ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第七話「中学生はボウリングしておけばいい」

 普段の尊大な態度で忘れがちだけれど、財前もこの世界の男の例に漏れず身体があまり強くない。俺が満足するほど激しい遊び、たとえばアスレチックにでも行こうとすれば、来週会うことはなくなるだろう。

 

 だから最初は映画館か何かにしようとしたところ、当の本人から待ったがかかった。

 

「実は、君達さえよければ行ってみたいところがある」

 

 今回は財前へのお礼でもあるから、希望があるなら叶えたい。他二人にも確認して、それぞれ反応こそ違えど了承は貰えたから無事そこに決定した。

 

「私たちは二階の、七番のレーンだって。靴は」

「貸し出しはその近くにあるから、まずは向かいましょう」

「はーい。朝地さんって、もしかしてここのボウリング場詳しい?」

「家族と何回か来たことあるだけよ」

 

 という訳で、今日遊ぶ場所は財前希望のボウリング場である。意外なところだった。

 

 受付で手続きをしてくれた前野さんに付き従い、店内を四人で進んでいく。

 

 ここはボウリング場グラウンドサン。ボウリングの球を太陽に見立てた看板は何回か見たことあるけれど、実際に入るのは初めてだった。

 

 最初に思ったのは、とにかく中が広いということ。外観から分かることではある。でもレーンが並ぶ広々とした光景は開放感があり、実数はともかくショッピングモールよりも大きく感じる瞬間もある。

 

 時折鳴る甲高い音、こーんという景気のいい物音は、ボールがピンを弾く音なんだろうか。聞いていて心地がいい。俺も早く鳴らしてみたい。

 

 そんな風に辺りを観察しながら、財前が来てみたいと言った理由も納得した。

 

「確かに財前の言う通り、家族に言いづらい気持ちも分かる」

「うん。言っちゃ悪いけど、イメージでしかないけど、財前家の人は場違いだと思う」

 

 なにせ待ち合わせにリムジンで送迎するようなお家だ。路上で縦に三回転半するクリアガイアに負けず劣らず、お金持ちとボウリング場はイメージに合わない。ここに執事はいない。

 

 俺と前野さんはつい先ほどの光景を思い出し、二人してうんうんと納得していた。

 

「ところで財前、今更だけど体調は大丈夫?」

「ああ。この通り、今日のために厳しいトレーニングを乗り越えてきた」

「おー」

 

 約束した日から今日で三日、ぎりぎり坊主に成れる程度の経過時間。トレーニングの効果は認められそうにない。

 

 だけどもまったくない力こぶをアピールする財前はいつもより元気そうだ。きっとブラシーボ効果だろう。その儚い灯を消す訳にはいかないから、俺は適当に拍手をして褒め称えた。

 

 無事財前の体力ゲージがあることを確認してから靴を借り、皆で並んでいるボールから自分のものを選ぶ。ヤードポンド法の影響を人生で初めて受けた。一ポンドって何キロなんだ?

 

 こうして無事に準備は終了、俺達の場所である第七レーンにも到着した。

 

「財前、なんか色々あるよ」

「なんかとはなんだ。ところで時枝、あのボールを出すアレの名前はなんだ?」

「ボールを出す機械」

「何の答えにもなってないぞ」

 

 見慣れない謎の機械やボール出すアレ、大きなモニターを前に、俺と財前は完全なおのぼりさんと化す。何も分かっていない。

 

 見るからに初心者以下の俺達を見た前野さんは苦笑いのまま、念のためにか質問する。

 

「財前は、時枝くんもボウリングはやったことないんだよね?」

「うん。というか、正直ほとんど見たこともない」

「そっかー。テレビとか、どこかでやってるのとかもあんまりないもんねー」

 

 今まで読んだ漫画やドラマなんかでもそこまでボウリングの出番はなかった。一番記憶にあるのは、潰れたボウリング場が不良のたまり場になってたくらい。画面の中ではボウリングじゃなくてリンチをしてた。

 

 そんな訳だから俺に至っては、やり方はおろかルールすら怪しい。知っているのは精々ボールを投げてピンを倒せばいい、ということくらいだ。

 

 男二人の惨状を聞いた前野さんは深く頷き、力強く朝地に告げる。

 

「じゃあ朝地さん、私たちでお手本見せてあげよっか!」

「……構わないけれど、いいの? 貴方一人で教えれば、時枝にいいところを」

「私、ボウリングド下手だから!」

 

 晴れやかな笑顔で前野さんは高らかと宣言する。

 

 あまりにもあんまりな発言を前に固まる朝地を置き、前野さんは全力でボールを投げる。そこそこの勢いで転がった球は滑らかに進み、やがて脇の側溝へと落ちて行った。

 

 頭上のモニターに謎のアニメが流れ、やがて大きくGと表示が浮かぶ。

 

「ね!」

 

 ガーター。その結果に似合わない爽やかな笑顔とサムズアップを、前野さんは朝地に向けていた。

 

 朝地はモニターのGとその笑みの間をおよそ三往復した後、謎のアレから意気揚々とボールを拾う前野さんへ近づく。

 

「前野さん、少しいいかしら」

「わ、もしかして朝地プロのご教授?」

「……ご教授というほどではないけれど、腕の振りは意識した方がいいと思うわ。結局のところ、まっすぐ振ればまっすぐボールも転がっていくから」

 

 お手本として素振りをする朝地の姿勢は綺麗だった。手足が長いのもあってやたらと堂に入っているというか、とても様になっている。

 

 その薫陶を受けた前野さんのフォームは、一投前の壊れかけの人形染みたものよりよほどマシになっていた。今はボウリングをしていると分かる。

 

 そしてフォームに倣い、結果もまたまともなものになっていた。

 

「やった、ありがとう朝地さん! 私八本も倒せたの初めて!」

「どういたしまして。……思ったより、重症だったのね」

 

 大はしゃぎする前野さんの様子に若干朝地の空気が緩む。

 

 その次はその朝地の番で、当然のような顔でスペアを取っていた。

 

 凄い凄いと自分の時以上に喜び褒め称える前野さんを眺めながら、しみじみと思う。

 

「朝地って色々出来るよね」

 

 このへんてこな世界の常識に準じて、俺の基準と逆転させて考えると、朝地は驚くほどにあざとい。

 

 ぱっと見は文武両道、眉目秀麗なんて煌びやか四文字熟語が並ぶ。しかも性格だって一見冷淡に思わせておいて、関わってみればなんだかんだとても面倒見がよくて優しい。

 

 逆転世界的にまとめると、クール系の完璧超人イケメン。きょうび少女漫画のヒーローでも早々見ないスペックだ。むしろ高過ぎて、かえって負けてしまう方のキャラだろう。

 

 そんな感心をする俺に、ずっとボウリングのイメトレをしていた財前が眼鏡を光らせる。

 

「その能力や振る舞いから朝地のことを、『氷の女王様』と呼ぶ生徒もいるらしい」

「え、ださ、じゃなくて、そんな異名現実にあるんだ……」

「ちなみに僕は『虹色財前』と一部では呼ばれている」

「そこ胸張るんだ……てか意味分からない」

 

 由来は色が多いから。この色は英雄色を好むの色。要するにまた二十二股を責められているらしい。滅茶苦茶に後引いてるな、あれ。

 

 友達としての贔屓目か、最近はドン引きを超えて心配になってきた。この先財前は目標にしているという、最高のパートナーを見つけられるんだろうか。

 

 いらぬお節介が生じる中、とうとう財前の番がやって来た。待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がる。

 

「次は僕の番か」

「……滑って転んで、自分がボールにならないようにね?」

「ふっ。安心してくれ、時枝。僕の勢いではそこまでのスピードにはならない。たとえ転がったとしても、余裕をもって途中で止まれるはずだ」

 

 滑る方を否定して欲しかった。

 

 そんな財前が手に取ったボールは十二ポンド。ちなみに前野さんは九、朝地は十一。

 

 最近このよく分からない世界に関して一つ、男女の能力について判明した事実がある。謎の兵器の影響で男は病弱に、弱くなったけれど、それで女が強くなった訳ではないということだ。むしろ瞬発的な力ならまだ男の方が強い。

 

 今もこの通り財前の方が重いボールを扱っているし、普段の生活を振り返ってもそう。クラスメイトは掃除の時あんなに軽い机を運ぶのも大変そうで、七海ちゃんも米や調味料を買う時は持ち上げるのに苦労している。どちらもとても手伝いがいがある。

 

 とは言っても、だからなんだという話ではある。それでもこうして分からないことを一つ一つ知ることで、この意味不明な世界に関する不安を少しだけでも解消出来た。

 

「六本か。それなりだな」

 

 なんて考えている間に財前の投球は終わっていた。スコアを見れば両端が倒れている。結構器用な結果だった。

 

「さて、次は君の番だ。お手並み拝見だな」

「時枝くん頑張れー!」

「……」

 

 やっと来た出番に声援を受けながら意識を集中する。さっき見た、朝地の正しいフォームを思い出す。

 

 俺の魔法、肉体強化は変身していない時も発動している。特に身体の動かし方、身体制御の類はいつでも絶好調だ。

 

 おかげで今日も身体はイメージ通り動く。投げたボールはまっすぐ突き進み、見事九本もピンを倒した。

 

 自分でも若干、というかもの凄くずるいとは思う。それでも遊びだからと後ろめたい気持ちに言い訳をして、戻って来たボールを掴み取る。

 

 そしてもう一投。再調整したフォームはより滑らかに動き、狙い通り残ったピンを打ち抜いた。スペア、朝地と同じスコアだ。

 

「さすがだ」

「やったね時枝くん!」

 

 こういう時もハイタッチをするらしい。クリアシャイン達も合わせて、なんだか最近毎日のようにしてる気がする。

 

 財前、前野さんと続いて、構えたまま次に朝地の前に移動する。

 

「ありがとう。朝地の教えのおかげ」

「……貴方に教えた覚えはないのだけれど」

 

 などと言いつつ、肩を緊張で固くしつつ、それでもハイタッチには今日も付き合ってくれた。

 

 そんなこんなでボウリングをしていく中で、今更ながらとあることに気がついた。

 

 隣のレーン、ボールを出すアレを共有する人達がそのサンプルを見せつけてくれている。

 

「カップルって実在するんだ」

 

 お隣さんは俺達より少し年上、多分高校生の男女二人組。

 

 フィクションで見るような分かりやすいべたべたはしていないものの、なんというか、流れている雰囲気が違う。距離感とか、目線とか話し方とか、その辺りがこう、変な話不思議な熱を感じる。

 

 前にらびらびが言っていた、そういう関係特有の匂い、というのはあれのことなのかな。

 

 不躾に観察してしまって、つい出してしまった間抜けな感想に財前が答えた。

 

「それは、するだろう。事実僕達の学校にも何組か、隣のクラスにもいるぞ」

「隣の。でもそういう素振り見たことないけどなぁ」

「えぇと、それはほら、学校で隙を見せたら殺されるから」

 

 学校はサバンナだった……?

 

「財前、カップルってそんなにいいものなの?」

「僕に聞くのか」

「だって元二十二股じゃん。最低だけど、二十二人分の経験はあるんでしょ?」

 

 あんなに怒っておきながら、俺はほんの少し興味があった。経験するつもりはなくても、どういう感じなのかはずっと聞いてみたかった。残念ながら一番頼りにしてた田中の兄ちゃんはあれだったし。鈴木の姉ちゃんもあれだったし。

 

「期待に応えることが出来なくて残念だが、僕も君と同じくそれは分からない。僕の暴挙の理由は知っているだろう? あくまでもパートナー候補の人柄を知る、財前家と共に歩めるかどうか確認するための試用期間のようなものだった」

「改めて聞くと最低だよね」

「あれで学べたのは、スケジュール管理とタスク調整の重要性くらいだったな」

「うん。普通に最低だ」

「……僕が悪いのは自覚しているが、そう何度も最低最低と繰り返されるてしまうと」

 

 珍しいことに財前が目に見えて落ち込んで、しょんぼりとしてしまう。

 

 実際本人の言う通り悪いのは財前だけれども、わざわざ傷口を掘り返したのは俺達だ。責任を取って話題を切り替えよう。

 

 といっても俺も雰囲気を引きずっていたのか、微妙に地続きのものになる。

 

「この間告白たくさんばっさり切ったけどさ、ああいうのってまだ続くと思う?」

「加熱するだろうな」

「へー、加熱、え、加熱?」

「君の断り方は優しすぎる。あれではセカンドチャンスを狙う者、噂を聞いて参加する者も増えるだろう」

 

 冷たくごめんなさい、なんて断っていたつもりだった。でもそれは優しすぎるらしい。

 

 なら適正はと考えると、思い浮かぶのは罵倒みたいなものになる。いくら迷惑をかけられていると言ってもこれは駄目だろう。面白半分の人もいたけれど、頑張って勇気を出していた人もいたはずだし。

 

「先日校舎裏に呼び出され、集団に囲まれているのを見た時は冷や冷やしたぞ」

「うぇ!? しゅ、集団!?」

「あれはびっくりした。あっ、もしかしてあの時新田先生が来てくれたのって」

 

 財前は無言で眼鏡をくいっとした。俺が危ないと思って呼んでくれたらしい。

 

 そんな危機感を覚えていた友達と違い、正直俺は余裕があった。魔法のおかげで俺は変身前でも結構な力が、不審な動きがあれば逃げられる程度の身体能力がある。

 

 それに皆には言えないものの、あの時何故か校舎裏の木影にらびらびが待機していた。しかも謎のグラサンをして、謎のロケットランチャーのようなものを構えていた。

 

 何もかも理解出来ない様子だったけれど、あれは多分、恐らく、いざという時に俺を助けるため、なんだかよく分からない準備をしていてくれたんだろう、きっと。

 

 そんな意味不明な状況もあり、俺は逆に冷静になって一人ずつ丁重にお断り出来ていた。

 

「……やれやれ。優しさは君の美点ではあるが、だからこそあれほどの惨状を招いてしまっている。何か抜本的な解決策を、手早いものならいっそ試しに誰かと付き合ってみる、などはあるが」

「それはちょっと」

「ふむ。なら、そうだな。この場合必要なのは既成事実だ。本物ではなく、誰かと付き合ってるふりで構わない」

「つまり偽装彼女かー」

 

 恋愛もので時たま見る、ストーカー対策なんかで行うことがあるものだ。

 

 ストーカー扱いは失礼かもしれないけれど、扱いの困りっぷりにはちょっと近いものがある。いや、最近は休み時間とか押しかけてくるから、もうほとんど一緒なのか?

 

 それなら、それならもしかすると、一考の余地があるのかも。なら誰に頼むか、自然と動いた視線が前野さんのものとぶつかる。向こうも俺を見ていた。

 

「時枝くん」

「はい」

「自意識過剰を承知の上で先に言わせていただきますが、もし仮にお声をかけていただきました場合、間違いなく私はガチ恋勢になります」

「さようでございますか」

 

 お願いすると大変なことになるらしい。前野さんの尊厳のためにもやめておこう。

 

「朝地は」

「……」

「頼まない頼まない。だから睨まない睨まない」

 

 視線は矢にたとえられることがある。しかし今の朝地が俺に向けるのは、矢どころか銃弾、もしくはレーザーだった。

 

 頼めそうなクラスメイトは駄目だったから、それに元々誠意に欠けるやり口である以上、もうこの手法は取れない。諦めた俺に出来ることは一つだけだ。

 

「結局同じように、こつこつやるしかないか」

「僕の方でも何かいい方法を考えておこう。それよりも今は、もっと真剣にボウリングと向き合うべきだ」

「財前ビリだもんね」

「ふっ。手厳しいな。だが前野とは僅かな差だ」

 

 イメトレの成果か、財前は意外なことにボウリングは結構まともに出来ていた。バスケとは違ってちゃんとボールは前に行くし、ガーターもほとんどしていない。

 

 八ラウンド目まで終わって二人の点差は三。何かあればすぐにでも逆転出来る程度だ。

 

「うぅ、ごめんね朝地さん。私が弱いばっかりに、ここまで男子チームに追いつかれちゃうなんて。このままじゃ賭けに負けちゃう」

「……え、いつの間にこれ、そんな戦いになったのかしら?」

「今!」

 

 知らない内に始まっていた勝負は、前野さんの泣きの一回により第二ゲームまでもつれ込んだ。

 

 途中財前の体力が尽き精彩を欠いたこともあり、結局は一勝一敗の引き分け。賭けは無効となった。

 

 前野さんのノリで急に始まった謎の勝負、賭け。そもそも一体何を賭けていたのか。一切分からなかったけれど、楽しかったからいいか。

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