強化されたサンタレギオンに耕太郎達が大苦戦をした次の日のことである。
昨日と異なり通常のサンタレギオン、これまでと同じものを倒してから、彼らは恒例の反省会を始めた。
ただし内容は前回の、疲労のあまり行えなかった昨日のものだ。
毎度の如く、司会進行はクリアガイア。彼女はどこからか呼び寄せたホワイトボードを前にして、講師のような口調で仲間達に告げる。
「これまでの戦いやレギオンの特性、元にした存在と同じ特徴を持つことを考えると、恐らく本番のサンタレギオンは空を飛ぶわ」
「そりに乘って空を飛んで。それでそこからプレゼントを、攻撃をばら撒いて来て。しかもそれは爆発して」
「どう聞いてもただの空爆ね」
「ジャンルが違うなぁ。ファンタジーじゃなくてSF、でもなくて戦争系だ」
これは常識だが、サンタというものは空を飛ぶ。よってその存在を模倣したサンタレギオンが空を飛ぶのもまた、語るまでもないことである。
それでも念のため、主に世間知らずの耕太郎に視線を送りながらクリアガイアは補足した。
「貴方たちもこれまでに何度か空を飛ぶレギオンと戦ったことはあるはず。でもあのサンタレギオンの力は、特に速度はこれまでとは一線を画すわ」
「あのそり、馬鹿みたいに速かったからなぁ……」
現在この四人の中で移動、反応速度が最も速いのは耕太郎だ。その彼でも置き去りにされてしまう以上、残りの三人では敵を捕捉することすら難しい。
加えて、ほぼ確定された予測としてサンタレギオンは空を飛ぶ。そのため現状の彼らでは、クリスマスイブに誕生する本物には到底歯が立たないと断言出来る。
「だからこそ、今日から対策を練りましょう」
そして当然、それで諦める彼らではなかった。
それから数分後、結界内に少女の間抜けな悲鳴が二人分響く。
「わ、わわっ」
「あちょ」
クリアオーシャンは膝を抱えて丸くなりながら、クリアシャインは両手両足を泳ぐように動かしながら。
一人立ち尽くす耕太郎の前で、両者とも数十センチほど宙に浮かんでいた。
これがクリアガイアの考えた対策その一。敵が飛ぶのであればこちらも飛べばいい、である。
彼女が事前に用意した魔法を使うことで、クリアオーシャン達はこのように浮遊することは出来ている。
「わ、にゃ、きゃ!?」
「ま、回っちゃう!」
そしてこの通り、飛行するどころか体勢を整えることすら程遠かった。
無重力下にいるように身体は空回り、釣られてスカートもふわりと揺れる。
ばたばたと暴れる足でそれが広がり始めたことにクリアシャインは気づき、自分達を見ている耕太郎と目が合い、彼女は盛大に慌てた。
「グレイ、こっち見ないで!」
「……あっそっか、ごめん。でも見えてなかったから安心して」
「言わなくていいの、そういうことは!」
頬を赤く染め怒鳴るクリアシャインにもう一度謝ってから、彼はその光景に背を向けた。
その面持ちにはデリカシーがなかったな、という大きな反省こそあれど、それ以上の色は欠片もない。
それを確認したクリアガイアは、絶対零度よりも冷え切っていた視線を辛うじて閉じ込めた。
「眺めてないで、貴方もそろそろ浮くぐらいはしたらどう?」
「先生、全然出来ません」
「同じ魔法は貴方の時計にも刻んだでしょう? 制御は出来なくても、発動させるだけなら簡単なはずよ」
こんな風に、と呟きながら彼女は自身の杖を振るう。途端、耕太郎の懐中時計が光った。
「おわっ!?」
同時に彼の身体がクリアシャイン達と同じく、数十センチ浮かび上がる。異なるのは姿勢が安定していること。魔法を行使するクリアガイアの習熟度、彼の並外れたバランス感覚が大きな違いだった。
何秒間かして、彼女のかけた飛行魔法は終わる。
感心して懐中時計と自分を何度も見る耕太郎に対し、彼女は平坦な口調で告げた。
「こうして魔力を流しさえすれば、貴方一人でも今みたいに」
「先生、そもそも魔力を流すってどうすればいいんですか?」
「……全員、集合して」
そして問題外であることを悟ったクリアガイアは、すぐさま仲間達を招集した。
彼女から状況を聞いたクリアシャインは指を一本立て、どこかお姉さんぶった口調で耕太郎に語りかける。
「魔法使うと胸にぐわーって感覚するじゃない。あれよあれ」
「……あれって言われても。変身してる時もしてない時も俺の魔法って自動で発動するらしいから、そういう感覚全然ない」
「少しも?」
「さっぱり」
力の特性、そして諸般の事情から、自身の魔力に対する耕太郎の感覚は大層鈍い。そのため彼が独力で知覚するのは不可能に近い。
クリアシャインはその事実を知らずとも、彼が何の手応えも感じていないことをすぐに察した。しかし動き出したのは、僅かな間でも考え躊躇してからだった。
彼女はおもむろに彼の右手を取り、自身の両手で包み込む。それから自身の赤い魔力をそっと、手を通じて彼の身体に流し始めた。
その時彼女の手が緊張で少し硬くなっていることに気づき、クリアガイアは眉間に皺を寄せた。
「なら、これでどう?」
「……おー?」
「もうちょっと強く流したほうがいい?」
「暖かいような、くすぐったいような。よく分からないけど、なんかほっとするような」
魔力とは、大別すれば想いそのものでもある。
そのためたとえ魔法を使わずとも、耐性を持たなければ害意ある者の魔力は触れるだけでも相当な毒となる。転じて、その逆はまた逆となる。
やがて見ていられなくなったクリアガイアは、別の口実を携え妹の手を引きはがした。
「それくらいにしておきなさい。このまま流し続けると貴方達の魔力が混ざりあって、最悪の場合グレイの体内で爆発するわ」
「なんで魔法少女って爆発ばっかしてんの?」
「魔力にはそういう性質があるから。倒したレギオンが爆発するのも同じ理屈よ」
極一部の例外を除き、異なる者から発生した魔力はお互いに反発し合う。
また、レギオンの身体を構成するレムナントは、広義の意味では魔力に含まれる。
通常時は核がその魔力を一色に染め統制、管理しているが、元々それは魂の欠片、異なる者達から生まれたそれぞれ別種の魔力だ。
そのため核を失ったレギオンは制御が出来なくなり、励起した魔力同士で反応、反発することで最終的に爆発するのである。
「へー。じゃあなんでシャイン達は爆発しないの? 必殺技の時、どう見ても二人の魔力混ざってたけど」
「魔法少女としての力と、何よりもこの子たちが強い絆で結ばれているから。魔法は、魔力は想いの力で世界の法則を塗り替えるもの。反発し合うという法則すら例外ではない、ということよ」
「……姉さんの真顔で強い絆とか言われると」
「えへへ。少し、照れちゃうね」
簡潔に耕太郎の質問に答えた後、クリアガイアは片目を瞑り少しの間顔を伏せた。
「グレイはこれだし、シャインとオーシャンも飛べはするけれど戦えるかは怪しいものだし。この分だと、別の方法を考えた方がいいかもしれないわね」
クリスマスイブまで既に二週間を切っている。現状を鑑みた彼女は、このままでは形にもならないと結論付けた。
そんな彼女の前で、胸を張りそれを否定する少女が一人。
「ふふん、姉さんったら舐めないで。あたしが本気になればこのくらい、あ」
「しゃ、シャインー!?」
しかし制御を失った飛行魔法で盛大に射出され、クリアシャインは星となった。
結界の天井にぶつかってから無事地上に戻って来たクリアシャイン達を遠ざけた後、クリアガイアは耕太郎に向き直る。
その瞳は依然怜悧であり、睨むように見られている彼の背筋が自然と伸びた。
「具体的な作戦はまた考えるとして、一番の問題は貴方ね」
「不器用ですみません」
「そうじゃないわ。私が言いたいのは貴方の身体、変身しているのにかかわらず怪我をしてしまうこと。このまま戦いを続ければ、いずれ取り返しのつかないことになるでしょ?」
あたかも自分を心配するような言葉を受けて、思わず耕太郎の目が点となる。
そんな失礼極まりない視線から逃げるように目を逸らし、クリアガイアはひたすらにまくし立てた。
「……何、その目。言っておくけれど、貴方に怪我をされたらまたシャインが落ち込むから、私もしかたなく気にしてるだけ」
「うっそれはごめん。シャインの気持ちまで考えられてなかったかも」
「………………はあ」
溜息一つ、それであらゆる文句を飲み込んでから、彼女は右手を耕太郎へ差し出すように開いた。黄金の魔法陣が手のひらに広がり、何かがその上に浮かび上がる。
それは紫色の宝玉、幾何学的な模様が刻まれた指先ほどの水晶玉だ。
彼がその正体を問うよりも早く、彼女は努めて冷淡さを保とうとした口調で説明する。
「これは貴方の言う、血盟の儀を解除する魔法を込めたものよ」
目を見開く耕太郎の前で、クリアガイアは水晶玉を高く掲げようとした。
繰り返しになるが、ここにいる四人の中で最速なのは彼である。
「ただし、これを渡す条件として」
「ありがとう!」
「あ」
そのため彼女がこれ見よがしに手を上げ切るよりもはるかに速く、彼はその魔石を手にしていた。そして反応速度の違いから、彼女は取られたことすら数秒気がつかなかった。
よって彼女はしたり顔で手をかかげる間抜けな様子を、その間むざむざと彼に見せつける羽目になっていた。
十二月に相応しい空しく冷たい風が一筋、彼らの間に流れる。
「……えっと、うん、ごめん。とりあえず、一回返すね?」
「……はあ、もういいわ。後払いでいいからさっさと使って」
今ここで耳の赤さを指摘するほど耕太郎は非道ではなく、また命知らずでもなかった。
そのため指示された通り、紫の魔石を己の懐中時計に近づける。するとすぐさま、音もなく魔石は懐中時計に飲み込まれていった。
「おおー」
それを目の当たりにした耕太郎は一度首を軽く捻り、
「おおー?」
更に続けて逆方向へ深く捻った。
「先生、何が変わったのか全然分かりません」
「自分のほっぺたでも引っ張ればいいでしょ。効果は痛みで分かるはずよ」
「なるほど」
耕太郎は言われるがまま自分の頬を掴み軽く、徐々に強く引いていった。
魔法により強化された彼の握力は生物の枠を超えている。コンクリート程度であれば容易く抉り取るほどだ。
それほどの力を持って引っ張っても彼は頬に痛みを感じない。代わりに灰色の輝きが頬から微かに発生していた。
これは他の魔法少女が変身時にダメージを受けたものと同じ作用である。クリアガイアの組み上げた魔法は、見事血盟の儀のみを解除していた。
「ほー、へんへんひはくはい」
「……」
誇るべき成果を前に、彼女は自身の額を手で押さえた。目の前のアホ面が馬鹿丸出しなのも、その要因の一つである。
そんななんとも言い難い空気が流れていれば、離れて練習していた二人が気になるのも当然の話だった。
「二人とも、特訓もしないで何してるの?」
「わっ、グレイさん、どうしてほっぺにダメージが」
頬を自分で力一杯引っ張り自傷する馬鹿とその前で幸の薄い顔で頭を押さえるリーダー。彼女達の頭が疑問で満たされるのもまた、当たり前の話だった。
そんな妹と妹分の声でクリアガイアの正気が戻った。
彼女はなんでもないかのような口ぶりで、温もりを隠し切れない口調で二人に現状を伝える。しかし意識していても注意は主にクリアシャインに、妹に向けられていた。
「……よかった、本当に」
その視線には気づかず、クリアシャインは潤んだ声で呟いた。
クリアガイアはそんな妹の様子を穏やかな瞳で見つめた後、誰にもバレないよう密かにそれをしまい込む。それから全員に届くよう大きく咳ばらいを重ねた。
「それで二人とも、何か作戦は思いついたかしら?」
「あ、えーっと、せ、先手必勝! ね、シャイン!」
「う、うん、あとは、ぜ、全力全開?」
「四文字熟語限定なの?」
宿題の進捗を確認するような問いに返されたのは、ほぼ何も思いついていないという宣言だった。
作戦を考え始めてからそれほど時間は経っていない。何か身になるアイデアが思い浮かぶ方がおかしいと、クリアガイア自身も考えてはいる。
「クリスマスイブまでもうあまり時間がないわ。今まで通りの討伐に加えて、特訓もして新しい作戦も考えなくちゃいけない」
だがそれ理解した上で仲間の気を引き締めるため、彼女は語り続ける。
「それでも、これは私たちが絶対にやらなくてはいけないこと。大変だとは思うけど、頑張りましょう」
全員、同時に深く頷いた。