ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第二十一話「共闘」

 ショッピングモールの一階広場。普段は様々なイベントが執り行われる場所で今、魔法少女達が黒鉄の怪物と戦っていた。

 

 赤と青の少女に牙を振るうのは巨大なハサミと尾を携えた、車の数倍は大きいサソリのような何か。その容貌を見た彼女達は、今回のレギオンをスコーピオンレギオンと命名した。

 

 そしてそのスコーピオンレギオンとの戦闘は、今のところ魔法少女の旗色が悪かった。

 

「ぐっ、重いっ」

 

 二人が咄嗟に張った障壁に、スコーピオンレギオンのハサミが容赦なく叩きつけられる。鋼鉄が衝突したような強烈な衝撃が響き、障壁が軋む。彼女達の顔が歪んだ。

 

「シャイン、このままだと!」

「爆発させて距離取る! タイミング合わせて、壁出して!」

「か、壁? うん、分かった!」

「よし! 三、二、一、今っ!」

 

 クリアシャインが炸裂させた爆撃はスコーピオンレギオンのハサミを弾き飛ばし、同時に彼女達の身体も後方へ吹き飛ばす。

 

 ただしクリアオーシャンの作り上げた水の壁により、爆発が彼女達を傷つけることはなかった。

 

 こうして攻撃を弾いた上で、彼女達は一度スコーピオンレギオンから距離を取ることに成功する。積み重ねた戦闘経験の賜物だった。

 

「無事!?」

「う、うん、大丈夫っ」

 

 だが安心するのも束の間、スコーピオンレギオンは猛攻の手を緩めない。

 

「また来る!」

 

 弾かれたハサミの代わりにスコーピオンレギオンが今回振るおうとするのは、その身の丈に見合うほど巨大な尾。

 

 尾の先は鋭く尖っており、魔法少女達の小さな身体など容易く貫く。現象的には、むしろ両断という表現の方が正しいだろう。

 

 また、先が刺さらずともその重さと大きさを考えれば、そもそもぶつかった時点で到底無事では済まない。

 

 先ほどのハサミの衝撃を思い出しながらも、彼女達は果敢に杖を構えた。

 

「おらぁッ!」

 

 だが突然上から降って来た白衣の少年クリアグレイ、耕太郎がその尻尾を蹴り落とす。その反動で彼は再び上へ、二階まで跳び上がった。

 

「あれは、グレイさん……?」

「っ」

 

 クリアオーシャンが呼ぶ名に、その顔に、姿に、クリアシャインは奥歯を噛み締めた。

 

 彼女が耕太郎に刃を突き立ててから約一週間。たったそれだけの時間で拭い切れるほどその感触は、後悔は浅いものではない。

 

 勇敢にレギオンへ向けていた杖は力なく垂れ下がり、握る手は強く震えている。瞳もまた、感情のまま大きく揺れていた。

 

 それでも視線は逸らさない。犯した罪から逃げてはならないと、彼女は無意識のうちに自らを戒めていた。

 

 中身の分別はともあれ、それほどの視線をぶつけられていれば耕太郎もすぐに気付く。

 

 そこで彼は親指で自分を勢いよく指差し、

 

「俺は!」

 

 続いてその手を思い切り横へ払い、

 

「あと!」

 

 五文字の言葉を力強く叫んだ。緊迫した雰囲気を完全に無視したアホの振る舞いだった。

 

 音に反応したのか、それとも先ほど防がれた復讐か。スコーピオンレギオンは再び尻尾を構え、二階の縁に立つ耕太郎に向けて突き刺す。

 

 彼はひらりと跳び上がりそれは回避、砕け散る手すりとガラスを背景に、クリアシャイン達の傍へと着地した。

 

 そして一瞬スコーピオンレギオンの様子を確認した後、未だにぽかんと口を開けたままの魔法少女達へ問いかける。

 

「だからここはまず協力ってことで。それでオッケー?」

「……! はい、よろしくお願いします!」

 

 すぐさま反応したのはクリアオーシャン。彼女は耕太郎の提案を素直に受け止め、礼儀正しくお辞儀した。

 

 片割れが受け入れたということは、続いて相棒に意見が求められるのも当然のこと。

 

 二人分の期待を向けられた彼女は自身の赤い毛先を弄りながら、酷く硬い声で頷いた。

 

「分かった。でもあんたのことは、後でちゃんと話すから」

 

 こうして魔法少女達とまがい物の間に、束の間の共闘が成立する。

 

 耕太郎は一度軽く笑った後、かちかちとハサミを鳴らして威嚇のようなものをしているスコーピオンレギオンを指差した。

 

「ところであれ、やっぱり硬い?」

「えっと、はい。さっきから何度も攻撃してますけど」

「全然無傷と。こういう時は、そう、関節を狙えって言われた」

 

 彼は病院での戦い、スパイダーレギオンのことを思い出していた。

 

 どちらも黒い鋼のような甲殻に包まれており、非常に高い防御力を秘めている。おかげで彼が全力で殴ったのにもかかわらず、今も傷一つないのも同様。ついでに言えば、姿もなんとなく似ていないこともない。

 

 そのため同じ作戦が通用するかもしれないと考えつつ、改めて注意深くスコーピオンレギオンの様子を窺う。

 

「……正面からは、やめといた方がよさそうだな」

 

 両手に構えたハサミは下手な車よりも大きい。直撃せずとも、仮に掠るだけでも相当なダメージを受けてしまう。

 

 らびらびにあれほど言われた以上、今の耕太郎はよほどのことがなければ無理をするつもりはなかった。

 

 荒れ果てたショッピングモールの広場には瓦礫が散乱している。足場は悪いものの、魔法を纏う今の彼であれば難なく踏破出来る。よってスコーピオンレギオンの側面に回り込むのも容易い。

 

「足折るのはそれでいいとして、その後は」

 

 スパイダーレギオンの戦いにおいて、彼の決め手は結界の天井を利用した命がけの跳び蹴りだった。

 

 だがあれはあくまでも奇策、ある種賭けのような方法である。今回も無事通用するなどという甘い予想は耕太郎もしていない。

 

 じっと考え込む彼に向けて、クリアオーシャンはしずしずと控え目に手を挙げた。

 

「あの、私達の必殺技なら、なんとかなるかもしれません」

「それってあれ? 野球場でぶっ放してた」

「はい。ただあのレギオンを倒すには、多分チャージが必要で」

 

 彼女が提案した魔法、『クリアレイ・ストリーム』は溜めた分だけ威力が上がるという特性を持つ。

 

 耕太郎が以前見て引いたもの、モグラレギオンに用いた際はあくまでも速射したものであり、その本領を発揮出来ていなかった。

 

 説明されていない彼は当然それを理解していなかったが、クリアオーシャンの口振りに自信を見出した。可能性があると感じた。

 

「じゃあその時間稼いでくるから、よろしく!」

 

 よって返事も待たず、スコーピオンレギオンに向かって駆け出していく。頼まれた魔法少女達が止める暇などなかった。

 

 伸ばしかけた手を戻し、クリアオーシャンは杖を握り締める。ああもよろしくと言われた以上、もう選択肢はない。

 

「シャイン」

「分かってる。あいつが怪我する前に、さっさと終わらせましょう」

「……うん」

 

 耕太郎が現れてから、あの日からずっと硬い相棒の声に、彼女は一抹の不安を抱いた。

 

 そんな二人の会話など露知らず、スコーピオンレギオンと戦う耕太郎は呑気なものだった。

 

「こうして見ると、サソリってエビとカニが合体した雰囲気あるな。もしかして、食べると美味かったりする?」

 

 軽口に返されるのは黒鉄の巨大なハサミ。その風圧で纏う白衣が千切れても彼の表情は一切変わらない。

 

 何度かの攻防を経て、彼は既にスコーピオンレギオンの間合いを完全に見切っていた。

 

 どれだけレギオンがハサミを振るおうと、どれほど追い込もうとしても、彼には一度も当たらない。全ての攻撃が紙一重、しかし余裕をもって回避される。

 

 加えてその度に強烈な蹴りを関節に叩き込まれ、スコーピオンレギオンの足はもう三本も折られていた。

 

 動きも分かってきたし、いっそ全てへし折っておくか。

 

 そんな皮算用を立てる耕太郎に対し、不意にスコーピオンレギオンの尾の先、針が向けられる。そしてそこに輝きが宿った時、彼の首筋に悪寒が走った。

 

 直感のまま飛びのいた彼の目に映るのは、スコーピオンレギオンの尾から放たれる細い光の線。いわゆるレーザー、熱線である。

 

「っと危ね、そっから出るのか!」

 

 それは先ほど彼がいた場所、ショッピングモールの床を溶かしていた。照射を終えても未だ赤と白に染まる床の色が、端的にその威力を表している。

 

 直撃すれば死、はしなくとも間違いなく大怪我、戦線離脱は避けられない。

 

 再び光り始める尾を見て、耕太郎は盛大に舌打ちした。

 

「連発出来るのかよ、てかサソリなんだから毒液とかにしとけよ!」

 

 続く文句が聞き入れられるはずもなく、スコーピオンレギオンのレーザーが幾度となく彼に放たれた。

 

 肉弾戦しか出来ない以上、下がってもジリ貧。しかも最悪の場合、魔法少女達に全ての矛先が向く。そもそも性根に合わない。

 

 そのため耕太郎が選ぶのは今回も前進、接近戦である。今は回り込む余裕もないため、彼は正面からスコーピオンレギオンへと挑む。

 

 黒鉄のハサミ。高温の熱線。巨体によるのしかかりが連続して、時には同時に襲い掛かる。反撃する余裕などとうになくなった。

 

 その全てを捌いたのはどれほどの時間か。集中して加速する意識の中、耕太郎の耳にクリアオーシャンの叫び声が届いた。

 

「グレイさん、準備出来ました!」

「了、解ッ!」

 

 彼は薙ぎ払うハサミをその場で飛び跳ねて避け、すれ違いざまにそこへ手を着く。そこから更にハンドスプリングの要領で跳躍、スコーピオンレギオンの、そして魔法少女達の射線から逃れた。

 

 ことここに至り、スコーピオンレギオンは己に向けられた脅威に気づいた。

 

 だが回避するには遅く、加えて折られた足がその選択肢を否定する。よって彼が選んだのは迎撃。耕太郎に向けていた尾の針を魔法少女達へと移す。

 

 そこから光が放たれるのと、魔法少女達が魔法を解放したのは同時だった。

 

「『クリアレイ・ストリーム』!」

 

 赤と青の暴流が熱線にぶつかる。だが拮抗などしない。一瞬にして熱線ごとスコーピオンレギオンを飲み込む。それどころかその先、ショッピングモールの壁をも吹き飛ばす。

 

 生じた土煙を手で散らしながら、耕太郎は二人の下へ駆け足で戻った。

 

「っ、はっ、はぁはぁ」

「大丈夫?」

「はい、少し、疲れただけで」

 

 息を切らし肩も落とし、それでも返事をしようと顔を上げた時、クリアオーシャンは信じられないものを見た。

 

「そんな、まだ!?」

 

 彼女の視線の先、土煙が晴れたそこには、スコーピオンレギオンが蠢いていた。

 

 尾と胴体の半分を失いながらもその動きは激しい。更に折れていたはずの足は元の形を取り戻そうと軋み続け、消えたはずの身体が徐々に再生していく。

 

 耕太郎も振り向き、その光景を目の当たりにしていた。舌打ちの衝動を堪えつつ、彼は代わりにその原因を考える。そして心当たりはすぐに見つかった。

 

「レギオンの核は大体能力の大本になっている場所にある、らしい」

「……あっ、だから!」

「もしかすると、あいつには核が三つあるのかもしれない」

 

 スコーピオン、サソリをサソリたらしめるもの、両腕のハサミと尾の毒針。

 

 今回クリアオーシャン達が破壊したのは下半身、つまり尾のみ。この内一つしか破壊しておらず、仮に核が残り二つある場合倒し切れないのは必定だった。

 

「悪いけどさっきのあれ、今すぐあと二回くらい撃てない?」

「……難しいです。多分もう一度撃つまでに再生されちゃって、あっでも、一直線に核が並べられたら、もしかしたら」

「どうにか誘導するか、いっそ一回バラバラにするか。いや、現実的じゃないな」

 

 幸いにしてスコーピオンレギオンが再び動けるようになる、尾を取り戻すためにはそれなりの時間が必要となる。

 

 けれども注意深くレギオンの様子を窺いながらする二人の相談は、残念ながら明確な解決策を出せていなかった。

 

「グレイ」

 

 その最中、一度も意見どころか声も発しなかったクリアシャインが、不意に口を開く。

 

「あんたはもういいから、さっさと逃げなさい」

 

 返事はなかった。言われたクリアグレイ、耕太郎も、相棒のクリアオーシャンも訝しげに彼女を見るのみ。二人は真意を求めていた。

 

 その視線から逃れて彼女が見るのは、耕太郎の纏う服。

 

 スコーピオンレギオンとの攻防によりあちこち擦り切れ、ところどころ穴が空き、熱線で焦げ付いた白衣だった。

 

「あんたの服、もうぼろぼろになってる。さっきも攻撃掠ってたじゃない。これじゃいつ直撃してもおかしくないでしょ」

「ちゃんと見切ってるからこの程度なんだよ。俺はまだまだ余裕だから」

「……でも、このまま戦っていれば、絶対また大怪我することになる」

 

 あたしがさせたみたいに。

 

 クリアシャインの重い呟きに、その伏せた瞳の暗さに、耕太郎もクリアオーシャンも一瞬言葉を失った。

 

 それでも全てを覚悟して、相棒の説得を乗り越えて、今の彼は戦いに臨んでいる。たとえ後悔と優しさを目の当たりにしても、譲れるはずがなかった。

 

「だけど、あれに二人で勝つのは厳しいよね? 必殺技でも倒し切れなかったし」

「……はい。グレイさん、絶対私が、何があっても治しますから、このまま」

「そこは上手くやる。あんたが心配することじゃないから」

「え、シャイン待って、上手くって」

 

 クリアオーシャンの制止をクリアシャインは聞いていなかった。

 

「いや心配するところでしょ。ここで負けてレギオンが現実に現れたら凄い数の犠牲が出る。というかそもそもその時点で、シャイン達だって無事じゃない」

「あたしたちはいいの。あんたと違って、攻撃を受けても最悪変身解除するだけだから」

「全然よくないだろ。怪我はしなくても、痛いものは痛いって聞いてるし」

「いいの。これがあたしたちの使命だから」

「よくない。痛いのなんて、誰だって嫌だろ」

「ま、待ってください。シャインもグレイさんも、一旦落ち着いて」

 

 耕太郎もまた、二人の間で慌てふためく彼女のことを見ていなかった。

 

「だからいいって言ってるじゃない!」

「そっちこそ、それがよくないって聞こえてないの?」

「あの、えっと、二人とも、ちょっと」

「いいの!」

「よくない!」

 

 お互いを思いやる気持ちから始まった口論はやがて意地の張り合いとなり、最終的に意見も生産性もない、ただの言葉の応酬が始まった。

 

 その間でクリアオーシャンは振り回され続ける。熱くなってしまった相棒を諫めるため、友を気遣ってくれる助っ人を宥めるため、彼女なりに言葉を尽くした。

 

 だが、二人は止まらない。クリアオーシャンなどいないかのように口論を続ける。

 

 いくら何を言っても変わらない、耳すら傾けようともしないその様子に、とうとう彼女の中で何かが切れた。

 

「二人とも、そういうのは後にして!」

 

 要するに、彼女はキレた。

 

「大体、どっちも怪我しちゃ駄目だから!」

「でもオーシャン、あたしは」

「でもはなし! シャインも駄目! 私もしない! グレイさんも、いいですか!?」

「は、はい」

 

 おとなしく控え目だと思い込んでいた少女の勢いに、全身から醸し出されるぷんすこという擬音に、耕太郎はただ飲まれるだけだった。

 

 それどころか困惑の果て、さっきまで口論していた相手に愚痴まで零してしまう。

 

「つまり、全員無傷で勝てってこと? 結構言うなぁ」

「……この子、案外そういうところあるの。言い出すといつも強情なんだから」

「へー、意外。もっとおとなしい子だと思ってた」

「何か言いましたか!?」

「言ってないです」

 

 耕太郎とクリアシャインは同時に首を横に振る。

 

 そして彼は、すぐさまそれを縦にも振った。

 

「でもオーシャンの言う通り、確かに誰も怪我しなきゃいいだけの話だ」

「そんな簡単な話?」

「難しいかもしれないけど、三人で協力すればなんとかなるって!」

 

 何の根拠もない自信がそこにあった。積み重ねの薄いはずの信頼に、クリアシャインは何故か厚いものを感じた。揺るぎのない、どこまでもまっすぐな笑顔を向けられていた。

 

「……なら私に一つ、考えがある」

 

 だからこそ彼女は、言い出せなかった突破法を口にした。

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