ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

46 / 72
第二十話「答え合わせ その一」

 ビルの屋上から見る世界は、薄っすらと金色に染まっている。

 

 正しくは、俺の視界にずっと金の魔力がちらついている。それも当然、ガイアが作った結界みたいなものに今俺は包まれているからだ。回復系のものらしい。

 

 肩ほどぐらい背の高い手すりに体重を預けながら、ぼんやりと通信中のガイアを見る。

 

「ええ、あのレギオンは撃破出来たわ。それより遅くなってしまったから、貴方たちはもう家に帰りなさい。私? 私はグレイを回復させてから、いいえ、大丈夫よ。彼も怪我はしてない。魔力と体力を回復させているだけだから、私の魔法だけでも間に合うわ。オーシャンは早く帰って、この後のためにも少し休んで」

 

 耳に入る内容的に、どうやら二人ともちゃんと無事、俺と違いこのまま帰っても問題ないみたいだ。何よりである。

 

 密かに抱いていた心配を降ろし、こちらに歩み寄ってきたガイアに質問を投げる。

 

「ねぇガイアー、まだ帰っちゃ駄目?」

「あと五分は大人しくしてなさい。それだけあればそのぼろぼろの服も、尽きかけの魔力も変身して帰られるくらいには回復するはずよ」

「はーい」

 

 見下ろしたコートは未だにあちこちほつれ、汚れに塗れている。確かにこの格好で帰ったら事件性を疑われる。それにそもそも帰れない、生身じゃビルからも降りれない。

 

 納得して力ない返事を返すと、ガイアも俺の隣で手すりに軽くもたれかかった。大体二人分の距離、真面目な話をするにはちょうどいい感じ。ちょうどいい距離とは。

 

 緊張で若干混乱しつつあることを自覚しながら、お隣のガイアさんへ問いかける。

 

「……あー、それでその、ガイア、ガイアさん。お話を伺いたいことが」

「何?」

「俺のこと、どこまで知ってるの?」

 

 ガイアは少し瞳を伏せたかと思えば、すぐに答えた。

 

「貴方は時枝耕太郎、狭間中学二年の十四歳。母と妹の三人暮らしで、それから」

「あ、はい。十分です」

「……どうして、急に敬語なのかしら?」

「いやだって、弱み握られてる側だし」

 

 一度しか言われてないからほぼうろ覚えだけれど、俺の正体が誰かにバレると不味いとか。協会的なところに連れて行かれて、楽しい人体実験の対象になるとか。

 

 ガイアが俺をそんな目に遭わすとは思えない。その上で心配になるのが人情だ。

 

「安心してなんて、どの口が言うのかしらとは自分でも思うわ。それでも、このことは誰にも言わないから」

「なんだっけ、あれにも、魔法少女の協会にも?」

「……協会、ね。やっぱり貴方は何も」

 

 なんだか意味ありげに呟いた後、ガイアは俺に向き直り宣言する。

 

「その協会にしろあの子たちにしろ、貴方のことは絶対誰にも言わないわ。約束する」

 

 正面から、目と目を合わせての約束だ。強い意志を感じる。だから俺も緊張が解けた。

 

「じゃあいいか」

「簡単に信用し過ぎじゃないかしら」

「だってこうなったら信じるか疑うしかないし、ならガイアのこと信じたいし」

 

 それにガイアの真面目なところも優しいところも、俺は既によく知っている。そんな人がわざわざ約束まで持ち出したのだから、これはもう信用一択だろう。

 

 俺に関する話はそれでまとめて、続いて教えてもらえたらいいなと思って聞いてみる。

 

「ところで、ガイアさん達の御名前とかは」

「……それも言わない」

「あー、うん。まだそこまでの信用は」

「そうじゃない。貴方みたいな底抜けのお人よし、今更疑ってなんていないわ。でもこれは、私と貴方だけの問題じゃないから」

 

 ガイアはシャインのお姉さんで、そのシャインはオーシャンの大親友。だから一人分かれば芋づる式に全員の正体が判明してしまう。ガイアの言う通り、俺達二人だけの問題じゃない。

 

 理解して、追及も掘り下げも難しいと考えた。だからこの方面は諦めて、今度は後ろを向いて街を見下ろす。

 

 結構な高さから、十階建てくらいのビルの屋上から見る街はミニチュアのようだ。人は小さく、店や車も手で摘まめそう。街を彩る色とりどりの輝きも今は豆電球みたい。

 

「ここから見るとイルミネーションも小さいなー」

「……話題の切り替えが急ね。雑談したいの?」

「治してもらってなんだけど暇なんだよ。黙ってると寝そうだし」

 

 ガイアが用意してくれた魔法は痛んだ服を直し、俺の体力を回復してくれている。その代償、代償というか効果の一環として、凄い身体がぽかぽかする。効能はこたつ顔負け、疲れもあって滅茶苦茶眠くなる。

 

 そんな我儘を聞いたガイアは振り返り、俺と同じく手すりに手を乗せて街を見る。それから催促するようにこちらを見た。話に付き合ってくれるらしい。

 

 喜び勇んだ俺は、早速ずっと気になっていたことを口にした。

 

「今日のあのレギオンってさ、結局なんだったと思う?」

「あくまで私の予想に過ぎないけれどあれは来月、お正月に現れるはずだった厄災の日のレギオンだと思うわ」

 

 サンタレギオンの特性は『収集』、周囲のレムナントを集め己の力に変えるもの。ガイアの考えによるとこの能力で来月のレギオンの卵、一月分の厄災の元を吸収してしまった可能性があるらしい。

 

 身体の一部となっていた卵は、本体であるサンタレギオンが撃破されたことで活性化。周りに拡散していたレムナントを利用することで、急速に実体化したと思われるそうだ。

 

 なんとなく理屈は分からないでもない。だけどもなんで鎧武者。

 

 そんな質問にも心当たりがあったようで、クリアガイアはすぐに答えてくれた。

 

「江戸時代まで主に武家で開かれていた、具足祝いと呼ばれる鏡開きの前身のようなものがあるのよ。……もっとも、そう考えるとあのレギオンが刀や槍を使うのはおかしいのだけれど」

「へー、なんで?」

「刃物は切る、切腹という忌み語に繋がりかねないから、当時はお餅を割る時使用を禁じられていたの。だから、槌や何かでお餅を壊していたらしいわ」

「つまり縁起が悪いからか。なら逆に、そういう不吉系だからレギオンは刃物使ったんじゃない?」

「……なるほど。そういう見方もあるかもしれないわ」

 

 そういう訳であのレギオンの名前はグソクレギオン、倒した後の命名となった。二度と呼ぶことはないだろう。

 

 これで今日気になったことその一は解決。続いてその二に移る。

 

「それでガイアってさ、どうやって俺の正体知ったの?」

「質問ばかりね」

「気になること一杯あるから、時間もあるし」

 

 聞いてはみたけれど、はたして教えてくれるだろうか。

 

 そんな不安は無用だった。ガイアは魔法陣からいつもの錫杖を取り出すと、すぐさま丁寧に説明を始める。

 

「不測の事態に備えて、私は私の分も含めてこのクリアシフター、変身するためのアイテムの動きを常に監視しているの。放って置くと、シャインが悪戯に使うかもしれないし」

「これクリアシフターって言うんだ。初めて聞いた」

「……不評で、あまり浸透してないから」

 

 主にシャインが使おうとしないから、釣られてオーシャンも口にしないとか。本人はクリアギアとかクリアドライバーがいいらしい。時間帯が違う奴だ。

 

 とにかくこの変身アイテム、クリアシフターのことを四六時中監視しているガイアの感覚が、ある時ありえないものを捉えた。

 

「あの日、十月八日の夜。私は突然、私たち以外の反応を見つけた」

 

 十月八日は俺が目覚めた日、らびらびに勧誘された日だ。忘れる筈も無い。

 

「通信魔法の応用で、私はクリアシフターを通じて辺りの様子を確認することが出来るわ。あの日は厄災の日とはいえ、レギオンが何体も発生する異常事態だった。だからそれに原因があると思って、そのクリアシフターらしきものを確認しようとして」

 

 そこで言葉を一度区切り、ガイアは俺をじっと見つめる。

 

「そして、貴方を見つけた」

「……あー、それで。あのなんか、時計持ってる時の見られてる感って」

「私よ」

 

 それなら正体がバレてるのも当然だ。

 

 魔法少女が皆持っている隠蔽機能は凄まじい。顔や声が似てるとか、魔法少女っぽい話を漏らすとか、その程度の手がかりでは絶対にバレない。なんでもそういう発想、もしかしたらこの子魔法少女かも、みたいな考え自体を阻害しているそうだ。

 

 魔法少女に憲法、人権は関係ないらしい。怖。

 

 もっともこの隠蔽機能も、変身した瞬間を見られなければ、という但し書きが付く。そして俺はばっちり、最初から最後まで見られていた。

 

 なんでガイアがショッピングモールでの話を知っていたのか。この疑問もついでに解決した。あの時はずっと懐中時計を握りっぱなしだったから、ガイアが監視していたのなら一緒に聞いていてもおかしくない。

 

 ただ一つだけ、まだ分からないことがあった。

 

「そんなんで俺のことラスボス、じゃなくてヒューマンレギオンだって思ったの?」

「……全て話すと複雑で、申し訳ないけれど貴方にとってとても不愉快な話になるわ。クリスマスが台無しになるから、これはまたの機会にしましょう」

「そう言われると納得するしかない」

 

 クリスマスを持ち出されると弱い。嫌な話を聞いて不機嫌なまま帰って、七海ちゃんの楽しみをぶち壊す訳にはいかない。

 

 それにこれは既に解決した話だ。今はもう誰も、ガイアも俺を敵とは思っていない。

 

「ところでガイアの名前ってなに?」

「私はあ……あの、貴方ね」

「おー、釣られた。ガイアって意外と素直なところあるよね」

 

 それはそれとして疑われたこと、覗き見されていたことのお返しはさせてもらおう。

 

 揶揄い交じりの引っ掛けにまんまと釣られたガイアは、不満げに俺を睨んでいた。

 

 これまで実は少し怖かったそれも、今となってはただ面白いだけ。我慢出来ずにちょっと笑いながら、雑談を続けようと試みる。

 

「ねえガイア、他にも聞きたいことあるんだけど」

「……もう釣られないから」

「ごめんごめん。それじゃなくて、聞きたいことというよりか、相談したいことがあって」

「言ってみて」

 

 イラっとしていたのに、相談と聞けばすぐに耳を傾けてくれる辺り本当に親切だ。

 

 分かりにくいけれど、改めていい人だなーと実感する。その安心感のまま、抱えていた悩みを吐露してみる。

 

「実は俺今友達と喧嘩中、いや気まずい感じ? になってて、その相談を」

「……………………………………………………………………………………」

 

 すっごい沈黙。

 

「それはその女が悪いわ」

「え、まだ何も言ってないけど」

「聞かなくても分かる。絶対、全面的に、必ずそいつが悪いから。貴方に責任はないわ」

 

 そして凄い断言。言葉の圧が強い。目の前にいたらぶん殴りそうなくらい。

 

 ここに朝地いなくてよかったなぁ、なんて安心しつつ、フォローも兼ねて状況を説明してみる。

 

「実際本人はそう思ってるみたいでさ、俺はまったく気にしてないんだけど、自分で自分を許してないというか」

「貴方は本当に、本当にどうしようもないほど、甘い人だもの。……貴方がそんな簡単に許してくれるから、そいつも自分の愚かさをもっと許せなくなるのよ」

「うーん、難しい。こういう時、何か俺から出来ることとかないかな?」

「それなら」

 

 言葉を一度止めてから、ガイアは絞り出すように続けた。

 

「……それなら、話を聞いてあげて」

「話?」

「ええ。きっとその女も、もう遅すぎるけれど、きっと明日勇気を出すと思うから」

 

 ガイアが重い口ぶりで告げたその時、俺の周りに展開されていた結界、回復の魔法が光に還った。かけてもらった時の説明によると、これで治療完了らしい。

 

 実際確認してみるとコートは新品同様綺麗になって、身体にも力が戻っている。この感じ多分、変身も問題なく出来る。

 

「治療はもう十分ね。早く帰って、貴方の妹を安心させてあげて」

「了解っす。今日は色々助かった、ありがとう」

「こちらこそ」

 

 お礼を言い合ってから、ガイアはふわりと浮かび上がった。飛行魔法だ。未だ全然なオーシャンとシャインと違って、完璧なものに見える。

 

 ほんのり、いや正直もの凄く羨ましく思いながら、上空のガイアに向けて手を振る。

 

「じゃあまたね、ガイア」

「ええ、また明日」

 

 明日? なんて首を傾げている内に、ガイアはもう飛び去っていた。

 

 

 

 変身して街を駆け回りこっそり窓から帰宅したのが数分前。どこかに隠れてたのか、らびらびがいきなり大慌てで降って来たのが数十秒前。まもなく六時になる。

 

 勉強のため部屋に籠る、なんて名目を葵さん達には伝えていたものの、どうも限界が近かったらしい。

 

 懐中時計を返してから一息ついて早々、ノックの音が室内に響いた。

 

「兄さん、入っても大丈夫?」

「いいよー」

 

 らびらびが立ち去るのを待ってから返事をした。今日はあいつ、いつもより帰り際振り返るやたら回数多かったな。

 

 ゆっくり扉を開け、そこからひっそり顔を覗かせる七海ちゃんを見て、らびらびのことはひとまず頭から投げ捨てることにした。あれは心配してくれるんだろうけれど、一センチに一回という驚異的な頻度はさすがに鬱陶しい。

 

「勉強はもう終わった?」

「うん、一区切りつけた。途中で冷静になって、なんでわざわざクリスマスに勉強してるんだって思うと、集中力が消滅しちゃって」

「あ、あはは」

 

 苦笑いの七海ちゃんを前に一つ思う。今までは出撃する時なあなあでやり過ごしてきたけれど、いい加減何か方法を考えないと。

 

 ガイアに正体がバレていたことも含めて、次らびらびが来た時にでも相談しよう。

 

「それで、どうしたの?」

「……ううん、なんでもないの。なんだか、兄さんの顔が見たくなって」

 

 七海ちゃんがやたら可愛げのあることを、しかも普段なら真っ赤になりそうなことを今は真顔で言う。

 

 おかげでこっちがちょっと、いや結構照れる。

 

 更にさっきまで命懸けの場面にいたからか、日常の象徴たる七海ちゃんを見ると妙に心が温かくなる。今日の戦いはこの子を、こういう人を守るためだったんだな、なんて誇らしくなる。

 

 戦いの後は気持ちが高揚する、なんてことを今初めて実感したかもしれない。

 

 そんな冷静さを保っていたのは頭の一部だけ。身体は衝動のまま動いて、目の前の七海ちゃんを抱き締めていた。

 

「わ、え、に、にに、兄さん!? ど、どうしたの!?」

「んー? じゃあ、あれ、昼のお返し」

 

 取ってつけたような言い訳を返す。

 

 かつての田中の兄ちゃんと鈴木の姉ちゃんの気持ちも、毎度してもらっていたスキンシップの意味も、今初めて分かったかもしれない。

 

 自分を慕ってくれる年下の子。二人が言っていた通り、確かに可愛がりたくなる。ふとした拍子に頭を撫でたり、こうして抱きしめたくもなる。

 

 少しの間手をばたばたと慌てさせていた七海ちゃんも、やがて諦めたのか俺の背中に手を回した。

 

「もうっ。こういうの、あんまり人にやっちゃ駄目なんだよ?」

「七海ちゃんだってやってたじゃん。人にやられて嫌なことはやっちゃ駄目なんだよ?」

「……嫌とは、言ってないもん」

 

 抗議でもするように、拗ねたようにぐりぐりと、七海ちゃんはおでこで俺の肩を擦った。それでも手は背中に回ったままだった。

 

 自分以外の温もりと拍動、命を感じる。ここ一年近くすっかりご無沙汰で、最近はよく覚えるもの。心が安らぐのを実感しながら、ふと疑問に思った。

 

 クリスマスに職場から呼び出しがあったら、葵さんはハグでお仕置きするとかなんとか言っていた。でもこれ、お仕置きになるのか?

 

 そんなことを七海ちゃんに聞いてみると、耳元で柔らかな笑い声が響く。

 

「ふふふっ。これじゃ、お仕置きにならないよ」

「だよね。じゃあ、こんな感じならどう?」

「わっ」

 

 七海ちゃんを抱えたまま少し持ち上げて、その場でゆるりと回る。 

 

「どう、怖かった?」

「全然。むしろ、ちょっと楽しかった」

「うんうん。愛情が溢れてるから、それじゃお仕置きにならないよね」

 

 返事が一つ多かった。

 

 七海ちゃんと一緒に振り返れば、そこには扉から顔を覗かせる葵さんがいた。さっきの七海ちゃんと同じような姿勢、羨ましそうな瞳をしているのが大きく違う。

 

「二人だけでイチャイチャしてずるい、お母さんも混ぜて!」

 

 いつかのように、いつものように葵さんが俺達をまるごと抱き寄せて、七海ちゃんも合わせてきゃっきゃっとはしゃぎ合う。

 

 そんな感じにずっとじゃれ合って、クリスマスイブの夜は楽しく更けていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。