ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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おまけなのでヤマもオチも意味もありません。


おまけ「淑女同盟の経緯」

 十二月某日の放課後、狭間中学校二年二組の女子生徒が教室に集合していた。

 

 担任、どこか遠い目をしている新田も教室の隅に立っている。

 

 学期末、それも年末の忙しい時期にどうしてもと頼まれ、このような馬鹿話に巻き込まれたその佇まいには、とても哀愁が満ちていた。

 

 教師のそんな物悲しい雰囲気などいざ知らず、思い思い言葉を交わす生徒達は活気に溢れている。

 

「委員長、大事な話があるって言ってたけどなんだろうねー」

「彼氏出来たからその報告とか?」

「えー、それはないっしょー。だってあの委員長だよ?」

 

 彼女達が好き勝手話すように、この集まりはクラス委員の袴田が声をかけたものだ。

 

 なお、余談だが袴田は別にどこかの委員長でもない。生真面目風の見た目と響きの良さから、いつの間にかあだ名として定着していただけだ。

 

 その時、がらりと教室の扉が開かれた。胸を張り意気揚々と入室したのは噂の偽委員長、袴田である。

 

 彼女は堂々と、大げさ過ぎてどこか滑稽な歩きで教壇まで向かう。それから教室に集まるクラスメイトの顔を見回し、にんまりとご機嫌な笑みを浮かべた。

 

「やあやあ諸君、今日は忙しいところ集まってくれてありがとう」

「よっ委員長!」

「ひゅーひゅー!」

 

 なんのノリだこれ。

 

 教室の隅で新田は思った。彼女は既に二十六歳。社会的には未だ年若い身であっても、もう女子中学生特有のハイテンションには一切ついてはいけない年齢である。

 

 その現実にまた彼女の目が遠くなる中、教壇に立つ袴田が盛大に咳ばらいをする。

 

 訓練でもしていたかのように、一瞬で歓声が止まる。授業中もこうだったらいいのにな、と新田は思った。

 

「それで、今日集まってもらったのはほかでもない。時枝くんについてだ」

 

 しかし、次の瞬間には再びざわめき始めた。

 

 それもそのはず、出された名前に誰もが反応せざるを得なかったからだ。

 

 十月に突然現れた期待の新星、格好の獲物、もといとても貴重な男子のクラスメイト。

 

 ギラギラとした眼差しが集まったことに気を良くした袴田は、それぞれに視線を返しながらはきはきとした口調で語りかける。

 

「みんなも知っている通り、クリスマスが近づいたことで時枝くんに言い寄る女どもがますます増えて来た。そのせいでどうも、時枝くんも疲れてしまっているらしい」

 

 周りに気を使い耕太郎も取り繕ってはいるものの、こうして何人かのクラスメイトにはもう察せられていた。

 

 直接聞いた前野貴子と朝地桜、勘のいい生徒、もしくは訴えられたら負けるほど常に彼を見ている者達。袴田もその一人である。

 

 心配の色を滲ませて語る彼女に向けられる級友の視線は意外、でもなく当然滅茶苦茶に冷たかった。

 

「委員長がそれ言うの?」

「ね、いの一番で突撃してたくせに」

「ええい、うるさい! ファーストペンギンを馬鹿にするな!」

「そうでござる。一番槍は武士の誉れでござる」

「うちは代々八百屋だよ!」

「そんな、委員長ってイキったあげく無残に負ける女武者みたいな顔してるのに」

「前半の罵倒いる!?」

 

 どのようなものであれ、少女達の雑談はしばしば横道に逸れがちである。それはこの歪んだ世界であっても変わらない。

 

 この状況を想定して招かれていた新田は、完全にやる気のない声を出した。

 

「脱線してるぞー、話戻せ―」

 

 それは適当極まりない、ほぼガヤのような指摘だったが、ずれた空気を戻すのには十分だった。

 

「こほん。そしてそもそもの問題を、既に皆も知ってるとは思うがここで一つ、朝地さんに説明をしてもらいたいと思う」

 

 わざとらしい咳で空気を切り替えた袴田が、どうしてもと言われて参加した人その二、朝地桜に声をかける。

 

 呼ばれた彼女はなんとも言えない表情のまま、極めて平べったい返事を返す。

 

「……皆知っているなら、わざわざ私じゃなくてもいいんじゃないかしら」

「説得力が違うから。ほら、お熱な私たちと違って、朝地さんはクールだし」

「クール、ね。私のは、ただ暗いだけよ」

 

 ほう、と小さな溜息と共に桜は自嘲した。

 

 長いまつげの向こう側、伏せた瞳は深い憂いを帯びており、年齢不相応な色気を感じさせる。

 

 それはたとえ同性であっても、多感な中学生の脳髄に深刻なダメージを与える代物だった。

 

 おかげで目覚めてはいけない扉に手をかけかけた隣の女子は、己を誤魔化すために空気をかき乱そうとする。

 

「う、うっわー、顔がいいってずるいよねー。わ、私があれやったらどう思う?」

「笑い死ぬからやめてね」

「じゃあその前にここで殺してやるよ!」

 

 ごわぁ、などという豪快な音と共に始まった争いを尻目に、桜は平然と言葉を続けた。

 

 人付き合いが苦手な彼女であっても、クラスメイトとの関わりはそれなりにある。よってこのアホみたいな空気にも相応に慣れていた。

 

「最近皆にも聞いて回っているから知ってるとは思うけれど、時枝は妹にクリスマスプレゼントで何を贈るか悩んでいるわ。こういうのは初めてだからよく分からない、なんてことも」

「そう、初めて。初めてだよ初めて! ここ大事なところだからな!」

「委員長声でか。もうちょい抑えなよ。朝地さんびっくりしてるじゃん」

 

 そして当然、クラスメイトも桜のことをそこそこ知っていた。

 

 無表情不愛想に見えて不器用な親切さと結構な隙を合わせ持つ彼女は、周囲に恐れられながらもなんだかんだで割と慕われている。

 

 あまりそのことに自覚のない桜は、何事もなかったかのように体勢を整えた。

 

「朝地さん、時枝くんと妹さんは仲いいの!?」

「え、ええ。まあ、いいんじゃないかしら。家でもよく二人で遊んだり、一緒に買い物に行ったりしているそうだし」

「……なんか、想像以上に詳しくない?」

「私の妹と時枝の妹が友達だから。妹を通じてそういう話を聞くだけ」

 

 そして意外と桜は保身が上手かった。魔法の防壁よりもよほど得意であった。

 

 よって袴田はそうなんだー、とあっさり納得し、続いて話題を本題へと移す。

 

「ここで大事なのは、時枝くんは妹さんにクリスマスプレゼントを用意していること。つまり、クリスマスを家族と過ごそうとしているということ」

「うんうん。それで?」

「要するに私たちにとって最大の壁は、時枝くんがとても可愛がっているという妹さん。そして話を聞く限り、今回がその子と過ごす初めてのクリスマスということ」

 

 袴田はそこで一度言葉を区切り、教卓を両手で思い切り叩く。衝撃で中のプリントと、ついでに何人かの女子の、桜も含む、肩がびくりと跳ねた。

 

「すわなち、私たちの勝機はゼロということ……!」

 

 正気もゼロでは?

 

 隅で窓から空を眺めていた新田は思った。教師だから口にはしなかった。

 

「だからこそ、ここで私は守護の姿勢を提案したいと思います」

 

 守護。

 

 突然現れた物々しい言葉に生徒達は首を傾げる。

 

「今年のクリスマスは潔く諦めて、他の奴らの魔の手から私たちで時枝くんを守った方がいいと思う。時枝くんは煩わしいのが消えてハッピー、私たちは時枝くんに感謝されて超ハッピー。一挙両得でしょ?」

「なるほど。ここは好感度稼ぎに賭けて、次への布石にするべきだと」

「うむ。まずは隗より始めよ」

「あっ、委員長がまたアホのくせに故事成語でインテリぶる女武者みたいなこと言ってる」

「前半の罵倒いる?」

 

 余談だが袴田の成績は悪い。彼女は見た目に中身が追い付いてこない、やる気はもっとついてこない少女だった。

 

 さて、今回の会議には体調不良の生徒を除く、二年二組全員が参加している。

 

 そのため当然前野も参加している訳だが、下手なことを言って槍玉に挙げられたくない彼女はここまでだんまりを決め込んでいた。

 

 しかし空気になってやり過ごそうとしていた彼女に、突如剛速球が投げられる。

 

「前野はどう思う?」

「え、私? なんで?」

「剛腹だが、はらわたが煮えたぎる想いだが、今このクラスで、一番時枝くんと仲いいのは貴様だ。チッ!」

「聞いといて勝手にキレ過ぎでしょ。うちのクラスヤバいな……」

 

 呆れに満ちた苦笑いをしてから前野は一瞬考えこむ。

 

 クラスメイトにも内緒にしているボウリングへ行った時のこと、あの日耕太郎が相談していた内容を思い出し、彼女は深く頷いた。

 

「確かに、そうだね。時枝くん今告白されても困っちゃうだけって言ってたし、そういうの減ったら喜んでくれると思うよ」

「そっかそっか。じゃあ前野、あとで罰ゲームだからな」

「なんで!?」

「理解者面がむかつく。この後ファミレス、レインボードリンクバーの刑」

 

 鼻高々の苦笑が癪に障ったと、その後ファミレスで詰られたという。

 

 この後の打ち上げについてはともかく、前野の意見を聞いて一部納得していなかった生徒も、今回の提案を呑むことにした。

 

 全会一致、クラスメイトの団結を前にして、袴田は結論を告げる。

 

「抜け駆けはなし。今回は全員で時枝くんを守って、皆で好感度を上げる作戦」

「他と比べて二年二組の女子は安全だ、いい子たちだーって思ってもらおう。名付けて、そう、淑女同盟作戦!」

「そうしたらこの先きっと、ぐふ、ふふ、ぐふふふふふふふっ」

 

 淑女の姿か、これが……?

 

 醜い笑い声をあげる教え子を前にして新田は思った。それでも何も言わなかった。およそ五か月前からその手のツッコミは諦めていた。

 

 とにかく袴田からの提案が終わったことで、教室では思い思い、適当な雑談が流れ始める。

 

 内容は、流れを汲んで耕太郎に関するものが多かった。

 

「結局時枝くんってどういう子がタイプなんだろうね?」

「聞いた子に聞いたら、まだよく分からないって言われたらしいよ」

「それなら、私たちで考えだすしかないね!」

 

 何がそれならなのかは恐らく誰にも、言った本人にも分からない。

 

 ノリと勢いのまま始まった推理の足掛かりとして、彼女達は耕太郎の嗜好、現状誰の好感度が一番高いのかを考え始めた。

 

「一番仲いいのは、やっぱり前野ちゃん?」

「実は朝地さん説もあると思う」

「あー確かに。貴子ほどじゃないけど、意外と話してるところ見るよね」

「ふんふん、じゃあ前野ちゃんと朝地さん、共通するところは」

 

 その少女達は椅子に座った桜を、彼女の机に顔を乗せ、友人を見上げながら朗らかに会話を交わす前野をじっと眺める。

 

 そしてお互いに目を配せ合うと、納得と共に頷いた。

 

「やっぱり顔か……」

 

 元も子もなかった。

 

 神秘的で常に冷たい雰囲気の、とても近寄り難い美人系の朝地桜。反対にいつも明るく朗らかな空気を纏う、親しみやすい可愛い系の前野貴子。

 

 系統こそ違えど、確かに面食いと言われても仕方ない面子だった。

 

 耕太郎にいわれの少しある風評が加えられそうになったその時、待ったの声がかかる。

 

「いや、ここであえての身体説は?」

「……」

「おいこら! 黙って聞いてれば、時枝くんと私たちに喧嘩売ってる!?」

 

 教室内で堂々と話していれば、言われた側の耳にも当然全て入る。

 

 果てしなく微妙な表情を浮かべ始めた桜を庇うよう前に出て、前野は両手を挙げて怒りの声をあげた。

 

 その身長を見て、憐れむように胸元を眺めて、足腰を見つめて、もう一度彼女達は深く頷いた。

 

「でも前野だしなぁ」

「じゃあ顔はともかく、やっぱ身体はないか……」

「なんだとこら! 全員揃って表出ろー!」

 

 前野の怒声をきっかけに、ぎゃあぎゃあと喚きながら少女達は教室を後にした。この後は前述通りファミレスへ移動、第二ラウンドとなる。

 

 その後を追い損ねた、行くかどうか迷っていた桜はなんとなく教室の中を見回し、妙に黄昏ている担任の新田と目が合ってしまった。

 

 気まずい空気が流れる中、沈黙に耐えかねた桜は新田に挨拶を告げる。

 

「先生、えっと、今日は、お疲れ様でした」

「……お前はいい子だな、朝地。通知表にその辺書いておくからな」

「それは、その、すみません、あまり嬉しくはありません」

「いや、考えてみたら、考えなくても当たり前だ。すまん。どうも錯乱してるみたいだ」

 

 額に手を当て、深いため息を吐く担任の姿を見て、桜は内心思った。

 

 将来、教師になるのだけはやめようと。




これで二章は終了です。
一章の時と同じく三章は続きが書けたら投稿します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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