ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第五話「第一回時枝耕太郎告白会場」

 かつて全てのクリスマスを家族と、もちろん幼馴染の鈴木一家も含む、一緒に過ごした田中の兄ちゃん曰く。

 

『クリスマスにデート出来たらな、男としての階位が一つ上がるんだよ!』

 

 聞いた当時はよく分からなかった。当時というか、今でも全然理解しきれていない。そもそも男としての階位って何?

 

 とにかくそんな意味不明な風潮は、色々とおかしなこの世界でもあるらしい。

 

「時枝くん、私と付き合ってください!」

「ごめんなさい」

 

 放課後の空き教室、暖房のよく効いた部屋で、見知らぬ女子生徒の告白を丁寧にお断りする。気持ちは嬉しい、なんて気の利いた文句は付け足せない。嘘は言えない。

 

 先輩か同級生か後輩か、それすら判別出来ないその子は息を呑んだ後、今度は粘り強く交渉を仕掛けて来た。

 

「くっ、じゃ、じゃあ、後生、後生ですから、せめて握手を」

「……えっと、まあ、それくらいは」

「それは駄目だ」

 

 断ってこじれるくらいなら。受け入れかけたその時、ずっと俺の横に立っていた、本当おかしいと思うけれど、ずっと俺を見守っていた財前が鋭い言葉と共に割り込んで来た。

 

 それから眼鏡の奥の瞳をぎろりと光らせ、告白してきたその女子を強く糾弾する。

 

「僕の目を誤魔化せると思うな。どうせ狙いは最初からこれ、時枝に触れることだろう」

「ぎくっ」

「やれやれ。どうして君達はこうも欲望に忠実なのか。君の番は終わりだ、さっさと帰れ。僕達は忙しいんだ」

「ち、ちくしょー! 覚えてろ財前めー! 時枝くんも、私の顔と名前だけでも覚えて帰ってねー!」

 

 負け惜しみの捨て台詞を吐き捨てて、その子は教室から勢いよく飛び出して行った。

 

 芸人かよ。そもそも名前も聞いてないから覚えるもなにもないし。

 

 冷えた空気が入らないよう開けっ放しの扉を閉めながら、改めて現状に溜息を吐く。

 

 十二月に入り、クリスマスが目に入ったことで学校の雰囲気は一変した。正確には、彼氏のいない女子達の空気が変わった。サバンナの獣になった。

 

 彼女達はかつての田中の兄ちゃん同様、どうしてもクリスマスまでに恋人が欲しいらしい。けれど狙い目となる同級生の男子はほとんど既に狩られているか、財前のような訳アリ品ばかり。財前曰く手の付けやすい男子はほぼ全滅、今では俺くらいしかいないそうだ。

 

 下駄箱いっぱいのラブレター、フィクションにしか存在しないと思っていた。休み時間ごとに呼び出される、架空の出来事だと思っていた。呼ばれた先の校舎裏で付き合うよう集団に迫られる、現代日本ではありえないと思っていた。

 

 こんな日々混沌とする状況を見かねた財前が用意してくれたのがこの空き教室、俺への告白会場である。言ってて意味が分からない。

 

 なお、教室の利用許可をくれたのは担任の新田先生である。指導では限界があった、こんなことになって本当にすまない、なんてその時深々と謝られてしまった。

 

「いくらクリスマスが近いからって、こんな風になるとはなぁ」

「僕にも理解しがたいことだが、彼女達にとってクリスマスにデートを出来たかどうか、というのは重要なステータスらしい」

 

 君を巻き込んでいい理由にはならないがな、なんて財前は肩を竦める。

 

 財前は毎度この手のことに忠告してくれて、しかも毎回こうして手助けまでしてくれる。

 

 ありがとうでは足りないくらいお世話になっているのは自覚しているけれど、面倒見が良すぎてかえって変な疑問が浮かんでしまった。

 

「いつもこんなに助けてくれて、財前は俺のマネージャーか何かなの?」

「……今更この僕が他家のマネージャー、か。ふっ、時枝はいつも新鮮な驚きをくれるな!」

「なんか勝手に喜んでるよ」

 

 悪いこと言ったかな、なんて不安は一瞬にして消えた。仲良くなって一月以上経ってなお、財前のツボはまだ一切全然分からない。

 

 どうしてこれだけで高笑いでも始めそうなほど上機嫌になるのか。謎だ。

 

 友達の不可思議な生態に悩んでいると、不意に教室の扉が開かれる。そしてすぐにそこから見慣れた女子の顔が現れた。普段は少し緊張するその仏頂面も、今日ばかりは七海ちゃんの笑顔レベルにほっとする。

 

「次、もう入れてもいいかしら」

 

 朝地がいつも通り沈んだ、いやいつも以上に覇気のない声で確認してきた。

 

 そうなる気持ちは分かる。だから既に何度も繰り返した謝罪を再び朝地に告げた。

 

「ごめん朝地、変なことに巻き込んで」

「……本当よ。まったく、どうして私がこんなこと」

 

 朝地はこの訳の分からない、理解出来ないイベントの受付を引き受けてくれている。感謝の念は絶えない。

 

 ただ、最初に声をかけたのは財前だ。説明を求めると、すぐに明瞭な答えが返って来た。

 

「君くらいしか頼める、まともなクラスメイトがいなかったからだ」

「……前野さんにでもお願いすればよかったでしょ? 時枝はあの子と仲いいみたいだし」

「もう彼女には看板を持って、次々来る希望者を最後尾まで案内してもらっている」

 

 その前野さんの仕事ぶりはすぐ廊下から聞こえて来た。

 

「割り込み禁止でーす! 現在待ち時間は三十分となっておりまーす!」

 

 テーマパークかよ。

 

 まさかこの手の掛け声を初めて生で聞くのが、よりにもよってこんなことになるとは。

 

 悔しさと忌々しさに自然と手が額に向かう。なんだこれ。頭痛くなりそう。

 

「大丈夫か、時枝」

「体調は平気、でも正直疲れて来た。今日はもうやめにしない?」

「時枝は飴に群がるアリを見たことはあるか?」

「あー、うん。さっさと整理しないと無限に集まるってことね」

 

 恒例の財前生物たとえ話が始まりかけて、俺もなんとなく理解出来た。脳内にゾンビ映画染みた光景が広がる。リアルであっちゃ駄目な景色でしょ、これ。

 

 ため息と同時に苛立ちが募る。考えれば考えるほど、抑えがたいほどむかつく。

 

 恋愛はもっと強烈で鮮烈な、人を狂わせるものであるべきだ。

 

 ああも簡単にあっさりと、思い付きみたいに告白なんてしてはいけないはず。断られてあんな明るく、楽しそうに帰るなんて許されないはず。もっと命をかけるような、人生を賭けるほど大切なものでないといけないはず。そうでないと、俺とあの人は。

 

 それなのにどいつもこいつも軽はずみに。今日来た人の全てに腹が立つ。

 

「大体、ほとんど話したこともないのに告白ってなんだよ。人のこと舐めてんのか。よく分かんないけどそういうのって、もっとちゃんとした形があるだろ」

「……」

 

 つい呟いてしまった愚痴が聞こえたのか、あの朝地にまで気遣われるような目で見られてしまった。

 

「仕方がないから、今日は最後まで付き合ってあげる。あと少しだからもうちょっとだけ頑張りなさい」

「うぅ、ありがとう。ところであと何人?」

「……四十人くらい」

「は? 少し?」

「…………ご、ごめんなさい、私が悪かったから、その目はやめて」

 

 にもかかわらず、俺は語気が荒くなってしまった。言われた朝地は身を小さく縮め、声も震わせている。

 

 朝地は俺より少し、ほんの少しだけ身長が高いから、その小さな子供みたいな振る舞いは頭を大いに冷やしてくれた。怖がらせてどうする。駄目だ、冷静にならないと。

 

 そんな俺達を眺めていた財前が、一人冷静に現状を確認する。

 

「どうやら、もう限界のようだな」

「ごめん財前。朝地も、わざわざ手伝ってくれてるのに八つ当たりして」

「……いいえ。私も、貴方の気持ちは分かるから」

「悪いのは君の事情を考えず、浅ましくも自分の欲望を優先する彼女達だ。あとは僕に任せてくれ」

 

 財前はそう言って、颯爽と教室の外へ向かう。足取りは風のように軽やか、されど不思議な重みと風格を纏っている。時たま本人が語る、財前家の威厳とやらが宿っているような気がした。

 

 そのまま扉を開けて早々、順番待ちの女子達の注目が財前に集う。

 

「げっ財前」

「時枝くんはどうしたー!」

「この浮気者、私たちの純情を返せー!」

「いくらなんでも二十二股はありえないだろー!」

 

 そしていわれのない、いややっぱりありそうな罵倒が次々と財前に向けられた。こんな世界でもやっぱり二十二股はヤバい行為だったらしい。

 

 そんな石でも投げられそうな空気の中でも財前はまったく怖気づかない。それどころか全てを一笑に伏し、宣戦布告でもするかのように高らかに声をあげる。

 

「一次面接の時間だ! 僕の目に適わない限り、何人たりともここを通れないと思え!」

 

 こうして財前面接官のもと、俺への告白権をかけた面接が始まったのだった。一から十までなんなのこれ。

 

 

 それから結局、ほぼ全ての女子を財前は薙ぎ払った。目に適ったのは二人だけ。その子達は結構真剣に見えたけれど、もちろん丁重に断わった。ごめんなさい。

 

 すっかり静けさを取り戻した空き教室にいるのは財前と朝地と前野さん、つまり味方だけ。ようやく得た平穏に安心して、つい本音を口にしてしまった。

 

「……最初からこれでよかったんじゃないの?」

「それは君のためにならない。今後のためにも、君もこの手の誘いを断ることに慣れておいた方がいいと思った。君はどうも、どうしようもないほど甘い男のようだからな」

「正論だけど、正論だから腹立つ! 色々考えてくれてありがとう!」

「どういたしまして」

 

 良くも悪くも経験豊富な財前からすれば、俺は驚くほどに不用心なんだろう。さながら横断歩道を確認もせずに渡る幼稚園児のように。自覚はある。

 

 それでもむかつくものはむかつくから、涼しい顔で満足している財前から視線を外す。今はこっちじゃない。手伝ってくれた女子二人に向き合って、深く頭を下げた。

 

「前野さんも、朝地もありがとう。二人がいなかったら大変なことになってたかも」

「ううん、気にしないで」

「今日はもういいけど、次は手伝わないから」

「え、次、あるのか……?」

「……」

 

 朝地はそっと目を逸らした。逸らさないで、否定して、お願いだから。

 

 まだ見ぬ未来への恐れなんて今は封じておこう。まずは目の前にある現実を噛み締めろってらびらびも言ってたし。これは現実逃避だ。

 

「何かお礼させて欲しいな。こういう時って」

「じゃ、じゃあ!」

 

 ジュースでも奢ればいいのかな、なんて質問は続けられなかった。

 

 前野さんが前のめりに、さっきまでいた女子のように勢いづいていたからだ。

 

「こ、ここ、今度、一緒に遊び行くっていうのは」

「いいよ」

「しゃあ!」

 

 雄たけび。

 

 横にいた朝地なんてそれでびっくりしたせいか、片足が浮いて身体も斜めになっている。

 

 神秘系の人が変なポーズをすると余計シュールに見えるな。想像上のものだけど、三回転半したクリアガイアの時と同じおかしみを覚えた。

 

 ガッツポーズを天に決める前野さんは置いといて、残り二人にも確認しておこう。

 

「その時何か奢るからさ、財前も朝地もそれでいい?」

「ああ、構わない」

「………………え、私も?」

 

 三人へのお礼なんだから、当然朝地のことも誘う。本人にとってお礼になるのかは分からない。多分、断られると思う。

 

 そんな予想を前野さんもしていたらしい。口を開きかけた朝地の腕を引き、教室の隅まですぐさま移動する。それから顔の前で両手を合わせ、平伏しかねない勢いでお願いしていた。

 

「朝地さん、お願いっ!」

「……貴方としては、時枝と二人の方がいいんじゃないかしら?」

「一瞬考えたけど無理! 私一人だと緊張して話せない、てか息も出来ない!」

「死ぬでしょそれ」

「うん、死んじゃう! そもそも財前も来るし、というかあいつ一緒でも、多分何の意味もない! 緊張で爆発しちゃう! だから、だからどうかお慈悲を! 私に男の子と遊びに行ったという実績を、どうか恵んで!」

 

 今更だけど、こういう時って耳塞いだ方がいいのかな。魔法のおかげで耳がいいから、内緒話のつもりでもどうしても聞こえてしまう。

 

 遅いとは思いつつ両手を耳に寄せる。それを見た財前も何故か真似をしていた。何故か誇らしげに深く頷いてもいた。一緒に聞こえていないふりをしてくれるらしい。

 

 それから少しして、満面の笑みを浮かべる前野さんと疲れた様子の朝地が戻ってくる。続いて開いた口ぶりには、仕方ないという言葉が見え隠れしていた。

 

「分かった。私も行く」

 

 遊びに誘った、今日厄介ごとを手伝ってもらった俺が言うのもなんだけど、どうも朝地は苦労性みたいだ。幸が薄い。

 




なお朝地桜さんは今後もお願いすれば、
「……言っておくけど、今度こそ最後だから」
とか言いながら毎回手伝ってくれます。
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