで耕太郎も気がついた。一、二回目の出会いとは異なり、未だ彼女は臨戦態勢を取っていないことに。彼はそこに光明を見出すことにした。
「それなのに、まだ俺のこと疑ってるの?」
「……正直、半々ってところ。滅茶苦茶に怪しいのは変わらないけど、もしかしたら悪い奴じゃないかもって気もしてる」
「そっか。だったら」
「オーシャンは信じたいみたいだし、でも姉さんはあれこれ言うし、だからあたしもどうしようかずっと迷ってて。それで昨日お風呂に入ってた時、全部解決する名案が思い浮かんだの」
名案を自称するものは大抵の場合そうでもない。
どこかで聞いたような話、偏見が耕太郎の脳裏に過ぎる。そして残念ながら、今回はその通りとなった。
クリアシャインは髪を弄っていた左手を降ろし、代わりとばかりに右手の杖を耕太郎に力強く向ける。
「一回ぶっ飛ばしてみれば、それで全部分かるってね!」
「うわ、脳筋だ!」
「ぶっ飛ばした後変身解除したら人間、消し飛んだらレギオン! 分かりやすくて一番スマートでしょ!」
ぶっ飛ばされる耕太郎の気持ちを考えなければ、それは確かに呆れるほど有効な一手だった。少なくとも確実にその正体は判明する。
クリアシャインとしてはそれが宣戦布告のつもりだったのか、言い終えるのと同時に杖の先に赤い光が宿った。
魔弾の前兆だ。耕太郎も既に幾度か見ている。そのため胴体目掛けて放たれたそれは、いとも容易く回避出来た。
そしてクリアシャインもまた、これまでに何度も耕太郎の動きを見ている。よって魔弾が避けられるのは織り込み済みだ。
すぐさま彼女は前に踏み込み、杖を大きく振り上げた。先ほどより一回り大きな球が杖の先に生まれ、分裂し、バラバラの動きで敵へ襲い掛かる。
耕太郎はその一つ一つを避け、時に叩き落としながら、クリアシャインへ文句を叩きつけた。
「俺の相手してて、ここのレギオンはどうするの!?」
「オーシャンに任せてる! 今のあの子なら一体くらい余裕で相手出来る!」
「いい信頼だなぁ、こんな時じゃなきゃ!」
耕太郎は浮かび上がる舌打ちを堪え、その代わりに賞賛を口から出した。クリアシャインの返答は無言と少し上がった口角だけ、手加減は返ってこない。
さて、願いと素質により彼らが魔法少女と呼ぶ力の種類、強さは異なる。
たとえば耕太郎であれば『自由に動く身体』という願い、特異な立場による最上級の素質もあって、魔法少女としても最高峰の身体強化を得ている。
そのため数値で比較すれば、クリアシャインでは力、速度ともに到底及ばない。よってここまでの至近距離、接近戦において、本来耕太郎が負けることはありえない。
「いい加減、当たりなさいっ!」
だが、耕太郎は酷く甘い。
彼は女の子、それもなんとなく年下だと感づいている相手に対し、拳を振るうことなど絶対に出来ない。
こうして自分から暴力を封じた耕太郎に出来ることは少ない。こと戦闘となれば、あとは精々が回避と防御程度のみ。逃走も結界に封じられている。
「『ブレイズリッパー』っ!」
「やば」
そのため戦いが続くにつれて、いずれ追い詰められるのは当然の話であり。
「ぐっ」
クリアシャインの振るった光の鎌、魔法で作り上げられた赤い刃が肩を貫くのもまた、回避の出来ない結末だった。
焼けつくような感覚に耕太郎は苦悶の息を微かに漏らす。多種多様な痛みに慣れている彼だったが、魔法とはいえ麻酔抜きで刺されるのはさすがに初めての経験だった。
また、彼が感じるのは痛みだけではなかった。同時に何かが流れるような、濡れて張り付く不快な感触を覚えていた。
それは右肩、傷口から流れていた。鎌の刃先が貫通した先から血が流れ、纏った白衣は赤く染められていく。
「へぇ、知らなかった。俺って、血流れる系の、魔法少女、だったのか」
痛みを誤魔化すための軽口に反応する者はいない。
らびらびは今も結界の内部を彷徨っていて、クリアオーシャンはレギオンと戦闘中。
「……なんで」
そして眼前のクリアシャインは大きく震え、目から光を失っていた。
杖は無意識のうちに手から離れ、同時に光の鎌も消えて地面に落下する。傷口を塞ぐものが消滅したことで、肩から更に血が漏れ出る。
耕太郎は痛みに息を呑み込み、クリアシャインは結界中に響く悲鳴のような声をあげた。
「なんで、血が流れてるの!?」
状況を考えれば、普通耕太郎の方がその声を出すべきだろう。
しかし彼はクリアシャインの尋常ではないその様子を見て、一呼吸だけ思考を回す。
それから痛みを噛み殺し、冗談でも口にするような口調で答えた。
「なんでもなにも、俺、生きてるし」
「そうじゃない! なんで変身してるのに血が流れてるの!?」
「あっこら、触るなっ。血は、感染症が」
耕太郎はそれ以上口を開けなかった。突然駆け寄って来たクリアシャインに傷口を押さえられ、痛みに噤んだからだ。
「血が流れるってことは、怪我したら死んじゃうじゃない……!」
何よりもそう零すクリアシャインの声が、泣きそうなほど悲嘆に満ちていたからだ。
彼女は止血しようと懸命に手で押さえたが、それは何の意味もない。彼女は耕太郎の肩を貫いた。片方を塞いだところでもう片方から漏れ出るだけ。必死の行いも、ただ彼を余計に痛めつけるだけだった。
だが彼がその痛みに耐えるだけの時間はそう長く続かなかった。時間にしておよそ一分も経たない内に、異なる少女の声が結界内に響く。
「シャイン!?」
突如駆けつけたクリアオーシャンの注意が、クリアシャインの血に染まった手に、耕太郎の赤黒くなった白衣に向いた。
彼女は大きく目を見開き、相棒同様に顔を真っ青にしながら呆然と問いかける。
「うそ、血が、どうして」
「見ての、通り。オーシャンこそ、どうして? レギオンは」
「わ、私はガイアから連絡が、あっガイアは私たちの仲間で、さっき二人が大変だって教えてもらって、えっと、そう、ガイアはこの杖を通じて辺りを確認出来て、連絡も出来て、実はこれ、私たちの変身にも使ってて」
「ふ、ふふ、ちょっと、落ち着いて」
クリアオーシャンの絵に描いたような狼狽っぷりに、思わず耕太郎から笑みが零れる。
彼に自覚はないが顔は血の気が引き、魔法少女達よりもはるかに青ざめていた。笑う声は痛みに乱れ、パニックになりかけていたクリアオーシャンよりも儚かった。
その顔を見て、声を聴いて、彼女の震えが止まる。それから深呼吸をしてすぐ、彼女は自分の顔を思い切り叩いた。
「そうです、ごめんなさい。今は、私がしっかりしないと」
赤くなった頬を携えて、クリアオーシャンは顔をあげる。この場で誰よりも強い輝き、意思が彼女の瞳に宿っていた。
彼女は相棒に近づくと無我夢中に置かれた手をそっと外し、今度は自分の手をそこに、耕太郎の傷口に近づける。
「いや、君もかよ。血は、感染症があるから」
「治すので、じっとしていてください」
耕太郎の注意はクリアオーシャンの手から放たれる、温かく青い輝きにより打ち切られた。
その美しい光に目を奪われたのもある。またそれ以上に、肩の感覚が彼の思考を引き寄せていた。痛みが引いている。
「魔法って、こんなことも出来るんだ」
「どちらかというと、こっちの方が得意なんです。でも、こうして怪我をした人を、血を流した人を治すのは初めてで」
「……もしかして、普通変身してたら怪我とかしないの?」
「はい。痛みはありますけど、なんていうか、攻撃を受けてもキラキラしたものが出るだけで」
「それはファンシー、いやギャラクシー? な感じするね」
神秘系なんだなぁ、などと冗談染みた場違いな相槌はクリアオーシャンの耳に入っていなかった。
彼女は息が止まりそうなほどに真剣なまなざしを、耕太郎の傷口へ向けている。信念すら感じるその瞳に、彼も自然と口を閉ざした。
やがて光が収まった後、一度彼女は大きく息を吐く。
「終わりました。グレイさん、痛みは」
「大丈夫。うん、凄い。全然痛くない、もう完全に治ってる」
耕太郎は心の底から感嘆していた。触れた右肩に痛みはなく、それどころか穴も消えている。
前述の通り、魔法少女には力の方向性がある。クリアオーシャンのそれは癒しだった。彼女の力は、本来死する者すら引き戻せるほどの強力な可能性を秘めている。
だがそれほどの魔法をもってしても、治療出来ない傷はある。
「……そんな、あたしどうして、ごめん、ごめんなさい」
耕太郎から引きはがされ、地面に座り込むクリアシャインへ効く魔法をクリアオーシャンは持っていない。
それでも彼女は友人の背中に手を回し、何度も何度も優しく摩り続けた。魔法などなくとも、彼女の本質はそこにあった。
「ごめんなさい、グレイさん。今日はこのまま帰ってください」
「でもこの感じ、多分レギオンまだ倒してないでしょ。それにこの子も」
「私が倒します。シャインのことは、ガイアがすぐ迎えに来てくれます」
これまでの邂逅で耕太郎に見せていた弱気なものとは違う、強い輝きがクリアオーシャンの言葉には満ちていた。
それを目の当たりにして言われるがまま帰るなど、耕太郎には出来ない。
「レギオンは俺に任せて。シャインには、ごめんって伝えておいて」
「えっでも」
「いいから! じゃあまた今度!」
乱暴に言い切って、彼は二人を置いて逃げるように駆け出して行った。
森の中を走る彼が向かう先は羽音、何か耳障りな音がする場所。強化された聴覚は、否が応でも彼に敵の居場所を告げている。
「ああもう、イライラする」
その怒りの原因は果たしてどこにあるのか。刺されたことか、その後の悲鳴か、この不協和音か、それともそれ以外か。
とにもかくにもその苛立ちは地面に、木に止まる黒い影、蝙蝠のようなバットレギオンに向けられる。
全力で踏み込んだ足は大地を、木々を大きく揺らす。バットレギオンの止まる木は、彼の重量もあって一層揺れた。
抗議のつもりなのか、彼は自身の能力でもある超音波を発する。
強力な波動は脳に錯覚を引き起こし、たとえ魔法少女であろうとも身動きを取れなくさせてしまう。
だがそれでは、放たれた弾丸は止められない。
「うるせぇ、消えろ!」
超音波よりも先に跳び上がっていた耕太郎に一撃で蹴り砕かれ、バットレギオンはなすすべもなく爆散した。