ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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一章エピローグ「家」

 星も無い真っ暗な空の下、高い高いビルが並ぶ街の中、赤と青の光が世界を照らす。

 

「『クリアレイ・ストリーム』!」

 

 クリアオーシャン達の必殺技がレギオンを呑みこみ、爆発すら許さず消失させた。相変わらずえげつない。俺が受けたら消し炭すら残らないだろう。

 

 ショッピングモールでの戦い以来信用されるようになってよかった。今向けられているのは笑顔で、本当によかった。

 

 二重の意味でほっと息を吐く。一度吹き飛ばされたオーシャンも防御は出来ていたみたいで、二人とも怪我はなさそう。今日も全員無傷だ。

 

 安全を確認してからお互いを労わり合い、なんとなく習慣となったハイタッチを交わす。

 

「お疲れー」

「お疲れ様。今日は随分来るの遅かったけど、何かあった?」

「ごめん、ちょっと世界の真理について話してて」

「……真理?」

 

 小首を傾げる幼気なクリアオーシャンにはとても言えない。

 

 百合に挟まると死ぬってなんだよ。自分で言っておいてなんだけど、意味不明な上に下世話で、二人にもこの上なく失礼だ。

 

 生ものは生レバーくらい危険、万人に許される生は生ハムくらい。

 

 まさかのまさか、あの先生のしょうもない名言を俺が戒めにする日が来るとは。

 

 それからお笑いものの真理に興味を示す二人を誤魔化し、なんとか無事に別れたのがほんの数分前のこと。

 

 こっそり窓から時枝家に戻った俺は、リビングで勝利とアイスの味を噛み締めていた。北海道濃厚ミルク味がスプーンを無限に動かす。

 

「一仕事終えたあとのアイスは美味い」

「ちなみにお酒はもっと美味しいぴょん。耕太郎も楽しみにしておくといいぴょん」

「酒っておい。らびらびってマスコットの自覚あるの?」

「……ぴょん! はい、これで満足したぴょん?」

「俺が悪いみたいになってる。てか語尾のポテンシャル信じすぎじゃない?」

 

 こいつ、とりあえずファンシーっぽい語尾つけとけばいいと思ってるんじゃ。

 

 前々から抱いていた疑念が一層強くなる。どうせすぐボロが出る、というかもはやマスコットとしてはボロボロなんだから、いっそ諦めて普通に喋ればいいのに。

 

 親切心で言い出しかけた時、ふと階段を下りる音がした。振り向けばちょうど扉が開き、七海ちゃんが顔を覗かせている。その隙にらびらびは消えていた。さすが怪異。

 

「兄さん、今日は起きてたんだ」

「ほらあれ、これから夜更かしにチャレンジ、みたいな」

「まだ八時だよ?」

「……千里の道も一歩から、みたいな」

 

 昔からの習慣として早寝早起きをしていたけれど、今の俺は超健康体だ。おかげで大体八時間睡眠ですっきり全快して起きられる。

 

 だから最近は四時起きである。いくらなんでも早すぎだし、季節もあって起きても暗いし寒い。不便だから全体的に後ろにずらしたい。

 

 あとは一応、一応迷惑じゃなければ、七海ちゃんが寂しくならないよう、葵さんが帰って来るまでなるべく一緒にいるためというか。

 

 我ながら気味の悪い粘度と湿度を感じる。理由を聞かれても絶対こっちは言わないようにしよう。

 

 幸い雑なことわざで納得してくれた七海ちゃんの視線が、俺の食べていたアイスで止まる。もしかして食べたかったのかな。でも申し訳ないけれど、これが最後の一つだった。

 

「あっそれ、お母さんが楽しみにしてたアイス」

 

 ぼそっと告げられた衝撃の事実にスプーンが止まる。七海ちゃんの顔とアイスを二度見する。あちゃーって感じの顔をしている。アイスはもうほとんど残っていない。

 

「……蓋して戻したら、妖精の仕業になったりしない?」

「しないと思う」

 

 それでも一縷の望みをかけて、俺は悪あがきをした。

 

「あー、こうくんが私のアイス食べたー!」

 

 当然ならならなかった。

 

 あれから十分後くらいに帰宅した葵さんは夕食後にルンルンとした足取りで、というか実際歌いながら冷凍庫を開いた。そして空のアイスを発見して絶望し、罪悪感に負けて自首した俺をこの通り指差し糾弾した。

 

 幼稚園生みたいな文句だ、なんてツッコミをする権利は今の俺にはない。

 

 とにかくまずは謝ろうとした俺を、何故か急に一転して上機嫌になった、にこにこと笑う葵さんが止める。

 

「なーんてうそうそ、美味しかった?」

「うっす。美味しかったです」

「では食レポをどうぞ!」

「えっ」

 

 食レポ、無限にある苦手なことの一つだ。

 

 もう一か月以上七海ちゃんに美味しいご飯を作ってもらっているのにもかかわらず、未だに俺の技能値は上がっていない。

 

 今も言えるのはこれが美味しいとかあれが好きだったとか、いつもそういう普通のことだけ。それでも七海ちゃんは毎日嬉しそうにしてくれる。やっぱりちゃんと練習というか、語彙の勉強もしておこう。

 

 それはそれとして、今日のところは今の全力を出さないと。

 

「あ、甘くて、ミルクの味が濃厚で、えっと、だけど後味はすっきりしてて」

「うーん、百点!」

 

 採点が甘口過ぎる。俺も七海ちゃんも苦笑いの結果だった。

 

「こうくんの聞いてたらますます食べたくなっちゃった。コンビニ行ってこようかなぁ」

「え、今から?」

「すぐそこだし、何よりこの欲望はもう止められないの!」

「お母さん、こんな時間に食べたら太るよ」

「………………………………と、とと、止められないの!」

 

 止まりそうだった。

 

 葵さんのお腹周りはそっとしておくことにして、夜のコンビニと夜の外出、どっちにもとても興味がある。変身してる時は寄り道なんて出来ないから、実はまだしたことがない。

 

「俺も一緒に行っていい?」

「あっじゃあ私も」

 

 二人で手を挙げた時、葵さんはもう夜ということもあって難色を示していた。

 

 けれども最終的にはこれも親子デートだ、などとはしゃいで了承してくれたのだった。でもデートではないです。仮にもし本当の親子だとしても、デートはないと思います。

 

 

 

 こうして出かけた最寄りのコンビニで、俺達は見慣れた二人を発見した。

 

「おー、朝地姉妹だ。こんばんはー」

「あら、七海に耕太郎さん、それに葵さんまで」

「……こんばんは、奇遇ね」

 

 朝地家は学校も同じ、買い物に行くスーパーも被るご近所さんだ。だから今みたいに時たま遭遇することもある。

 

 その度に朝地がなんとも言えない顔をするのもいつものこと。七海ちゃんと陽香さんがきゃっきゃっとするのも毎度のこと。

 

 ちょっと普段と違うのはにこやかな葵さんが一緒にいること、そのおかげかなんとなく朝地の対応が柔らかいことだった。

 

「陽香ちゃんも桜ちゃんも久しぶりー、元気にしてた?」

「はい。七海にはずっと陽香の相手をしてもらっていて、ありがとうございます」

「こちらこそ、いつもななちゃんと遊んでくれてありがとうね。それに最近はこうくんまでお世話になってるみたいで」

 

 葵さんがまるで母親みたいなこと言ってる。いや、世間的には実際そうだった。だから言って当然というか、むしろきっとそれが礼儀のはず。

 

 にもかかわらずやたらとそれが気になった、というより普通になんか、こう、言葉にしづらい恥ずかしさがある。誰も何も悪くないのに、なんだか妙に照れくさい。

 

 なので俺はこっそりとその場から離脱して、興味のまま店内を見回していた。

 

「……ふむ、肉まん」

 

 興味というか、食欲に振り回されていた。戦った後はお腹が空く。人のものを勝手に食べといてなんだけど、アイスじゃ全然足りていなかった。

 

「この普通のと、プレミアムなんとかって何が違うんだろう」

「プレミアムには干し貝柱やフカヒレが入ってる、らしいわ」

「詳しい。朝地って肉まん博士?」

「ここに書いてあるのを呼んだだけ。というか肉まん博士って何それ、悪口かしら?」

「褒めてるつもり、多分」

 

 何故かついて来た朝地肉まん博士と一緒に、美味しそうな肉まんコーナーを眺める。

 

 他にはあんまんとピザまんもあるらしいけれど、残念なことに今は売り切れらしい。

 

 とりあえず、今日のところは普通のにしよう。普通のも食べたことないし、何よりプレミアムなんとかは高い。一個五百円に手は出せない。

 

 俺が店員さんにお願いしようとした時、ちょうど葵さん達も選び終わったらしい。小さな買い物カゴを持ち、楽しそうに声をかけてくる。

 

「こうくん肉まん買いたいの?」

「うん。あっでも、これはお小遣いで買うから」

「いやいやいや、こうくんにはまだまだしっかり私のすねを齧ってもらわないと。桜ちゃんも齧っていいよ!」

「すみません、さすがにそれは」

「姉さんはどうする? あたしはもう決めたけど」

「……陽香、貴方ね」

 

 見れば買い物カゴにはさっきのアイス以外にも、お菓子や飲み物がいくつか入っている。朝地も散々遠慮したものの、結局はチョコを一つ選んだ。

 

 店員さんが次々とレジに通し、葵さんがお金を払う。レシートを渡すその途中、店員さんが思い出したように口を開いた。

 

「ただいまキャンペーン中でして、千円以上お買い上げされたお客様にくじ引きをしていただいておりまーす」

「くじだって。こうくんやる?」

「やる」

 

 もちろんやる。やるけれど、小学生二人組を差し置いて名指しされたの、なんでもやりたがる生態を把握されてるようで恥ずかしい。

 

 その羞恥心は内心に収めつつ、店員さんが持ってきた大きな箱に手を突っ込む。この中から紙を一枚取ればいいそうだ。

 

 景品が何かは知らないけれど、せっかくだから当てたい。そんな一心でがさごそとかき回す俺に、朝地が囁き声でアドバイスを送る。

 

「……時枝、もう少し右」

「右って、こっち?」

「合ってる。それであと二つ右の、そう、それ取りなさい」

 

 やけに具体的な指示を不思議には思った。だけど当てはないから素直に従い引いてみる。

 

 開いてみたくじの中には赤いスタンプで、大きく2と印字されていた。

 

「おめでとうございまーす、二等でーす」

「おー、朝地凄い。まさか透視でも出来るの?」

「……別に、ただの勘よ」

 

 男の魔法少女なんてキワモノがここにいる以上、超能力者くらいならその辺を歩いていてもおかしくない。

 

 そんな予想はあっさり否定された。じゃあ女の勘とかそういうのなのかな。あれこの世に存在する勘で一番強いって、昔患者のお爺さんが言ってたし。

 

 愚にもつかない適当な考えは流しつつ、二等の景品を確認する。

 

「二等は当コンビニマスコットの、ミルミルちゃんのキーホルダーでーす」

 

 初めて見たミルミルちゃんは牛乳瓶に手足を生やした、努力をすれば可愛いと思えなくもなさそうな、精々五十五点くらいのマスコットだった。絶妙にいらない。

 

 ビニールに包まれた微妙なものをかざして眺めていると、不意に横から視線を感じた。

 

 まさかこれ欲しいのかなと確認すれば、朝地は妙なポーズをして固まっていた。

 

「…………………………やらないの?」

 

 朝地は神妙な表情で斜め下を見ながら、両手を軽く挙げて胸の前に出している。

 

 だから多分、多分だけど、恐らくこれは、朝地はハイタッチの構えをしている。でもいきなりなんで。くじ当たったから? それであの朝地が?

 

 理由が分からず放置していると、だんだんと朝地の頬が赤くなってきた。暖房のせいじゃないだろう。気づけば店内の視線、店員さんすら固唾を呑んで俺達を見ていた。ますます朝地が赤くなる。

 

 正直、いっそこのまま放っておいた方が面白い気はする。ただ俺の勘が告げている。その場合、俺の命はこの後なんだかんだで尽きることになる。

 

 さすがにこの程度で死ぬ訳にはいかないから、すぐさま朝地の手を軽く叩いた。

 

「やったね兄さん!」

「耕太郎さんってくじ運いいのね」

「いぇーい、こうくんいぇーい!」

「お客様、おめでとうございまーす」

 

 それからなんとなく始まったハイタッチの連鎖に、何故か店員さんまでレジ越しに参加してきた。いやあんたもやるんかい。

 

 その店員さんは叩いた手を大事そうに摩り、涎が垂れそうなだらしない笑みを浮かべる。

 

「へ、ふへへ、美少年の手触っちゃった。夜勤さいこー。しばらく手洗うのやめよ」

「……肉まん取る前に、ちゃんと消毒してくださいね?」

「そんなー」

 

 肉まん買ってもらってよかった。

 

 

 

 買い物を終えて朝地姉妹と別れてからの道中、なんとなしに道端の木を見上げた。

 

 すっかり寂しくなった枝には申し訳程度の木の葉、茶色く年老いたものだけがいくつか取り残されている。

 

 もう十一月も中旬だ。夜はほとんど冬みたいなもので、風もだんだんと鋭利な冷たさを帯びてきた。この分だと持って帰る間に肉まんは冷めてしまいそうだ。

 

 それにこういうのは、歩きながら食べるからこそ美味しいと聞いたことがある。

 

 期待を胸に袋から取り出した時、隣から視線を感じた。羨望と食欲が見えた。

 

「七海ちゃん半分食べる?」

「えっいいの? じゃあ」

「……この時間に食べたら太るよー?」

「せ、成長期、成長期だから!」

 

 葵さんの大人げない復讐が七海ちゃんに突き刺さっていた。

 

 実際成長期そのものだし、そもそも七海ちゃんはむしろ細い、というか小さい。

 

 四捨五入して百六十の俺よりずっと小さいのだから、もしかして七海ちゃん百四十前半くらいなんじゃ。出来ればこのまま、俺のことは抜かないでいて欲しい。

 

 なんて余計なことは考えないで、早く肉まんを半分こにしよう。

 

 ただ、雑念のせいで加減が上手くいかなかったのか、歪な分かれ方になった。片方が見るからに少し大きい。七海ちゃんの目もこっちに向いている。

 

 だから大きい方を渡そうとして、ちょっとした意地悪を思いついた。七海ちゃんがからかい甲斐があるのが悪い。

 

「大きい方と小さい方、どっちがいい?」

「う、ち、ち、もうっ、大きい方っ!」

 

 奪い取るように俺の手から肉まんを受け取り、七海ちゃんはすぐさま口に含む。

 

「ぁ、っ!?」

 

 それから声にならない声を漏らし、少しの間手を振り回し身悶えしていた。どうもまだ中は熱かったらしい。

 

 やっぱり七海ちゃんは末恐ろしいほどに面白い、そしてとてもとても可愛い。本当にからかい甲斐がある。

 

 だけど癖になってしまいそうだから、これからもほどほどに、どうしても我慢出来ない時だけにしよう。何より嫌われたくないし。

 

 決意を新たに、買い物袋から飲み物を取り出す。口の中を火傷してしまったのなら、早く飲んだ方がいいだろう。

 

「飲む?」

「へ、平気っ。兄さんも、気をつけて食べて」

「うん、ありがとう」

 

 この状態でも七海ちゃんは俺を心配していた。心から反省して、絶対怪我しなさそうな時だけからかうようにしよう。

 

 そんなふざけたやり取りをしながら、葵さんに見守られながら歩く内に時枝家に到着した。体感時間は一瞬にも満たなかった気すら覚える。

 

 葵さんが鍵を取り出す最中、以前交わした何気ない会話をふと思い出した。

 

「結構前にさ、同時に着いた時はどっち言えばいいんだろうねって話したじゃん」

「うん。難問だった」

「難問というか、あれって普通に両方とも言えばよくない?」

 

 考えてみれば別に決まりなんてないんだから、どっちかじゃなくてどっちも言えばいいだけのことだ。あの日の俺達は何を馬鹿なことを言っていたんだろう。

 

 今更適当に出した結論を聞いて、七海ちゃんはまるでこの世の真理を見つけたかのように目を見開いた。

 

 それからわなわなと震え、俺を上目遣いで見つめる。何故か尊敬の念が宿っていた。

 

「……兄さんは、天才だったの?」

「大げさだなぁ」

 

 こういうよく分からないところは葵さんの血を感じる。俺には多分ないところだ。

 

「なになに、二人とも楽しそうに話してどうしたの?」

「兄さんが天才だったの!」

「どういうこと?」

 

 疑問から確定になってる。言われた俺も葵さんのように首を捻りたい。

 

 七海ちゃんの熱弁を聞きながら扉を開き、玄関の明かりを点けた。それから靴を脱いで上がって、なんとなくお互いに顔を見合わせる。

 

 さっきの話もあって、改めてするのは妙に気恥ずかしい。それでも大事なことだから、俺も言いたいことだから、ちゃんと口にしよう。

 

「ただいま」

「お帰りなさい」

 

 そんなありふれた、ようやく慣れてきた挨拶を三人で言い合って、俺達はいつも通り帰宅した。




あとはおまけを一話投稿して一章終了です。二章は書け次第投稿します。
ただし心が折れたなどの理由により難しい場合はこれで完結とします。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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