ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第十七話「クリスマスの次に訪れるもの」

 先手必勝、出鼻を挫く。誕生の瞬間に最大火力を叩きつける。

 

 つまりは待ち伏せ。これがサンタレギオンを倒すため、彼らが考えた作戦の一つである。

 

 古来より狩りや戦争、人類の歴史においてありとあらゆる場所で活躍していたこの手法は、レギオン相手にも非常に効果的であった。

 

 無防備のまま赤と青の激流に呑まれ、サンタレギオン達の全身に罅が入り始める。

 

 だがそのまま撃破されるほど厄災の日のレギオンは甘くはない。叩きつけられた魔の暴流から逃れるよう、彼は上空に向けてトナカイレギオンを操る。

 

 トナカイレギオンの歩みは牛歩のよう。それでも少しずつその足、引くそりは空に向かって歩み続ける。やがて角が、顔が、トナカイレギオンが光から脱出し始めた。

 

「逃が、さないっ!」

 

 しかし魔法少女はそれをただでは見逃さない。

 

 振り絞った魔力は魔法の出力を跳ね上げ、脱出しかけていたそりを粉砕する。その衝撃と逃走の慣性に従い、サンタレギオンと二体のトナカイレギオンは空へ吹き飛んだ。

 

「グレイ、上行った!」

「ならプランBで!」

 

 クリアシャイン達の後ろに控えていた耕太郎は、プランB通り敵に向かって跳ねる。

 

 そして体勢の乱れたトナカイレギオンを足蹴にして更に二度跳躍、サンタレギオンをも飛び越え彼の頭上を取る。

 

 月明かりを背に足を高く上げる耕太郎を前にして、サンタレギオンは自身が後生大事に抱える袋へ素早く手を突っ込んだ。その中には以前と同じ武器、鉄球や爆発物などの危険物が質量を無視して多量に詰め込まれている。

 

「そのプレゼントはいらねぇよ!」

 

 だがサンタレギオンが袋から手を抜くよりも早く、耕太郎の踵落としが脳天に炸裂した。

 

 その勢いは凄まじく、踏み台にされて落下中だったトナカイレギオン二体を巻き込み、サンタレギオンは隕石のように墜落する。大地が揺れ、道路が割れ、大きなクレーターが生じた。

 

 プランBはまだ終わらない。立ち上がろうとしたレギオン達の周囲に、突如金色の魔法陣が浮かび上がる。そしてそれは黄金の鎖を生み出し、彼らをその場に縛り付けた。

 

 これは待ち伏せ同様人類がその始まりから使い続けて来たもの、いわゆる罠である。クリアガイアが離脱前に用意していた作戦、準備の一つだ。

 

 ただし、暴力を心から厭う彼女の魔法は非常に貧弱であり、レギオンの動きを封じられるのは精々が一秒。けれど魔法少女達にとっては、十分過ぎるほどの時間だ。

 

「オーシャン!」

「はい、固めます! 『グレイシア』!」

 

 空中からの呼びかけに答え、クリアオーシャンが魔法を唱える。するとレギオンの周りに今度は青の魔法陣が生じ、次の瞬間には鎖ごと彼らを凍り付かせた。

 

 鎖も合わせて身動きの取れなくなった今の彼らに出来ることは、輝く杖を片手に歩み寄る、死神のようなクリアシャインを見上げることのみ。

 

「昔からサンタさんって、一回でいいから会ってみたかったのよね」

 

 彼女がひとりごちるのは幼い子供のような願望。

 

「でもこの一月でいい加減もう見飽きちゃった。想像してたより、ずっと不愉快な顔だったし」

 

 けれどもその瞳は非常に怜悧な、彼女の姉のように剣吞な輝きを宿していた。

 

 同時に杖に灯る赤の光が強くなる。クリアシャインの激情が世界に照らす。

 

 彼女はそれを掲げ、別れの言葉代わりに詠唱を口にした。

 

「『クリアシャイン・フレアピラー』!」

 

 夜空を貫く巨大な光の、高熱の火柱が立つ。

 

 その光はレギオン達を全て包み込み、燃やし、肉体を構成するレムナントの結合を崩壊させていく。

 

 光のもたらす破壊がやがて核に辿り着いた時、三体のレギオンはそれぞれ大爆発した。

 

「今日は派手だなー。あの爆発するプレゼントの分?」

「さあ? なんでもいいけど、イルミネーション代わりでちょうどいいじゃない」

「えー、ちょっと物騒過ぎるよ。でも確かに、本当凄い。花火みたいだね」

「花火か。打ち上げるでっかいの、まだちゃんと見たことないんだよなー」

 

 この爆発も、周囲に降り注ぐ光の欠片、レムナントもレギオンを倒した証拠。

 

 これまでの経験から戦闘が終わったと確信した耕太郎達は、思い思いに雑談を交わし始めた。

 

「シャイン、杖光ってるよ。ガイアから連絡じゃない?」

「本当だ。今日はもう解散、みたいな話かしら」

 

 突然入った通信にも気の抜けた対応をする辺り、完全に緊張が抜けている。

 

「はいはい姉さん、どうしたの?」

『気を抜かないで、まだ終わってないわ!』

 

 その空気が、クリアガイアの言葉で一変する。

 

 反射的に構えた彼らが揃って視線を向けた先で、先ほどサンタレギオン達が爆発した場所で、既に異常は起こっていた。

 

 爆発によって生じていた煙が、辺りを照らすレムナントの残照が、鮮やかな一閃にて切り払われる。

 

「なんだあれ。また姿が変わった……?」

 

 煙が晴れた先に立つのは一体のヒトガタ、黒き異形。

 

 身の丈はサンタレギオンから更に大きくなり、二メートル半にも届く。その両手には巨大な刀を一本ずつ、いわゆる斬馬刀を構えている。武装はそれだけではない。全身が、手足や肩が黒の武骨な甲冑に、顔すらも面具に包まれていた。

 

 その見たままの印象をクリアオーシャンは口にする。

 

「……鎧武者、なのかな?」

「や、全身揃ってるから、あれは鎧というより具足ね」

「シャイン詳しい。ああいうの好きなんだ」

「それもあるけど、家がそういう感じだから」

 

 レギオンを刺激することを無意識に恐れてか、自然と交わす声は小さくなる。

 

 その内緒話のような声量を保ちつつ、クリアシャインは自身の杖に顔を近づけた。

 

「姉さん、あれいったいどういうことなの?」

『……サンタレギオンが何らかの理由で復活、もしくは変化した、としか今は言えないわ。解析が出来たらすぐに連絡するから、それまで皆気をつけて』

 

 クリアシャインの杖の先に灯っていた光が、クリアガイアとの通信が終わる。

 

 気をつけろと言われても。そんな困惑が彼らの間に漂う。戦うべきか、様子を見るべきか。そんな迷いが彼らの間に生じる。

 

 だがすぐにそんな考えをする必要は、正確に言えば暇はなくなった。鎧のレギオンが彼らに向けて走り出したからだ。

 

「言ってる間に来たな」

「よし、とりあえず撃ってみる」

 

 クリアシャインが、釣られてクリアオーシャンも無数の魔弾を放つ。

 

 度々牽制に使われる魔弾ではあるが、その威力は決して低くはない。並のレギオンであればそれなりの痛手を、核に直撃すればそのまま撃破もあり得るほどだ。

 

 しかし鎧のレギオンは回避を、防御すらしない。魔弾は全て身に纏う具足に弾かれ、彼を身動ぎさせることすら叶わない。

 

「な、弾かれっ」

「シャイン!」

 

 彼が踏み込むのは、二本の斬馬刀を振りかざすのは赤の魔法少女、クリアシャインに向けて。

 

 斬馬刀の刀身は優に一メートルを超える。防御の間に合わない彼女の薄い身体程度、容易く両断するだろう。

 

「おらぁッ!」

 

 無論それを見過ごす耕太郎ではない。

 

 両者の間に割り込んで叩きつけた拳は鎧のレギオンにたたらを踏ませ、数歩後ろに引かせる。

 

 魔弾よりも数段階上の威力、間違いなく通常のレギオンであれば戦いを終わらせる力。

 

 それほどの一撃にもかかわらず、鎧には何の傷もなかった。

 

「かったい! またこういうのかよ!」

 

 厄災の日に頻発する出来事に耕太郎の口から悪態が漏れる。

 

 彼の強化された身体能力が繰り出される暴力は、通常攻撃にしては過剰なほど威力が高い。

 

 だがそれだけである。未だ魔力を十全に扱えない彼はそれ以上の技を持たず、拳が利かない相手には依然決定力が欠けたままだ。

 

 だからこそ役割分担、仲間との協力がここぞとばかりに光る。

 

「ありがとグレイ、ついでにサソリの時のお願い!」

「時間稼ぎね、了解」

「無理はしないでください!」

 

 躊躇なく刃に向けて踏み込む仲間を見送りながらクリアシャイン達は手を繋ぎ、戦闘の冒頭と同じく魔力を束ね始める。

 

 耕太郎の暴力は通用しない。生半可な魔法では歯が立たない。ならば十一月の戦いと同じく、最大まで溜めた一撃で打ち砕くのみ。

 

 その準備を背に彼は鎧のレギオンに向かって突き進む。

 

 向き合って早々振り下ろされた斬馬刀をステップで躱しながら、彼は軽く笑った。

 

「見といてよかったな、時代劇の殺陣」

 

 武術の練習兼息抜きで陽香に見せられた、とある時代劇の映画。

 

 その再現をする遊びがまさかレギオンとの戦いで本当に役立つなど、彼は予想もしていなかった。

 

 鎧のレギオンの振るう剣は鋭く、全てが合理に満ちている。どの一瞬を切り取っても剣の達人を具現化したような一振り。意思なきレギオンに殺意はないが、その刃には常に死がまとわりついている。

 

 ただ、どういう訳か一閃こそ極の域に達しているものの、技と技を繋げる動きはどこか拙い。まるで一つの動きごとに、動作をダウンロードしているかのような素振りだ。そのおかげで、彼は辛うじて鎧のレギオンを相手出来ている。

 

 しかしあくまで辛うじて、である。無傷では済まない。今も肩を掠めた斬馬刀を睨みながら、彼は何の意味もない文句をぶつけた。

 

「素手相手に二刀流って、武士道はどうした武士道は!」

 

 相手はレギオン、武士道以前に何もない。返答は刃。それでも彼は我慢出来なかった。

 

 時間にして数十秒あまり、彼はそれから時間を稼ぎ続けた。

 

 その間もいくつかの斬撃はその身を掠める。切り傷のように身体のあちこちから灰色の魔力を漏らしながらも、彼は一歩も退きはしない。

 

 繰り返される剣戟に息が乱れかけたその時、彼の耳にクリアオーシャンの合図が届く。

 

「グレイさん、終わりました!」

「分かった!」

 

 同時に振るわれた薙ぎ払いを屈んで避け、耕太郎はそのまま横へ転がり跳んだ。

 

 彼を追撃しようと刀を振り上げた鎧のレギオンの動きが止まる。ロボットのように機敏な、画一的な動作でクリアシャイン達の方へ向き直る。

 

 魔法少女達と鎧のレギオンの視線がぶつかった瞬間、魔法が解き放たれた。

 

「『クリアレイ・ストリーム』!」

 

 赤と青の強烈な光が直撃、はしなかった。

 

 鎧のレギオンは握り締めた二つの刀を目の前で交差させ、防御の体勢を取る。同時に黒の壁が発生し、魔の暴流に飲み込まれぬよう抵抗を続ける。

 

 それでも勢いまでは殺し切れないのか、彼はじりじりと後退させられ、防壁にも罅や陰りが生じていく。

 

「こいつ、しぶといっ!」

「でも効いてるよ、このままなら」

 

 不安を押し殺し、相棒を励ましていたクリアオーシャンの視界に、その時理解しがたいものが映った。

 

 鎧のレギオンは右手の刀で壁を保ちつつ、左の刀を地面に深く突き刺す。道路にそそり立つそれは黒い何かとなって溶け出すと、蠢くように彼の足元へ移動した。

 

 そして黒い液状のそれは彼を背負うように持ち上げ、やがて形を成し、大地に足を踏み締める。

 

「刀が、馬に?」

 

 クリアオーシャンが呆然と言葉に出したように、それは馬だった。斬馬刀の一本は黒き異形の馬、ホースレギオンへと変化していた。

 

『────ッ!』

 

 ホースレギオンは悍ましいいななきと共に前足を高く上げ、眼前の防壁を自ら踏み砕く。同時に右手の斬馬刀が黒く燃え上がり変形、巨大な馬上槍へと変わる。

 

 壁が消滅し迫り来る赤と青の光に対し、鎧のレギオンは武器を構えた。今回は防ぐのではなく、切り裂くために。

 

「噓でしょ、そんなのあり!?」

 

 クリアシャインが驚くのも無理はない。

 

 正面に構えた槍は川の流れを裂く石のように鎧のレギオンが進む道を作る。そしてその道を、彼はホースレギオンに乗って一歩ずつゆっくりと、確かな足取りで歩む。

 

 それは戦闘冒頭の再演のように見えた。

 

 異なるのは目的。光からただ逃れようとしたトナカイレギオンとは違い、ホースレギオンはひたすらに前へ進む。敵を葬り、己が生み出された使命を果たすために。

 

「このままだとヤバい、オーシャン!」

「うん、全開、以上で!」

 

 限界を超え放出される魔力の波動。

 

 それを正面から受け止める代償は重い。腕は衝撃に震え、鎧は軋んで黒い火花を散らし、刀身が悲鳴を上げる。結局最後には槍は手から離れ、遠くどこかへと弾き飛ばされた。

 

 だが、既に刃は役目を終えている。赤と青の力を耐え忍び、敵を押しつぶすための道を切り開いている。

 

 黒の蹄は道路を踏みにじり、その道を駆けた。

 

「そんな、耐え、られた……?」

 

 限界を超えた魔法を受けた相手同様、それを放った代償もまた、非常に重い。

 

 肩で息をする魔法少女二人は魔力も尽き欠け、防御をする余裕も回避しようとする体力もない。疲労で震えた足は動かない。

 

「どけ!」

 

 その二人を、ギリギリのタイミングで駆け付けた耕太郎が遠くへ放り投げる。

 

「くそっ」

 

 だが彼に出来たのはそれまで。

 

 何一つ身を守る体勢を取れないまま鎧のレギオンに弾き飛ばされ、耕太郎は夜空に向けて吹き飛ぶ。

 

 その暴威は凄まじく、彼の身体はいくつもの建物を貫通し、やがて結界の境界へ叩きつけられた。

 

 揺れる視界の中、彼の目に映るのは崩壊した数々の建物、呆然と座り込む少女達。そして、ビルを足場に迫る黒の巨体。

 

「……わざわざ、追い打ちにくんのかよ。しつけぇ奴だな」

 

 その文句ごと彼を踏み潰すかのように、結界を貫く音が辺りに響いた。

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