ガイアから衝撃的な事実を告げられた翌日、俺は容疑者に全てを伝えた上で正面からお願いをしていた。
「という訳で、らびらび出頭して」
俺の部屋でぷかぷかと浮かぶ謎のウサギぬいぐるみもどきは、今日も相変わらず表情が変わらない。にもかかわらず、今この時はとんでもなく呆れているように見えた。
「耕太郎、それ、らびらびに教えてよかったぴょん?」
「らびらびをガイアが疑ってるってこと? 大丈夫。ガイアに容疑者本人にも話していいか聞いて、ちゃんといいよって許可貰ったから」
「……すまない、ちょっと色々と予想を超えて、今滅茶苦茶びっくりしてるぴょん」
まるで眩暈で起こしてるかのように、らびらびは瞳を閉じて目元を抑えていた。
そういえば、昨日のガイアも似たような反応してたな。
らびらびを一方的に疑ったり、騙し討ちで連れて来たりするのは気が引ける。だから全部話しておきたい。
俺の我儘を聞いたガイアは大きな、とても大きな溜息を吐いた。そしてそれからしばらく考え込んだ後、それでも最後には許してくれた。
『……本当、仕方ない人』
顔を伏せていたからよく見えなかったけれど、薄っすら笑っていたような気がする。
レアなものを見損ねた感がある。そしてこの短期間に二回も仕方ない人呼ばわりされて、変な方向で自信を失いつつある。俺はなんか仕方ない人らしい。
「話は分かったぴょん。でもらびらびではなく、逆にクリアガイアが嘘を吐いている、という可能性は考えられないぴょん?」
「そうだね。本人もそんなこと、誰を信じるかは貴方が決めてって言ってたよ」
「……二人とも素直過ぎて、また動揺が隠せないぴょん。己の穢れに身が焦げる思いぴょん」
自認が汚い大人らしい妖精もどきは、ショックのあまり今度は煤けた雰囲気で震え始めた。病院で見たアルコール依存症の人みたいだ。
その震えは別に禁断症状ではなかったらしく、幸いすぐに落ち着いた。
むしろ逆に落ち着きすぎたのか、瞳は妙に澄み切っている。らびらびはそのちょっと気持ち悪い視線を俺に向け、静かな口調で問いかける。
「それで耕太郎は、クリアガイアとらびらび、どっちを信じるぴょん?」
「ガイア」
「即答ぴょん。くっ、やっぱり耕太郎も美少女には勝てないお年頃の男だったぴょん!」
「なんでちょっと嬉しそうなの?」
ガッツポーズしてるし。
「……ところで、らびらびが君を騙していたと聞いて、耕太郎はショックじゃなかったぴょん?」
と思ったら今度はいきなり暗くなるし。
「まあ、確かに聞いた時はショックだったし、昨日の夜はむかむかして眠れなかったよ、十分くらい。あの野郎裏切ってやがったって」
「その割には、今普通ぴょん」
「一晩寝てよく考えたら、らびらびの嘘とか隠し事とか今更感あるなって。元々何か隠してるとは思ってたし」
なにせこの自称マスコット、出会ったらその日から構成する全てが胡散臭い。見た目言動行動、何もかもが果てしなく怪しい。終盤で高笑いしながら裏切りそうな雰囲気がある。人間なら間違いなく糸目のキツネ顔だ。ウサギもどきだけど。
だから仮にガイアの言葉がなかったとしても、疑おうと思えばいくらでも疑える。それくらいこいつは怪しい。積み重ねたマイナスの印象があまりにも多すぎる。
それでもこうして正面から話しているのは、プラスにもこれまでの積み重ねがあるから。
らびらびがいなければ、あの日俺のところに来てくれなければ、今の俺は絶対に存在していない。
「やっぱり気づかれてたぴょん。ならどうして、耕太郎は今日まで問い詰めなかったぴょん?」
「いや、隠してるってことは聞かれたくないってことでしょ? そりゃ無理して聞かないよ」
「……おぉ」
なんのおぉだよ。
心から感心、感嘆している様子に、昨日のガイアよろしく俺も溜息を吐く。こういうところがあるから、俺はらびらびのことを疑い切れない。
とにかく話すことは話した。あとはらびらびの答えを聞くだけだ。
「それで、出頭してくれる?」
「その言い方はとても嫌だけど、らびらびとしても頃合いだと思っていたぴょん。もちろんお話はさせてもらうぴょん!」
らびらびはとても軽く、お使いを頼まれた程度の調子で了承した。
夕方、常であれば魔法少女達が和やかに特訓を重ねる時刻。
しかし今回彼女達は結界内、ビルの屋上に集まりはしたものの訓練を始めていない。そして空気はいくらか張り詰め、特にクリアガイアの周囲は緊張に満ちている。
その原因は彼女の視線の先、耕太郎の横に浮かぶウサギもどき、らびらびだ。
「という訳でガイアさん、らびらびです」
「お初にお目にかかるぴょん! らびらびはらびらびぴょん」
「……どうも」
明るい挨拶をするらびらびに対して返すクリアガイアの声は低く冷たく、加えて視線は非常に鋭かった。彼を警戒している彼女としては当然の反応である。
「わ、わっ! 見て、見て見てシャイン! ウサギさん、ウサギさん浮かんでるよ!」
「そうねー」
「本物の妖精さんだぁ。凄いよ、絶対ふわふわだよ! ねぇねぇシャイン、あの子、お願いしたら触らせてくれるかなぁ?」
「どうかしらねー」
一方、主にクリアシャインの暴走を防ぐために簡単な事情しか伝えられていない年少二人の様子は、とてもお気楽なものだった。もちろん二人ともクリアガイアを信用しているから、というのも大きいが。
特にクリアオーシャンは、幼い頃画面越しに見たマスコットのようなものを目の当たりにしたせいか、目を輝かせてはしゃいでいる。
その様子を見た耕太郎は、不思議なことに妙な気恥ずかしさを覚えた。そして不幸な事故を予期した。それを防ぐため、彼は傍らの相棒に問いかける。
「今更だけど、らびらびって男だよね?」
「この滲み出るダンディーさ、語らずとも分かってくれていると思っていたぴょん」
「今危うく迷宮入りしかけたよ」
「おっと、セクシー過ぎて女の子と勘違いしかけたぴょん? それは申し訳ないぴょん」
「うざすぎて手は出かけた」
握った拳を誤魔化しつつ、耕太郎は横目でクリアオーシャンの様子を窺う。
彼女の踏み込んだ一歩は固まり、動きを止めていた。動揺、躊躇が見て取れる。
もう十分だとは思いつつ、念のため彼は更に追撃を試みる。
「で、アラフィフなんだっけ?」
「失礼な。アラフォーぴょん」
「毎回否定するけど、正直あんま違い分かんないんだよな……」
十四歳の少年からすれば四十も五十も大差はない。どちらも立派なおじさんである。
当然それは十二歳の、多感な時期の少女からしても同様、もしくはそれ以上となる。
これがたとえば二百二十二歳などであれば、一種のファンタジーとして受け入れられただろう。しかしアラフォーはあまりにも生々しい。
よって途端に愛らしいマスコットがおじさんに見えてしまい、クリアオーシャンは無意識のまま数歩後ずさる。そしてすぐさま親友の肩に泣きついた。
「……シャイン」
「どんまい。そういう日もあるわ」
「うぅ」
「はいはい。落ち込まない落ち込まない」
元よりファンシー系統に興味の薄いクリアシャインは幸いダメージが薄かった。よってクリアオーシャンを慰める余裕があった。
いったい何をしに来たのか分からない、緊張感のないやり取りがクリアガイアの頭を痛ませる。
それでもなんとか表情を取り繕い、改めて彼女は鋭い視線をらびらびに向けた。
「こうして堂々と現れたということは、素直に話してくれると考えてもいいのかしら」
「もちろんぴょん。だがその前に」
らびらびは一度言葉を区切り、警戒するクリアガイアに向けて深々とお辞儀をした。
「世界の抗体作用の件、礼を言うぴょん」
「……別に、貴方のためにした訳じゃないわ」
「え、あれってガイアがやってくれてたの?」
「…………まあ、そうね。ええ、そうだけど、それが?」
クリアガイアは視線を思い切り逸らし、後ろ髪を大きく払い、声を上ずらせて耕太郎の問いに答える。
「うわ知らなかった、前から命の恩人だったんだ。ありがとう! え、どうしよう、何かお礼、肩とか揉む?」
「いらないわ」
すげなく断られ、彼はすごすごとクリアシャイン達のもとへと引き下がった。
「断られちゃった」
「……じゃあ、あたしの肩揉む?」
「え、ちょ、しゃ、シャイン!?」
「うーん、気持ちだけ貰っとく。ありがとう」
「あたしも断られちゃった」
「もうっ、当たり前だよ! 駄目だよシャイン。いくらグレイさんでも、そんな簡単に」
「じゃあ俺の揉む?」
「グレイさん!?」
心情的には中立の耕太郎と、状況を深く説明されていないせいか緊張感の足りない二人。それゆえにアホの漫才を繰り返す三人とは異なり、クリアガイアの表情は未だに硬い。
現在彼女の心境は戦場に立つ者に近い。いつもと同じ不愛想な面持ちに隠れているものの、それほどの緊張と恐怖を感じている。
よって彼女の口調はきつく、詰問するようなものとなる。
「単刀直入に聞きましょう。貴方は何者? どうしてグレイにこの力を、どうやって与えたというの?」
「それが本当に君の聞きたいことぴょん?」
そんな敵意に近い感情を向けられてもなお、返すらびらびの口調は軽く明るく、とても気安い穏やかなもの。だからこそクリアガイアの警戒はますます強くなる。
「……グレイを利用して、貴方はいったい何を企んでいるの?」
長くなったので分割しました。