ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第3話「あわてんぼうだった一月の厄災」

 年が明けてすぐ、一月の初週のとある日の夜。この日は満月だった。

 

 つまり、従来であれば強大なレギオンが誕生する厄災の日である。

 

 そのため耕太郎達は警戒し、今日もとあるビルの屋上に集合していたのだが。

 

「なーんも出てこないねー」

「そうねー。すっごい静かー」

「ガイアの言ってた通り、あの鎧のレギオンが一月のレギオンだったんでしょうか」

 

 緊張感の欠片もなく街を見下ろす耕太郎とクリアシャインの姿から分かるように、今回レギオンは出現していなかった。

 

 それどころか前回のような卵も、結界すら生じていない。正真正銘の無を前にして二人はだらけ切り、クリアオーシャンも注意せずに苦笑いで見守るだけだった。

 

 弛んだ空気の中、空中から金の光が舞い降りる。

 

 クリアガイアが探索魔法を切り上げ、彼らのもとへ報告に戻って来た。

 

「周辺の探知、終わったわ」

「お疲れ様。どうだった?」

「何もなし、ね。やっぱりレギオンの卵はおろか、レムナントの集積もまったく確認出来ない。今日レギオンが誕生する可能性はゼロよ」

 

 その報告を聞き、耕太郎達は一斉に胸をなでおろした。

 

 おかげで雰囲気はこれまで以上に緩くなり、クリアシャインに関してはビルの手すりにだらしなくもたれかかるほどだった。

 

「そもそも最近、普通のレギオンも出てこないじゃない。やっぱりあのサンタの影響なの?」

「恐らくね。あのレギオンが一月も『収集』を続けた影響で、ここ一帯からレムナントはほとんど消失したみたい。レギオンが出現するほどの集積はまだまだ起こらないわ」

「それじゃあ、しばらくは平和ってことですか?」

「ええ。多分、最低でも一か月くらいはね」

 

 クリアガイアは毎夜寝る前に市内の探知を行い、毎日書いている日記にその結果を記載している。集計したそのデータが、向こう一か月間の安全を保障していた。

 

 彼女の宣言を聞き、魔法少女達の間に更なる安堵の空気が流れる。

 

 課せられた使命の下、あるいは決意の下で戦う彼女達であっても、戦闘そのものを好んでいる訳ではない。むしろそれぞれ理由は違えど、全員争いを好まない気質である。

 

 浮かれる気持ちは声に現れる。クリアシャインはなんでもなさそうな口調で、そしていつもより少しばかり高い声色で口を開いた。

 

「何もないなら、じゃあいつもの始めましょ。姉さんお願い!」

 

 妹の声に応え、クリアガイアが杖を振るう。

 

 瞬間黄金の魔法陣が冬の夜空に広がり、やがて世界が色を変えた。結界である。

 

 何故レギオンも出現していない中、わざわざこのように結界を張ったのか。その意味は耕太郎の掛け声で理解出来るだろう。

 

「よーし、特訓の時間だ!」

 

 サンタレギオンの力に対処するため彼らは十二月の間ほぼ毎日集まり、戦闘と訓練を重ねていた。

 

 クリスマスイブにサンタレギオン、グソクレギオンこそ倒したものの、その習慣は抜けきれずについつい集合すること幾日か。

 

『せっかく集まったんだし、ちょっと特訓とかしていかない?』

 

 そんなクリアシャインの提案を毎度続けることで、今では一日一時間、夕方頃に特訓をすることが日課となっていた。

 

 ちなみに現状、その訓練の成果はこの程度である。

 

「うーん、こうして浮けるようにはなったんだけどねぇ」

「飛ぶのはまだ難しいよね。油断するとすぐ、びゅーんってなっちゃう」

「でも練習しないと始まらないでしょ? 早速魔力を」

「あっ、シャインまた飛んじゃった」

 

 クリアシャインが天空を駆ける流星となるのもこれで何度目か。

 

 これまで数えきれないほど見たせいか、あのクリアオーシャンでさえもはや驚きもしない。

 

 特に耕太郎とクリアガイアなどは一度だけ空へ視線を送った後、何事もなかったかのように話を再開させていた。

 

「今日も飛べない?」

「うん。魔力は流してるんだけど、うんともすんとも言わない」

 

 目の前で変身に使う懐中時計、灰色に輝くクリアシフターを揺らしながら、耕太郎は不満を零した。

 

「私が流せば飛べるのに貴方だと反応もしない。やっぱり、適性の問題かしら」

「……魔法の世界にも、適正とか才能とかあるんすかね」

「貴方と私、どっちを見ても分かるでしょ?」

 

 かたや他の魔法はほとんど使えない代わりに、最高峰の肉体強化を誇る耕太郎。かたやあらゆる魔法を小器用に操るものの、戦闘に関するものは貧弱極まりないクリアガイア。

 

 両極端のサンプルが導き出すのは、どんな世界にも才能はあるという残酷な現実である。

 

 未だに飛行はおろか、魔弾すら一度も放てていない耕太郎が嘆きの声を漏らす。

 

「せっかく魔力使えるようになったのになー。出来ることが全然変わってない」

「……あくまで向き不向きの話よ。練習すれば貴方でもきっと、恐らくは、その内、可能性はあるかもしれないから」

「俺より自信なさそう」

 

 どんどん小さくなっていく励ましに、耕太郎はツッコミを入れつつ笑ってしまった。

 

 その時ごん、と何かが勢いよくぶつかる音が天から聞こえ、彼らは同時に顔を上げる。

 

「まあいいや。ガイア、上に壁出して、壁。シャイン迎えに行って来る」

「あの子も変身中だから別に、放って置いても平気よ?」

「今日は天井に頭ぶつけたみたいだし、一応ね」

 

 心配症を咎めるように息を吐いてから、クリアガイアは軽く杖を振るった。

 

 同時にいくつもの魔法陣が上空に生じ、耕太郎が空を駆ける金の足場となる。

 

 彼は一声礼を告げてから踏み込み、テンポよく天へと駆け上がっていく。そして渋い顔で落下していたクリアシャインに辿り着くと、彼女を柔らかく抱きとめた。

 

「わ、ぐ、グレイ!?」

「シャイン、頭大丈夫?」

「……言いたいこと分かるけど言い方!」

 

 一瞬浮かんだ羞恥と喜びは、一呼吸も持たずに消失する。

 

 変身中の耕太郎にその手のデリカシーはない。クリアグレイとしての彼に男女の意識はいつも以上に薄く、怪我と命が最優先である。

 

 そんな一幕でクリアシャインが動揺、集中力を欠いたせいか、彼女は一分後再び空を貫く星となる。

 

 こうして日に二度も大失敗をした彼女は、それを見送った彼らは、改めて飛行手段について話し合いを始めた。

 

「今一番自由に空動けるの、グレイのあれよね」

「ガイアの協力あってこそだから、一人じゃ出来ないけどね」

「それじゃあ、いざとなったら姉さんのことグレイが背負う?」

「嫌よ、絶対」

 

 断固とした拒否に、クリアガイア以外の全員が苦笑いを浮かべる。

 

 そしてクリアオーシャンはそのまま、さらに眉を八の字にしながら呟いた。

 

「うーんと、でもやっぱり私たちの中で空を飛ぶのはガイアが一番上手だから、飛ばなきゃいけない時はガイアに誰かを運んでもらうしか」

「多分、俺を持つのは重いよな。そもそも持ってもらっても何も出来ないし。だったらその時はどっちかを運んでもらう、もしくは二人でガイアを背負うとか」

「ジェットパック姉さん」

「嫌よ、絶対」

 

 揶揄うように呟く妹を睨みながら、クリアガイアはなおも断固拒否した。

 

「差し当たっての脅威はないわ。それに時間もあるから、今は焦らずに練習しましょう」

「はーい」

「グレイもよ。貴方が自分で足場を作れるようになれば、私の協力は必要ないでしょ?」

「はーい」

「……この生返事、本当に同い年なのかしら」

 

 やれやれと言わんばかりに額を押さえる姿には、にわかの耕太郎とは違う十二年間姉を務めていた者の風格、もしくは哀愁が漂っていた。

 

 それから訓練を再開し、彼らはまたしても二手に分かれた。クリアガイアが、まだクリアグレイには一人での特訓は難しいから、などと言い伏せたためだ。

 

 だが、それは名目だ。本当にそれが理由であれば、こうして彼女が消音の魔法を辺りにかける必要はない。

 

「それで、話って?」

 

 呑気に問いかける耕太郎とは反対に、クリアガイアの表情は硬い。

 

 彼女は隠し切れない緊張のもと、あえて質問に質問で返した。

 

「この間の話の続き。今から大丈夫かしら?」

「もう忘れてると思ってた」

「……お正月にする話でもないと思ってただけ」

 

 何故十一月まで耕太郎を敵視していたのか。どうして疑っていたのか。

 

 そんな面倒な話をして二人の年末やお正月、初めての冬休みを台無しにさせたくない。

 

 その思いでずるずると引き伸ばした結果本日まで、冬休み終盤までクリアガイア、朝地桜は話を切り出せていなかった。三日で終わらせた学校の宿題とは大違いであった。

 

 しかし冬休みの間、約二週間もの間躊躇い続けたことは決して無駄ではない。彼女はこの間、これは上手いこと耕太郎に話をするための準備期間という言い訳のもと、その手のハウツー動画をいくつも見ていた。

 

 おかげで彼女の動画アカウントのおすすめ欄は、現在やたらと胡散臭い雰囲気に満ちている。

 

 そんな尊い犠牲によって得た知識に従い、彼女は耕太郎に向けて指を三本立てた。

 

「私が貴方を疑っていた理由は、三つあるわ」

 

 ついでに耕太郎にはまったく見えないものの、魔法でカンペも準備済みである。

 

 網膜に浮かぶそれを何度も確認しながら、クリアガイアは素知らぬ顔で堂々と告げた。

 

「一つ目は、貴方の魔力の色」

「この色って何か意味あったりするの?」

「ええ。それぞれ属性と司るもの、得意とする事象が違うわ」

 

 魔力とは魂から生じる力であり、それぞれの魂の色により魔力のそれも異なる。

 

 たとえば赤の魔力は勇気と憤怒から生まれ、炎熱の魔法に長じている。また青は慈愛と嫉妬を元に水の操作を、転じて生命への干渉を得意としている。

 

 そして、耕太郎の魂が放つ灰の色は。

 

「……灰は、死と破壊を司る色。普通の人間には到底扱えないはずの力よ」

「ラスボスの奴じゃん。なんで俺そんな色なの?」

「だからそう思っていたの。理由は、私にも分からないわ」

 

 世界を滅ぼすというヒューマンレギオンが持つに相応しい色。言われた耕太郎自身でさえそう思った。

 

 彼の顔に若干の納得が浮かんだことを確認し、クリアガイアは二本目の指に移る。

 

「次に、貴方の出現と共にレギオンの発生数が倍増したこと」

「え、そうなの?」

「十月に入るまでは、集積したレムナントの浄化で済むことが多かったわ。それが貴方を見つけた日から急に難しくなった。レムナントの動きが突然活性化して、生まれたレギオンも何故かずっと強くなってしまったの」

 

 そこで言葉を区切り、クリアガイアは耕太郎の顔色を窺う。

 

 ついて来られているか、と言外に聞かれていると感じた彼は、理解の証明のためにたとえ話を口にした。

 

「ゲームとかでよくある、魔王が復活した影響でフィールドの雑魚敵が強くなったー、とかそういう感じだと思ったってこと?」

「そのたとえはよく分からないけれど、きっとそんな感じ」

「ガイアはゲームやらない人なんだ」

「ええ、あまり。特に魔王とかそういうものは得意じゃなくて。シャインはそういうのも好きだから、あの子になら伝わると思うわ」

 

 クリアガイアのするゲームと言えば、妹に付き合って遊ぶパーティゲーム、もしくは動物と戯れながら街を作るようなものくらいである。

 

 そんな雑談を挟んで耕太郎の理解度を確認した後、彼女はとうとう三本目の指に至った。

 

「最後に、貴方の存在そのもの」

「存在って言われてもな。男だから怪しいってこと?」

「……どう、言えばいいのかしら」

 

 生真面目なクリアガイアは、もちろん耕太郎の質問への回答もあらかじめ用意している。準備出来ていないのは気持ち。彼が傷つく顔を見る覚悟である。

 

 その準備がまだ出来ていないから、加えて話を円滑に進めるため、彼女はまず説明ではなく質問を向ける。

 

「いくつか確認したいから、魔法少女について貴方の認識を教えてくれる?」

「えぇっと、確か、したことないけど、さっき言ってたレムナントを浄化すること、間に合わなかったら生まれたレギオンを倒すのが使命の存在、で合ってる?」

 

 ゆったりとした頷きに安心し、耕太郎は説明を再開した。

 

「その魔法少女は妖精が素質のある子をスカウトして生まれるもので、一応そういうのをまとめる協会、みたいなものもあるらしくて」

「そこよ」

 

 だがその安堵も長くは続かなかった。

 

 クリアガイアは鋭く声を差し込み、硬い口振りで迷いを隠しながら語り掛ける。

 

「貴方が今言ったどちらのことも、私は見たことも聞いたこともないわ」

「……?」

 

 耕太郎は無垢な子供のように、何も理解出来ずに首を捻った。

 

 その様子に決意が再び鈍るのを自覚しながら、それでもなお、クリアガイアは懸命に答えを告げる。

 

「妖精なんて生き物も魔法少女の協会なんてものも、私の知る限りこの世界には存在しない。そもそも、その、魔法少女なんてものは私たち三人だけ。たとえ貴方を入れたとしても、四人しかいないはずなの」

「……今、自分で魔法少女名乗るの照れた?」

「茶化さないで。……話を逸らしたくなる気持ちは分かるわ。でも、聞いて」

 

 じっと真剣な眼差しで見つめられ、耕太郎は口を閉ざした。

 

「十一月のあの日、厄災の日に貴方の話を聞いてから、私は貴方のことを敵だなんて、脅威だなんて思っていなかった」

 

 クリアシフターを通した通信魔法は周囲の情報を発動者に伝える。それは通常の知覚よりも精緻に情報を捉え、とりわけ魔力、感情に関してはより克明に感じることが出来る。

 

 耕太郎が初めて変身した時。彼がクリアシャインに襲われた時。彼女に肩を貫かれた時。その後、傷つけられたのにもかかわらず、家で彼女を心配していた時。

 

 そして何より十一月の厄災の日、戦う覚悟をらびらびに語った時。

 

 その間彼は渡り鳥の懐中時計を、クリアシフターを常に身に着けていた。故にその思いは、心は、全て彼女に伝わっていた。

 

「だから、私がずっと警戒していたのは」

 

 この期に及んで迷いが生じた。だがそれを一呼吸で飲み込んで、クリアガイアは一息で伝える。

 

「……貴方を騙し続けていた、その妖精を名乗る存在よ」

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