ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第八話「定例の狩り」

 たとえ休日であろうと、友人と遊ぶ日であろうと魔法少女の使命には関係ない。

 

 クラスメイトとボウリングを楽しんだ耕太郎は一度帰るふりをした後、人気のない路地裏へ足を踏み入れた。

 

 そこで怪異の如く影から現れた、とても満足げならびらびと合流。彼から懐中時計を受け取り、いつも通り変身してから集合場所、駅前の噴水広場へと駆けていく。

 

 そこには既に二人の魔法少女、クリアシャインとクリアオーシャンが待っていた。

 

「ごめん、待った?」

「大丈夫。あたしたちも今来たところだから」

「……おー、凄い自然だ。なんか格好いい」

 

 数時間前の焦りに焦った、愛嬌に満ちた前野とは違う振る舞いに耕太郎は感心していた。

 

「ガイアは?」

「今日は友達と遊びに行くって言ってたから、もう少しかかるんじゃないかしら」

「申し訳ないけど遅れるかもって連絡はさっき貰いました」

 

 クリアガイアが友達と遊びに行く。脳裏に過ぎった失礼な疑問を耕太郎は呑み込んだ。

 

 だがそれを引き戻すかのように、クリアシャインは彼の耳元でひそひそと囁く。声には愉悦が漏れていた。

 

「驚くことにね、なんと姉さんは男の子と遊んでるんだって」

「へー、意外。そういうことする人なんだ」

「あたしも聞いて滅茶苦茶びっくりした! あの姉さんが、まさか男の子とデートするなんて。しかも相手が」

「誰がデートですって?」

 

 その時突然割り込んだのは冷ややかな声と冷たい白い手。

 

 彼女は躊躇なくクリアシャインの右頬を掴み、全力で横へと引っ張る。幸い、もしくは残念なことに彼女は力がないためか、クリアシャインが痛みを感じることはなかった。

 

 呆れとほんの少しの苛立ちを滲ませながら彼女は、クリアガイアはうんざりしたように呟く。

 

「口が軽いし今日は複数人で遊んでたし、というかそもそもデートじゃないし。何度も言わせないで、いい加減怒るわよ」

「へーはんほーほほっへふへほ、ほへ」

「うるさい。言いたいことがあるならもっとはっきり喋りなさい」

「ひふひん!」

 

 理不尽を振りかざす、説教を並べる姿はまさに姉だった。そして悪戯をしてもまったく悪びれていない様子は典型的な妹だった。

 

 反省の見えない妹への制裁をクリアガイアは一度取りやめ、次に妹分へと声をかける。なお、あくまでも説教が終わったのはこの場だけである。家に帰った後が本番となる。

 

「今日のは絶対デートじゃないし私もその気は一切ないから、オーシャンも安心して」

「え」

「貴方から彼を取ったりなんてしない。失礼だとは思うけれど、私の方から願い下げよ」

「あっ、ああ、あの、私は、私と兄さんは、そういうのじゃなくて」

「ええ、そうよね。変な言い方をしてごめんなさい。少し意地悪だったかしら」

 

 一人何も事情を知らない、当人にもかかわらず一切分かっていない耕太郎は、その光景をぼけっと間抜け面で眺めていた。三人とも仲がいいなー、などとほのぼのしていた。

 

 そのため突然振り返ったクリアガイアに強く睨まれ、彼は内心慄いた。

 

「ものすごくなんか言いたげだけど、どうかした?」

「……別に、なんでもない。貴方のその呑気な顔を見て、ただ無性に腹が立っただけ」

「なんでもないじゃないじゃん。え、こわ」

 

 更には尋常ではない苛立ちをぶつけられ、さしもの彼も怯えを口に出す。けっして自業自得ではないが、ある意味因果が回った結果でもある。

 

 そんな和やかなじゃれ合いを終えたのは数分後のこと。クリアガイアは気を取り直すためか、一度わざとらしい咳ばらいをした。

 

「今回はレギオンの形態が変わるまでレムナントを抽出するつもり。これまでとは勝手が違うから、全員いつも以上に注意して戦って。何か質問はあるかしら?」

 

 ぐるりと三人を見回す彼女の前で、クリアシャインが大きく手を挙げる。

 

「形態が変わるってことは、本番はトナカイじゃないってこと?」

「恐らくね。今までのはあくまで本体の一部、成長すれば別の姿を取るはずよ」

 

 これまでクリアガイアは安全に安全を重ね、最小限のレムナントのみを抽出していた。制御不能になったレムナントの暴走、過度の干渉による卵の崩壊および大爆発、手の付けられない強力なレギオンの出現を恐れてのことである。

 

 だがここ数日の戦い、特に妹達とクリアグレイのコンビネーションを確認したクリアガイアは、今日作戦を新たなステージに進めることを決めた。

 

「始めるわ。全員気をつけて」

 

 クリアガイアの合図と共にいつも通り黄金の魔法陣、一種の門がレギオンの卵の前に出現する。

 

 そこから黒の異形が現れるのも常と同じ。だがクリアガイアの予想通り、形は大きく変わっていた。

 

「……俺、今回のレギオンの正体、分かったかも」

「うん、あたしも」

「私も多分、それだと思います」

 

 三人揃って確信するほど、その姿は典型的なものだった。

 

 それはこれまでのレギオン同様、全てが黒く染まっていた。それは特徴的な三角帽子を被る、二メートル超の人型だった。それは硬化している髭のようなものを口の周りに蓄え、大きな袋を背負うように抱えていた。

 

「クリスマスシーズンだもんなぁ……」

 

 その黒き異形の名は、サンタレギオン。

 

 語るまでもなく今回のレギオンの名称は決定した。

 

「それじゃ早速だけど、あのあわてんぼうどうする?」

「……ああ、まだクリスマス前だものね。まずは私とオーシャンで攻撃してみるから」

「グレイさんはガイアの近くで、何かあったら守ってあげてください」

 

 未だ耕太郎は身体強化以外の魔法を使えず、出来ることは原始的な攻撃、殴る蹴るの暴力のみ。様子見にはまったく向いていない。

 

 よってある種の戦力外通告を受けた彼は、二人に言われるがままその場を退いた。

 

「とりあえず、全力でいっとく?」

「ううん。今日は本番じゃないから、勉強するために色々見ておいた方がいいと思う」

「分かった。なら最初は適当に撃っておきましょう」

 

 慣れた風に相談を交わすクリアシャイン達の様子は平静そのものだった。

 

 レギオンとの戦いで相手の能力が分からないのはいつものこと。何より今回は頼りになる控えが傍にいる。だからこそ彼女達の心は揺れず、極めて冷静な瞳でサンタレギオンと対峙していた。

 

 一方、クリアガイアの横まで移動した耕太郎と言えば。

 

「二人だけで大丈夫かな」

「……あの程度なら余裕よ。それにあの子達は二人で戦っていた時期の方が長いわ」

「いやまあそうなんだけど」

 

 全力でそわそわしていた。

 

 彼にその手の経験は一切ないが、その姿は授業参観や大会などを見守る親兄弟によく似ている。彼女達、特にクリアオーシャンとの本来の関係性など、彼は一切気がついていないが。

 

 彼がどれほど緊張に足踏みしようと、その様子にクリアガイアがほんの少し呆れようと、クリアシャイン達の戦いには関係のないことだ。

 

 出現こそしたものの、未だ動きを見せないサンタレギオンに対し、彼女は杖を向ける。

 

「『シャイン・レイ』!」

 

 十八番の魔法とともに、サンタレギオンとの戦いが始まった。

 

 だがそれから幾度も魔法が放たれ戦場を彩った後でも、耕太郎の様子は変わらない。依然気もそぞろにしている。

 

「いい加減、少しは落ち着いてくれるかしら?」

「ごめん、うざくて。でもどうも、見てるだけって我慢が」

「……貴方がすべきことは心配じゃなくて、あのレギオンの力を見届けることでしょう?」

 

 これはサンタレギオンの能力を確認するための戦い。あの子たちの手伝いをしたいなら、ちゃんと観察をしておきなさい。

 

 言外にそう告げられた耕太郎は、クリアシャイン達に聞けずにいた疑問を口にする。

 

「じゃあサンタってさ、人間だと思う?」

「何、急に。フィンランドの妖精だとか、そんな話でもしたいのかしら」

「そういうのじゃなくて。ほら、ヒューマンレギオン的な」

 

 小さく、あぁ、とクリアガイアが納得したように零す。サンタレギオンの形状、人型の姿からして、ある意味でそれは当然の疑問だった。

 

 一瞬だけ瞳を伏せた後、彼女は明瞭な口調でその疑念に答える。

 

「サンタが人間かどうかなんて知らないけれど、あれはヒューマンレギオンじゃないわ」

「分かるんだ」

「ヒューマンレギオンはこの世界を憎み、力の限り壊す最強最悪のレギオンよ。もしも既にあれが生まれていたのなら、私たちの世界はもう滅ぼされてしまっているはず」

 

 最強最悪、誕生していれば世界をとっくに滅ぼしている。

 

 規模の大きな言葉に耕太郎の理解は及ばない。ただし、どうしても気にかかる部分は感じていた。

 

「……ちょっと待って。この間までシャイン達、ガイアは俺のことヒューマンレギオンだと思ってたんだよね?」

「そんなこともあったかしら」

「あったかしらじゃなくてさ。俺そんな化け物だと思われてたの?」

「ええ」

 

 涼しい顔で頷かれ、耕太郎はとても渋い顔をした。まるで怪獣か邪神か、と言った扱いである。これもまた当然の反応であった。

 

 はたして何がいけなかったのか。顔か格好、それとも雰囲気的なものか。

 

 答えが出る訳のない疑問を携え、彼はぺたぺたと自分の顔や身体を触って確認する。そんな緊張感の欠片もない行動を前に、クリアガイアはとある決意を固めた。

 

「グレイ、貴方はどうやって魔法少女に、その力を手に入れたの?」

「どうって、多分皆と一緒だよ。二か月くらい前に妖精、らびらびと契約して」

「妖精に、らびらび、ね」

 

 ファンシー極まりないその名前を、クリアガイアは呪物に触れるかのように復唱する。視線は下に、耕太郎から外れている。

 

 それからしばらくの間じっと地面を見つめた後、彼女は突然勢いよく顔を上げた。

 

 彼が思わずぎょっとするほど、その顔は無表情に強く固められている。そして彼はまだ気づいていないが、その瞳には隠し切れない緊張と不安が宿っている。

 

「………………あのウサギのことを、貴方は」

「避けて、姉さん!」

「っ!?」

 

 だがその言葉が続くことはなかった。

 

 懸命な妹の声に彼女が反射的に顔を動かせば、そこには赤いリボンで彩られた黒い人間の頭ほどの鉄球。それは風を切り裂き、彼女目掛けて勢いよく飛んでいた。

 

 貧弱な彼女の身体能力では、既に避けることも防ぐことも不可能だ。出来たことは本能的に両手を顔の前に動かし、薄い金の障壁を張ることだけ。だがそれも無意味、その程度の壁、彼女のほっそりとした手の平など緩衝材にすらなりえない。

 

 あわや直撃かとなった瞬間、割り込んだ耕太郎がその鉄球を裏拳で弾いた。鉄球は地面に落ち、アスファルトを粉々に砕く。

 

「とんだプレゼントだ。ガイアは平気?」

「……ええ、ありがとう。貴方こそ、その手は」

「ちょっと赤くなってるだけ。これくらい放っておけば治るよ」

「見せなさい」

 

 耕太郎が打ち身にもなっていないからと隠そうとしても、クリアガイアの口調は非常に強く厳しい。加えて無言の圧力も凄まじい。

 

 よってすぐさま折れて出した手、そこにある青あざを一瞥してから、彼女は小声で魔法を唱える。

 

 黄金の魔法陣が彼の手を包み込むように展開され、彼はいつか感じた温もりを覚えた。

 

「回復の魔法、ガイアも使えるんだ」

「オーシャンほどではないけれど。……それにしても貴方、まだ怪我をしてしまうのね」

「なんか血盟の儀とかいう魂と身体を結びつける儀式? みたいなやつのせいらしいよ」

「そんな状態の貴方を、そのらびらびは放置しているの?」

「魔法少女の契約そのものに結びついてるから、これだけ解除するのは難しいんだってさ」

 

 あっけらかんと抜かす耕太郎と異なり、彼の手を見つめるクリアガイアは酷く顔を顰めている。顔の角度の関係上彼に、誰にもその表情を知られることはなかった。

 

 よって離れた、戦闘中のクリアシャイン達に分かるのは仲間達が無事なことだけ。

 

 彼女は一度だけ息を吐いた後、怒りを交えて鋭く吠える。

 

「見るものは見せてもらった! オーシャン、今日はもうお暇してもらいましょう!」

「うん! 今、動きを止めるから!」

 

 ここまでの戦いはある種の銃撃戦、砲撃戦となっていた。

 

 鉄球を含む数多のプレゼントを放り投げ続けるサンタレギオンと、それを魔弾で迎え撃つ魔法少女達。その中で彼女達は、このレギオンが哀れなほど鈍重なことに気がついていた。

 

 その微かな動きすらも防ぐため、オーシャンは彼に何度も魔弾を放つ。衝撃で体は揺らぎ、さらに地面にぶつかったものは氷と化して彼の足を凍らせその場に縫い留める。

 

 辛うじて動く上半身であがきもがき、今更プレゼントの入った袋を振り回したところでもはや意味などない。

 

 サンタレギオンの視界の先で、無情にも二人の魔法少女は共に杖を構えていた。

 

「『クリアレイ・ストリーム』!」

 

 同時に放たれた二つの極光がぶつかり、混ざり合い、やがて一つの輝きとなる。

 

 その光に飲み込まれ、サンタレギオンはあっさりと消滅した。あとに残るのは夜空に昇っていく光の粒、レギオンの残照のみである。

 

 戦闘終了、魔法少女達の完勝だ。

 

 軽く周囲を見回し敵の気配がないことを確認してから、耕太郎はひらひらと手を振りながらクリアシャイン達のもとへ歩いて行った。

 

「お疲れー」

「はい、お疲れ。ありがと、姉さんのこと助かったわ」

 

 戦いを終えた後のハイタッチは習慣、無意識に交わすことを思えば呼吸に近い。

 

 ぱんぱんと子気味良い音の後、すかさず彼らは反省会に突入した。

 

「手応えはどんな感じだった?」

「んー、そんなにってところね。あのけったいなプレゼントには驚いたけれど、それだけ。動きも鈍いし、耐久力もそこまでじゃなかったし」

「普通のレギオンとあんまり変わらない、もしかしたら弱いくらいかもでした」

 

 そんなものか、と耕太郎の中に落胆近い感情が生まれる。

 

「油断はしないで。今日のあれも、あくまでも力の一端でしかないわ。クリスマスイブに誕生するレギオンは今までの力に加え、更に別の形を取るはずよ」

 

 だが三人の間に流れかけた油断に、ゆっくりと歩み寄って来たクリアガイアが釘を刺す。

 

 彼女の忠告を受けた彼らの頭の中で、本来のサンタレギオンの姿が浮かび始めていた。

 

「……トナカイ、サンタとくれば」

「まあ、どう考えても乗るでしょうね」

「じゃあ次はそりレギオンなのかな?」

「や、大穴で煙突かもしれない」

「それはちょっとシュール過ぎない?」

 

 そんな馬鹿げた予想を話し合うほどの余裕が、まだこの時の彼らには存在した。

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