ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第十二話「サンタクロースは子供達の夢なので当然強い」

「昨日はいきなり休みにしてごめんなさいね。グレイにも伝えられたらよかったんだけど、あたしたちあんたの連絡先知らないから」

 

 時枝兄妹が朝地家を訪れた翌日、クリアシャインが緩く頭を下げていた。

 

 要件は昨日の狩りが中止になったこと、その連絡をし損ねていたこと。

 

 しかし集合場所に『今日は休み!』と書かれた手作りの看板が置いてあったと、耕太郎は昨夜寝る前にらびらびから聞いている。

 

 そのため軽い調子で、仮に自分で確認しても同じ様子だったが、笑って答えた。

 

「いや、実は俺も昨日は用事があって行けなかったから。むしろ休みで助かった」

「用事ですか?」

「雨凄かったじゃん。だから友達の家に雨宿りに行って、その子のお父さんとお母さんに大歓迎されちゃってた」

 

 友達の家、という辺りでクリアガイアは筆舌しがたい表情を浮かべていた。喜怒哀楽のどれにも属さないような、もしくはその全てが入り混じったような顔。無理矢理一言でまとめるとすれば純白か漆黒の表情、ある種の能面や真顔とも言える。

 

 クリアオーシャンが見れば膝が震えかねないそれは、幸いなことに誰にも気づかれなかった。クリアガイアはクリアシャインが自身に視線を移すよりも早く、その複雑な思いを胸に仕舞い込んでいた。

 

「姉さん、やっぱり魔法の通信だけでも」

「駄目。それに必要ないわ」

「ケチ。もしかして姉さんってば、まだグレイのこと信用出来ないの?」

 

 仕舞い込んだが、妹の疑問に若干漏れ出た。一瞬鋭くなった瞳に無用な緊張が走る。

 

「……それよりもそろそろ始めるから、皆準備して」

 

 その空気と妹の質問を流すため、彼女は強引に話題をすり替えた。

 

「昨日削れなかった分を含めて今日は限度まで、いつもの二倍程度までレムナントを抽出するつもり」

「じゃあいつもの二倍強いってこと?」

「そんな簡単な計算にはならないだろうけれど、前回とは違うレギオンが出現するのは確実よ。多分本番とほとんど変わらないもの、本来の姿かたちになると思うから、くれぐれも油断はしないで」

 

 レギオンの身体はレムナントにより構成されている。それ故にその量が変化すれば自ずとその力、形状や特性も大きく変わる。よって二倍となれば、果たしてどれほどの変化が訪れるか。

 

 注意をしてからクリアガイアはレギオンの卵に近づいた。

 

 見慣れた金色の魔法陣を眺めながら、耕太郎達は適当な雑談を交わす。

 

「サンタの本来の姿かたちって、やっぱりあれよね」

「そりに乗って、それトナカイが引いて運んで」

「最近よく見るやつ。まあ、クリスマス近いから当然か」

 

 クリアガイアの忠告にもかかわらず、三人の間に流れる空気は酷く緩い。

 

 十二月の厄災の日から既に十数日経過している。つまりそれだけの数、彼らはこの場で戦いを重ねている。その上クリアガイアの調整もあって現れるレギオンはどれも弱小、通常のレギオンと比べても苦戦する気配などひとかけらもない。

 

 そのためはっきり言えば、彼らは油断しきっていた。

 

 だから何もなければ、彼らはその一撃で倒されていただろう。

 

「──ッ!?」

 

 耕太郎が咄嗟に反応出来たのは、長年の経験による死に長じた本能のおかげか。

 

 彼は咄嗟に傍らの少女二人を抱え、その場で大きく跳躍する。彼女達が文句を言うよりも早く、生じた衝撃波が彼らを下から襲う。

 

 それは音の壁を越えたものだけが用いる特権、ソニックブームである。

 

 空中で彼らが見たのは、辛うじて走り去る姿を見ることが出来たのは、これまで幾度となく目の当たりにした黒の巨体達。すなわちトナカイレギオンとサンタレギオン、そして彼らを繋ぐ黒いそりだった。

 

 数秒後着地した彼らの顔に浮かぶのは戦意のみだ。

 

「ごめん、油断してた!」

「俺もしてた。それより、あいつはどこに」

「音はあっちからっ」

 

 クリアオーシャンが指差す先で轟音が響く。行き先々でビルが崩れ、道路が踏み砕かれ割れていく。

 

 ただし、それは彼女の指先だけで生じるものではなかった。

 

「あ、あれ、こっち、それともあっち?」

 

 崩壊するビルの断末魔、何かが走り風を切り裂く音が四方八方から響き渡る。サンタレギオンは結界内を所狭しと駆け回り、あちらこちらを破壊している。

 

 その悲鳴を聞いた彼らは自然と背中を合わせるように構えていた。杖や拳を構え、敵の襲来に備えていた。

 

 警戒して警戒して、張り詰めた空気の中、一瞬音が止む。

 

「……止まった?」

 

 その疑問が合図になったのか。それは誰にも分からない。

 

 確かなのは、サンタレギオンが狙いを定めたこと。

 

 彼は戦いが急に始まり合流出来ていなかった、レギオンの卵近くで一人辺りを警戒していたクリアガイア目掛けて突撃する。

 

 調査や探知を得意とする彼女はその気配に気づいた。気づいたが、それでどうにかなる訳ではない。

 

 反射的に張った金色の防壁、魔力による防御は、ほんの僅かな時間だけサンタレギオンの突進を食い止める。

 

 だがそれも一瞬の輝きだ。瞬く間に防壁全体に罅が入り、飴細工のように砕け散る。

 

「きゃあ!?」

 

 衝撃で吹き飛ばされ転がるクリアガイアに対し、サンタレギオンは容赦なく追撃をしかけようとする。トナカイレギオンの前足が上がり、彼女を踏み潰そうとする。

 

「させない!」

 

 その両足を二色の魔弾が追い払った。

 

 サンタレギオンは攻撃を受けるのを嫌って走り去り、代わりに耕太郎達が彼女へ駆け寄った。

 

「ガイア、無事!?」

「……私は大丈夫。それより、油断しないでって言ったでしょ」

「それはごめんなさい」

「ご、ごめんなさい!」

 

 クリアシャインが姉を助け起こす横で、耕太郎とクリアオーシャンは、時枝兄妹はひたすら反省して頭を下げていた。

 

 お互いの正体に感づいてすらいないこと、場所を考慮しなければ微笑ましい光景だ。

 

 しかし所詮現象でしかないレギオンにそのような感慨は浮かばない。彼は植え付けられた本能のまま、すぐさまその使命を全うしようと試みる。

 

「また来る!」

「私が防御します、集まって!」

 

 クリアオーシャンが青い半透明の防壁を周囲に張るのと、サンタレギオンが彼女達の前に迫ったのは、ほぼ同時だった。

 

「つっ、う、お、重いっ」

 

 彼女の声が揺れ、青の壁が軋む。それでも力強く踏み止まる友を前にして、クリアシャインは防壁の外へ駆け出した。

 

「グレイ、あたしたちはこの隙に!」

「分かった!」

 

 同時に耕太郎も飛び出し、それぞれの出来る攻撃を繰り出す。

 

「おらぁッ!」

「『シャイン・レイ』!」

 

 しかし振るった拳もレーザーも、防壁の上を滑るように動いたサンタレギオンにはかすりもしない。

 

 彼らが攻撃を終えた時にはもう、文字通り手の届かない場所にいた。

 

「くっ、逃げられ」

 

 突然だがサンタとは、クリスマスに世界中を飛び回る存在である。

 

 雨の日も雪の日も、たとえ強大な嵐の中でもそれは変わらない。よってそのサンタが風を切るような、世界を自由自在に動き回る力を持つのは当然のこと、自明の理である。

 

 そのためその存在を模倣したサンタレギオンも同じ力を持つ。それは物理法則を歪めるもの、己にかかる空気抵抗や慣性を恣意的に曲げる能力だ。

 

 彼はその力を用い、ぬるりとした気味の悪い動きでそりを切り返す。その視線の先は攻撃を避けられ歯噛みする、隙だらけのクリアシャイン。

 

「なっシャイン下がれ!」

 

 気づいた耕太郎が声をかけるも、時は既に遅い。

 

 彼女は防壁を張る、防御の体勢を取る間もなく、サンタレギオンに撥ね飛ばされた。

 

「シャイン!?」

 

 重なる悲鳴も仲間達のもの。本人は声すら出せずコンクリートの上を何度か跳ね、最終的にビルへと叩きつけられる。

 

 耕太郎はそれを追った。自分もサンタレギオンに狙われ同じ目に遭うかもしれない、という意識は今の彼にはない。避ける自信があるから、ではない。単純に考える余裕がないからである。

 

 偶然か必然か、彼はサンタレギオンに襲われることなく辿り着いた。

 

 その先でクリアシャインは崩れかけた壁に身体を預けている。全身から、赤い光が血のように漏れ出ていた。

 

「くそ、シャイン! おい、返事出来るか!」

 

 頭部を強くぶつけた可能性がある場合、不用意に動かすべきではない。病院暮らしが長い、むしろ人生ほぼ全てを占める彼は、その程度の知識であれば持っていた。

 

 その際すべきは声をかけ続けること、命をこちらに引っ張り続けること。

 

 かつて受けた医師の助言を胸に、彼はクリアシャインの手を取り懸命に呼びかける。そしてすぐ、返事はあった。

 

「大丈夫、そんなに心配しないで。びっくりしただけだから」

 

 耕太郎の予想とは裏腹に、クリアシャインは平然と答え立ち上がった。驚きのあまり、彼はそこに照れが見え隠れしていることなどまったく気がつかない。常ならばともかく、今回は仕方のないことだった。

 

 彼がお化けでも見たかのように瞬きを繰り返していると、足の遅いクリアガイアが遅れて到着した。

 

 着いて早々向けられたのは、耕太郎の説明を求める視線。彼女は早口で解説を述べた。

 

「ダメージを纏っている魔力にフィードバックすることで衝撃を緩和させているのよ。この子達が万が一にでも怪我をしないよう、なるべく痛みを感じないようにこの力は設計したから」

 

 けれど残念ながら彼には前提知識がなく、また仲間への心配で深く考える余裕もない。

 

 結局彼が理解出来たのはクリアシャインが無事だということ。加えて己の置かれている特異な状況、血盟の儀がもたらす異常性だけだった。

 

「え、じゃあ想像以上に俺のあれってヤバいのか?」

「何を今更、いいえ、待って。まさかその口ぶりだとまだあれは、血盟の儀とやらは解決していないのかしら?」

「そうだけど」

「……信じられない。貴方も、貴方の協力者も、いったい何を考えているの?」

「えーあーうん、確かに怪我はするけど、らびらびが言うには命の保証はあるらしくて」

 

 言い訳を、相棒のフォローをするように言葉を重ねても、クリアガイアの視線は酷く冷たかった。今まで耕太郎が彼女に向けられたものでも最上級、あるいは最下級に属するほどの温度だ。

 

 しかしそれがどんな話題、理由で生じたものであれ、今ぶつけるものではない。

 

「いい加減燃えろって、ああ、また逃げられた!」

「ごめんシャイン、私、そろそろ」

「分かった、次やったら交代するから!」

 

 一足先にオーシャンのもとへ戻り戦いに臨むシャインを見て、年長者二人は言葉を呑みこんだ。

 

「……この話は後ね。まずはあのレギオンをなんとかしないと」

「ああ、このままじゃジリ貧だ」

 

 散発的に繰り返されるサンタレギオンの突進だが、現状クリアオーシャンの防壁とクリアシャインの反撃により辛うじて対処出来ている。

 

 しかし当然のことながらそれにも限界はある。特に防御するクリアオーシャンの負担が大きく、数分もしない内に防壁が打ち破られる可能性は高い。

 

 耕太郎は直感で、クリアガイアは魔法による観察で、それを理解していた。

 

「つってもあの速さ、どうすれば。そり引いてるトナカイから仕留めるとか?」

「難しいと思うわ。今のところ、そもそも攻撃が当たらないから」

「先も後もないか。くそ、そりが路上で滑ってるんじゃないよ、せめて車輪つけろって」

「……滑る、ね」

 

 サンタレギオンへの悪態を聞き、新たな魔法を用意していたクリアシャインの動きが止まる。代わりに漏らした呟きに込められたのは、とある引っかかりと閃き。

 

「姉さんっ」

「ええ。試してみましょう」

 

 妹の声にクリアガイアは一切の迷いなく頷き、話を聞いてから数十秒で作戦をまとめあげた。

 

 傍で聞いた残りの二人もすぐに受け入れ、それぞれの準備を整える。

 

 そしてすぐ、その機会は訪れた。

 

「右手の方向から来るわ! オーシャン、作戦通りに!」

「はい!」

 

 迫り来る高速のサンタレギオンに対し、クリアオーシャンが用意したのはまたしても魔法の壁。

 

 異なるのは材質と形状。それは鏡の如く磨き上げられた氷壁であり、巨大なジャンプ台のような形をしている。

 

 物理法則を無視した動きが出来るサンタレギオンであっても、最高速に達した状態からでは急に止まることも曲がることも困難である。よってサンタレギオンは勢いそのままジャンプ台を駆け上がり、真冬の夜空に打ち上げられる。

 

 月明かりに照らされるサンタレギオンの影を見上げ、クリアシャインは挑発的な笑みを浮かべた。

 

「『ジャベリンレイン・ブレイズ』!」

 

 彼女の詠唱とともに、上空から炎の魔槍が雨あられに降り注ぐ。

 

 現状のサンタレギオンは空を移動する手段を持たない。また、ジャンプ台から盛大に射出された以上、飛ぶ方向はしばらくの間一定となる。

 

 そのため迎え雨のように放たれた魔槍を避けることは出来ず、一本二本三本、次々とサンタレギオンの全身に突き刺さっていく。

 

 やがて一本の槍がそりを貫き、数本の槍がそりに繋がれたトナカイを討ち爆散させた。寄る辺を失ったサンタレギオンは炎に包まれながら地面へと落下する。

 

 そしてその落下地点には、既にお迎えがいた。

 

「次はちゃんと、プレゼント持ってきなッ!」

 

 耕太郎の回し蹴りがサンタレギオンの胴体を薙ぎ払う。

 

 二メートル超の巨体はその一撃で吹き飛び、先ほどのクリアシャインよろしく路上を何度か跳ね転がっていく。

 

 その勢いが収まりサンタレギオンが地面に倒れ伏してから数秒後、例のごとくそれはとても派手に爆発した。

 

 上ではそりとトナカイレギオン、下ではサンタレギオンの残骸がそれぞれ光の粒となり、周囲一帯を明るく照らす。

 

 だがそれを見る耕太郎達の表情は、全員険しいものだった。

 

「……なんとかなった、のか?」

「みたい、ね。グレイ、あたしの槍ぶつかったりしてない? 大丈夫?」

「そういうシャインこそ! さっきのちゃんと回復するからじっとしてて!」

 

 労わり合いこそするものの、習慣となった勝利のハイタッチは交わせない。

 

 勝てはした。だがそれは偶然浮かんだ作戦が上手くいったから。地力のみではどうなったか。これで本番の、クリスマスイブの本体に勝てるのか。

 

 はっきりとした言葉では語れずとも、三人ともそれを理解していたからだ。

 

「……このままだと、不味いわ」

 

 そして最も現状を把握しているクリアガイアもまた、一人離れ内心を呟いた。

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