ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

32 / 72
第六話「前野さんは三十分前に到着していました」

 人生十数回分の告白を受けたあの日から三日経って、今日は土曜日。あの時財前達と遊ぶ約束をした日になった。

 

 天気は雲一つない快晴。午後二時集合ということもあって、十二月でも日向はほのかに暖かい。寒いのは苦手だから助かった。

 

 気候に恵まれたことを感謝しつつ、待ち合わせ場所まで二人で向かう。

 

 お供してくれるのはらびらび。今日も今日とていきなり現れて、今も隣でぷかぷかと浮いている。

 

 道中でしか話せないこと、相談出来ないことがあったから、少しだけ付き合ってもらっていた。

 

「女の子とのデートのいろは、聞きたいぴょん?」

「別に。というかデートじゃないし」

 

 間違ってもらびらびが嬉々として話そうとする、デートのいろはなんてものではない。

 

 そして俺が何度経緯を説明してもなお、らびらびは何故かその路線を譲ろうとしない。

 

「つまり、ダブルデートぴょん?」

「話聞いてた? 友達と、クラスメイトと遊びに行くだけだって」

「友達同士から始まる恋、友情が愛に変わる瞬間。…………素晴らしい青春ぴょん」

「なんだこいつ、滅茶苦茶気持ち悪いな」

 

 この通り気色の悪いらびらびはともかく、葵さんまで似たようなことを言っていた。

 

 デート、デートなの、きゃー、なんて大はしゃぎしていた。こんな世界でも、何歳になっても女の人はこういう話が好きらしい。ついでに甲高い黄色い声も出せるらしい。

 

 七海ちゃんは、七海ちゃんはあれ、多分、俺の思い上がりじゃなければ、ちょっと寂しがっていた。もしくは、拗ねてたの方が近いのかもしれない。

 

『兄さん、行っちゃうの?』

 

 近いどころか、真ん中ドストレートな気もする。今日は葵さんいるから大丈夫だと思ってたんだけど。

 

 こういう時はどうすればいいのか。思い出の中の自称女の子マスター、田中の兄ちゃんは今日もろくな答えをくれない。鈴木の姉ちゃんとずっと一緒だったくせに。

 

 疑問はひとまず横に置き、本題に移る。七海ちゃんについては、帰ってから考えよう。

 

「それより、見てよらびらび。ほらこれ、前話したやつ」

「……確かにこれは、どう見てもマシュマロぴょん」

 

 ちょうど飛び込んで来たマシュマロを捕まえ、傍らのらびらびに見せつける。

 

 マシュマロは相変わらずふかふかで柔らかく、そこらのお菓子に負けない美味しそうな甘い匂いが漂っていた。

 

 らびらびはそれを何度か触り、注意深くあらゆる角度から観察した後、俯き思考に耽る。そのまま無言のまま歩くこと数分、ゆっくりと口を開いた。

 

「耕太郎、これから話すことは君にとってショックな予想かもしれないぴょん。それでもどうか、最後まで聞いて欲しいぴょん」

 

 言葉には真剣味、俺への心配が満ちている。真面目な時のらびらびだ。

 

 だから俺もいつもの漫才気分を切り替え、ちゃんと話を聞くため深く頷きを返した。

 

「らびらびはこの現象を世界による抗体作用、レギオンの結界と同じく異物を取り除くためのものだと考えていたぴょん」

 

 らびらびの懸念に反して、特にショックは受けなかった。俺なりに考えて、そうじゃないかなと予想していたこともある。

 

 植木鉢にせよマシュマロにせよ、いずれにしてもこれは魔法みたいな不可思議事象。世界が自発的に行うそれを、俺はその抗体作用しか知らなかった。

 

 また、どうして俺が異物なのか。これについてもいくつか想像はしていて、その内一つをらびらびは語る。

 

「この前耕太郎が教えてくれた違う世界の記憶、あれは間違いなくこの世界にあってはならないものぴょん。世界が消そうとするのも無理はないぴょん」

「フィクション的になんとなく分からないこともないけど、たったこれだけで?」

「実際なってるから仕方ないぴょん。もっと目の前の現実を噛み締めるぴょん」

「らびらびに言われると何回聞いても腹立つな、その言い方」

 

 一番リアリティレベルが低い癖にこれだ。いや、中身は世知辛いから、ある意味最もリアリティレベルは高いのか。どっちにしてもイラっとするのは変わらない。

 

 俺のちょっかいをいつも通り聞き流し、らびらびは平然と説明を続ける。

 

「耕太郎が今も記憶を保っている以上、世界にとって異物なのは変わらないぴょん。だから対応も当然変化しないはず、にもかかわらずこんな変化が起きたのは」

「……変わらないはずのものが変わった。それは、誰かが変えたから?」

 

 自然には起きないこと、つまり人為的なもの。意思持つ誰かが、わざわざ俺のためにしてくれたということ。

 

 こんなこと出来る人も、やってくれた理由も心当たりがない。大きく首を捻る俺とは異なり、らびらびは大層自慢げに、誇らしげに胸を張っていた。

 

「世界の法則を恒常的に塗り替えるなんて大魔法、それ相応の労力が必要になるぴょん。それでもその子が変えてくれたのは、きっと君が彼女の信頼を勝ち取ったからぴょん」

「なんか、難しいこと言って誤魔化そうとしてない?」

「お天道様が、誰かが君の格好いいところを見ていた、というだけの話ぴょん」

 

 彼女とかなんとか匂わせておいて、はっきり言う気ないな、こいつ。

 

 さすがの俺でも気がつく。どうもらびらびは俺に隠し事をしているというか、魔法少女についてあえて話していないことがたくさんあるみたいだ。

 

 それでも今更らびらびが敵だとか、俺を騙して邪神の生贄にしようとしてるとか、そんな馬鹿げた想像はしない。

 

 色々と意味不明正体不明の怪異だけれど、らびらびは俺の味方だ。

 

 だから無理して問い詰めはしない。それに聞いても教えてくれないだろうし。

 

「にしてもなんでマシュマロ。トラックみたいにいっそ全部なくしてくれればいいのに」

「そこはあれぴょん。多分乙女心とか、なんかその周辺あたりの理由ぴょん」

「急に雑になった」

 

 やっぱりこいつ何も分かってないんじゃ。あまりの投げっぷりに思わずそう思った。

 

「とにかく、もう植木鉢は飛んで来ないぴょん。これからは安心して外出するといいぴょん」

「マシュマロ、当たっても痛くないけどべたつくんだよなぁ」

 

 あと匂いでお腹が空く。というかこれ、もしかして食べてもいいのかな。

 

 物は試しにと挑戦しかけた俺をらびらびは全力で止めた。遊びに行く前にお腹壊す気か、なんて普通に叱られてしまった。

 

 

 

 待ち合わせ場所、レギオンの卵が発生した噴水広場に到着する。らびらびとは人通りが出たところで別れた。あいつ、最後までデートデートうるさかったな。

 

 気を取り直して時間を確認する。広場に立っている大きな時計が教えてくれる現在時刻は一時四十五分、集合時間十五分前だ。早い人ならもう来ているかもしれない。

 

 そう思って辺りを見回せば、すぐに見慣れた人を発見出来た。前野さんがもういる。明るいダウンジャケットにパーカー。普段の制服とは違う格好だったから、一瞬だけ人違いかと思った。

 

 勘違いする最中、ついでに俺をじろじろ観察する人も多数発見出来た。身の安全のためにもさっさと合流しよう。

 

「こんにちはー、前野さん早いねー」

「い、今来たところだよ!?」

「おー、定番のやつ」

「あっと、時枝くん、これはっ」

 

 田中の兄ちゃんがよくラブコメを、鈴木の姉ちゃんが少女漫画を貸してくれたから俺も知っている。これはデートの待ち合わせとかでよく見るやり取りだ。

 

 もちろん今日はデートではない。でも漫画の再現には少し興味が惹かれる。

 

 他のクラスメイトにしたら変な誤解をされそうだけど、前野さんなら平気だろう。

 

「ごめん、待った?」

「……!! い、い、今来たところだから、大丈夫!!」

「そっか、よかった」

「え、えへへ、でへへへっ」

 

 笑い方。途中まで我慢出来てたのに。

 

 他の女子達と違って目に見えて暴走、欲望を爆発させることこそないものの、前野さんもこの通り男には弱い。言い換えれば男に、異性に全然慣れていない。

 

 要するに田中の兄ちゃんと同じ、魂が童貞なんだろう。

 

 俺にはどうすることも出来ない、しようとすれば盛大な事故が発生することだけは分かる。そっとしておこう。

 

 決意を新たに奇妙な笑いは横流しにして、拳二つ分空けて前野さんの隣に立つ。

 

 ざわめきが目の前に広がっていた。

 

「すっごい人ごみ。ここっていつもこんな感じなの?」

「う、うん。待ち合わせの定番スポットなんだ、ここ」

「へー。皆楽しそうでいいね」

 

 同じくらいの人ごみだったショッピングモールとは異なり、年齢層は俺達くらいの学生に偏っている。高くても、精々大学生くらいだろう。そして当然性別も偏っている。

 

 それでも楽しそうなのは一緒だ。わいわいがやがやとそれぞれが好き勝手に話し合い、辺りは喧騒に満ちている。

 

 人によっては耳障りかもしれないそれらも、俺からすればとても得難い、貴重で素晴らしいものに聞こえる。活気が溢れて、俺まで何かエネルギーを貰えるような感覚がある。

 

 それが表情にも出ていたのか、前野さんが不思議そうに問いかけて来た。

 

「時枝くん、何か面白いことでもあった?」

「ううん。賑やかなの結構好きだからさ、こういう光景見てるだけでも楽しくて」

 

 言ってから、自分でも不審というか変な答えだと思った。

 

「そうだね! 私も賑やかなの好きだよ、お祭りとか!」

 

 けれどもすぐに前野さんが同意してくれたから、俺は心の底から安心出来た。

 

 そんな感じで二人を待ちながら話すこと数分、急に辺りの雰囲気が変わり始めた。

 

 ざわざわと騒がしいのは同じ、違うのは声に浮かぶ感情。驚き、興奮、苛立ち、その中でも一番大きいのは多分、困惑。

 

「なんか、騒がしいね」

「……私、嫌な予感してきた。ちょっと行ってみない?」

 

 思わず顔を見合わせた俺達は、頷き合って騒動の中心へと向かう。

 

 発生源は噴水広場の入口近く、道路に面した場所。待ち合わせには向かないここに、今は広場の人がたくさん集まっていた。

 

 着いて聞こえたのは感嘆の声、黄色い声。どっちも分かる。どっちも納得出来る物、人がそこにいた。

 

「待たせたな、君達」

 

 制服とそんなに変わらない姿、いつものコートで財前は颯爽とやって来た。それはいい。その後ろに問題がある。

 

 そこには黒く長い車。いわゆるリムジンがあった。その横には黒くて高そうなスーツのお爺さん、いわゆるセバスチャン、執事が立っていた。

 

 今時見ないような典型的なお金持ち、お坊ちゃんがいる。それは誰だって集まるし、誰だって変な声をあげるだろう。俺だって友達じゃなければ、絶対好奇心全開で眺めているはずだ。

 

「財前って結構こってこてだよね」

「財前家にはイメージというものがある。よって僕にも相応の振る舞いが求められている、ということだ」

「今のところ財前家、財前のおかげで面白イメージしかないけど」

 

 お金持ちじゃなくてお笑い感が強い。目の前の車もお爺さんもそれっぽさがあり過ぎて、かえってコント染みた雰囲気がある。財前新喜劇。

 

 失礼ながらついつい呆れてしまった俺とは違い、前野さんは大興奮していた。俺の腕を引き、感情のまま財前の乗って来た車を何度も指差す。

 

「と、とと、時枝くん、あれ、リムジンだよリムジン!」

「うん。いつ見ても長いね」

「私初めて見た。はー、財前って本当にお金持ちだったんだー」

「僕じゃなくて財前家だがな」

 

 かつて見た金持ち、本家の連中も無駄に高くて大きい車に乗っていた。あの時は病院の駐車場を二台分ずつくらい占拠していて、ものすごく邪魔だったらしい。

 

 そして今もまあまあ邪魔そうだ。一時停止しているリムジンはもちろん、広場の入口にたむろする野次馬達も通行人の迷惑になるだろう。

 

 車は動かしてもらって、滅茶苦茶見られている俺達も一度どこかに移動しよう。まだ来てない朝地には前野さんから連絡を。

 

 そんな考えをしている間に、見慣れた人影が曲がり角から早足で現れた。

 

「遅れてごめんなさい。言い訳だけど、妹がうるさくて」

 

 その人、朝地は急いでいたせいで俺達には気づいても、周囲の状況は見えていなかったようだ。迷いなくこちらに歩いて来て、すぐさま頭を下げる。首のマフラーも一緒に落ちた。

 

 それを目で追いながらなんとなく思った。やっぱり女の子の方が服装って変わるもんだなって。

 

 朝地は落ち着いた茶色の、膝丈まである大きめのダッフルコートを羽織っていた。間から見える足元は動きやすそうな灰色のズボン。本人の立ち居振る舞いもあって、全体的にとても大人っぽく見える。

 

 それに元々朝地はジャージ姿ですら神秘性を醸し出せるほどの逸材。加えてここには中々見ないリムジン、珍しい男が二人いるということもあり、周囲からの注目はかつてないほどに集まる。

 

 物理的威力があれば串刺しになりそうな視線に、顔を上げた朝地もすぐに気付く。それから困惑のまま辺りを見回した。

 

「……えっ。何、なんなの、この状況?」

 

 何も分からないままぎょっとしている朝地は、とても気の毒だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。