ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第十九話「重ねて束ねて」

 クリアガイアが躊躇いながら伸ばした手を耕太郎はしっかりと掴み、それでいて緩く引いて立ち上がらせる。

 

 すぐさま手を放して所在なさげに瞳を伏せる、あちこちが破れ、土ぼこりに汚れた彼女を見て、彼は大きく眉をひそめた。

 

「結構ボロボロだ。大丈夫?」

「……見た目だけよ。心配しないで」

「ならいいんだけど。それで、ここどこ? それに二人は?」

 

 目を覚ました耕太郎の目に映っていたのは、自分を庇うクリアガイアと襲い掛かる鎧のレギオンのみ。改めて辺り見回した彼は、見覚えのない景色に首を捻る。

 

 そんな彼に、彼女は簡単に経緯を説明した。

 

 彼を狙った攻撃でレギオンに結界を突破されたこと。何故かその後すぐに新たな結界が生まれ、共に中に取り込まれたこと。クリアシャインとクリアオーシャンは元の結界でまだ戦っていること。そのため、クリアガイアが単独で救援に臨んだこと。

 

 全てを聞き終えた耕太郎は、後頭部に両手を回して笑みを零した。

 

「へー」

「なに、その目は」

「危ないのに一人で助けに来てくれたんだなー、ガイアはやっぱりなんだかんだで優しいんだなーって思っただけ」

「……」

「ごめんなさい。俺が悪かったのでその目はやめてください」

 

 諸々の感情を煮詰めて濁った視線が突き刺さり、耕太郎は両手を挙げ降参した。

 

 そんな場にそぐわない振る舞いを咎めるように、コンクリート片が踏み砕かれる音が響いた。

 

 音の主は当然鎧のレギオン。殴り飛ばされた先から斬馬刀を高く携え、一歩一歩強く踏み締めて敵のもとへ歩み寄ろうとしている。

 

 耕太郎はその歩みに鼻を鳴らした後、数歩前に出てクリアガイアを背中に庇った。

 

「下がってて。あれは俺が相手しとく」

「グレイ、だけど一人じゃ」

「その内二人が来てくれるんでしょ? 動きはもう慣れたし、それくらいなら出来る」

 

 クリアガイアの心配をよそに、耕太郎は躊躇なく鎧のレギオンに向けて走りだす。

 

 間合いに入った瞬間振り下ろされた刃を、彼は半歩横にずれることで容易く躱す。

 

 そして返す刀、今度は切り上げようと回した手首を踏み潰し、ジャンプ台代わりにして跳び上がる。

 

「動きが硬ぇんだよ!」

 

 罵倒と共に叩きつけられた跳び膝蹴りが面具に直撃し、鎧のレギオンは僅かに浮き上がる。感触からそれを察知した耕太郎はそのまま空中で回転。勢いづいた回し蹴りが兜に炸裂する。

 

 鎧のレギオンは無残に吹き飛び、何度かバウンドした後二転三転する。

 

 しかしすぐに立ち上がったその姿、黒の鎧には未だ傷一つついていない。

 

「……鎧も硬いんだよ!」

 

 苦情と共に放った跳び蹴りは斬馬刀の腹に防がれ、そのまま力づくで押し返されそうになった。

 

 鎧のレギオンの狙いはこのまま耕太郎を打ち上げ、浮き上がり体勢を崩した彼の胴体を切り捨てること。

 

 斬馬刀から伝わる力の方向によりそれを察知した彼は、瞬間的に足先の力みを調整する。結果として彼は斜め上ではなく下に押し飛ばされた。更にその勢いを利用し、ハンドスプリングの要領で刀の追撃を避ける。

 

 一進一退の攻防を繰り広げた後、両者は距離を取り、数呼吸の間向かい合う。そしてどちらともなく、再びお互いの間合いへと踏み込んだ。

 

 少し離れてその戦いを見守るクリアガイアは、両手で杖を抱えながら深く考え込んでいた。

 

「私に出来ることは」

 

 あたかもその呟きがきっかけだったかのように、唐突に彼女の杖の先が光り輝き始める。通信の反応だ。

 

 その光に応えて早々通信先、クリアシャインが前にめりに問いかける。

 

『姉さん、グレイはどうだった!?』

 

 クリアガイアは妹に気づかれないよう一瞬だけ思考を回し、端的な答えのみを返す。

 

「なんとか無事よ。今は、あの鎧のレギオンの足止めをしてる」

『そんな、平気なの?』

「……今のところは余裕がありそう、としか言えないわ。貴方たちの方は大丈夫?」

『あっそうだ! 姉さんに聞きたいことがって、ごめん、ちょっと交代!』

 

 突然声が離れ、通信が途切れる。そしてクリアガイアが心配するよりも早く、再び彼女の錫杖に光が灯った。

 

「オーシャン、あの子はいきなりどうしたの?」

『今交互に障壁を張っていて、交代の時間だからあんたが続きを聞いてって』

 

 今度の通信相手はクリアオーシャン。彼女はクリアガイアから話を聞いて、ほっと息を吐く。

 

『よかった、ガイアもグレイさんも無事だったんですね』

「ええ、オーシャンも平気そうで安心したわ。それで、どうしたのかしら?」

『えっと、あの馬のレギオンなんですけれど、倒し方が分からなくて』

「……ごめんなさい、最初から説明してくれる?」

『あっすみません。あのレギオン、核がないみたいなんです』

 

 クリアガイアが耕太郎の救助に向かう間、クリアオーシャン達も遊んでいた訳ではない。

 

 指示通り焦らず、それでいて早く確実にホースレギオンを倒すため戦っていた。そして幾度か致命的な一撃を、全身を吹き飛ばすほどの攻撃を直撃させていた。

 

 しかしその度にホースレギオンはまるで何事もなかったかのように、通常のレギオンよりもはるかに速い速度で再生した。その際、あるべき核がないことも確認出来た。

 

 原因が分からない以上このまま戦っても倒し切れない。グレイの安否も気になる。

 

 その流れで彼女達は戦闘中にもかかわらず、クリアガイアに通信を行っていたのだった。

 

 再生の原因を探し思い悩むクリアガイアのもとへ、その時無傷の耕太郎が舞い戻る。

 

「あっちなんか問題あるって?」

『グレイさん! さっきの大丈夫でしたか!?』

「この通り無事無事平気。ちゃんと生きてるよ」

『……よかったぁ』

 

 改めて安心を露わにするクリアオーシャンを温かな目で見た後、クリアガイアは続けて耕太郎に視線で説明を求めた。鎧のレギオンは大丈夫なのかと、言外に聞いている。その質問に彼も目と素振りで返した。見れば分かると。

 

 言われるがまま彼女が観察した先、十メートルほど離れた先で、鎧のレギオンは斬馬刀をどこからか取り出した鞘に納め、身を低くして構えている。いわゆる居合の構え、待ちの姿勢を取っている。

 

 見るからにカウンター狙いである。そのため迂闊に攻めた方が危険と見た彼は、相談も兼ねて一度戻っていたのだった。

 

「それならその馬はあれ、ファンネル的なものなのかもしれない」

『ふぁんねる、ですか?』

「……あー、ピット、じゃなくてそう、ドローン的なあれ。付属物みたいな」

「要するに、鎧のレギオン本体を倒さない限りあの馬も消えない、ということかしら」

「そんな感じ」

 

 ホースレギオンは馬の形こそ取っているものの、結局のところあくまで鎧のレギオンが振るう武具に過ぎない。幾度も、何度でも簡単に姿を変え溶ける様子を見ていた耕太郎はその本質を感じ取っていた。

 

「……確かに、こちらの斬馬刀、ホースレギオンに変化出来るあの刀にも、核は見られないわ」

 

 耕太郎の考察を補足するようにクリアガイアが呟く。その手元には魔法陣、彼らには読み解けないが、解析の魔法が浮かんでいた。

 

『それじゃあ、早くそっちに行って鎧のレギオンを倒さないと。あっでも、そうするとあの馬のレギオンが結界の外行っちゃうかもしれなくて。え、ど、どうしよう』

「来なくても大丈夫」

『え?』

「シャインにも伝えておいて。無理はしないで、二人は自分のことを守って。余裕があったらあの馬の相手をするぐらいでいいから」

『でも、それだと』

 

 戸惑うクリアオーシャンに、耕太郎は笑って返す。

 

「あれは、俺達が倒す」

 

 いつもと同じ朗らかな、安心させるような笑顔。そう思っているにもかかわらず、クリアオーシャンの肩は一度大きく跳ねた。その瞳にとても攻撃的な、本能的な恐怖を覚えるような光が宿っていたからだ。

 

「そういうことだから、貴方たちはそのまま守りを固めておいて」

 

 耕太郎に合わせるように一方的な指示を出してから、返事を待たずにクリアガイアは通信を切った。

 

 それから一つ大きく息を吐き、大言壮語を宣った傍らの仲間へ説明を求める。

 

「あの子たちにこれ以上無理をさせないのは賛成。だけど、何か考えがあるの?」

「もちろん」

 

 強く頷いた後、耕太郎は己の考えを告げる。それはクリアガイアにとって、心から正気を疑うものだった。

 

「シャイン達と同じ必殺技、合体技だ。ガイア、協力して」

 

 よって呆気にとられるクリアガイアに向け、耕太郎は更に言葉を続ける。

 

「あいつはさっき二人の合体魔法をわざわざ防いだ、魔弾なんかは素通りさせてたのに。だから、あれくらいの威力を直撃させれば倒せると思う」

「それはそうかもしれないけれど、そもそも貴方、魔法を使うための魔力は」

 

 ここしばらくの間多くの特訓を重ねたが、それでも耕太郎は一切魔力を操れていない。

 

 クリアガイアはそれを、彼の努力も含めてよく知っている。そのため思い悩む彼女の前で彼は右手を強く握り、時間をかけて深く集中する。やがて灰色の光が拳に宿った。

 

 先ほど彼が変身前に鎧のレギオンへ叩きつけたもの、魔力の輝きだ。

 

「ふふん」

「……少しは使えるようになったみたいだけど」

 

 自慢げに掲げる耕太郎へ、クリアガイアはなおも問題点を上げる。

 

「前も言った覚えがあるけれど、あの子たちがあれほど強力な合体魔法を使えるのは、二人が強い絆で結ばれているからよ。私たちには、私と貴方には、まだそんな」

「まあ、そうだね。シャインとオーシャンに比べたらペラペラだ」

 

 本来反発し合う魔力を魔法少女としての力、そしてその糧となる絆があるからこそ、クリアシャインとクリアオーシャンは大規模な合体魔法を駆使することが出来ている。

 

 だが耕太郎とクリアガイアの関係は、大親友とも称せる二人とは比べ物にならない。未だ友達候補にすら届かないかもしれない。少なくとも彼はそう感じている。

 

 まだ会ったばかり、魔法少女としての関係だけ、好きな食べ物すら知らない、いつも邪険な態度。絆を否定する要素はまだまだ無数にある。

 

 それでも耕太郎は、信頼を込めてクリアガイアを見つめた。

 

「けど来てくれたじゃん、ここ」

「……それは、貴方が危なかったから」

「それだけで来てくれる人なら、それをしてくれる相手だって分かれば、今はお互い充分だと思う」

 

 そう言い切り、彼は口を閉じた。馬鹿げた提案に対する、向けた信頼への答えを、彼はただ待つことにした。

 

 クリアガイアはその視線から目を逸らす。先日自分が、朝地桜が彼に犯した間違いを思い出す。今もそれを隠している図々しさを噛み締める。

 

 彼女は全てを考慮した上で、これまでを思い出して、返答代わりに質問を返した。

 

「グレイ、利き足は?」

「右」

 

 アピールするように右足を一歩前に踏み出す。

 

 クリアガイアが杖の石突を地面に置いた瞬間、耕太郎の右足を中心に金色の魔法陣が広がる。それは数メートルほどに拡大したかと思えば、やがて吸い込まれるように右足へ収束していった。

 

「魔力を流すだけで使える、今の貴方でも扱える単純な強化魔法の一種よ。だけどこれでも、今の私たちだともって十秒、出来て一撃。外したら終わりだから」

「了解」

 

 全力で駆け出すため耕太郎は、突き出していた右足を今度は一歩後ろへ引く。そして首からぶら下げた、渡り鳥の刻まれた懐中時計を強く握り締めた。

 

 瞬間、灰色の輝きが懐中時計から発生する。それは一度胸元に集まり、続いて右足へ一つのラインを形成していく。集った金と灰の魔力は反発し、混ざり合い、やがて大いなる力へと変化していく。

 

 耕太郎の足裏で金と灰のスパークが生じる中、鎧のレギオンの方も斬馬刀を再び馬へと変化させていた。

 

 レギオンとて学習はする。これまでの攻防で武器を用いた攻撃が目の前の敵には通じないことは理解し、逆に馬での突進は効果的だったことを記憶している。そのための選択だった。

 

 そしてそれは耕太郎からも願ったり叶ったりだった。彼にも少年らしい、無鉄砲なプライドはある。やられっぱなしなど性に合わない、意図せず訪れた、正面からリベンジする機会に彼は笑みを零す。

 

「来いよ、季節外れのあわてんぼう。お前絶対子供の日担当だろ」

 

 その挑発が聞こえたのかは定かではない。だが鎧のレギオンは馬の腹を強く蹴り、もう一度敵を蹂躙するため駆け出した。

 

 それに合わせて耕太郎も踏み出す。一歩右足が踏み込む度に黄金の軌跡が走り、アスファルトに金と灰の焔を刻んでいく。

 

 これまで積み上げた戦闘経験、生と死を読み解く本能が最適なタイミングを掴み取る。身体は思考を置き去りにして跳躍し頂点で、インパクトの直前に威力を最大限にしようと一回転する。

 

 すぐそこには己より数段は大きい黒の異形。それが瞬きの後に正面から衝突する。速度も含め、先日轢かれかけたトラックなど比にもならない。

 

 だが彼に恐れはない。それは彼が死を厭わないから、ではない。

 

 視界の隅に、金と灰の輝きが映っているから。迸る黄金の魔力が、クリアガイアの感情を伝えるから。

 

 故に彼は一切の乱れなく全力で右足を突き出し、力のままに叫ぶ。

 

「うぉりゃあああああ!」

 

 衝突は一瞬、黒の巨体は駆けた勢いなどなかったかのように吹き飛ばされる。

 

 鎧のレギオンは何メートルも飛び、何度も跳ね、数秒の間道路を滑り転がっていく。

 

 耕太郎が顔を伏せ荒く呼吸を重ねる中、沈黙が流れる。

 

「……ッ」

 

 それを破ったのは耕太郎が息を呑む音、その理由は鎧のレギオンが動き出した音。

 

 彼が顔を上げた先で鎧のレギオンはゆっくりと弱弱しく、けれど確かに立ち上がろうとしている。

 

 失敗したかと歯を食いしばりかけた彼の目が、鎧のレギオンの胸元で止まった。

 

 そこは必殺の飛び蹴りが突き刺さった場所、鎧は無残に砕け散り、中身が露わとなっている。そこは空洞、中には罅割れた、金と灰の魔力に染められた核が拍動を重ねていた。

 

 そして金と灰の魔力が一際輝いた瞬間、核は爆発するかのように崩壊する。

 

 核を失った鎧のレギオンは、おもむろに斬馬刀を高く天に掲げた。そしてその姿勢のまま後ろに倒れ、地面に触れた途端大きく爆散する。

 

 同時に拡散するレムナントの輝きを見て、ようやく耕太郎の肩から緊張が抜ける。

 

「……紛らわしい。散る時だけ武士っぽいのかよ」

 

 文句を言い捨てたその時、耕太郎の身体がふらりと揺れた。

 

「あ、ヤバい」

 

 本人も忘れていたが、耕太郎は変身を一度強制解除されるほどのダメージを受けている。

 

 敵を倒して安心したのか、単純に限界を迎えたのか。またしても強制的に変身は解除され、力を失った身体はその場に崩れ落ちようとする。

 

 その身体が、不意に浮かび上がる。

 

「って、うわ、浮いてる。これ、ガイアの」

「結界が解ける前に移動するから、静かにしてて」

「……魔法だよ、ねー?」

「小声にしてじゃなくて、舌を噛むから口を閉じてって意味よ」

 

 黙ってこくこくと素直に頷く耕太郎を一瞥した後、クリアガイアは彼を連れ近くのビルの屋上まで飛行した。

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