魔法少女やレギオンのことでどれほど思い悩もうと、時は何も変わらずに流れ続ける。
残り少なくなってきた二学期を最後まで楽しむため、自分の部屋で登校の準備を進める。今日の教科書を全て鞄に詰め込んだ瞬間、見知った怪しい気配が背後に生じた。
ちょうどいい。聞いておきたいことがあった。
「らびらび、なんかいい感じのパワーアップアイテムとかない?」
「不躾にとんでもない要求されたぴょん」
「だって強敵現れたし、販促の激しい時期だし」
変身ヒーローのクリスマスと言えばパワーアップアイテム、新フォームの出るシーズンでもある。この時期週末の朝は新しい玩具のCMが嫌というほど流れている。
一応は魔法少女、そういう系統に属している俺にも何かないかな、と考えての質問には、思いのほか冷たい視線が返って来た。
「現実にそんな都合のいいものは存在しないぴょん。大体どんな分野においても力とは積み上げるもの、強くなりたいならとにかく特訓あるべしぴょん」
「昭和の発想だ。そういえば、らびらびっていくつだっけ?」
「……この通りぴちぴち、令和生まれの」
「あれだよね。らびらびってやっぱりおじさん、アラフィフとかだよね。前からそうじゃないかとは思ってた」
「え、あ、アラフィフ、だと。いや待て耕太郎、今やっぱりって言った?」
らびらびは何故かショックを受けていた。まさかこいつ、自分の言動に滲み出る加齢臭を自覚してなかったのか。
下世話な話やしょうもないセクハラを嬉々としてかます姿は紛れもなく駄目なおじさんである。病院にいた頃もそういう類の人はよく見かけていた。
目の前のおじさんにはこれを機に反省してもらうとして、そんなことよりも今は俺が強くなる方法について話したい。
「皆で特訓はしてるけどさぁ、こう、明確な進化が欲しいというか」
「それでパワーアップアイテムとか言い出したぴょん?」
「そうそう。まったく新しい変身アイテムとか、別のところにつける追加装備とか」
らびらびは首を横に強く振った。
どうやら俺はまだ赤にも白にも黒にもなれず、金の差し色とかも入らないらしい。
しょうがない。ないならないで諦めよう。それに前回の訓練で、目下俺の抱えていた最大の問題は解消された。
「まあこの間ガイアが血盟の儀解除してくれたし、ある意味これがパワーアップみたいなものなのかなー」
「……あの娘め、感謝をしておくべきか。だが、一つ手を減らされたのは」
「絶対感謝でしょ、らびらびに出来ないことしてくれたんだから。てか前何か方法探すとか言ってたけど、本当にしてた?」
「鋭意製作中だったぴょん」
嘘吐きウサギもどきがいた。絶対捜索も製作もしてない、虎視眈々と俺を辞めさせる機会探してたな、こいつ。
信頼出来るけれど信用出来ない相棒を睨んでも、特に得るものはなかった。新しい力も反省もまったく湧き出てこない。
当ては外れた。それでも力は必要なまま。だったら俺がするべきことは。
「こうなったら、いっそクリスマスイブまで学校とか休んで」
「それは駄目だ」
そんな俺の思い付きを、らびらびがぴしゃりと否定した。
「耕太郎、君は何のために戦っているぴょん?」
「前も言ったじゃん。皆誰かの大切な人なんだから守りたいって」
「そして君もその誰かぴょん。君が自分をないがしろにして戦うつもりなら、らびらびはこの先絶対に変身を許可しないぴょん」
「……はーい。分かりましたー」
とりあえず言ってはみたものの、学校を休んでまで出来る特訓なんて見当たらない。
だから俺はらびらびのお説教に素直に従って、その後いつも通りマシュマロに襲われながら登校した。これもある意味修行だ。
授業の間の休み時間は大抵、財前と身にもならない話をすることが多い。
先週くらいまではクラスメイトの女子が混ざることもあったけれど、いよいよクリスマス直前になったせいでお互い牽制でもしているせいなのか、ほとんど混ざって来なくなった。
前野さんも周りを気にしてか、目立って声をかけてこない。最近はよく、今も朝地と話している。
「朝地さん朝地さん、昨日送った動画見てくれた?」
「ええ。あれ、何が一体どうなってるの?」
「ふっふっふ、それはね」
どうも遊びに行ったのがきっかけで仲良しになったらしい。
友情の懸け橋になれたのは嬉しい。それはそれとして現状に若干の物足りなさを感じつつ、今日も今日とて財前に声をかける。ただし、今朝は三割ぐらい真面目な質問だった。
「財前家ってなんか秘密兵器とか開発してない?」
「藪から棒になんだそれは」
「お金持ちならロボットとかパワードスーツとか持ってないかなって」
「あるにはあるが、君の期待しているものではないぞ、確実に」
どちらも掃除や医療用とかで、俺の求めている戦闘用のものではないんだろう。
ここがいくら訳の分からない世界、魔法少女や貞操逆転が入り乱れるものであっても現代日本だ。謎のお金持ちである財前家でも、秘密兵器なんて持っていないのは当たり前のことだった。
そんないきなりの意味不明な問いに対し、当然理由を求める視線が返される。名目は用意してあった。
「ほら、ここ最近色々あったから、俺も護身術的なこと調べてて」
「それは感心だが、それで秘密兵器か」
「大は小を兼ねるって言うし」
「大きすぎる」
至極真っ当な財前のツッコミの後を追うように、突然足音が近づいてきた。
音に振り向けばそこには知らない顔、多分話したこともない人だ。背格好、雰囲気からして先輩に見える。
「君が時枝くん、だよね。ちょっとお話があるからついて来てくれる?」
下級生の教室に堂々と踏み入れていたその先輩は周囲の、クラスメイトからの刺すような視線を受けながらも堂々としていた。
何か話があるとのことだけど、どうせいつものこと、クリスマスに女としてのレベルを上げたいってことだろう。
もちろん断るつもりではある。それでもこんな衆人環視の下でとどめを刺すのは人道に欠ける。さっさと移動して終わらせよう。
しかし俺よりも早くガタンと大きな音を立て、斜め前に座っていたクラスメイトが力強く立ち上がった。
髪を一本に纏めた鋭い瞳のその子はクラス委員の袴田さん。前野さんほどじゃないけれど、結構お世話になっている優しくていい人だ。
彼女は俺を一瞥して頷くと、つかつかと先輩の前に早足で躍り出た。
「帰れよ先輩。受験生がこんなところで油売ってていいんですかー?」
「はっ。受験には息抜き、癒しが必要だってことも分からないのかなぁ、二年のおこちゃまは」
「は?」
「あぁん?」
そして挑発からの凄まじいメンチの切り合い。唐突にヤンキー漫画が始まった。
バチバチと散る火花を幻視した俺はそれを見上げ、続いて財前と顔を見合わせた。なんだこれ。
困惑する俺達男子を置き去りにして、彼女達の舌戦は更に熱を増していく。
「これだから空気の読めない、察しの悪いババアは困るわー。こんなんだから今更焦ってるんだろうなぁ」
「あー、ガキのあんたには分からないかー。経験豊富な私は分かるの。男の子だって」
「時枝くんはさぁ、クリスマスは家族と一緒にいたいの。経験豊か(笑)な先輩のくせに、そんくらいのことも想像出来ないの?」
挑発的に口元を歪めた袴田さんを見て、その先輩は何かに気づいたらしく小さく息を呑んだ。
病院がそうだったように学校でも噂話、特にプライベートに関するものは光よりも早く広まっていく。それが薄暗いものであればなおさらだ。
直接口にした覚えはないけれど俺が十四年、ほぼ人生全ての期間入院し続けていたのは校内でも周知の事実となっていた。よって今回のクリスマスが、病院の外で初めて過ごすものだということも。
加えてここ最近は七海ちゃんへの、立場的に妹へのクリスマスプレゼントの相談を教室でもしていた。そのせいか時枝くんは家族のことが大好き、みたいな風評まで学校中にばら撒かれている。
それ自体はノーコメント。自分でもどう反応すれば、したいのかが分からない。
「く、くそー! 時枝くん、バレンタインまで私のこと覚えててねー!」
とにかくそういう話が広まったことで、俺は初めてのクリスマスを家族と過ごしたいと思っている、なのにしつこく誘う奴は外道、みたいな風潮まで出来上がったそうだ。
あの先輩はそれを忘れていたのか、それともその上で強行したのか。どちらにせよ、その話を持ち出されてなお無視出来るほど、俺とクリスマスに本気ではなかったようだ。
捨て台詞とともに逃げ去る先輩を鼻で笑った後、やれやれと言わんばかりに袴田さんは肩を竦める。
「まったく、これだから婚期に焦った女は困るわー」
「……あ、ありがとう?」
ちなみに彼女はクリスマスに焦り十二月に入ってすぐ、いの一番に鼻息を荒くして告白してきた人である。親切心と同じくらい面の皮も厚い。
「助けてもらっておいてなんだけど、もうちょっとこう、穏便に出来ない?」
「穏便?」
「ババアとか、それ以外の色々もさ。あんまり強い言葉使ってると、その内余計な恨み買っちゃうかもしれないし」
「……もしかして、私のこと心配してくれてる?」
やり方はともかくとして、俺のことを守ってくれたのは確かだ。そのせいでこの先何か嫌な思いをしてしまうとしたら、とても心苦しい。
そんな本心を告げたところ袴田さんの顔が上気し、瞳は欲望に輝きだした。
「時枝くん、結婚して!」
「ごめんなさい」
「ぐぅ!? わ、分かってても、振られるのやっぱりつらい!」
「そうか、よかったな裏切者。話は向こうで聞くぞ」
「今回は執行猶予はつかないと思え」
唐突なプロポーズをかました彼女は数人のクラスメイトに引きずられ、教室の外へと連れ出されて行った。ドナドナ。
なんでもさっきの俺の噂に前後してこのクラスでは紳士、ではなくいわゆる淑女同盟が結成されたらしい。
端的に言えば抜け駆け禁止、他学年他クラスから俺への干渉を防ぐ、そしてクラス内で独占する、みたいな。
俺の人権はどこだよとは思うものの、実際それ以来自分で告白を断る機会が激減したからなんとも言えない。断るのも実は結構疲れるから、とても助かってしまっている。
ままならない現実に溜息を吐く俺を眺め、財前は薄く笑った。
「少なくとも、校内で秘密兵器は必要なさそうだな」
財前含むクラスメイト達とのやり取りは楽しくて、いつも平和の尊さを教えてくれる。
けれども今求められているのは力。それもあのサンタレギオンを打ち倒せるほどのもの。
らびらびにも今朝言った通り、あれから毎日皆で特訓はしている。ただ、それで足りるかどうかなんて当然判別出来ない。守り切る自信が持てない。
だから俺はまだ手っ取り早い手段を諦め切れず、何か分かりやすいパワーアップやその手がかり、発想を求めていた。
下校中に見つけた朝地へ駆け寄り声をかけたのも、その一環だ。
「それで、わざわざ帰りに追いかけて来て、今日は何かしら」
「聞きたいことあって。でも今教室で話しかけると、色々あれじゃん」
皆と違って朝地が男子に興味ないのは周知の事実だ。だけどそんなことは関係なく、今の時期に声をかけると大変な邪推をされそう。
それを朝地も理解しているのか、溜息を一つ吐いた後、視線で続きを促して来た。
「朝地神社ってさ、地下にスーパーロボットとか秘密兵器とか隠してない?」
「………………わざわざ帰りに追いかけて来て、今日は何かしら」
「聞き間違いじゃないから。やり直してくれなくてもいいから」
朝地は完全にアホを見る目をしていた。
「学校で財前と話していた相談なら私にも聞こえていたわ。気持ちは分かるけれど秘密兵器なんて、あまりにも発想が安直よ」
「神社ならなんかあるかなって」
「何なの、その神社への信頼感は」
「信頼というか、もしも神様がいるならそれくらい用意して欲しいという願望です」
表向きの理由はともかく、秘密兵器を求める本命はクリスマスイブの戦いのため、あのレギオンを倒して平和を守るためだ。
朝地神社がどんな神様を祀っているのかは知らないけれど、本当に存在するのなら少しくらい手伝ってくれてもいいだろう。神様なんていつもは誰の不幸にも手を差し伸べない、ただの役立たずなんだし。
微粒子程度の期待を込めた質問の答えは、朝地の呆れ切った視線で聞くまでもなく分かった。所詮は神様、やっぱりこんな時でも無力らしい。
「大体、もし秘密兵器があったとしてどうするつもり? 貴方に群がる女子を一人残さず殲滅でもするのかしら」
「え、怖っ。朝地さんバイオレンス過ぎませんか」
「……圧倒的な先制攻撃こそ、最大の護身術よ」
「陽香さんと真逆のこと言ってる」
この間公園で、逃走こそ最大の護身術、と陽香さんは親切に語ってくれていた。印象的にはお互い反対のことを言いそうな姉妹なのに、実際はこれだからなんだか面白い。
姉妹家族の不思議に思いを馳せる様子を何か勘違いしたのか、朝地はどこか窺うように問いかけた。
「……そんなに不安なの?」
「うーん、最近は慣れて来たからそうでもないんだけど。でもこの先、またバレンタインとかで同じような目に遭うかもって考えると」
「…………いいえ、それじゃないわ。私が言いたいのは、貴方も、クリスマスイブの」
普段と同じくその声は小さかった。けれどもいつものよう沈んだものではなく、迷いと恐れが満ちていた。
朝地が何を言いたいのかは気になる。でも、その前に注意しておかないと。
「前見ないと危ないよ」
そんなに話に集中していたのか、それともそれほど気がそぞろだったのか。朝地はすぐ前にある電柱に気がついていなかった。
言われてぱっと顔を上げた朝地は目を丸くしていて、進む足は止まることを知らない。このままだと正面衝突して怪我を、仮にしなくても結構痛い目に遭うだろう。
防ぐためにも隙だらけの左手を手に取り、自分の方に軽く引く。それが間違いだった。
「──っ!」
朝地は声にならない悲鳴を上げた。更に手を駄々っ子のように全力で振り回し、俺の手を力のままに引きはがす。そして困惑する俺をすかさず両手で道路の方へ突き飛ばした。
その時不意に届いたのはエンジンの音、重量物が道路を駆ける振動。
咄嗟に横目でミラーを確認すれば、そこには最近見なくなったトラックが映る。これまでと違うのは運転席に人影が見えること、目を大きく見開くお姉さんがハンドルを握っていること。だからあれは世界云々関係ない、普通のトラックだろう。
いずれにせよ進行方向はこちら、減速は間に合わず、右から俺に迫る。
このまま転倒すれば、突き飛ばされた勢いのまま後ろに歩くだけでも、俺はめでたく潰れたトマトになれるだろう。
けれど、今の俺はこの程度で倒れはしない。魔法により強化された神経は素早く筋肉を動かし、後ろに傾きかけた身体を強く支える。
加えてその時何故か空気に、俺とトラックの間に分厚い壁のようなものを感じた。だけども一瞬だけ背中を押し返した気がしたそれは、錯覚かと思えるほどの暇で消滅する。視界の隅に金色の何かが、瞬きの間だけ映った。
なんとか踏み止まった俺の後頭部すれすれを通り過ぎ、数メートルほど進んでからトラックは止まった。そしてすぐに運転席からお姉さんがばたばたと飛び込むように降りてくる。
「だ、だだだ、大丈夫!?」
「大丈夫です。それより、ごめんなさい。車が来てるのに、気づかないで遊んじゃってました」
「いや、いやいやいや、私の責任だから! すぐ止まれるようにしとかないといけないのに、時間焦っちゃっててスピード出しちゃって」
不幸中の幸いと言うべきか、トラックのお姉さんは優しかった。
イメージ的にてっきり凄い勢いで怒鳴られると思いきや、やたらと恐縮して心配までしてくれる。病院にいた元運転手のお爺さんじゃこうはならなかっただろう。コンプライアンス、というものかもしれない。
お互いにぺこぺこと謝り合って、気持ちゆっくりと発進するトラックを見送って、俺はようやく本丸に取り掛かる。
俺を突き飛ばしてからずっと黙っている、物言う口をなくしたんじゃないかと疑うほど生気を失くした同級生に、おちゃらけた感じで笑いかけた。
「びっくりしたー。気のせいかもだけど、この辺運転荒い人多いよね」
「……………………ごめん、なさい」
「ん? あー、うん、こっちこそ急に手掴んでごめん。ほら、今のはそれで脅かせちゃった反射だし、全部俺の自業自得だって」
「……違うわ、悪いのは私。本当にごめんなさい。また、取り返しのつかないことを」
「ついてるついてる。生きてる生きてる」
うざったいほど軽い調子で、ぴょんぴょんと目の前で跳ねながら言う。けれども朝地は深く俯いたままで、俺のおどけた態度は何の励ましにもならなかった。
そしてそれから時枝家の前で別れるまで、朝地は結局その調子のままだった。
薄暗い街中をとぼとぼと歩く後ろ姿はとても弱弱しい。何かあれば消えそう、倒れてしまいそうで、こんな時じゃなければ迷いなく送っていくところだ。
もっとも、ああなった原因が俺である以上ついてはいけない。それでも一人で帰すのは心配だから、俺は虚空に向けて思い付きを口にした。
「らびらび、いる?」
「もちろんぴょん」
「じゃあいきなりで悪いけど、朝地が家に着くまで見ててくれない?」
「……」
「何もないとは思うけど、あのまま一人にするの不安だからさ」
「だが」
「ね、お願い」
「…………………………君がそこまで言うなら、仕方ない」
舌打ちでもするんじゃないかと思うほど、渋々といった雰囲気でらびらびは頷いた。この感じ、さっきのトラックについても見ていたのかもしれない。
深く落ち込む朝地の背中を、それを苛立たしげに追うらびらびを見送りながら、独り言がつい漏れ出た。
「生きてるからセーフ、とはならないか」
別に俺は気にしてないんだけど二人は、特に朝地はそういう訳にもいかないんだろう。
『忌み子め、お前のせいで家は滅茶苦茶だ! お前さえ、お前さえ生まれなければ、私はこんな目に!』
血縁上の叔父みたく、訳わかんないことまで全部押し付けて、いっそ罵ってくれた方が楽なのに。
あの時偶然近くで聞いていて、速攻でマウントポジションを取りに行った田中の兄ちゃん達と同じだ。
やっぱり優しい人の方が宥めるのは、慰めるのは難しい。
田中&鈴木式マウントポジションの取り方。
①キレた田中が胸倉を思い切り掴む
②浮いたかかとをキレた鈴木が払う
③転んだところを田中が馬乗りし、鈴木が膝か鎖骨を踏み砕きに行く
作中では③の途中で止められました。