十二月に入ってもう二週間くらい、世間のクリスマスムードはますます高まっている。
なんとなく点けたテレビもクリスマス特集を名乗り、おすすめのイルミネーションやデートスポットなんかを紹介していた。
三人揃ってこたつで暖まりながらそれを見て、ふと思った。そもそもクリスマスって、いったい何をする日なんだろう。特に家庭内的なところでは。
「クリスマスって家で何するの?」
「何って言うとあんまり思い浮かばないけど、うちは小さいツリー飾ったり、ケーキとかチキンとか食べたりするよ」
一緒に入っていた七海ちゃんに聞いてみるとそんな答えが返って来た。なるほど、クリスマスツリーにケーキとチキン。とてもクリスマスっぽい。
病院にいた時もクリスマスの時期にその類を出してもらった覚えはある。一昨年はローストチキンで、何故か去年はシャケだったっけ。サーモン尽くしだった。
ただ、どれも体調が噛み合わなくて、今までちゃんと食べられたことはほとんどない。
けれども今の俺は超がつくほどの健康体。死なない限りはどっちも食べられるだろう。
食欲に胸を膨らませる俺の期待を、続く七海ちゃんの言葉は更に煽った。
「ケーキ、今年は作ってみようかなぁ」
「へー、凄い。七海ちゃんケーキも作れるんだ。それってあれ、ホールのやつ?」
「うん、イチゴのショートケーキ」
ショートケーキ。それは超オーソドックスな、ケーキの王様と呼んでも過言ではない代物。想像するだけで胸が高鳴ってきた。
「今年はってことは、いつもは違ったの?」
「私とお母さんだけだとそんなに食べ切れなくて、すぐ駄目になっちゃうからいつもは一つずつ買ってたの。でも今は、兄さんがいるから」
女の子にとってケーキは別腹なんだよ、なんて鈴木の姉ちゃんは昔言っていたけれど、当然物理的に限界はあるようだ。
声に出して納得はしない。だってその時、別腹だろうと腹につく脂肪は一緒だろ、なんて迂闊にも呟いた田中の兄ちゃんが強烈なアイアンクローを食らっていたから。
クリスマスが、主にケーキが楽しみになってきた俺を見て、葵さんがふんわりと微笑む。
「今年はクリスマス両方とも休み取れたから、私も作るの手伝わせてもらおうかなー」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。うん、自分で言ってて説得力ないなーとは思うけど、本当」
「わぁ」
七海ちゃんの瞳が星のようにきらきらと輝き始めた。
そんな娘に優しく、お日様みたいな笑顔を向けながら、葵さんはスマホのカレンダーを確認する。
「ここ四か月くらい色々立て込んでたのがやーっと終わってね。しばらくは、少なくとも今月と来月はそんなに忙しくならないと思う」
「じゃあ、お正月も?」
「だらだらするよー。ななちゃんにだるい絡みするよー」
「……もうっ」
今もこたつの中でだるい絡みをされている、足で足を突っつかれている七海ちゃんは、言葉とは裏腹にとても嬉しそうだった。
ずっと寂しかったと、七海ちゃんはこの間言っていた。俺の存在で少しでも紛れていれば何よりだけれども、やっぱり葵さん、お母さんが一緒にいてくれるのは格別なんだろう。
なんて安心をしていたら、今度は俺に矛先が向いた。
「もちろんこうくんにも滅茶苦茶うざい絡みするよー!」
「滅茶苦茶ってどんな絡み?」
「この間の桜ちゃんとのデート、どうだった?」
「本当に滅茶苦茶うざい。だから違うって」
つい出た辛辣なツッコミ、本音を聞いても葵さんはにこにこしていた。いやこれ、ニヤニヤか? どっちにしろなんかうざい。
今日も無敵な葵さんは俺の呆れた視線など意に介さず、晴れやかな笑顔を維持していた。
「それで二人とも」
そしてその笑みのまま、突然不可思議な問いを投げかける。
「今年はサンタさんにプレゼント、何お願いする?」
とても上機嫌だった七海ちゃんの表情が一転、少し困ったものになった。
それからお茶を淹れるために抜け出した七海ちゃんを追ってキッチンに移動、さっきの変化を聞いてみる。返事は予想外のものだった。
「お母さん、私がまだサンタさん信じてると思ってるの」
「嘘でしょ?」
「ううん、本当」
七海ちゃんはもう小学六年生、十二歳。いくら天然気味のこの子でも、さすがにそれは厳しいのでは。
というかまさか、あの口振り的にまだ俺も信じてると思っているとか。七海ちゃんがいるから合わせただけ、いや、でも葵さん時々おかしいし。
考えたこともないサンタ問題へ戦慄を覚えている俺に、七海ちゃんは容赦なく追撃を与える。
「お母さん毎年サンタさんの格好して、枕元にプレゼント置いてくれるんだけど」
「……え、ちょっと待って、サンタのコスプレまでしてるの?」
「うん。しかもミニスカ」
前提として、葵さんは美人である。これは事実だ。
しかし葵さんはアラフォーである。これは現実だ。
「ごめん七海ちゃん。酷い言葉しか出てこない」
「く、暗くてよく見えないけど、に、似合ってはいるん、だよ?」
「でも、ミニスカなんだよね」
「……うん、膝上くらいの」
ヤバい。
「ミニスカは横に置こう、横に。それで、毎年どうしてるの?」
「お母さんに欲しい物言って、夜は普通に寝て、あとは、気づかないふり?」
対応自体はなんてことのない方法だった。とんでもないプレッシャーに耐えながら寝てれば終わる。それだけの話。
それはそれとして、七海ちゃんもサンタの真実に気づいている以上、色々な意味で葵さんに無理をさせる必要はない。いずれこれは七海ちゃんと葵さん、両方にとてつもなく大きな傷を与える気がする。
もはや手遅れではと感じつつ、一応提案はしてみる。
「思い切って、もう大丈夫だよって伝えてみるとか」
「私も、一昨年ぐらいにそう思ったんだけど」
ひょいひょいと手招きされるまま、七海ちゃんと一緒にキッチンからリビングをこっそり覗き込む。
葵さんは神妙な顔でスマホを操作して、何やら物騒な独り言を呟いていた。
「去年のまだ入るかな。ううん、いや、今年はこうくんもうちに来てくれたことだし、ここはいっそレザーとか新路線で」
レザーってなんだよ。そんなサンタ知らない。
発言の中身はともかく、ともかくとして、悩む葵さんはとても楽しそうだった。
「ノリノリだ」
「ノリノリだね」
二人で思わず同時に呟いてしまうほど、葵さんはやる気に満ちている。
今からでも俺達が現実を告げれば、きっと葵さんも納得はしてくれるだろう。その代わりにあのうきうきわくわくとした様子はひっそりと、心の底に埋められてしまうのだろう。
それなら、犠牲は呑み込んであげたい。葵さんにもクリスマスを楽しんでもらいたい。
当日顕現するのがアラフォーのミニスカサンタだという恐ろしい事実からは目を逸らし、小さく息を吐く。
「しょうがない。俺も付き合うよ。ちゃんと夢守ってあげよう」
「お願いします。……ふふっ」
お行儀よくお辞儀をした後、七海ちゃんは微かに笑った。
「なんだか、逆でおかしいね」
「確かに」
元々大人が子供の夢を守るための行いなのに、いつの間にか立場が逆転している。
おかしくて、俺も七海ちゃんに釣られて笑ってしまった。
ガイア発案のレギオン卵削り作戦もあって、最近は毎日魔法少女? として活動している。
おかげでもはや日課となったトナカイ、もしくはサンタ狩りを終えた後、これまた習慣となった雑談タイムに突入した。
話す内容は大抵他愛もないもの。今日あったことや面白かった動画やドラマ、たまには宿題のこととか。
ガイアもあまり口を開かないものの、いつも参加自体はしている。つまり、ここには相談出来る女の子が三人もいる。
だから俺は何気ないふりを装いながら、会話び切れ目に狙いを定めた。
「皆に相談したいことがあるんだけど、ちょっといい?」
「ええ、もちろん。どうしたの?」
「女の子はクリスマスプレゼントに何が欲しいのか、一般的な意見が欲しくて」
「……へぇ。グレイも、そういうの贈るのね」
気のせいか、さっきまで楽しそうだったシャインの声がワンオクターブ低くなった。
この反応、シャインはまさか田中の兄ちゃんと同じアンチクリスマス勢なんだろうか。この子全体的に赤いのに。
俺が戯けた疑問をほざくよりも早く、オーシャンが間を取り持つように話を繋げた。
「どんな子に贈るんですか?」
「えぇと、実は俺、家庭の事情で最近妹的な子が出来まして。せっかくだから何かプレゼントとかしたいなー、なんて、思いまして」
時枝家のクリスマスについて教えてもらった後、俺は重大なことに気がついた。
家で何をするのか、してもらうのかを気にしてばかりで、自分がどうするのかなんてまったく考えていなかったことに。
昔と違って今の俺は自由に動ける。どこにでも行ける、なんでも挑戦することが出来る。もう貰うだけじゃなく、贈ることだって出来る。
そういう訳で何かをする決意こそしたもののどうすれば分からない、というのが情けない俺の現状である。プレゼントとはいったい。
葵さんについてはともかく七海ちゃん、同年代のことならヒントを教えてもらえるだろう。そんな皮算用を抱え、今日の俺はサンタの顔面を殴っていたのだった。
「雰囲気は、オーシャンに似てるかも。普段はぽわぽわしてる感じがそっくり」
「ぽ、ぽわぽわ? 私そんな風なんですか?」
「ええ。あんたがぽわぽわじゃなきゃ、この世かからぽわぽわって言葉が消えるくらい」
「そんなに!?」
不思議なことにオーシャンをからかうシャインの声は普段のトーンに、それどころか先ほどよりも上機嫌になっていた。
この落ち着きのない変化は話の流れ的に多分、贈りたい相手が妹だったからだろう。
だからやっぱり間違いない、シャインはアンチクリスマス勢だ。でも田中の兄ちゃんとは恐らく別派閥、推定クリスマスガチ勢。クリスマスは教会にお祈りへ行きなさい、家族と穏やかに過ごしなさい、的な。原理主義者だ。
アホの確信を得て満足して頷く俺に、シャインは進んで意見を出してくれた。
「あたしはそうねー、新しい靴とか、この間出た漫画とか、あとは時計なんかも欲しいかも」
「ふむふむ、ありがとう。ガイアはどう?」
「……私の欲しい物を知ったところで、貴方の役には立たないわ」
オーシャンは素直に教えてくれるだろうと思ってガイアに水を向ければ、返って来たのはいつも通りの冷ややかな声。
けれども今日はそれだけじゃなかった。溜息を吐いて顔を背けた後、ガイアは更に小さな声で続ける。
「その子には下手なものを買うより、一緒に何かする方がいいんじゃないかしら」
「そういうもの?」
「オーシャンと似た子なら物よりも体験、思い出の方が喜ばれると思うわ」
囁くような声だったけれど、そう断言した。
体験、思い出。たとえばどこかに遊びに行くとか、そういうものだろうか。
答え合わせを求めてオーシャンに視線を移すと、向こうは少し上を見ていた。想像しているらしい。その瞳はとても輝いている。もう答えは出ているようなものだった。
「……えっと、そうかもしれないです。私は、あくまでも私ならですけど、一緒に何かしたり、お出かけしたり、クリスマスのご馳走作ったり出来たら、凄く凄く嬉しいです」
「すみません。俺、料理とか一切出来ないです」
「大丈夫です! そういうのも、教えるのもきっと、凄く楽しいと思います。あっでも、もちろん何かプレゼントしてもらえたら、それはそれで嬉しくて」
「……話聞いてると、オーシャンならなんでも喜んでくれそうだね」
「あ、え、えへへ、そうですね、はい。兄さんからなら、私は何でも喜びます」
照れくさそうにオーシャンは胸の前で指を弄っていた。微笑ましい反応だ。こういうところもなんとなく七海ちゃんを思い出す。
それにしてもオーシャンはお兄さんのことが大好き、兄妹仲もとても良いらしい。目の前の振る舞い、この嬉し恥ずかし笑顔でよく分かる。
兄見習いにようやく足を踏み入れたばかりの俺としては、プレゼント云々より先にその関係性を参考にさせて、お兄さんに話を聞かせてもらった方がいいのかもしれない。
そもそもお兄さん、つまりその人は今の世界で貴重な同性。現在男友達が色々と桁外れの財前しかいないから、贅沢な話そろそろ普通の友達も欲しい。
お兄さん紹介してもらえないかな、なんて下心は封じておく。俺の都合で未だ正体を隠している以上、そんな意味不明なお願いは出来ない。
という訳で妙な要求は断ち切り、相談のまとめに入る。
「皆ありがとう。全部参考にさせていただきます」
「ならよかった。結果くらい聞かせなさいよ」
「頑張ってください!」
そんな心温まるエールを最後に今日は解散となった。
まだ七海ちゃんに何を贈るのか、物なのか思い出なのかも決まっていない。葵さんはどうするのかも考えていない。
それでも方向性はなんとなく見えたような気がしたから、帰りの足取りは軽くなった。
「……いったい、何をやってるのかしら、私は」
それとは反対に、帰り際微かに聞こえたその声は、深い溜息交じりでとても重かった。