ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第三話「魔法のあれこれ」

 期末テスト終了後、らびらび先生に命じられるまま部屋でその復習をしていた時のこと。

 

 色々あってすっかり聞き忘れていた、けれどもとても大切な質問を思い出した。

 

「そういえば血盟の儀って解除出来ないの?」

 

 身体と魂を結びつけるとかいう謎のゴシック系儀式、血盟の儀。この影響で俺は変身した状態でも怪我をしてしまうそうだ。

 

 らびらびがなんかして、一応死なないようにはしているらしい。ただそれで命は保証されても、痛みは我慢出来るにしても、俺だって当然怪我はしたくない。

 

 そんな周回遅れの質問をらびらびは待ちかねていたようで、結構な早口が返って来た。

 

「もちろん出来るぴょん。ただあれは魔法少女の契約に基づいたものだから、それだけをピンポイントで解除するのは難しいぴょん」

「えぇとつまり、一回魔法少女の契約ごと解消しないと駄目ってこと?」

「そういうことぴょん。ささ、準備はもうしてあるから早速するぴょん。いやぁ、耕太郎から言い出してくれてとても嬉しいぴょん」

「……助かるけど、なんか前のめりで怪しいな」

 

 説明を終えたらびらびはそそくさと、手早く謎の紙やらペンやらを並べている。

 

 唐突に言いだしたことにもかかわらず、あまりにも手際がいい。前もってこうしようと考えていた、俺に息つく間も与えない、口を挟ませないようにしている気がする。

 

 不信感満載の目で様子を窺っていると、らびらびが俺に視線を合わせて来た。

 

「失礼な話ぴょん。耕太郎、らびらびのこの澄んだ瞳を見て信じて欲しいぴょん!」

「それ澄んでるじゃなくて虚ろだよね」

 

 一切の輝きがないその瞳はまるで星のない宇宙のようだった。ダークマター。

 

 いったいこいつ、何を狙って。

 

 このいつも説明不足で謎だらけの怪異系マスコットの特徴を考えて、ショッピングモールでの話し合いを思い出して、一つ最悪の可能性を思いついた。

 

「もしかして、契約切った瞬間逃げようとしてる? 魔法少女辞めさせるために」

「……耕太郎、落ち着いてらびらびの目を見るぴょん」

「虚無」

 

 ブラックホール。

 

「うわマジか、らびらびお前マジか。騙し討ちしようとしてたのか」

「誤解ぴょん。耕太郎から魔法少女の力を回収した後、ちょっと長めの有給取ろうと思ってただけぴょん」

「どれくらい?」

「……百年くらい?」

「それ俺寿命で死んでる。全然誤解じゃないよね?」

 

 前回の厄災の日、らびらびは俺に魔法少女を辞めるよう説得してきた。俺を心配して、想ってくれての行動だから、それ自体は感謝している。

 

 だからといって、これは。血盟の儀を解消するためだと偽って契約を解除させて、そして俺から逃げることで強制的に辞めさせようっていうのは。

 

 重い溜息を吐く。どうもらびらびはまだ諦めていないらしい。これじゃあ血盟の儀を解くことなんて出来やしない。契約云々が絡んだ時点でらびらびの信用度がガタ落ちする。

 

「しばらく出血覚悟で戦うしかないかぁ」

「耕太郎、らびらびの目を」

「はいはい。言ってる暇あったら契約したまま解除する方法探してね」

 

 裏切りかけたマスコットの額を強めのデコピンで弾く。

 

 我が今日の敵は容易く吹き飛び、やがて力なく床へと墜落した。成敗完了。

 

 

 

 繰り返しになるがレギオンはレムナント、魂の欠片の集合体である。

 

 そのためこれらが集積し、レギオンとして姿を現すのは人が集まる、とりわけ感情の発露が激しい場所が多い。今回もその例に漏れなかった。

 

 今日世界が結界を張ったのは、レギオンが出現したのは狭間市内のとある私立高校周辺。

 

 広々としたグラウンドの中心で白衣の少年クリアグレイ、耕太郎は奇妙な構えを取りながら珍妙な掛け声を上げていた。

 

 意味の分からない振る舞いではあるが、本人は至って真剣である。その証拠に、彼は遅れて来た魔法少女達が近づいてもまったく気がついていなかった。

 

「とうっ、てやっ、はぁー!」

「……あんた、何してるの?」

「…………とうっ、てやっ、はぁー!」

「いや無視しないでよ」

 

 そして全て見られたことを察して、何も見なかったことにした。その耳は赤かった。

 

 ただし当然それで済まされることはなく、心底不思議そうなクリアシャイン達に何をしていたのかと問われてしまう。

 

 彼女達に悪意はない。だが、純粋な疑問が一番傷つく。かつて言われた言葉を、彼は今更ながら実感していた。

 

「あの、俺も魔法出してみたくて、二人みたいなやつ」

「あたしたちみたいって、こういうの?」

「そうそう、それそれ!」

 

 クリアシャインの頭上に出現した赤い魔弾を見上げ、耕太郎は待ってましたとばかりに指を指す。ついでに瞳は玩具店でクリスマスプレゼントを選ぶ子供のような、とても無邪気な輝きに満ちていた。

 

「せっかく魔法使えるんだから、俺だって一度くらいそういうの使ってみたい」

「あんた、意外と俗っぽいのね」

「それはもう俗も俗だよ。どういう奴だと思ってたの?」

「……別に、なんだっていいでしょ?」

 

 視線と顔を逸らし、クリアシャインは言い訳するように呟いた。その耳も赤かった。

 

 余談だが、彼女の魔法少女としての力は『正義』である。それほどまでに彼女は正しい、優しい人を愛しており、その流れで当然ヒーローやヒロインという存在も大好きである。なお、これはあくまで余談である。

 

 そんな親友に生暖かな視線を送った後、クリアオーシャンは両手をぽんと叩いた。

 

「そうだ。グレイさんもその懐中時計を使えば出来るかもしれません」

「これ? 杖じゃないけど」

「ああ、そっか。あんたが変身に使ってるの、そういえばそれだった」

 

 首からぶら下げていた懐中時計を外し、耕太郎はしみじみと眺めた。

 

 時計の表面で渡り鳥の彫刻が羽ばたくように主張している。彼の父がかつて恋人に、彼の母に贈ったものと同じデザイン。今日も今日とて、彼はこっそり気を悪くしていた。

 

「ざっくり話すと、あたしたちが変身に使ってるのはこの杖。だからあんたがその時計で変身してるなら、あたしたちの杖と同じような機能があるかもしれない」

「最初は私たちも杖と詠唱がないと何も魔法が使えなくて。『バレット』、みたいにずっと唱えてたんです」

 

 つまり、変身アイテムは魔法の補助輪としての役割も持っている。自転車に乗ったことのない耕太郎であってもそのニュアンスは理解出来た。

 

 細々と違うところはあるものの、自身も魔法少女の一種だと彼は信じている。ならば同系統の道具に同じ機能があると考えるのも必定。

 

 そのため彼は意気揚々と懐中時計を構え、聞きかじったばかりの言葉を強く唱えた。

 

「『バレット』!」

 

 しかし何も起こらなかった。

 

「……何も出ない」

「大丈夫です! 私も初めの頃はそうでした」

「練習あるのみってことか」

 

 どのような道の何者であれ、最初は初心者である。一歩目から歩ける者は少ない。

 

 だからこそ耕太郎も失敗を気にせず、果敢に挑戦を重ねていく。懐中時計を天に構え、何度も詠唱を唱え続ける。

 

 けれども、どれほど繰り返そうと、一度たりとも魔弾が姿を現すことはなかった。

 

「『バレット』、『バレット』、『バレット』!」

 

 意味のない言葉の羅列を並べる彼は完全にむきになっていた。もはや詠唱ではなく子供の駄々、あるいは獣の鳴き声である。魔法少女達も苦笑して、どうアドバイスするべきか相談するほどだった。

 

 漂う空気は緩和しており、今の彼らはグラウンドで遊ぶただの子供達のよう。誰がどう見ても隙だらけに思えてならない。

 

 そしてそれは、レギオンからしても同じだ。

 

 よって校舎の屋上に潜伏していたムササビレギオンは静かに飛び上がり、夜の闇に乗じて耕太郎の頭上から襲い掛かる。

 

 結界内に電気は通じず、明かりは怪しく輝く月光のみ。レギオン特有の黒い体色もあって、その奇襲は目にすることすら難しい。

 

 だがムササビレギオンの攻撃が当たる瞬間、耕太郎は振り返った。

 

「『バレット』ッ!」

「それは拳」

 

 同時に放たれた強烈な裏拳が突き刺さり、ムササビレギオンは無残にもグラウンドを転がっていく。カウンターということもあって、身体は既に半壊していた。

 

 もちろんその隙を魔法少女達は見逃さない。二本の杖がすぐさま向けられる。

 

 そのまま倒れ伏すムササビレギオンに対し、彼女達は一切の容赦なく魔弾を放った。赤と青、炎と氷の力に何度も射抜かれ、ムササビレギオンは爆散する。

 

 この程度の奇襲、死に敏感な耕太郎には一切通用しない。そして信頼し合う、協力する彼らには、もはや通常のレギオンでは相手にもならない。

 

「やっと出て来た。ねぇオーシャン、やっぱりこっちから行った方が楽だったって」

「でも、前みたいに中で奇襲されると大変だから」

 

 毎度恒例となったハイタッチを交わした後は今回の反省会、ではなく愚痴会が始まった。

 

 彼女達はレギオンの存在を忘れて耕太郎の練習に付き合っていた訳ではない。広い外で戦うため、向こうから襲い掛かってくるのを待っていたのだった。

 

 これまでの経験から、校舎のような狭い屋内での戦闘は不利になることを彼女達も知っている。それぞれ中距離、遠距離が得意な彼女達からすると、教室など檻のようなものだ。

 

 それでも待つのが嫌いなクリアシャインは口を尖らせ、そんな友人をクリアオーシャンは宥めていた。

 

 一方耕太郎と言えば、一人黙って親の仇でも見るような目を己の懐中時計に向けていた。実際は仇ではなく、はるか昔に放り投げた形見の似姿だが。

 

 とにかく、そのとてつもない渋面は心からの不満を訴えている。自分の愚痴よりはるかに重そうなそれを見たクリアシャインは、軽く笑いながら励ました。

 

「殴るだけでも下手な魔法よりずっと強いんだし、気にしなくてもいいんじゃない?」

「いや、これはそういう問題じゃないから。俺だってたまにはフィジカルじゃなくてマジカルを体験したい」

「……姉さんならもっといいアドバイス出来るだろうけど、ちょっとね」

 

 濁す口ぶりには気まずさが漏れている。

 

 その声色に嫌な予感がした耕太郎は、こわごわと二人に問いかけた。

 

「クリアガイア、だっけ。もしかしてその人にはまだ疑われてる?」

「……疑っていると言えば、疑ってる?」

「なんか曖昧だ」

「なんていうか、そうとしか言いようがないんです」

 

 実際のところ、最近のクリアガイアの態度に困惑しているのは、クリアオーシャン達も一緒だった。

 

 かつてクリアガイアは耕太郎のことを恐れていた。彼女は彼がヒューマンレギオンだと予想し、その脅威を防ぐために彼を捕らえるよう妹達に頼んでいた。

 

 同時に、必ず無理はしないよう言い含めてもいた。あれがどれほど悪辣で凶悪な男か分からないから、絶対に自分の安全を最優先にしなさいと、何度も何度も二人に告げていた。

 

 その間ずっと隠し切れないほどの恐怖と不安、動揺が瞳に浮かんでいたと、魔法少女は二人揃って証言する。

 

 だがそれが一転、クリアシャインが彼を刺した日からはどれも目に見えて大人しくなり、更には翌週、ショッピングモールでの戦いの後は露も出さないようになった。

 

 現在も毎回捕まえろ、あれは危険だと並べるものの、かつてのような激しさはもうない。色のない言葉だけの注意しか近頃のクリアシャイン達は聞いていない。

 

 そんな説明を受けた耕太郎は、少しの間考えてから提案した。

 

「だったら一回、ちゃんと会って話した方がいいかな?」

「……悪いけど、あたしからはなんとも言えない。あんたなら大丈夫だとは思う。でも姉さん結構面倒な人だから、落ち着いてるところ突っついたら変に覚醒する気もする」

「覚醒って。オーシャン的にも、ガイアってそんな人なの?」

「あ、あはは。ごめんなさい、ノーコメントでお願いします」

 

 下手に何かを語るよりも、クリアオーシャンの苦笑いとその反応は同意を示していた。

 

 面倒な人が変に覚醒する。字面すら厄介ごとだけで構成されている。

 

 解決出来たと思った信用問題が再浮上し、思わず耕太郎も気落ちしてしまう。丸くなったその背中を、クリアシャインが優しくぽんと叩いた。

 

「まあ、とりあえずは今のままでいいんじゃない? 姉さんの機嫌がなんでも、あたしたちはこうして協力出来てるんだし」

「それもそっか。じゃあまたね、二人とも。最近寒いから風邪引かないよう気をつけて」

「はい。ありがとうございます、グレイさん」

「そういうあんたこそ男なんだから気をつけなさい。あったかいからってこたつで寝るなんて絶対駄目だからね!」

 

 いつも通り笑顔と挨拶を交わし合い、手を振って彼らは別れる。この先も今日のように三人で協力して、なんのわだかまりもなく戦えると信じて。

 

 だが彼らは知らなかった。次に集まった時、この面倒な問題と直面することを。

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