時は少し流れて十二月初週のとある日、この日は満月だった。つまり厄災の日である。
激闘の予感を覚えながら耕太郎達が集まった、結界が生まれたのは駅前の大きな広場。
ここは簡易な公園のようになっており、ちょっとした遊具とベンチがいくつか配置されている。中央には大きな噴水があるため、狭間市民からは大抵噴水広場と呼ばれ親しまれていた。
加えて現在はクリスマスシーズンということもあって、広場は電飾による盛大な装飾で彩られている。
ただし、結界内に電気は通らない。おかげでイルミネーションの電灯は暗いまま、世界を蝕むある種の茨にすら見える。また不気味に辺りを照らす強い月光も相まり、噴水広場はどこか呪われたような雰囲気に満ちていた。
彼らはその中心に立つ、我が物顔で鎮座する黒の巨体を見上げる。
「こいつ、全然出てこないな。もしかしてイルミネーションの一種だったりする?」
「こんな趣味の悪い物ある訳ないでしょ」
「それにこの、凄く嫌な感じはいつもと一緒ですよね」
「じゃあこれやっぱりレギオンの卵かぁ」
巨大な卵のような、繭のような黒い物体。不気味に表面が波打つそれは、まぎれもなく厄災の日に出現するレギオンの卵である。
だが常とは異なり彼らが魔法を使っても、いくら待っても中のレギオンが目覚める気配はない。
すっかり待ち疲れてしまったクリアシャインは、極めて大雑把な提案を口にした。
「……とりあえず一回、ぶっ飛ばしてみる?」
「止めといた方がいいよ。エネルギー吸収系だったら厄介だし、ここは一回枝にしとこう」
「うん、グレイさんの言う通りに、ってえ、枝?」
「いい感じの棒見つけたから、これでつついてみよう」
耕太郎はその辺で拾ったいい感じの棒を三本見せつける。瞳はかつてないほど輝いていた。
だがこれは仕方のないことだ。少年とはいい感じの棒を見つけたら拾いたくなる生き物。そして当然、少女にもその権利はある。特に似た感性を持つクリアシャインは、耕太郎に負けないほどキラキラとした目でいい感じの棒を振り回していた。
興奮して棒を握る馬鹿二人と、呆れを超えて慈愛に満ちた目で付き合う一人。少年少女が集まりしゃがむ光景は、色々な事象を無視すればとてもほのぼのとしていた。
「うわ、なんか弾力あって気持ち悪い」
「このままぶっ刺したら倒せたり、なんて。よいしょっと!」
「怖いよシャイン」
ただし、会話はそうでもなかった。あるいは子供の無邪気な残酷さが発露していると譲歩すれば、その限りでもないかもしれない。
それから数分ほど遊んだところで、彼らは一度棒を置いた。
「で、結局何も分からないと」
「どうしましょうか、これ」
棒で得られた成果は精々感触が気持ち悪い、突いても目覚めはしない、という程度。
考えたところで彼らのレギオンに関する知識は乏しい。よって出来るのは考察ではなく妄想、いくら時間をかけたところで想像の翼が羽ばたくだけだ。
それは傍から見ても明らかだったのだろう。
「……あら、通信?」
不意にクリアシャインの杖の先端、赤い宝石が明滅し始めたのがその証拠だ。
彼女は仲間に一声かけてから少し離れた場所へ移動し、杖を軽く掲げた。途端先端から人影のようなものが投射され、それは涼やかな声で何かを語る。
マナーとして見ないよう、聞かないようにしつつ、耕太郎は興味のままクリアオーシャンへ問いかけた。
「通信って、あの通信? 杖で出来るんだ」
「はい。ガイアがそういうの得意なんですけれど」
こくこくと頷くクリアオーシャンの顔にも困惑が浮かんでいる。
彼女達が結界内にいる際、基本的にクリアガイアは通信を行わない。理由は複数あるが、一番は戦闘中の魔法少女の集中を乱し、余計な危険を招かないようにするためだ。
無論、先日耕太郎が怪我をした時のような場合は例外である。彼の命を、妹の心を守るため、クリアガイアはリスクを承知の上でクリアオーシャンに通信していた。
その彼女がわざわざ連絡してきたのだから、いったい何があったというのか。
耕太郎とクリアオーシャンの間に緊張が走る中、やがて通信は終わりクリアシャインも戻って来る。
彼女もまた首を傾げながら、とても言いにくそうに、故に呟くように二人へ告げた。
「姉さん、今から来るって」
困惑が三人に広がった。
それからおよそ十分後、結界内には新たな人影があった。
彼女を見た時にまず目につくのは、光のような金髪に乗る白銀のティアラだろう。八色の大きな宝石が並ぶそれはまるで王冠のよう。本人の浮世離れした美しさも相まって、ある種の神々しさすら感じさせる。
身に纏うのは上は胸元まで覆うハイネック気味の、下は足首が微かに見える程度のロングスカートの、非常に動きにくそうなドレス。クリアシャイン達のものと基調こそ似ているものの、色合いや装飾はより豪奢になっている。差し色、金色もまたはっきりと色濃く入れられていた。
両手で強く握り締めている錫杖も同様。身の丈ほどに長く、先端の宝石もクリアシャイン達よりもはるかに大きい。そしてほとんど見えない足元、ブーツに関しては高いヒールが追加されている。
おかげで耕太郎は彼女を少し見上げる形になっていた。もっとも、元々の身長で五センチほど負けてはいるが。
そんな金色の魔法少女、クリアガイアがそこにいた。
「はじめまして先輩、クリアグレイです」
「……どうも。どうせ知っているでしょうけど、私はクリアガイアよ」
お辞儀をする耕太郎に対し、クリアガイアは後ろ髪をかき上げながら冷淡な声で返す。
「最初に言っておくわ、クリアグレイ」
「あっはい」
「私はこの子たちとは違う。怪しい真似をしたら、この子たちに少しでも妙なことをしたら、絶対ただじゃ置かないから」
一瞬、両者の間にひりついた空気が流れる。主な発生源はクリアガイア、警戒と緊張を露わにしている。耕太郎も一応緊張はしていた。
それを呑気に眺める年少組は、身内特有の舐め腐った声で疑問を口にした。
「姉さんってば一番弱っちいのに、なんであそこまで強気になれるのかしら?」
「シャイン、私たちのこと心配してくれてるんだから」
「だけど前にオーシャンの力を試した時、姉さん押し相撲で三回転半もしてたじゃない」
「それは確かにそうだったけど、今言っちゃ駄目だよ、きっと」
容赦なく暴露された事実が緊迫した雰囲気を破壊する。ついでに益体のない思考が耕太郎の脳裏に過ぎった。
三回転半。縦か横か。横の訳ないか。半ってことは、うつ伏せになったのか。
彼は女王の如きドレスを纏うクリアガイアが縦に回転したあげく、べちゃりと倒れ伏す姿を想像してしまう。シュールな光景だった。
クリアガイア自体は未だ彼を睨んでいるものの、こうなっては迫力も何もない。
「……力とは暴力だけではない。肝に銘じておきなさい」
「俺何も言ってないです」
緊張感は既に失われていた。
金色の魔法陣が四つ、レギオンの卵を囲う。
一つは卵の周囲を飛び回り、二つは卵を挟み込み、最後の一つは卵の内部へと侵入した。
それらを操るクリアガイアの眼前には、半透明のモニターのような何かが浮いている。
耕太郎にはそこに流れる文字や数列の意味は理解出来ない。はなから諦め、ファンタジーじゃなくてSFみたいだな、などと頭空っぽの感想を垂れ流していた。
それから数分もしない内に、魔法陣は音もなく消えた。
「なるほど、ね」
クリアガイアの呟きには理解と納得、思案の色が濃く表れている。姉の力を再確認したクリアシャインは、尊敬のまなざしで彼女を見上げた。
「もう分かったの? さすが姉さん」
「ええ。力は弱いけれど、この程度なら問題ないわ。力は貴方たちより弱いけれど」
「凄い根に持ってる」
「ぐ、グレイさんっ。少し静かに、ちょっとだけ静かにっ」
生来の気質のせいか、それとも田中平司に鍛えられたおかげか、耕太郎はツッコミを我慢出来なかった。飲み込んだオーシャンとは理性がまるで違った。
クリアガイアもまた我慢強かった。癪に障る言葉にもひと睨み返すだけで抑え、すぐに解説へと移る。
「これは貴方たちの想像通りレギオンの卵。そして今も出てこないのは、こいつの特性が『収集』だから」
レギオンにとってレムナント、魂の欠片は身体そのものであり、また力の源でもある。
通常は肉体の形成に必要な量が集まり次第顕現するが、今回のレギオンは一味違う。
このレギオンは閾値を超えてもなお周囲からレムナントを吸収している。他のレギオンの出現を遮るほど、こうしている今でさえまだその力を高め続けている。
姉の説明を聞き終えた瞬間、クリアシャインはレギオンの卵へ杖を向けた。
「じゃあ今全力でぶっ放してぶっ壊せばいいってことね!」
「物騒」
「だってこのままだとどんどん強くなるんでしょ? ならここで倒した方がいいじゃない」
「残念だけど、それは無理よ」
「どうして?」
「行き場を失った魔力が暴走するから」
未だ首を傾げたままの妹に説明するため、クリアガイアは言葉を続ける。
「あれを破壊出来るほどの魔法となると、暴走した魔力と共鳴して最悪結界ごと吹き飛ぶ。現実のこの一帯も更地になるわ」
「駄目じゃん」
「……そう、駄目なの。だから今あれを壊すのはやめてちょうだい」
端的な相槌に微妙な顔をした後、彼女は更に解説を繋いだ。
「ただ、このまま放って置くと最強のレギオンが誕生してしまうわ。この間のスコーピオンレギオンとは比べ物にならない、恐らく貴方たちでも歯が立たないほどの」
「駄目じゃん」
「……ええ、駄目なの。だから今の内になんとかしなければいけない」
端的、というより手抜きな相槌にもっと微妙な顔をした後、彼女は説明をまとめた。
だが残念ながら、それでもクリアシャインの傾きはまだ元に戻っていない。
「あれも駄目、これも駄目って。じゃあ姉さん、どうすればいいの?」
「一応、考えはあるわ。このレギオンが目覚める日までに少しずつ削って弱体化させれば、今の貴方たちでもなんとかなる、はず」
「曖昧ねー」
「仕方ないでしょ、私だってこういうの初めてなんだから」
姉妹の会話が途切れたところで、耕太郎がすかさず右手を挙げる。質問の構えだ。ちなみにもう片方の手には、何故かいい感じの棒が握られていた。
「削るってどうやって? このいい感じの棒使ってガリガリすればいい?」
「……」
「凄い馬鹿を見る目」
実際に耕太郎は馬鹿だった。先ほど棒で遊んだ際、クリアシャインがどれほど力を入れようと卵は貫けず、傷一つつけられていない。既に不可能なことは実証済みである。
「私がこの中のレムナントを収束、抽出して外部に放出する。ただ、凝縮させた状態で世界に解放する以上、どうしてもレギオンという形を得てしまう。申し訳ないけど私はレギオンの制御までは出来ないから、貴方たちに倒してもらうしかない。覚醒までの期間、出来るだけこれを繰り返す」
彼はふむふむと分かったような素振りで何度も頷いてから、念のため傍らのクリアシャインに確認した。
「つまり?」
「とりあえずレギオン出て来るから倒せばいいんでしょ? いつも通りじゃない」
「確かに。シンプルにまとめるとそうだ。頭いい」
「ふふん」
頼りになる姉が来たことで、頭脳担当の魔法少女が現れたと考えて、二人の知能は相当に下がっていた。クリアガイアが深い溜息を吐くのも無理はない。
「……とにかく、まずは一度試してみましょう。準備はいいかしら?」
今日の彼らは元々厄災の日のレギオン、強大な敵と戦う覚悟を決めていた。準備はとうに出来ている。それぞれ構えつつ、力強く返事をした。
クリアガイアはその様子を見て、深呼吸を重ねてから杖を掲げた。途端、金色の大きな魔法陣がレギオンの卵の前に出現する。
それはまるで門のようだった。バチバチと稲妻のような閃光、金と黒の光を辺りに放ちながら、やがて黒い霧が卵より現れ始める。
そして黒の異形が一歩、その門から踏み出した。
「あれは、鹿?」
「もしかすると、トナカイかもしれません」
「……もう冬だし、雄なら鹿、雌ならトナカイだと思う」
鹿は雄だけが角を持つ。概ね春先に生え変わり、秋から冬の間にかけて成長する。そしてトナカイは雄雌共に角を生やすが、雄は秋から冬の間に角を落としてしまう。よって十二月の冬、この季節に角を持つトナカイは自ずと雌だと考えられる。
そんなクリアシャインの動物雑学を聞いて、耕太郎は結論を下した。
「冬だしクリスマスだし、トナカイにしとこう」
それを合図にしたのか、トナカイレギオンが突然駆け出した。向かう先は耕太郎、容赦のない突進、巨大な角が彼に迫る。
トナカイレギオンの体格は生物としてのトナカイをはるかに凌ぐ。体長は三メートル、肩高は二メートルほど。下手なバイクよりも速い速度もあって、正面衝突してしまえば百五十五センチの耕太郎ではひとたまりもない。
「グレイさん!」
「ここは任せて」
だが耕太郎は待ち構えなどしない。むしろ自分から敵に、彼もトナカイレギオンへと全力で踏み込む。
交差は一瞬、攻防は呼吸の間。
彼は衝突の瞬間跳躍し、向けられた凶器、角を足場にもう一度跳ぼうと試みる。そして全力で足を置いたその角は、いとも簡単に折れた。
「え」
それどころか踏み込んだ足はそのままトナカイレギオンの頭を蹴り砕き、ついでに核も粉々にする。思わぬ感触にバランスを崩す彼を、更に撃破時発生する爆散が襲った。
その衝撃で倒れそうになるものの、彼は側転の要領で地面に手をつき一回転、無事着地する。それでも驚きは隠せず、自然と感想が漏れ出た。
「……え、よわ」
杖を構えて追撃、場合によっては援護の準備をしていた魔法少女二人もまた、彼と同じくぽかんと口を開けていた。
三人分の視線、説明を求める目がクリアガイアに集まる。
「今回は最低限の抽出だから弱いのも当然。明日からはもう少し濃度を上げるわ」
「あたしたちならまだ余裕。もう一回、十回くらいでも平気だけど」
「……あまり何度も干渉すると、この卵がどんな反応をするか分からないわ。最悪の可能性を考えて出来るだけ慎重に、最低限にしておきたいの」
やる気に満ち溢れていたクリアシャインも、その説明に納得して杖を収めた。
「それじゃ、明日からは毎日この時間、この場所に」
言いかけて、クリアガイアはクリアオーシャンの顔を窺った。その後一瞬だけ耕太郎の方も見た。
ちなみに現在の時刻は八時過ぎ。最近時枝葵がよく帰宅する時間帯である。
「……この時間だと、少し遅いわね。早いけれど五時集合にしておきましょう。体調が悪かったり用事があって難しい時は、いつでもいいから私に連絡して」
元気に返事をする年少組と反対に、耕太郎が控え目に手を挙げた。
「すみません、そういう時俺は」
「別に、貴方は無理して来なくてもいいから。いつでも遠慮なく休んで」
「え冷た、いやこれ、優しい、のか?」
来なくていいと言ってはいるものの、無理しないで休めと聞こえなくもない。
前向きな善意がなければ出来ない解釈に首を捻る彼を、クリアシャインとクリアオーシャンはにこやかに眺めていた。クリアガイアは努めて仏頂面を作っていた。
その途中、思い出したようにクリアシャインが口を開く。
「そういえば姉さん、その期日っていつなの?」
クリアガイアは噴水を、そこに巻き付くイルミネーションを見上げながら告げた。
「クリスマスイブ。十二月二十四日が、このレギオンが目覚める日よ」