ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第1話「年末年始でも帰省しない理由」

 クリスマスが過ぎればすぐに年末、大晦日。そしてその翌朝にはお正月となる。

 

 病院で暮らしていた時はまったく気にしていなかったけれど、この時期はとんでもないスピード感だ。

 

 全然ついていけていない俺とは違い、仕事終わりの葵さんに連れられ訪れた夕方のショッピングモールはさすがの貫禄だった。

 

 ここ数週間広場に何人もいた赤い服のサンタクロースが国に帰ったと思ったら、今度は赤い正月飾りが辺りを席巻している。緑の竹やら白い餅やら、めでたい和に満ちている。

 

 あっという間に模様替えを済ませていた内装を前にして、俺はただただ心から感心するだけだった。

 

「でっかい鏡餅だ。あれって食べられるのかな」

「プラスチックの作り物だと思うよ。あんな大きいお餅つけないもん」

 

 至極冷静な指摘をする七海ちゃんのおさげが揺れる。同時に、深い青色のシュシュも微かに動いた。

 

 一緒に作った贈り物を早速身に付けてもらって嬉しさ半分、贈っておいてなんとなく気恥ずかしさ半分。そこから目を逸らすように、俺は馬鹿げた相槌を続けた。

 

「それもそっか、残念。それでやっぱり、具足はどこにもないよね」

「……ぐそく? どうして鎧をお正月に飾るの?」

「だいぶ昔に具足祝いって行事があったらしくて」

 

 ついこの間友達に、ガイアから聞きかじった知識を七海ちゃんへ横流しする。

 

 ふんふんと熱心に頷く七海ちゃんは感心、というよりも何故か納得したような雰囲気だった。俺と同じく、ここ最近どこかで具足に遭遇したのかもしれない。

 

 いやどこでだよと内心自分で自分にツッコみつつ、横を歩く七海ちゃんに確認する。

 

「それで七海ちゃん、あとは何だっけ?」

「えっと、お母さんの用事は終わって、足りない掃除用品も買ったから。あとはご飯だけ」

「正月分まで買うんだよね」

「うん。お正月のスーパーはすっごく混むから、なるべく買い溜めしておきたいの」

 

 年末が近い今もショッピングモールは結構な人、近所のスーパーもこんな感じだった。けれどいざ年を超えて数日間はもっと大変なことになるという。レジが三十分待ちになるとか。

 

 恐ろしい光景を想像しながら歩く内、ショッピングモール一階にある付属のスーパーに到着した。

 

 ここも他のテナントや通路、広場同様、あちこちが正月感に満ちている。主に門松や鏡餅、ついでに日の丸がどこを見ても目に映る。今の時期はどこもかしこも緑と白と赤ばかりだ。

 

「売ってるもの正月仕様ばっかだ。ちくわにタケノコ、かまぼこに豆にこの、なんかよく分からないもの。これって全部おせちに入ってるやつ?」

「そうだよ。煮物にしたり、和えたりして作るんだって」

 

 こういう風に、と七海ちゃんが指差す先にお店が用意したポップが飾られている。赤や白で彩られたやたらとめでたそうなそこには、食材に対応するおせち料理が紹介されていた。しかも記載のQRコードを読み取ればレシピまで教えてくれるらしい。

 

 フォローが丁寧、商売上手だ。

 

 そんな感心と同時に、自然と口から言葉が漏れた。

 

「おせち、おせちかぁ」

「もしかして兄さん、おせち食べたい?」

 

 なんでも食べてみたいと言う俺の幼稚な精神性は、残念ながらもうとっくに七海ちゃんにも見抜かれている。またそれかと気を遣ってくれた七海ちゃんは今日も優しい。

 

 だけども、今回は正直そうでもなかった。あまりおせちには惹かれない。

 

「うーん、悩みどころ。おせちは結構食べたことあるから」

「え、そうなの?」

「大体野菜だし和食だし、多分身体にいいからじゃない? 病院でも普通に出て来て、俺でも少し食べられたよ」

 

 何かの煮物、あとは昆布巻きとか数の子とか、そういう類のものは食べたことがある。

 

 当時の俺の舌、および身体のあちこちが駄目だったのもあるかもしれない。でも全然口に合わなかった。作ってくれた人には悪いけれど、はっきり言うと恐ろしく不味かった。

 

 だから食べたいどころか食べたくない。もし七海ちゃんに出されたとして、はたして俺は美味しく、それ以前にちゃんと食べ切れるのだろうか。不安だ。

 

 その気持ちは隠しつつ、戦々恐々としながら探りを入れてみる。

 

「時枝家っておせちは作らないの?」

「えっとね、挑戦してみようかなって思ったことはあるんだけど」

「残念ながら、私がおせちNGです」

 

 これまで後ろから俺達をにこにこと見守っていた葵さんが、突然神妙な声で割り込んで来た。

 

 しかもその顔は珍しくとても渋い。本気で嫌がっている。

 

 見慣れないものを前に俺と七海ちゃんはお互い顔を見合わせ、相談するまでもなく同時にフォローへ走った。

 

「あー、おせちも人選ぶって聞いたことある。普段食べないもの多いらしいし」

「うん。実は私も、あんまり好きじゃなくて」

「……味はね、そこまで嫌いじゃないんだよ。ただ、村のことを思い出しちゃうから」

 

 村。

 

 聞き慣れない言葉が耳に入り、またしても俺達は目配せし合う。ただし、今回は二人して何も言えなかった。

 

 村とはいったい。

 

 口にしないまま二人で考えても答えは出ない。

 

 去年の十月まで俺が暮らしていたのは神野記念病院。毎年神野家が多額の寄付をしているおかげか狭間市で、それどころかこの地域で最も施設の整った病院だ。

 

 最先端医療の研究もしているあの病院で育った俺は、ある意味では究極のシティボーイである。よって村なんて行ったことも、見たことすらない。

 

 困惑する俺達を気まずげに眺めた後、葵さんは迷いを感じさせる小さな声で呟いた。

 

「こうくんも元気になったし、ななちゃんも今年で中学生だし、そろそろ教えなきゃいけないよね」

 

 なにやら、とてつもないことを打ち明けられそうな気がする。

 

 おせちとは比べ物にならないほどの戦々恐々感に包まれながら、俺達はその後買い物を続けた。食欲が薄れて余計なものを買わずに済んだのは、はたしていいことだったのか。

 

 そして緊張感を保ったまま家に帰り、皆でお茶を淹れて少ししてから、

 

「実は私こと時枝葵は、かの因習村出身だったのです!」

 

 何かしらの擬音が出そうなほど堂々とした姿勢で、葵さんは衝撃の事実を暴露した。

 

 けれど、それに驚いたのは俺だけだった。七海ちゃんは大きく、身体ごと首を傾げる。ホラー系が苦手だからか因習村という単語を知らないらしく、どうにもいまいちぴんと来てないようだ。

 

「いんしゅー村?」

「あー、凄く古い慣習、昔からのルールが残った村のことで、なんて言えばいいんだろ。こう、ホラー映画の舞台になりそうな怖めの村、で伝わる?」

「……お母さん、ホラー出身だったの!?」

「こらこら。まるでお母さんがお化けみたいな驚き方はやめなさい」

 

 いつでも明るく優しい、そして美人な葵さん。もしホラーに出るとしたら、途中で発狂死するタイプの被害者だろうな。

 

 我ながら酷い想像だった。けれども葵さんが話す村の風習は深掘りしてしまうと、恐らくツメの甘い空想よりもよほど恐ろしいものだった。

 

「あそこは良く言えば村全体で一つの家族、悪く言えばとんでもない全体主義、えぇと、このご時世に自由とかそういうのはなんにもない村でね。どんなに大切なもの、たとえ人であっても皆のものは私のもの、私のものは皆のものになっちゃうの。全員が全員お互いのために奉仕すべき、みたいな風習が根付いてたんだ」

「物だけじゃなくて人も。因習感増して来た」

「本当、改めて思い出してみると、昔思ってたよりずっとヤバいところだよ。それでも、あんなのでも合う人は合うんじゃないかな。私とお姉ちゃんにはまったく合わなかったんだけどね」

「お姉ちゃん? お母さん、お姉ちゃんいたの?」

「……あぁっと、えー、それはね」

 

 言葉に迷いながら、葵さんはちらりと俺を見た。目が合った瞬間、今度は七海ちゃんに視線をずらした。

 

「年が近くて仲もいい、いわゆる親戚のお姉さん、みたいな人がいて。なんだかんだ色々あってその人と一緒に村を飛び出した私は、今はこうしてななちゃんとこうくんと幸せに暮らしていたのでした」

「省略が凄い」

「大人の人生だもの。詳細に語ったらお正月になっちゃう」

 

 露骨に誤魔化された。それでもそこを追求しようとは思えない。

 

 葵さんが触れるだけで傷つきそうなほど、とても繊細な眼差しをしていたから、というのもある。そしてそれ以上の理由として、流れ的にどう考えても七海ちゃんの教育に悪い話しか出て来なさそう、というのがある。

 

 ここは本題、というか元の話に戻そう。

 

「じゃあおせちが苦手なのは、そこのおせちが因習村特有のヤバい感じのだったから?」

「いやいや、一応おせちはおせちだよ。ただね、村中の人間が集まって食べてる時の、あの辛気臭い雰囲気が嫌で嫌で仕方なくて」

 

 村中の人間、さっきの葵さんの話からすると、ある意味家族全員が一同に会す食事会。

 

 それで大体四年前のこと、十歳の頃に一度だけ無理矢理参加させられた本家の晩餐会を思い出した。

 

 あれは嫌な空気だった。後になって聞いたところ、なんでもちょうどその直前に一族の誰かが不祥事か何かで失脚したから、その跡を巡り水面下で争いをしていたからだとか。

 

 しかもその戦いで更に犠牲者が出た、血縁上の叔父が諸々失くしたらしいけれど。

 

 そして俺にあれこれよく分からない罵声を浴びせたあの人はその一週間後、暗くて寒いところへお引越ししたそうだ。血縁上の父親が事務的に、一方的にそんなことをメールで連絡してきた。

 

 こう思い出してみると金持ちの家と因習村には、言葉にはしづらいけれど、なんだか嫌な意味での共通点があるのかもしれない。

 

 俺が曖昧な結論に達するのと同時に、葵さんも話の締めに取り掛かる。

 

「だからお正月はね、なるべく明るく楽しく、遊んで過ごしたい訳なんですよ」

「……だからお母さん、さっきボードゲーム買ってたの?」

「そう! 頑張った自分へのご褒美、二人と楽しく過ごすためのマストアイテム!」

 

 近所のスーパーではなく、わざわざショッピングモールまで出かけた理由だった。クリスマス前から目星をつけていたらしい。

 

 部屋の隅に大事に置かれた葵さんのマストアイテムを苦笑いで見た後、七海ちゃんは天井の明かりを見上げた。何かを思い出して、そしてそれに納得しているようだった。

 

「そっかぁ。だから私、お爺ちゃんとお婆ちゃんに会ったことないんだ」

「……ごめんね。ななちゃんに寂しい思いさせちゃってるのは分かってるんだけど」

「ううん、大丈夫だよ。私にはお母さんが、今は兄さんもいてくれるから」

 

 因習村の話で湿っぽくなった空気を消し飛ばすほど、七海ちゃんの笑顔は朗らかで胸を温かくさせる。

 

 まっすぐな言葉も相まって照れる。普段恥ずかしがり屋な癖に、七海ちゃんは時々こんな風にやたらと強くなる。

 

 心から嬉しそうに、七海ちゃんに負けないくらいの笑顔を返す葵さんとは違って、俺は照れ隠しがてらそこに質問を重ねた。

 

「それに、会うと不味いんだよね?」

「うん。ななちゃんには、こうくんにも絶対に会わせられない。もし二人を連れて会いに戻りなんてしたら、私たち皆二度と村から出られなくなるよ。特にこうくんなんて、確実に村の共有財産にされちゃう」

「ひええ」

「本当にホラーになっちゃったよ」

 

 しかもヒトコワ系の大分陰湿なやつ。年末年始じゃなくて夏にする話でしょ、これ。

 

 

 そんな仕入れたばかりの話題を、俺は寝る前に部屋でらびらびに語っていた。

 

 あのクリスマスイブの戦い以来、らびらびはこうして毎日のように用もないのにやって来る。妖精の年末年始はそこまで忙しくないらしい。

 

 しかもこの間ガイアに正体がバレてたーなんて話をしても、誰にも言わないならオッケーぴょん、とか極めて適当なことを抜かしていた。気が抜けきっている。なんだこいつ。

 

「現代にもあるんだね、因習村。そこに一番びっくりした」

「善きにしろ悪しきにしろ、一度生まれた慣習というのはとにかく根強いものぴょん。カビと同じぴょん。消しても消しても、鬱陶しいほどにまた生えて来るものぴょん」

「悪しきにしか思ってない奴の言いぐさ」

 

 悪しき実態を知る今日の葵さんと同じような口ぶりだ。実際に直面したことがないと、ここまでの感情は込められないだろう。

 

「その感じだとやっぱり、らびらびも因習村出身の怪異?」

「らびらびは妖精だから、ちょっと待つぴょん、やっぱりって、らびらびのことまだそういう系の存在だと思ってるぴょん?」

「うん」

「返事に一切の迷いがなかったぴょん」

 

 もはや見た目しか、見た目すら光のない目のおかげで怪異にしか見えない。らびらびに夢と希望は見つけられない。

 

「因習かはともかく、どこで生まれたなんであれ、慣習やしがらみというのは誰にでも存在するぴょん。露悪的な見方をすれば、人間関係全てすらそうなるぴょん」

「……うーん、まあ、確かに」

「さっきはああ言ったけれど、結局は善きも悪しきも見方の問題ぴょん。外から見たら奇妙な戒め、檻のようなものでも、歴史を振り返れば何かしらの理由があるもの、勝手に悪い因習と決めつけるのはとても乱暴ぴょん。だから余裕がある時は頭ごなしに否定せず、まずは寛容な目で観察するのが肝要ぴょん」

「ダジャレ以外は冷静な意見だなぁ」

 

 今日葵さんが教えてくれたこと、あとは巷に広がる風潮で俺も色眼鏡をかけていた。

 

 どんなものでもそれぞれ事情や歴史があるんだから、何も知らないで否定するのはよくない。らびらびの言う通り、余裕があるなら相手の事情も考えるべき。

 

 普段はあれな癖に、らびらびは時たまこんな正論、真っ当な大人みたいなことを語る。何故か無駄に悔しい。

 

 だから苦し紛れに、揚げ足を取るようなことを聞いてみる。

 

「じゃあ、らびらび的には因習村もありなの?」

「滅びろ」

「寛容さどこ行った?」

 

 迷いゼロだったよこいつ、こわ。

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