ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第5話「怪しいウサギ 下」

 聞くべきことは他にあった。しかしクリアガイアの口から出たのは、その一言だった。

 

 彼女は、朝地桜はとても情に厚く弱く、性根は砂糖菓子よりも甘く脆い少女だ。この優しさは身内相手には一層現れるもので、また彼女は既にクリアグレイを、耕太郎を友人だと思っている。

 

 そのため生じた疑問に対し、らびらびは音も表情もなくふっと息を零す。もし気づく者がいたとすれば、それは微笑みのように思えただろう。

 

 幾ばくかの沈黙の後、彼はおもむろに口を開く。

 

「らびらびは、いわば使者のようなものぴょん」

 

 その瞬間、クリアガイアは一瞬虚空に視線を外した。あたかもそこに、何か確認すべきことがあるかのように。

 

 らびらびはそれを生暖かい目で見守った後、瞬きと共に熱はしまい込んだ。

 

「らびらびは混沌に満ちたこの世界を鎮めるために派遣された存在、ある意味では天使のようなものぴょん。もっとも君達が力を手にした原因とは別口だから、君に心当たりがないのも当然ぴょん」

「天使? そんな存在がいるならどうして今更、いえ、それよりもどうしてグレイに、わざわざ男の子にこんな力を」

「君も知っている通りレギオンが活性化し始めたから、その対策のためぴょん」

 

 耕太郎が、クリアグレイが誕生した後レギオンの動きが急に活発、強力になった。

 

 先日クリアガイアが挙げた、これまで彼を疑っていた理由の一つである。

 

 だがそれは因果が逆だとらびらびは語る。

 

「君達の能力を鑑みた結果、この先三人だけではレギオンを処理しきれないと判断されたからぴょん。だから新しい戦力が求められたぴょん」

「そんなこと」

「ないと言い切れるぴょん? 十一月と十二月を振り返って」

 

 厄災の日に出現した十一月のスコーピオンレギオンと十二月のサンタレギオン。

 

 それぞれクリアグレイの協力があってなお大苦戦した強敵だ。彼の力がなければどうなっていたか。想像出来ないほどクリアガイアは愚かではない。

 

 よって彼女もここは口をつぐむほかなく、別の問いに逃げざるを得ない。

 

「ならどうしてグレイにあんな嘘を? 私たちと協力させるつもりなら、最初から」

「はっきり言ってしまうと、君達が信用出来なかったからぴょん」

 

 クリアガイアの眉がぴくりと動いた。

 

「君達の抱える事情からして、いざ出会えばこの子に危害を加える可能性が高いと踏んでいたぴょん。そして実際、らびらびの危惧は正しかったぴょん」

「……私たちの、事情ですって?」

 

 そして遠慮なく続いた言葉に、眉は動くどころか高く吊り上がる。盛大な苛立ちを感じさせるそれは、妹が目の当たりにすれば即座に全力で謝るほどの代物だ。

 

 けれどクリアガイアも所詮は中学生。百戦錬磨のらびらびからすれば、この剣呑な輝きも子供の癇癪に過ぎない。

 

 よって彼は何一つ動じぬまま、二つの言葉を平然と告げた。

 

「七月七日、流れ星」

「っ!?」

「思い当たる節があるようでなによりぴょん」

 

 大きく息を呑んだのはクリアガイアとクリアオーシャンの二人。

 

 またしても何も知らない耕太郎はいつも通り首を捻り、クリアシャインは何も考えてない表情で彼を眺めていた。

 

「……七夕の流れ星って何の話か分かる?」

「えぇっと、なんていうか、色々あったんですけれど、私たちが魔法少女になったのはその流れ星がきっかけなんです」

「すっごい綺麗で大きな星だったんだって。あたしはよく覚えてないんだけどね」

「へー、それっぽいなぁ。ゲーミングマジカルブラッドウォーターとは偉い違いだ」

「げ、げーみんぐ?」

 

 耕太郎は泥水未満の味を思い出していた。七海の手料理によって舌が肥えた今の彼では、もうあの味に耐えることは出来ないかもしれない。

 

「グレイの人格があってなお、君達の信用を得られる確率はかなり低かったぴょん。だから当初あの子には別働隊として、君達とは関わらず活躍してもらうつもりだったぴょん」

「にしても妖精とか協会とか、変に凝った嘘吐く必要なくない?」

「……グレイ、らびらびは今クリアガイアと話してるぴょん。君はクリアオーシャン達とあっちでいい子にしてるぴょん」

「いや俺の話してるんだから混ざるよ。てか何その扱い、幼児?」

 

 冗談交じりのツッコミを入れながら、耕太郎はちらりとクリアガイアの様子を窺った。

 

 表情はいつも通りあまり動かず、整った相貌をより際立たせている。

 

 だがよく見れば頬は青白く、瞳の奥は揺れていた。更に手は強く握られ、微かに震えている。

 

 今回の話において耕太郎は両者の味方、中立のつもりではある。公正を期すならあまり口を出すべきではない。だが、彼にここまで弱った友人を見捨てる選択肢はなかった。

 

 選手交代とばかりに前に出た耕太郎を見て、らびらびはやれやれと言わんばかりに肩を竦める。彼の予定が狂った瞬間だった。

 

「らびらびにも立場があって、グレイにも全てを話せる訳ではないぴょん。その中で君を納得させるためには、あの手の設定を詐称した方が早いと思っただけぴょん」

「本当に早い、それ?」

「君には責任のない、どうしても仕方のないことだけれど、グレイにはフィクションを参考にして現実を見る悪癖があるぴょん。そこを突かせてもらったぴょん」

 

 耕太郎は人生のほぼ全てを白い箱庭で過ごしてきた。

 

 そのため彼の外界に関する知識は、田中平司や鈴木奈美をはじめとした友人や入院患者からの伝聞によるものばかり。他は漫画やアニメなどのフィクション由来のもののみとなる。

 

 また、らびらびは元々耕太郎と魔法少女の接触は最小限にするつもりだったため、一時しのぎの設定でも構わない、という腹積もりもあった。

 

 語られた設定の杜撰さに思いをはせる途中、耕太郎はとあることに気がつく。

 

「というか、らびらびって俺のこと執拗に辞めさせようとしてたような」

「らびらびにも立場があって、グレイにも全部を話せる訳ではないぴょん」

「こいつ、万能ワード乱用し始めたな」

 

 あからさまな証言拒否を受け、耕太郎の視線が鋭くなる。

 

 らびらびはそれを真正面から見つめ返した後、おもむろに視線を横にずらす。その先には、未だ俯き考え込むクリアガイアの姿があった。

 

「ところでグレイ、クリアガイアから彼女達が魔法少女になった経緯は聞いたぴょん?」

「聞いてないよ。それが?」

「こうしてらびらびのことは問い詰めて、けれど自分達のことについては口を閉ざし続ける。少し、おかしいと思わないぴょん?」

「まあ、言われてみれば」

 

 自分達は隠し事をしておきながら、他人の隠し事を非難し暴こうとする。

 

 尋問されている者、らびらびの指摘では言い訳のような印象が生じてしまう。しかし実際、それは道理にかなっていない。

 

 魔法少女になった経緯や理由、そもそも彼女達が何者なのか。顔や名前も、何もかもを耕太郎は知らない。クリアガイアにのみとはいえ全てを知られている彼からすれば理不尽、一方的な力関係とも考えられる。

 

 しかし当の本人は特に気にしていなかった。

 

「でもガイアならそれくらい分かってるだろうし、それでも言わないってことは言いたくないってことでしょ? じゃあ別にいいよ」

「本当にそれでいいぴょん?」

「らびらびの秘密と一緒。それに聞いたところでどうするの、ってところもあるし。そっかー凄いなー、で終わりそう」

 

 加えて誰かの秘密に触れる、内心に踏み込むということは、相手を深く傷つけかねない行為である。

 

 そのことを、それで生じる変化を、耕太郎は無意識のうちに恐れている。

 

 一方、一旦引き下がったクリアガイアの周りには、ようやく緊張感を得た二人が集まっていた。

 

「姉さん、大丈夫?」

「……ええ、問題ないわ。それより二人とも、結界は」

「ずっと、何の反応もしてないです」

「あたしも全然確認出来なかった」

 

 らびらびへの尋問を始めた当初と同じくクリアガイアは、残りの二人も虚空を見上げた。しかしそこには、あるはずと考えていた反応は何一つなかった。

 

 らびらびはそれにもう一度生温い視線を送る。それから耕太郎と魔法少女達の間までふわふわと移動した。

 

「さて、クリアガイア」

 

 そしてすぐさま、最初からまったく変わらない落ち着いた口調で語り掛けた。

 

「何回か繰り返した通り、らびらびには訳あって明かせない事情も多々あるぴょん。ただ、それは君達も同じじゃないぴょん?」

「……それは」

「らびらびを信用出来ない気持ちは分かるぴょん。でもこのまま無暗に痛い腹を探り合っても、無益な争いを生むだけぴょん。今もお互いの利害、レギオンに対応するという目的だけは明確に一致しているから、今日はこの辺りで手打ちにする。らびらびとしてはそう提案するぴょん」

 

 クリアガイアの回答は沈黙だった。

 

 おいそれと了承出来る訳がなく、さりとて拒絶するにもらびらびの理屈は否定出来ない。彼女は自身の秘密を語れない。妹の秘密を語る訳にはいかない。

 

 よって答えが出ないまま、数分ほど重い空気が場を満たす。彼女はひたすら考えを回し、年少の二人は不安そうにお互い顔を見合わせる。

 

 そんな緊張に満ちた沈黙を、耕太郎の唐突な暴露が打ち破った。

 

「今日の結界、嘘に反応するんだって」

「……グレイ、どうして」

 

 らびらびにそれを伝えたのか。

 

 続く言葉とクリアガイアの受けた衝撃、動揺は口に出さずとも耕太郎に伝わった。それほどに、今日の尋問の中でもっとも強く大きく、彼女の瞳は揺れていた。

 

 耕太郎はそれを正面から見つめ受け止め、一度だけ強く頷いた。クリアガイアは瞳を閉じてから頷き返し、不安を飲み込んだ。

 

 さて、今回彼女が用意した結界は特別性、耕太郎が述べた通り嘘に反応するものである。発言者の内容と内心を自動的に精査し、異なった場合は結界の指定箇所、今回は空の一部が僅かに光るようになっている。

 

 しかし、ここまで結界は一度も反応していなかった。つまり、らびらびは少なくとも嘘は吐いていないということになる。

 

「あれこれ言っておいて、結局騙し討ちみたいなことしてるよね。ごめん」

「怪しい相手の尋問をするのだからそれくらいの準備は当然、むしろちゃんと用意していて安心するぴょん。耕太郎、ちなみにその結界は反応したぴょん?」

「してないみたい」

「よかったぴょん。それなら、らびらびの潔白は証明されたも同然ぴょん!」

 

 事実と言葉とは裏腹に、らびらびに集まる視線には未だ疑念が積もっている。相棒の耕太郎でさえ、呆れと共に疑いを向けていた。

 

 魔法少女達よりも付き合いが長い分、疑念の質はともかく量は彼の方が多い。

 

 彼はその内の一つを、十一月のショッピングモールでの戦い以来聞き忘れていたことを唐突に思い出した。

 

「じゃあついでに最後に一個だけ、俺からも質問いい?」

「もちろんぴょん!」

 

 耕太郎の何気ない問いかけに、らびらびも特に気にせず返事をした。

 

「らびらびが俺に結ばせたかったのって、魔法少女の契約と血盟の儀、どっち?」

「……………………………………………………………………………………………」

 

 けれども、その問いには答えられなかった。

 

 らびらびが先ほど語った自身の目的、レギオンへの対応が真実であるのなら、当然魔法少女の契約に決まっていると返せばいい。彼に躊躇う理由はない。

 

 しかし、仮にらびらびの望みが血盟の儀であるのなら、不安定だった耕太郎の魂と身体を結びつける儀式が、彼の命を繋ぐことが目的であるのなら、全ての前提が狂ってしまう。レギオンを倒すための使者、という存在理由すら疑われる。

 

 よって嘘を探知する結界が作動したとしても、らびらびは前者だと即答すべきだった。その後これまで通り、曖昧な言動でクリアガイア達を煙に巻くべきだった。

 

 それが道理である。しかし、いつの時代も道理に背くのは欲望、あるいは情だ。

 

 今の耕太郎ではまだ、らびらびの内心は深く読み取れない。それでも、理由は分からずとも、どちらかが本命だったのかという本質だけは察した。

 

「こんな感じだからさ、笑っちゃうくらい胡散臭い、滅茶苦茶に怪しい生き物だけど、俺の命の恩人で仲間なんだ。だから皆もとりあえず、ほんの少しだけでいいから信じて欲しい。お願いします」

 

 だからこそ彼は相棒を背に庇い、三人の魔法少女に向けて深く頭を下げる。

 

 訪れたのは長い長い沈黙。それを破ったのは、クリアガイアの深い深い溜息だった。

 

「怪しいことこの上ない。結界が反応しない、嘘を吐いていなくても、どこもかしこも疑わしくて信じられない」

「ガイア」

「でもその生き物が貴方の味方だということだけは、間違いないようね」

 

 ぱっと耕太郎の表情が明るくなる。その顔を見て、もう一度クリアガイアは溜息を漏らした。ただし、今回のそれは軽い、温かみに満ちたものだった。

 

「提案通り、ひとまずは協力する。二人もそれでいいかしら?」

「はい。その、私はよく分からないので、皆にお任せします」

「あたしもいい。まあ、怪しいところあったらすぐ燃やすけど」

 

 クリアガイアとは異なり、小学生の二人はもとより脅威を理解しきれていない。そのため信頼するリーダーが認めた以上、彼女達が否定する理由はなかった。

 

「という訳で、執行猶予付きだって。よかったね、らびらび」

「……それ、有罪になってるぴょん」

「そうなんだ。裁判とか全然分からないからなぁ」

 

 ぼんやりとした耕太郎の相槌にらびらびは胸を張り、何かを隠すよう大げさに語った。

 

「安心するぴょん。らびらびはその手の法律関係も、特に抜け穴とかダーティなものは得意だから、必要な時はお任せして欲しいぴょん!」

「こいつ疑い晴らす気あるのか?」

 

 結界は最後まで反応しなかった。

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