ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第2話「正月の神社は一年で一番忙しいらしい」

 正月の神社は一年で一番忙しい、らしい。

 

 三が日の初詣で来るお客さんの対応とか、お守りを売ったり古いのを回収したりとか、他にも儀式的な、祈禱的なことをたくさんしなきゃいけないとか。

 

 退院するまでは片手で数える程度にしか出かけたことのない俺にとって、初詣なんて一切関係のない話だった。

 

 おかげで最近まではそんなに神社が忙しいことも、そもそも初詣が寺と神社のどちらに行くものなのかも分かっていなかった始末だ。

 

 ちなみに答えはどっちでもいいから行くことが大事、とのこと。この間家まで遊びに行った時、神社生まれの朝地さんが正月の仕事も含めて色々教えてくれた。

 

「人多いね」

「そうだねー。まずはお参りだから、ここ並ぼうか」

 

 そういう訳で一月一日俺達が訪問したのはその朝地さんのお家、が取り仕切っている朝地神社である。

 

 ここは近辺で一番大きな神社で、時枝親子も毎年お参りしているそうだ。本年も家で餅を堪能した後、こうして俺も一緒に参拝に赴いている。

 

 ご近所の人達もそんな感じらしく、周囲を見回しても、見回すまでもなく視界には人ばかり。まるで噂に聞く満員電車のようだ。

 

「毎日これって、大人は大変だなぁ」

 

 昔ニュースで見た光景、全国的に有名な神社よりはよほどマシだろうけれど、それでもやっぱり人は多い。これは相対じゃなくて絶対評価の問題だ。

 

 皆お行儀よく並んではいるものの、もしくはだからこそ、参拝待ちで長蛇の列が出来ている。軽いすし詰め状態、長方形だから押し寿司にでもなった気分。

 

 これだけ密集していると意図せず他人に近づく、触れてしまうこともある。そのせいなのか、これだけ人が多いと魔が差す人もいるらしい。

 

「……」

 

 今俺の手の甲に触れたのは、七海ちゃんでも葵さんでもないだろう。触り方が気持ち悪かった。境界線を探る警戒心と、それでも堪えきれない粘っこい欲望を感じさせる。

 

 軽く手を振ってそれは退ける。これで終わりかと思いきや、今度は別方向から伸びて来た。それは一歩横に、葵さんの方にずれて避ける。我ながら熟練の回避技術だ。

 

 今も一人で外出すると襲撃してくる元植木鉢、現マシュマロのおかげで意識外からの攻撃にも慣れてしまった。これ攻撃か?

 

 変な襲撃の多い毎日に出た溜息、そして急な俺の動きで葵さんも気がついたようだ。すぐさま小さな、怒気を潜めた硬い声で俺に囁く。

 

「……こうくん、こっち来て。ななちゃんはそっちに」

 

 言われるがまま二人で移動すると、ちょうど葵さんと七海ちゃんが壁になるような位置取りになっていた。

 

 いきなり移動するよう言われた七海ちゃんは首を傾げている。そこには届かない程度に抑えた声量で、葵さんが申し訳なさそうに問いかけた。

 

「ごめんね、気づくの遅れて。大丈夫?」

「最初はびっくりしたけど、いい感じに避けてたから平気。ありがとう」

「何かあったらすぐ言って。お母さんにはこの、最強のグーがあるから!」

「お母さんが急に暴力を振りかざした……!?」

 

 途中から普通に大きくなっていたけれども。

 

 こうして葵さんが大げさな声で暴力をちらつかせたからか、あるいはグソクレギオンの刃に匹敵するほど鋭い眼光で周りを一閃、ひと睨みしたおかげか。それから手は伸びて来なくなった。

 

 平和になった人ごみの中七海ちゃんと葵さんと話す内、俺達の順番が訪れる。

 

 年季を感じる賽銭箱、目の前にぶら下がる太い綱、それと繋がっている天井の大きな鈴。珍しい物を下から順番に眺めた後、念のため葵さんに確認する。

 

「お賽銭入れて、鈴を鳴らして二礼二拍手一礼、でいいんだっけ?」

「そうそう。それで心の中で挨拶と去年のお礼は、こうくんはいいとして、今年の抱負を神様に告げるの」

「お願いじゃなくて?」

「いきなり何々叶えてくれー、なんて要求するのは神様に、誰を相手にしても失礼でしょ? だから今年はこれを頑張るから応援してください、みたいな形で伝えるの」

「なるほどなぁ」

 

 今の俺は門前の坊主、しかも前にやっていた人達三回分程度の知識しかない。

 

 なので猿真似で一連の流れをこなしたうえで、葵さんのアドバイス通り今年の抱負を何か考えてみる。

 

 けれど数秒じっくり考えても、特になかった。日常も戦いも、やれることは全部頑張るだけだ。いもしない神様にわざわざ言うまでもない。

 

 そんな感じで、なんとなく釈然としないまま参拝を終える。

 

「七海ちゃんは何お願いした?」

「兄さん、そういうのは聞いちゃ駄目なんだよ? 人に言うとね、お願いごと叶わなくなっちゃうから」

「へー、そうなんだ。それで七海ちゃん、何お願いした?」

「兄さんが私のお願いを壊そうとしてる!?」

 

 その気分を解消するため七海ちゃんを揶揄ったのは、ほんの少しだけ申し訳ないと思っている。だけど実際効果はあって、もうっ、と頬を膨らませる様子で心が和んだ。

 

「せっかくだし、お守りも見て行こうか」

 

 俺達を眺めてにこにこ、にやにやしている葵さんの提案に乗って少し移動した先も、お守りを販売している場所、授与所の周辺も結構な人ごみだった。

 

 ただ、さっきの列とは違い、今回はあまり秩序だっていない。皆目的地がばらばら、もしくはどこに行けばいいのか分からないからだろう。

 

 神社の方も予想はしていたらしく、巫女服を着たとても凛とした雰囲気の、綺麗な女の子が参拝客を誘導している。

 

「お守りの返還はあちらからお願いしまーす!」

 

 ちょっと不思議なのはその子が俺と同年代、中学生くらいに見えたこと。

 

 昔田中の兄ちゃんが正月の巫女さんはアルバイトの紛い物、なんてものすごく失礼なことを言っていた。仮にそのバイトだとしても、中学生は駄目なんじゃ。

 

「あ、陽香ちゃんだ」

 

 けれど大人に見えないのも当たり前。七海ちゃんの言う通り、よくよく見ればその子は陽香さんだった。中学生どころか一応まだ小学生の子、バイトじゃなくてお手伝いの子だ。

 

 七海ちゃんの呟きが聞こえたのか、陽香さんがきょろきょろと辺りを見回す。そしてすぐに俺達と目が合い、晴れやかな笑みと共にこちらへ歩いてきた。

 

「陽香ちゃん! あけましておめでとう!」

「ええ、あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「よろしくお願いします! うわぁ陽香ちゃん綺麗! その格好凄い似合ってるね!」

「そう? ありがとう」

 

 後ろ髪を払い、陽香さんは自慢げに胸を張る。それから俺と葵さんとも新年のあいさつを交わした。

 

 それにしても、七海ちゃんがきゃっきゃっとはしゃぐ気持ちも分かる。

 

 陽香さんの颯爽とした雰囲気と太陽を思わせる生命力に溢れた笑み。それが巫女服の清浄感により一つに纏め上げられ、新たな領域へと昇華している。

 

 確かにこれは、誰であっても褒め称えたくなる。

 

 なので俺も七海ちゃんに続かせてもらうことにした。

 

「今日の陽香さん、なんか風格あって格好いい。妖怪とか退治してそう」

「あら、雰囲気出ちゃってたかしら。ふふふ。でも生憎、妖怪はまだ見たことないの」

 

 何がツボにはまったのか、陽香さんはおかしそうにくすくすと笑みを零す。

 

 そしておかしなことに、何故か七海ちゃんが中途半端なポーズをしていた。まるで驚いて、何かを誤魔化そうとした時のような。

 

 その様子を見た陽香さんはもう一度軽く笑うと、自分の襟元を軽く引っ張る。

 

「七海こそ似合いそうだし着てみる、って言いたいけど、今日は無理ね」

「あっごめんね、忙しいのに」

「ううん、顔見れてよかった」

 

 相変わらず人混みは凄い。七海ちゃんのファッションショーなんて遊びをする余裕は、陽香さんの言う通りなさそうだ。

 

 きょろきょろと辺りを見回して、なんとなく同級生の姿を探す。

 

 こうして小学生の妹が手伝っているというのに、自分だけサボる朝地じゃない。だからどこかで仕事をしてると思うのだけれど。

 

「朝地もどっかで手伝ってるの?」

「ええ。今は向こう、かしら」

 

 若干自信なさそうに、陽香さんは神社の裏手の方を指差して教えてくれた。

 

 神社の人達、特にさっきちらりと見かけた朝地の両親はとても、挨拶を躊躇う程度には忙しそうだった。けれども裏手にいる朝地になら一声かけるくらい大丈夫だろう。

 

 それに妹とは話したのに自分は放置されたって後で知ったら、地味にショック受けそうだし。

 

 お手伝いを再開した陽香さんと、お守りの列に並ぶという葵さんとも一旦別れ、七海ちゃんと一緒に神社の裏手へ向かう。

 

 到着した神社の裏には何もなかった。よって元旦当日でも人気はほとんどない。あった人影はたった一つ、見慣れた子が見慣れた格好で掃除をしていた。

 

「……あれは」

 

 そこで言葉を区切った俺をきっと誰も責められない。七海ちゃんも瞬きを繰り返し、両手を口に当てて絶句している。

 

 そしてそのまま、最近二人して変な癖になってきた仕草、お互いに目を合わせて驚きを共有する。その感情を込めて、俺達は同時に声を上げた。

 

「ジャージだ!」

 

 朝地は学校のジャージを着ていた。

 

 しかも上着も含めて赤と白、巫女服に合わせた色合い。微妙に周囲に合わせた感じがして、妙に小賢しい印象を与える。

 

 神社裏は喧騒から離れ、神聖な静寂さに満ちていた。

 

 そこに俺達の声が突然響いたせいで、朝地は大層驚いたらしい。顔を上げると同時に肩を、というか両足を上げて軽く跳ねた。

 

 着地してすぐ振り返った瞳には非難の色が宿っていたから、七海ちゃんと一緒に軽く頭を下げる。溜息を吐かれた。それで勝手に許されたと判断して、早速気になることを聞いてみる。

 

「もしかして、巫女服汚しちゃったからジャージに着替えたの?」

「……開口一番失礼ね。あけましておめでとう」

「ジャージ姿の掃除ってそういうイメージあって。おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

 

 もう一度七海ちゃんと共に、今度は新年の挨拶のためお辞儀する。

 

 返す朝地の所作は折り目正しく見事なもので、神社生まれは伊達じゃないと思わせるほど流麗なものだった。ジャージ姿じゃなければ、もっと美しく見えただろう。

 

 だからどうしてジャージ姿で手伝いをしているのか聞くと、

 

「私に合うサイズがなくなったのよ。その、お正月のお手伝いさんの分で」

「なくなることあるんだ。神社なら無限にあると思ってた」

「……そんな訳ないでしょ。そんなにたくさんあっても仕方ないもの」

 

 目をそっと逸らしながら、朝地は妙に言い訳がましく呟いた。

 

「そっかぁ、残念です。でも桜さんならすっごく似合いそうなのになぁ」

「……」

 

 七海ちゃんのがっかりした声を聞いて、伏していた朝地の目が気まずげに泳ぎ始める。

 

 これは、多分、あれだろうか。もしかして、理由は分からないけれど、嘘とか、そういうのだろうか。

 

 見当違いかもしれない。それでもフォローは入れてみよう。

 

「あー、でもまあ、寒そうだよね、あの服。着なくていいならそれはそれでいいのか」

「……そうね。あれは全身カイロ人間にならないと、この季節すぐ風邪を引くわ」

「全身カイロ人間とか、朝地の口から聞くとなんか面白いね」

 

 妙に所帯じみた胡乱気な言葉だ。朝地の神秘的な雰囲気には合わなくて、でも今の格好にはやたらとよく似合う。その不釣り合いがおかしくて笑える。

 

 なんて、言葉以上に面白がっているのがバレたらしい。気持ち朝地の視線が鋭くなった気がする。とりあえずここは冗談でお茶を濁しておこう。

 

 そう思い、朝地に背中を向けてから上着を少し持ち上げた。

 

「ちなみに俺は腰だけカイロ人間」

「あっ、私はお腹だけカイロ人間」

「……なんなの、このノリ?」

 

 そして打ち合わせなしにもかかわらず、七海ちゃんは見事な連携を見せてくれた。

 

 この流れ、何かが来てる。

 

 新年早々人混みで頭がやられているらしい俺は、何故かそう確信した。そして何故か、これならいけるとよく分からない思いのまま、再び朝地の方へ振り向いた。

 

「朝地は?」

 

 極めて雑な振り。視線が気持ちどころか鋭くなりそう、普通に睨まれそうなもの。

 

 冷静な自分の予想とは裏腹に、朝地は俺と七海ちゃんを二度見した後、ごそごそと上着のポケットを探り始めた。

 

「私はぽ、ポケットだけ、カイロ人間」

 

 乗った。

 

 俺達に小さなカイロを差し出すように見せながら、朝地はぼそりと宣言した。

 

 あの朝地が冗談を言った。しかも俺の適当過ぎる振りで。

 

 つい以前のことを、出会ったばかりの頃の冷ややかな視線を思い出す。山を登り切ったような、大きな感慨が胸を満たす。山登りなんてしたことないけど。

 

「なんか、達成感あるな」

「………………なんなの、このノリ」

「えぇっと、私も、今度はちょっと」

 

 今度はさすがに七海ちゃんもついては来れなかった。

 

 

 それから少しの間雑談して、あまり邪魔をしてはいけないと朝地と別れた後、まだお守りを買えていない葵さんを待っていた時のこと。

 

 案内を一旦休憩し、一息入れていた陽香さんにも聞いてみた。

 

「陽香さんはやっぱり全身カイロ人間?」

「……? カイロなんて使ってないけど」

「え」

「あたし、体温高いから」

 

 胸に手を当て、自慢げに語る陽香さんの格好は巫女服だけ。

 

 見た感じペラペラとまではいかないけれど、冬に着るにはとても心許ない厚さだ。加えて風通しは良さそうで、何か特殊な防寒仕様があるとも思えない。

 

 それ一枚の陽香さんは寒さなんて欠片も感じさせない笑みで、悪戯っぽく付け足した。

 

「あとは、そう。あたしにはちょっとしたおまじないがあるから平気なの」

 

 神社生まれって凄い。改めてそう思った。

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