ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第十九話「日常と厄災の境界線」

 大きなショッピングモールには大きめの映画館があることが多いと、かつて田中の兄ちゃんが教えてくれた。

 

 そしてウィンドウショッピングで待ち時間も潰せる、相手の趣味も探れるからデートなんかにもちょうどいいぜ、などと訳知り顔で語ってもいた。エアプの癖に。

 

 デートではないけれど週末の今日、俺と時枝親子はちょうどそこに、駅前のショッピングモールにある映画館を訪れていた。

 

 今日の上映予定タイトルが並ぶモニターを、隣に立つ七海ちゃんと一緒に見る。どれもこれもまったく見覚えのないものばかり。

 

 だから俺の興味を一番引いた映画は、はっきり言ってこの世界みたいなC級だった。

 

「見て七海ちゃん、アリVSアリゲーターだって。これ絶対語感だけで決めてるよね」

「うわぁ、絶対面白くない。あっ兄さん、ちょうどそれ予告やってるよ」

 

 七海ちゃんに袖を引かれ、天井からぶら下がる大きなモニターの前まで移動する。

 

 予告の映像は、凄まじかった。とりあえずこの世界のモンスター映画では、金髪のビッチじゃなくて金髪のマッチョが最初の犠牲者になることだけは分かった。

 

「おー、凄い。この三十秒で期待値がますます下がった。逆に才能を感じる」

「……これ、見てみたい?」

「怖い物見たさはあるけど、さすがに最初がこれはなぁ」

「だよねぇ」

 

 苦笑いを交わし合う。七海ちゃんはクソ映画愛好家ではなかったらしい。

 

「お母さんは何か見たいのある?」

「なんでも大丈夫。お母さんは二人となら、どんな泥船でも乗るから!」

 

 予告を見た感じ、あれは泥船どころか船になっているかも怪しい出来だった。どうしてこの規模の映画館で上映しているかも分からない。まさか館長の趣味とか。すこぶる悪い。

 

 そんなものでも葵さんは大丈夫だと言う。一点の曇りもない言葉と笑顔に、俺は都市伝説だと思っていたものを感じた。

 

「あれはまさか、噂に聞く後方保護者面?」

「お母さんだからあってるよ」

「確かに」

 

 俺の感情はともかく、葵さんは立派な保護者だった。あの面をする資格は十二分にある。

 

「七海ちゃんが見たいのないなら、今日は見なくてもいいかな」

「私はいいけど、兄さんはいいの?」

「せっかくだから、変な話だけど厳選したい。初めてはいい映画が見たい」

 

 目が覚めてからこの一か月、俺は時枝家やら学校やら魔法少女やら、とにかく嘘みたいな現実について行くだけで精一杯だった。

 

 それだからかこういうもの、本や映画みたいなフィクションについてはほとんど触れられていない。よって吟味も出来ていない。

 

 俺の返事に七海ちゃんは納得した感じで頷いてくれた。映画館はなんとなく立ち寄っただけ、今日はこれが目的じゃないのもあるからだろう。

 

 葵さんもまた、後方保護者面のまま力強く了解してくれた。いったいいつまであの顔してるんだろうか。

 

 疑問を覚えつつ映画館を出てすぐ近く、エスカレーター横にあるショッピングモールの案内板まで移動した。

 

 通行人の注目が集まるのを感じながらそれぞれに、俺を見ていない通行人にも視線を返していく。数え切れないほど、生で見たこともないほどの人達がいる。

 

「人が多いなー」

「えっとね兄さん、一応言っておくと、迷子センターはあっちだから」

「それは体験したくないなぁ」

 

 最悪の未来を想定した七海ちゃんが、親切にも案内板を指差して教えてくれた。

 

 なるべく色んなことを経験したい身ではあるけれど、さすがにこの歳でそれは。

 

 気を取り直して、絶対に迷子にならないと決意して、改めて目的地を探す。

 

「うん、店も多いね。服屋ってどれ?」

「この色だよ」

「色」

 

 まさかの色で指定された。多い。塗り絵かよ。

 

 思わず圧倒される俺の肩に葵さんは手を置こうとして、思い出したようにすぐ引いた。それから何かしらの有識者みたいに腕を大げさに組む。

 

「無理して見て回るものじゃないよ。とりあえずぶらぶらして、途中気になったお店があったら入ろっか」

「冬用のコート見に来たのに?」

「そうだけど買い物、特に服なんて一期一会だから。気に入ったものがなさそうだったら、また今度にすればいいの」

 

 もう今は十一月の初旬に入って秋もラストスパート、冬の入口が見えて来た。

 

 今まで着ていたコートでは寒いからと、今日はこうして葵さんのたまの休みにショッピングモールまで連れて来てもらっている。

 

 遠慮は出来ない。普段の葵さんから考えるに俺が選ばないと、似合いそうだったからー、なんて理由で三着くらいプレゼントしてくれそうな気がする。

 

 実際一緒にいる今でさえ、葵さんの瞳はキラキラと期待のようなものに輝いていた。

 

「こうくんは格好いいからねー。今もきゃーきゃー言われてるし、ちゃんと似合うもの選ばないと!」

「……え、そうなの? 全然聞こえないよ?」

「ななちゃんにはまだ早かったかな。お母さんイヤーはね、子供への誉め言葉は絶対聞き逃さないの!」

 

 変な技名が出て来た。葵さん世代にしてもセンスが古い。

 

 それはそれとして、魔法のおかげで俺も耳はかなりいい。ショッピングモールに来てから男という物珍しさもあってか色々と、たくさんの視線や声を集めていることは気づいていた。

 

 今だって少し離れたお店の前に立っている、大学生風二人組からの注目を肌と耳で感じている。

 

「あそこの案内板の前にいる子さぁ、めっちゃよくない?」

「いいけど、どう見てもまだ中学生くらいじゃん。あんた、まさか」

「いやいや将来性、将来性を見込んでだから」

「それならまあ、確かに。あと何年かしたら、凄くいい男になりそう」

「家族と仲良さそうなのもいいよね。顔色、立ち方からして健康そうなのもなおよし。服的にも、あれは絶対いいとこの子だ。うーん、見れば見るほど将来性バッチシだぁ……」

「見込み方が怖すぎるんですけど」

 

 あれは誉め言葉というより、むしろ警備員を呼んだ方がいいものかもしれない。

 

 最初は誇らしげにしていた葵さんも気づけば真顔になっていた。いつも朗らかだからか、ギャップで恐ろしいほど迫力がある。

 

 七海ちゃんも聞こえてはいないようだけれど、俺達の雰囲気でなんとなく内容は察したらしい。その上で何故か突然、妙なやる気を出し始めていた。

 

「安心して兄さん。そういう人来ちゃったら、今日は私が守るからっ」

「……前も言ったけど、自分でなんとかするから気にしなくていいよ?」

「大丈夫、任せてっ。陽香ちゃんに格好いい見得の切り方、この間教えてもらったの!」

 

 そう言って七海ちゃんはへなちょこな構えを取っている。決めた。もしナンパの類が来ても自分でなんとかしよう。

 

 けれども幸いなことに注目こそ集めたものの、その後も特に事故は起こらなかった。

 

 いくらなんでも保護者同伴に声をかける人はほとんどいないこと、葵さんが時折放つ無言のプレッシャーのおかげだろう。七海ちゃんの奇妙なポーズはただ可愛いだけだった。

 

 そんなこんなでぶらぶらと歩いている内に、昼食の時間が近づいていた。

 

「お昼ご飯何食べたい?」

「……食べるところもいっぱいあるなぁ。滅茶苦茶悩む」

「ふふふ、帰って来たらななちゃんにも聞いてみようか」

 

 その七海ちゃんは少し前にトイレに向かって走った後、すぐに戻ってきて急いで下の階、四階へと駆け下りて行った。どうも混んでいたらしい。ショッピングモールは広くて面白いけれど、こういう時は大変そうだ。

 

 そういう訳で今は葵さんと二人。この間のこともあって、一週間経っても未だに若干気まずい。それでも葵さんはさすがだった。

 

 大人らしくあれはなかったかのように振る舞いつつ、俺の拒絶を理解して以前のようにべたべたはまったくしてこない。

 

 なのに俺は勝手になんとも言えない気持ちになって、なんとなく気持ちを誤魔化すために周りを観察して思考を逸らす。

 

 大昔にイメージした通り、ショッピングモールは家族連れが多かった。今俺の前を横切った小学生くらいの子供二人と大人達も、恐らくは姉妹と母親だろう。

 

「今日はここでご飯食べよっか。何がいい?」

「パスタ!」

「焼肉!」

「お昼から焼肉は重いなー、胃的にも財布的にも」

「えー」

 

 その親子連れは三人で手を繋ぎ、とてもありふれた退屈な、幸せそうな話をしていた。我ながら酷く不審だけれど、思わず聞いていて頬が緩む。

 

 その時ふと思った。あの人達は俺達と似たような会話をしている、立場上親子という同じ組み合わせ。

 

 だからもしかすると、俺達も周りからすると同じように見えているのかもしれない。

 

 正直、複雑だ。このまま過ごしていけば、いつか俺もああいう風になるのだろうか。なれるのだろうか。一人亡くなったあの人を置き去りにして、なってしまうのだろうか。

 

「こうくん、フロアマップ見つけたよー!」

「あっうん。今行く」

 

 無用な感傷を引きずりかけた俺を、少し先を歩いていた葵さんが引き戻す。

 

「こうしてみるとレストランもたくさんあるね。フードコートもあるし、うーん」

 

 呼ばれた先にあったのは、服屋を探した時と同じ案内図。違うのは階層くらいで、また色に圧倒されたのも一緒だった。食べるところも多すぎる。

 

 そしてどれも行ったことのない場所ばかりで決めかねる。どうやら葵さんも同じようで、意見を求めるために振り返ろうとして。

 

「こうくんは何か、気になったお店は」

 

 その言葉の途中で、葵さんは消滅した。

 

 世界は俺に驚く間も与えない。同時に全ての明かりが消え、楽しげに流れていた音楽も消失する。それだけじゃない。周囲を見渡せば、葵さんどころか全ての人がいなくなっていた。

 

 ぱんぱんに詰まった買い物袋や子供の抱えていたぬいぐるみ、食べかけのソフトクリームなどが床に散乱している。人がいたという痕跡だけが不気味に残されていた。

 

 動揺の中、必死に頭を回す。知っている、そうだ、俺はこの現象を見たことがある。

 

「これは、結界だ」

 

 世界は異物の存在を許さない。排除、隔離するためならどれだけ不自然、強引な手段でも振りかざす。

 

 その代表例がこの結界。レギオンが出現した際に、世界が異物を隔離するため生み出すもの。よって正常なものは結界に囚われず、基本的に普通の人間は中に存在しない。

 

 ただし、契約前の俺のように例外もあるとらびらびは言っていた。いつも結界に入った後すぐ分かれるのは、そういう人達がいないか念のため探すためでもあるらしい。

 

 教えられた知識を思い出し、現状を整理する。冷静になるよう感情も整える。

 

 大丈夫だ、葵さんは消えた、死んだわけじゃない、結界の外にいるだけ。七海ちゃんだって同じだ。二人とも無事、現実のショッピングモールにいる。

 

 だとしても結界の外も中も、時間は流れ続けている。葵さんがいきなり消えて俺が驚いたように、向こうも今頃俺を探しているかもしれない。早く確認して終わらせないと。

 

 びりびりと首筋に走る嫌な感覚、直感のようなものを信じてレギオンの気配を探す。それは吹き抜けの下から来ている。

 

 導かれるように手すりを掴んで覗き込んだ先、一階の広場には見覚えのある黒の巨体が横たわっていた。

 

「あれは、病院の時の……」

 

 黒い巨大な卵のような、繭のような何か。

 

 サイズは少し小さいものの、あの夜と同じものだ。見るだけで肌が震えざわめき、心臓が畏れに早鐘を打つ。

 

 本能が知らせている。あれから出現するレギオンは、病院の時のように強大なものになるはず。最近の人型サイズとは違う、スパイダーレギオンと同じ怪獣のような。

 

 いつも以上に放っては置けない。あんなものが現実に、このショッピングモールに現れたらどれだけの人が犠牲になるか。

 

 変身に使う懐中時計をポケットから取り出す。この間の怪我を思い出して、一瞬肩が痛んだような気がした。

 

 あれからずっとらびらびには会えていなくて、おかげでこれも返し損ねていた。クリアシャイン達と違い、俺だけ血を流す理由も結局聞けていない。

 

 だけどこうなった今、それは後回しだ。あの巨大なレギオンを打ち砕くため、変身のため懐中時計を掲げ唱える。

 

「幻葬」

 

 しかし何も起こらなかった。

 

「……? えっと、幻葬」

 

 何か言い間違えたかと思ってやり直しても、時計は何も答えてくれない。

 

「幻葬っ。幻葬―! げーんーそー!」

 

 加えて発音と音量を変えて何度繰り返しても、俺の声が結界内に空しく響くだけ。

 

 今日もまた妙な気配はするものの、それ以上はうんともすんとも言わず、懐中時計は延々と沈黙を守り続けていた。

 

 まさか壊れたのか? それとも充電的な何かが必要で、らびらびに返せてないからそれが尽きたとか。

 

 変身出来ない理由が分からず、ただ焦りだけが募っていく。とりあえず時計を叩いたり振り回したりしている内に、何かが風を切る音が聞こえた。

 

 顔を上げれば影。そこには白いウサギのぬいぐるみもどき、らびらびが浮かんでいた。

 

「通常、レギオンが現れるのは夜だけぴょん」

「らびらび、いつの間に」

「でも今日は満月、厄災の日ぴょん。起こりえないことが起きる日ぴょん」

 

 そう言われて初めて思い出した。朝の天気予報でも言っていた、今日は満月だった。

 

 月に一度、満月の頃に訪れる強力なレギオンが現れる日。それが厄災の日。

 

 俺が初めて変身したのも、病院で戦ったスパイダーレギオンが生まれたのもそうだった。

 

「時間帯からして、あのレギオンの特性は早熟ぴょん。夜を待たずにあれは生まれ、この世界を破壊するために活動を始めるぴょん」

「平日に来たら困る奴だ。でもよかった、ちょうど俺いたし」

「……」

「あっそうだ。らびらび、さっきから変身出来ないんだけど、これも厄災の日がどうのこうのの影響?」

 

 アイテムの封印による変身妨害。作品によって手段は違うけれど、この手のフィクションでは定番のイベントだ。

 

 残念ながら俺には原因も対策も思い浮かばないものの、妖精のらびらびなら何か知っているだろう。いつもやたら用意周到だから、フリップ付で説明してくれるかも。

 

 そんな俺の甘い予想は、あっさりと裏切られた。

 

「それはらびらびがロックしているから。君に変身させないようにしているからぴょん」

 

 原因、犯人はらびらびだった。

 

 どうして、なんて聞くことも出来ない。驚き息を呑む俺に対し、らびらびは重ねて意味の分からない助言を俺に告げる。

 

「これもいい機会ぴょん。耕太郎、君はもう魔法少女なんてやめた方がいいぴょん」

 

 相変わらず表情は変わらない。それでも、その言葉はどこまでも真剣だった。

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