ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第十六話「クリスマスイブ日中、もしくは戦いの前」

 朝地を落ち込ませてしまった日から数日経ってなお、未だに俺達は気まずいままだった。

 

 一応次の日、学校で俺から声はかけた。

 

『朝地、昨日のことだけど』

『……ごめんなさい。私、先生に呼ばれているから』

『あ、ちょ朝地さん、ってうわ足速!?』

 

 かけたけれど、すぐに逃げられてしまった。その時朝地と話していた前野さんもびっくりの早足だった。

 

 そして教室の状況、いよいよクリスマスが目前となり殺気立つクラスメイトの視線もあって、それ以降は積極的に話しかけられなかった。これは言い訳で、結局かける言葉が思い浮かばなかった、というのもある。

 

 あの過敏な反応から察するに、朝地は俺の想像以上に男が苦手だったんだろう。ちょっとは仲良くなれたかな、なんて感触では到底足らない程度に。自分からしたハイタッチとは違い、心の準備がなければ跳ね除けてしまうほどに。

 

 だからあれは俺の考え不足、単なる自業自得だ。でもそれで事故を起こしかけた、うっかり殺しかけたことを朝地はとても気にしている。

 

 帰り道に告げた悪くないよも気にしてないよも、朝地の罪悪感には届かなかった。じゃあ他に何を言えばよかったのか。考えても考えても答えは出ない。

 

 おかげで特訓にも身が入らず、魔法の練習は失敗ばかりで全然進歩がなかった。

 

『ぬわー!?』

『グレイが爆発したー!?』

『す、すぐに治します!』

『……』

 

 元々不器用、それ以前から下手くそだった、という現実からは目を逸らす。あのガイアにすらとても気遣うような視線を貰ってしまうほど、俺の特訓はまったく上手くいっていなかった。

 

『わ、と、わわわっ』

『ふわふわふわふわ。あんたの飛び方クラゲみたいね。いい、飛行ってのはこう』

『あっ。またシャインが星になった』

 

 シャイン達の飛行も駄目駄目だった。紙飛行機の方がよほど上手く飛ぶだろう。

 

 はたしてこの調子でサンタレギオンに勝てるのか。朝地とのことはどうするべきか。

 

 悩みばかりが増える中、とうとうクリスマスイブ当日が訪れた。

 

 こんな状況でもクリスマスという響きは俺の胸をくすぐらせる。なんとなく点けた朝のテレビも、浮つく街の様子を生放送していた。

 

 今年のクリスマスイブは日曜日、世間一般でもお休みの日だ。

 

 おかげで朝から人ごみ人ごみ、どこにこれだけいたんだろうというぐらいに多くの道行く人がキャスターの後ろを歩いている。まだ点かないイルミネーションを見上げ、はしゃぎ回る後ろ姿はどこか心温まる光景だ。

 

 この分だとどこもかしこも、下手をすればその辺のスーパーすらも混んでいそう。

 

 もっとも、それは今日の時枝家には関係ない。

 

「昨日買い物行っておいてよかったね」

「ねー」

 

 時枝家最強の家事力を持つ七海ちゃんはこれを予想し、事前にクリスマスのため買いだめをしていたのだった。無論、俺も荷物持ちとしてその時は同行させていただきました。

 

 夜のご馳走、チキンやクラムチャウダー、サラダなどなどに加え朝と昼のご飯、ケーキの材料まで家に揃っている。時枝家の巨大な冷蔵庫はその全てを受け入れていた。

 

 賞味期限や種類ごとに整理されたその中を、七海ちゃんが嬉しそうに重ねたクリスマスの準備の欠片を見て、内心息を吐く。

 

 今は気持ちを切り替えよう。せっかくのクリスマス、楽しまないと損だ。

 

 それに葵さんは、七海ちゃんも意外と鋭いところがあるから、俺がうじうじ悩んでいると心配されるかもしれない。今日を楽しみにしていた二人に、それはとても申し訳ない。

 

 気を取り直し、三人お揃いのエプロンを身に付ける先生に声をかける。

 

「では七海ちゃん先生、俺はこれから何をすればいいんですか?」

「えっとね、昨日一緒に作ったスポンジがあるでしょ? あれに塗るためのクリームを、兄さんには作ってもらいます」

 

 俺の度重なる無茶ぶりにより、すっかり先生ぶるのが板についた七海ちゃんだった。

 

 先生のおっしゃる通り、スポンジは昨日ご指導の下一緒に作ったものがある。なんでも一日置いた方が、生地が落ち着いて美味しくなるらしい。

 

 クリームもクリームで同じく時間を置いた方が味は浸透するそうだけど、同時に新鮮さが薄れるとかなんとか。だから今回は間を取って、当日の日が高い内に作成するというのが七海ちゃん先生の方針である。

 

 そんな説明を一緒に受けていた葵さんが、とても元気よく右手を挙げた。

 

「ところで私は何をすべきでしょうか、ななちゃん先生!」

「うーんと、お母さんには」

「わくわく」

「……何もない、かな?」

 

 ずこー。そんな幻聴が聞こえた。

 

 初めて病院の外にいる俺は当然として、葵さんと共にクリスマスを過ごせるのは七海ちゃんとしても大層珍しいそうだ。

 

 そのためいつになく気合の入った七海ちゃんは、うっかり昨日の内に晩御飯の仕込みまでほぼ終わらせてしまっていたのだった。なお、当時の俺はケーキのスポンジが焼けるのを真剣に見守っていたのでツッコミを忘れていた。

 

 そういう訳で役目を失った葵さんは拗ねたように鼻を鳴らす。

 

「ふーん、じゃあいいよ。私は一人楽しく、二人が仲良くしてるの見守ってるから!」

「楽しくなんだ」

「もちろん! あ、せっかくだから写真も撮っちゃお!」

 

 拗ねてなかった。むしろ笑って笑ってー、なんて言う葵さんが一番の笑顔だ。二番目は照れ笑いで控え目なピースをする七海ちゃん。ビリは苦笑いの俺。

 

 とりあえずカメラのお姉さんと化した葵さんは放置して、早くクリーム作りに取り掛かろう。クリームはスピード勝負と言われたような、言われてないような。

 

 写真から逃れるため準備に逃げる。冷蔵庫から冷やしておいた器やらクリームやらを取り出し、それからハンドミキサーを手に取った。

 

「おー、いつ見ても凄い回る、ドリルみたい。これでこの生クリームを混ぜればいいんだよね」

「うん。最初はゆっくりで、段々速くするのがこつだよ」

「それでこの間みたいな感じに、ツノが立つって状態まで頑張ればいいと」

 

 我が師はいつだってとても優しく親切なので、少し前に練習も兼ねて見本を、別のお菓子を作って見せてくれた。しかも一時期女子力に、高校でお菓子作りに目覚めた田中の兄ちゃんが難しいと言っていた、あのシュークリームを。

 

 その時勉強というより好奇心全開で見ていた俺と同じように、いやまったく違うはらはらした様子で七海ちゃんが俺を見守っている。

 

 そしてそんな俺達の周りを飛び回るように葵さんがパシャパシャと写真を連打している。

 

 繰り返されるフラッシュの嵐に二人で顔を見合わせ、代表して俺が苦情を告げた。

 

「……あの、眩しいんだけど」

「ごめんね。でもこの光景は後世に残さないといけないから」

「後世って大げさな」

「大げさじゃないよ。大事なこうくんとななちゃんの、時枝家のメモリアル。お母さん、可能ならアルバムは一月一冊作りたいんだ」

 

 目が本気だった。かつての鈴木の姉ちゃんも同じ目をしていて、しかもちゃんと実践していた。

 

 そんな妨害を受けつつも、十分もしない内にクリームは出来上がる。

 

 しゃばしゃばしていたクリームは、いつのまにやらミキサーの先で雄々しく立っていた。それもボウル二つに。

 

 一つは緩めに仕上げた、スポンジに塗るためのもの。そしてもう一つは硬めの、スポンジの間に挟むためのもの。

 

 七海ちゃんが言うには用途に合わせ、こうやって作り分けるのがセオリーらしい。ナッペ用がどうこう、この間得意げに語ってくれていた。

 

 そういう訳で二種類作ったクリームを七海ちゃんがじっくりと確かめる。

 

「……うむっ。合格であるっ」

 

 無事お墨を付けていただいた。

 

 師匠にクリームを任せ、俺は葵さんの横へ移動した。ここから先の仕上げ作業は七海ちゃんの独壇場だ。今の俺が手を出すにはレベルが足りない。

 

 手際よく七海ちゃんが絞り袋にクリームを移しているのを見守っていると、葵さんが悪戯っぽい顔で悪い提案を口にした。

 

「ねぇねぇこうくん、あれでクリーム吸ってみたくならない?」

「……ちょっと分かる。なんかロマンを感じるよね」

「駄目だよ、行儀悪いもん」

「そうそう。お母さんが二人くらいの時も、今のななちゃんみたいな感じに叱られちゃって出来なくてさ」

 

 そう言って葵さんは遠い目をした。大人特有の子供の頃を思い返す、切ない顔だ。

 

「でもようやく大人になって試せる余裕が出来た時にはもう、お母さんの胃は受け付けなくなってたんだ……」

「なんで今悲しい話を?」

「ななちゃんとこうくんには、後悔ある人生を送って欲しくないからさ」

「理由が重い」

「あ、今の胃が重いにかけてる?」

「かけてないよ」

 

 違った。思い返していたのは、かつて強靭だった頃の胃腸だった。余計切ない。

 

 こうして俺と葵さんがくだらない漫才をしている隙に、七海ちゃんはケーキの仕上げに取り掛かっていた。

 

 普段のわたわたとした可愛らしい振る舞いは鳴りを潜め、手早く精確な動きはプロフェッショナル味を感じさせる。正直格好いい。

 

「完成、です!」

 

 それはそれとして、完成の喜びに浮かべるぱあっとした笑顔は、いつも通りの可愛いものだった。

 

 見て見て、という言外に全身から醸しだされるアピールに従い、完成したばかりのケーキを見る。

 

 むらなく塗られたクリームに照りのあるイチゴ。どの角度から見ても白く美しい。

 

 七海ちゃんへの贔屓目を含めてもなお、見事な出来だ。二人で何度か通り過ぎたお店に並んでいても、遜色ないように思える。

 

 再びスマホのカメラを意気揚々と立ち上げた葵さんも、俺と同じような感想を抱いているはず。このきらっきらの瞳、自慢やら喜びやらでフラッシュよりも眩しく輝いている。

 

「凄い綺麗、さっすがななちゃん! これも写真撮らなきゃ!」

「皆、食べ物の写真撮るの好きだよね。もしかして食べる前も撮るつもり?」

「もちろん。上から下まで、断面とかも全部撮るよ!」

「宣材写真撮るの?」

「……」

 

 クリスマスを愛娘と過ごせるおかげか、今日の葵さんは面倒なほどテンションが高い。

 

 ツッコミの手数が欲しいと救援を求めようとしたところ、当ての七海ちゃんは何故だか瞳を伏せて何か考え込んでいた。

 

 雰囲気はどこか暗く、大きな不安を感じさせる。七海ちゃんに限って、まさか母親のウザさが嫌になったからってことはないだろう。

 

 聞くべきか聞かざるべきか。悩んでいる間に、七海ちゃんが突然背中から俺に抱きついてきた。

 

 お腹の方に回された手はぎゅっと強く握られ、顔を背中に埋めている。そしてその体勢のまま、七海ちゃんはか細い声で呟いた。

 

「……絶対」

「?」

「絶対皆で、夜一緒に食べようね」

 

 いきなりここまで甘えられたことに、クリスマスに合わない湿っぽい言い方に、つい葵さんと顔を見合わせてしまう。

 

 またしても行動の理由も、どうすべきかもよく分からない。けれどこういう時はあれこれ考えるよりも先にまず動くべき。

 

 それを証明するかのように葵さんはすぐさま胸をどんと叩いて、過剰なまでに明るく告げた。

 

「大丈夫! 今日と明日は絶対休み切るって事務所の皆には言って来たから! もし連絡して来たらグーで返すって、三回くらい言っておいたからね!」

 

 暴力。いったい何が大丈夫なのか。

 

 七海ちゃんも似たようなことを思ったのか、俺から顔を離して葵さんを見上げた。

 

「お母さん、グーとかそういうのは駄目だよ?」

「心意気の話だから。実際はこんな感じ、ハグで愛を伝えるから」

「わ、も、もうっ」

「……これはこれで問題があるんじゃ」

 

 葵さんは大きく手を広げ、七海ちゃんを挟むように俺達に抱きついてきた。窮屈だろう七海ちゃんの口からは笑い声が漏れていて、さっきまでの湿気もどこかに消えている。

 

 結局あんなことを言った理由は分からなかったけれど、これで一安心だ。

 

 そんな感じでケーキを作り終えた後はわちゃわちゃと、皆でじゃれ合ったりふざけ合ったりする内にクリスマスイブの昼間は過ぎて行った。

 

 

 

 クリスマスイブの夜、厄災の日のレギオンの卵を前にしての悠長な回想。

 

 戦うための自信を取り戻すため、と言いながら、最後に思い浮かんだのは今日の楽しい思い出だった。

 

「グレイ、大丈夫かしら?」

 

 その様子がよほど隙だらけだったのか、ガイアに小さく呼びかけられる。とうとう本番が始まるということもあって、どこかいつもより硬い声に感じられた。

 

「悪い、ちょっと頭の中整理してた。それより、ガイアはそろそろ移動した方が」

「……」

「もしかして、何か直前になってアドバイスとか?」

「……いいえ。なんでもないわ」

 

 そう緩く首を振りシャイン達に声をかけてから、ガイアは結界から離脱した。

 

 俺達の中でガイアは直接的な戦闘力に欠ける。サンタレギオン相手に大苦戦した時も結構な間持ちこたえたオーシャンとは異なり、一瞬で防御魔法を粉砕されていた。ついでに攻撃魔法は一切使えず、身体能力もオーシャンに三回転半される程度。

 

 これまでと違って今日は本番、レギオンは引っ張り出すまでもなく自分から出現する。だからここにいても危ないだけだと判断し、ガイアは結界の外で待機することになった。

 

 本人はとても無念そうというか、申し訳なさと罪悪感に満ちた表情をしていたけれども。ガイアは責任感ある真面目な人だから、俺達だけに戦いを押し付ける気がして悔しいのだろう。

 

 当然俺達はそんな風に、押し付けられたとは思っていない。

 

 今こうして皆でサンタレギオンを迎え撃てるのは、事前に作戦や特訓を用意出来たのはガイアのおかげだ。むしろ感謝しかない。

 

 全部終わった後改めてそれを伝えるため、俺達は割れ始めたレギオンの卵に向け戦闘態勢を取る。

 

「そろそろ出て来る、二人ともよろしく」

「ええ、任せて!」

「グレイさんもあとはお願いします!」

 

 力強い返事ともに二人は手を繋ぎ、卵から現れた黒い影に杖を向けた。

 

 すぐに二つの杖の先で赤と青の光球が生まれ、大きく膨らみ、強大な輝きで世界を照らす。

 

「『クリアレイ・ストリーム』!」

 

 そしてサンタレギオンは産声を上げた途端、赤と青の放流に飲み込まれた。

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