ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第十四話「武術の訓練?」

 土曜日の朝っぱらから俺は悩んでいた。

 

 はたしていったい、俺はどうすれば強くなれるんだろうか。

 

 皆で特訓を始めたあの日、魔法の練習を一人でするのは止めなさいとガイアに言われてしまった。

 

 失敗したら大爆発する、周りも巻き込むなんて言われたら試そうとも思えない。俺はともかく、現実だとどこでやっても誰かの居場所を粉砕してしまう。

 

 それにしても魔法少女関係は爆発ばっかりだ。失敗でもペナルティでも爆発するらしいし、それどころか倒した敵まで爆散するし。それは違う系統、特撮の特権じゃ。

 

 魔力への愚痴は置いといて、こっちの方面が封じられてしまった以上、今の俺に出来る特訓は一つしかない。

 

 その糸口を探すため、リビングのこたつに入りながらタブレットを操作する。巡回するのは動画サイトだ。なるべく早く参考になるものを探さないと。

 

 これでもないあれでもないと、いくつかの動画を試すこと数十分。

 

 途中目的を忘れて動画自体に夢中になっていたからか、頭上から影が差すまでその気配に俺は気づけなかった。

 

「に、にに、に、兄さんが、えっちな動画見てる……!?」

 

 七海ちゃんが赤なんだか青なんだか分からない顔で戦慄している。えっちな動画って。

 

 年頃っぽい過敏な反応につい笑ってしまいながら、タブレットの画面を見せて聞いてみる。

 

「プロレスってえっちな動画なの?」

「え、ぷ、ぷろ、れす?」

「うん、ほら」

 

 指し示した画面の中、リングの上で二人の女の人が戦っていた。

 

 それで俺が何を見ていたのか、自分が何を言っていたのか。七海ちゃんは数秒ほどして理解したみたいだ。

 

 すぐに赤と青の間で揺れていた顔色が一気に振り切り、りんごかトマトか、というくらいまで赤く染まる。この間の朝地にも劣らないだろう。

 

「……あー、でもそっか、半裸と言えば半裸だし、見方によってはそうなるの、かな?」

 

 田中の兄ちゃんも一時期女子プロはいいぞ、なんて性欲全開で言ってた気もするし。

 

 咄嗟に出したそれなりに苦しいフォローは、俯き両頬を押さえる七海ちゃんには何の慰めにもならなかった。

 

 湯気が出そうな顔色ではわはわほわほわ言っている。末恐ろしいほどにあざとい。

 

 それも含めてとても可愛いらしいけれど、この方面で揶揄うのはやめよう。

 

 かつてタコ殴りにされた田中の兄ちゃんの姿を思い出し、強く心の戒めとする。あの時の鈴木の姉ちゃんは凄かった。背中に鬼を見た。

 

 七海ちゃんには出来るだけ仏のままでいて欲しいから、俺は全力を尽くして宥めた。その甲斐あってか、数分後の七海ちゃんのほっぺも桃くらいまでには落ち着いていた。

 

 これなら大丈夫だろう。安心してから、聞かれる前に用意しておいた理由を告げる。

 

「最近世の中物騒だし、この際護身術でも覚えようかなと思って」

「それで、プロレス?」

「現実だと投げ技が一番強いらしいから。これ見て、こんなの食らったら誰でも一撃だよ」

「……確かに、凄いね」

 

 相手をリングに叩きつける大技は画面越しですら大層な迫力がある。実際にかませば大抵の人は倒せる、というか殺せてしまうだろう。

 

「まあでも、プロレスで護身術はちょっと無理そうかな、さすがに威力高すぎるし。ブレーンバスターとか確実に殺せる」

「ぶーれんばすたー?」

「これ。頭から行くやつ」

「わぁ」

 

 動画の中ではちょうど、ヒールレスラーの頭がマットに叩きつけられるところだった。あまりの勢いに七海ちゃんの両手が口元に運ばれた。

 

 派手で格好いいけれど、レギオン相手でもプロレスは無理だろう。特に厄災の日の怪物型、スパイダーレギオンのように巨大な敵は組み付くことすら難しい。俺がセミみたいにへばりつくだけになる。

 

 最近の敵であるサンタレギオンも怪しい。そもそも投げ技出来るほど組みつけた時点で、もう半分くらい勝利している気もする。

 

 だから参考になりそうな動画、格闘技を七海ちゃんと一緒に探す。

 

 これまでの時間で分かってはいたものの、やっぱり男が戦うものはない。この世界のことを思えば当然ではある。

 

 そしてばらばらと現れる動画のサムネイルにはやたら派手な文字、最強やら無敵やら大仰な言葉が並んでいた。ゲームじゃないんだからさ。

 

「空手、ボクシング、テコンドー、システマ。格闘技って色々あるんだなー」

「兄さん、こういうのってどれがどう違うの?」

「……全然分からない」

 

 ボクシングが足を使わないもの、くらいしか判別出来ない。

 

 実際はもっと様々な違い、向き不向きがあるのだろうけれども、今の俺にそれを学ぶ暇はない。というより、勉強する自信も教えてくれる当てもない。

 

「こうなったらあれだ、とりあえず全部やってみよう」

 

 だからこそ、実践あるのみという結論に至った。

 

 

 

 そんな訳で二人とも動きやすい恰好に着替えてから移動した先は公園、随分前に逆、いやこの世界基準で考えると順ナンをされた場所だ。陽香さんのこともあって今となっては懐かしい、いい思い出にすら感じる。

 

 しみじみと浸りながら準備運動を重ねていると、スマホを構えた七海ちゃんに声をかけられた。

 

「兄さん、準備出来たよー」

「ありがとう、じゃあ早速やってみるね」

 

 頭に描くのは動画で見た空手の演武。大地を揺らす踏み込み、空気を弾く拳と蹴り、彫像のような残心。

 

 見様見真似の構えを取り、深く息を吸う。それから一歩踏み込んだ。

 

「シッ!」

 

 まずは正拳突き。続いて半身を引き、足を跳ね上げ上段蹴りを放つ。着いた足を軸にも一回転。それからも次々に記憶の通り身体を動かす。

 

 こうして技を試すたび、拳を振るうたびに動きが洗練されていくのが自分でも分かる。

 

 身体は一手ごとに達人の動作を再現し始め、それどころかどんどん俺に最適化させていく。数段飛ばしで武の階段を駆け上っていく。

 

 演武の時間は数分。その間ずっと成長は止まらなかった。

 

 最後に高く跳び、空中後ろ回し蹴りをして終了。空気を切り裂く音、着地して砂を踏み締める音だけが辺りに響いた。

 

 七海ちゃんを見ればスマホを構えたまま、撮影用ロボットみたいに固まっていた。

 

「どう?」

「……す、すごかった」

 

 語彙が消滅してる。

 

 ぽけっと口を開けた七海ちゃんにスマホを手渡されたから、俺も自分の動きを動画で確認した。

 

「……おー、すごいな、俺」

 

 俺のも消えた。

 

 画面の中の俺は最初こそ迷いとブレのある、素人丸出しの動きをしていた。だが数十秒もすれば、その雰囲気は一変する。

 

 踏み込む足は強く深く、けれどもどこか軽やかで。正拳突き一つ取っても足から腰、肩、肘、そして手。全ての動きが滑らかに連動する強力な、とても鮮やかな技だ。

 

 動画が進む度それは完成度を高め、やがて技と技の間すらも美しく繋がっていく。

 

 自画自賛になるかもしれないけれど、家で見たプロの動きとも遜色ないように思える。たかだか数分にも満たない程度の練習、修行でこれか。

 

 我ながら恐ろしい魔法だ。これはインチキでずるい、人の努力を踏みにじる力。誰かを守るためのものだから、なんてお題目がなければ今頃罪悪感で頭を抱えていたはず。

 

 だからたとえ魔法の私的利用に関するペナルティがなくても、俺は運動や何かで頂点を目指すことはないだろう。理不尽をかざすだけで、それはきっと何も面白くない。

 

 そんな風についつい物思いにふけって、真面目に考え込んでしまった。

 

 苦笑いして画面から顔を上げると、何故か七海ちゃんが一生懸命準備運動に励んでいる。

 

「七海ちゃんもやるの?」

「うん。えっと、兄さんみたいに、もしかしたら私にも凄い才能あるかもしれないし」

「……それだったら似合わな過ぎて、なんか逆に面白いな」

「兄さん!? も、もうっ」

 

 七海ちゃんは争いごとの似合わない、ほのぼのの化身みたいな女の子だ。そんな子にびしばしとキレのいい技を決められたら、ギャップという言葉が消滅するほどに驚くだろう。

 

 そんな俺の生暖かい目が気に入らなかったのか、参考動画を確認する七海ちゃんの顔はとても真剣だった。眉間に皺が寄っていて、気のせいか鼻息も荒い。

 

 これはもしかすると、なんて予感はしない。構えの時点で分かる。小動物。

 

 それでも一応、礼儀としてスマホは構えた。

 

「て、てやーっ!」

 

 案の定へなちょこだった。心底安心した。可愛かったから葵さんにも見せてあげよう。

 

 万が一恥ずかしがった七海ちゃんに後で消されないよう、動画ファイルにパスワードをかけて保存しておく。ついでに隠してもおく。

 

 いくつか葵さんへの報告データが出来た頃、七海ちゃんはようやく面白い動きを終えた。

 

「に、兄さん、私、どうだった?」

「平和の尊さを感じた」

「どういう感想なの!?」

 

 小動物がじゃれ合う動画を見た時のような穏やかさが今、俺の胸には満ちている。平和って素晴らしいな。

 

 息も絶え絶えなツッコミは辺りに響き、ちょうど公園を通り過ぎようとした人の注目を集めた。

 

 その子は一度足を止めた後、すぐにこちらに向けて歩いてきた。

 

「二人して、こんなところで何してるの?」

 

 いつかのようにヘッドフォンをした陽香さんが今日は穏やかに、不思議そうに問いかける。

 

 またここで会うなんて。動きやすそうな陽香さんの格好的にも、この公園は散歩コースとかなのかもしれない。

 

 休みの日に偶然出くわしてきゃっきゃっとはしゃぎ合う二人が落ち着くのを待ってから、俺は経緯を説明した。

 

「護身術のために格闘技の練習ねぇ」

「今のところこんな感じ」

「……へー。姉さんも言ってたけど、耕太郎さんってば本当に運動神経いいのねー」

 

 動画を見た陽香さんの心からの感心に、高くなる鼻と気まずくなる胸がある。ほぼほぼ俺の運動神経というより、これは魔法のおかげだからだ。

 

 けれども陽香さんは意外なことに、とても現実的な助言を口にする。

 

「でも一番の護身術は逃げること、なんてこともよく聞くし、走る練習でもした方がいいんじゃない?」

 

 生兵法は大怪我の基という言葉もある。魔法少女としての特訓、という重大な目的がなければ俺も素直に認めていたかもしれない。

 

 加えてもう一つ、何もなければかき消してもよかった理由があった。

 

「出来たら格好いいじゃん、格闘技」

「分かる」

「分かっちゃうんだ」

 

 七海ちゃんとは違い、うんうんと頷く陽香さんは本心から納得しているようだった。

 

 かつて貧弱を極めていた身として、腕っぷしの強さというものには一定の憧れがある。

 

 もちろん暴力は嫌いだし、進んで振るいたくもない。でもそれはそれとして、切れのいいアクションシーンとかは大好きだ。今まで何回も見た。

 

 特に後ろ回し蹴りとか派手なのが好き。今陽香さんが繰り返し見ている動画の中の俺は、自分で言うのもなんだけどかつて見た理想そのものだ。このまま映画に使えそう。

 

 ナルシストっぽく満足する俺に陽香さんはスマホを返すと、おもむろに数歩反対側に歩いた。

 

 そしてその場でいきなり左足を軸に回転、右足を高く蹴り上げる。黒いタイツに包まれた足が、虚空の横顔に叩きつけられた。

 

 素人とは思えない見事な技ではある。あるけれど、唐突な振る舞いに俺も七海ちゃんも困惑を隠せない。

 

「な、何してるの!?」

「何って、回し蹴り。あたしも真似したくなったから」

「陽香ちゃんスカートだよ!?」

 

 大慌てする七海ちゃんの言う通り、今日の陽香さんはスカートだ。しかも結構、思い付きで上段蹴りを出来る程度には短い。

 

 七海ちゃんの言葉と視線で何が言いたいのかはすぐに伝わったようだ。けれども、その心配は軽く笑って流された。

 

「タイツ履いてるから平気だって。それに今ここ、七海と耕太郎さんぐらいしかいないでしょ?」

「平気じゃないよ! 兄さんがいるから、兄さんいなくても駄目だよ!?」

 

 きゃんきゃんと女の子の嗜みについてお説教する七海ちゃんの声を背後に、俺は空を見上げた。今日も澄み渡るように青い。

 

 後ろのあれに口は挟まない。田中の兄ちゃんが昔語っていた、男には地蔵になるべき瞬間がある、というのが今この時な気がするからだ。

 

「はいはい。次からは気をつけるから」

「もうっ。この間はあんなに気にしてたのに」

「……あれは、なんでかしら? そういう気分だったから?」

「えー、私に聞かれても分かんないよ」

 

 やがて教育も終わったのか、二人の会話はまとまり穏やかなものとなっていた。

 

 ようやく気まずさから解放されて胸を撫で下ろす俺に、陽香さんが好奇心を携えて声をかける。

 

「ねぇねぇ耕太郎さん、やってみて欲しいことがあるんだけど」

 

 そう言ってお願いされたのは、少し元の世界とはずれているけれど俺もよく知っている必殺技、きっと日本で一番有名な飛び蹴りだった。

 

 試すにしても空振りは間が抜ける。そして飛び蹴りなんて出来そうなのは公園に立つ大きな木くらい。ただ、直接木にぶつけるのは気が引ける。だから俺は近くに落ちていた枝を拾い上げ、垂れ下がるように木に引っ掛けた。これを的にしよう。

 

 わくわくしている陽香さんと不思議そうな七海ちゃんの視線を受けながら、目標から数メートル離れた場所まで歩く。技のイメージは既に出来ている。だから多分、あれも出来る。

 

 助走から強く踏み込み跳躍、到達点で重心を傾け身体を丸め、前方に一回転する。ぐるりと回る視界の中、先ほど木につけた枝が映る。今だ。

 

「はっ!」

 

 タイミングを合わせて放った蹴りは枝に直撃し、その乾いた身体をへし折った。

 

 砂の上を転がっていく欠片を見送りながら俺もその場で着地。もちろん片膝はついて、もう片方は立てている。実際やってみると膝に悪そうだった。

 

 立ち上がって膝の砂埃を払いつつ、二人の方へ振り返る。はたして陽香さんは満足してくれただろうか。

 

「こんな感じでよかった?」

「……ええ、ありがとう耕太郎さん。寒い中わざわざ散歩に来てよかったって、心の底から感動してる」

「そこまで」

 

 心配する必要は皆無だった。滅茶苦茶に浸っていた。よいものを見た、という感慨が全身に満ちている。

 

 あまりにも満足しているせいか、その隣にいる七海ちゃんは苦笑いだ。年齢不相応の慈愛すら感じる。普段は陽香さんの方が大人っぽいけれど、時々こんな風に逆転することもあるらしい。

 

 その視線に気づかないまま、陽香さんはスマホを操作してから俺に画面を見せつける。また違う動画、今度はアクション映画のワンシーンのようだった。

 

「ところで、これも再現出来る?」

「出来そう。とりあえずやってみよう」

「……あれ? 兄さん、格闘技の練習するんじゃなかったの?」

「息抜き息抜き」

 

 さっきの演武再現で、俺の魔法は格闘技すら模倣出来ることが分かった。実戦で使えるかはともかく、技を覚えるだけならちょっと一人で練習すれば十分だろう。

 

 だからこれは口に出した通り遊びと、後は何かアイデアが出るかもという期待。そして存在がフィクションみたいな俺は架空の再現の方が特訓になるんじゃないか、みたいな血迷った考えが生じたから。

 

 こうして力を求めて迷走する俺は、しばらくの間陽香さんのリクエストに応え続けた。

 

 この日の総括。次の目標は空中で前回りしながら後ろに跳ぶこと。目指せ人間離れ。

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