ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第6話「席替え」

 何も起こらない穏やかな日常は驚くほど早く過ぎていく。事件ばかりの慌ただしい時間にも負けないくらいのスピードだ。

 

 気がつけば年末年始どころか冬休みも終わっていて、今日はもう始業式の日。

 

 寝ぼけた頭で登校した教室には、久しぶりに会う同級生の姿があった。

 

「財前あけおめー」

「ああ、あけましておめでとう。今年もよろしく頼む」

 

 自覚するほど休みボケしている俺とはまったく異なり、財前は完全に準備万端だ。

 

 制服は俺も七海ちゃんのおかげできちんとしているけれど、立ち居振る舞いがもう全然違う。

 

 このままどこかの社交場に放り出してもまったく違和感がない。そう感じるほど財前は表情も姿勢も整い切っている。

 

 そしてそのキレのある動きのまま、財前は俺に頭を下げて来た。

 

「冬休みは申し訳なかった。君の誘いは嬉しかったんだが、どうしても予定がな」

「や、こっちこそごめん。そういや金持ちの家って年末年始忙しいの忘れてた」

「……時々君は、僕が財前家の一員であることすら忘れている気もするが」

「忘れるも何も、そもそも財前家がどういう家か知らないし。というか興味もないし」

 

 金持ちの御家事情は触れると死ぬほどややこしくて面倒。そして中の人達は大体性格に難がある。サンプルは血縁上の父、その他血が繋がってしまっている本家の皆様である。

 

 難はないけど様子がおかしい俺の友達は、目の前にいる財前透ご本人。

 

 だから家族はどうでもよくて、わざわざ財前家がどうとか変な探りを入れても何も面白くはない。好きな揚げパンの種類でも聞いた方がまだ建設的だろう。

 

 また、休みの間遊びに行けなかった理由が、財前と同じく冬休みに予定が合わない人がもう一人いる。実家の神社でお手伝いをしていた朝地桜さんである。

 

「それにほら、家の手伝いで年末年始忙しいのは、財前だけじゃなかったから」

「なるほど。二人駄目だったから、結局冬休み遊びに行くのは取りやめたのか」

「……俺はいいんだけど、二人きりだと、ちょっとこう、ね?」

 

 朝地経由で確認したところ、前野さんとだけなら遊びに行けそうだった。

 

 でもそれだと、二人で遊ぼうだなんて声をかけると、なんというか妙な誤解、変な期待を与えてしまうかもしれない。

 

 田中の兄ちゃんが唾棄していた自意識過剰なモテ人間みたいで、自分で言っててとても微妙な気分になる。けれど財前が眼鏡を光らせて賢明だと言わんばかりに頷く以上、俺の懸念は正しかったらしい。

 

 それに軽く事情を濁して聞いてみた葵さんも、思いのほか真剣に答えてくれた。

 

『うーん、そうだねぇ。このご時世、こうくんの気にし過ぎ、とは言えないか。もう中学生だし、男の子だし、気にし過ぎなくらいな方がちょうどいいよね。それにその子も、こうくんにその気がないのにその気にさせちゃうのは、確かに可哀想かな』

 

 ついでに冬休みの間ほとんどずっと、その時も一緒にいた七海ちゃんまで考えてくれた。

 

『そうだよ。だから兄さんは遊びに行かないで、ずっとお家にいればいいんだよ?』

 

 なんかこれ意味合い違う気がするな。

 

 これに限らず寂しがり屋な七海ちゃんの言葉の裏に、最近結構な束縛感を覚えることが増えて来た。

 

 正直、向けられて悪い気はしない。というか気持ち悪い話、猿真似でも兄もどきが出来てるんだな、なんて嬉しく思う自分がいる。昔俺もこういうところあったな、と懐かしむ自分もいる。

 

 きっと田中の兄ちゃん達を毎日待ちかねていた頃の俺と今の七海ちゃん、差異はあっても似たような気持ちなんだろう。

 

 二人はそんな俺の想いになるべく応えてくれていた。だから俺も、出来る限り七海ちゃんの望みは叶えてあげたい。もちろん隙があれば遊びには行きたいけど。

 

 そんな決意の裏、遠く離れた席で前野さんと朝地が会話を交わしていた。

 

「あーあ、朝地さんの巫女さん姿見たかったなぁ。せっかく朝地さんのお家まで初詣行ったのに、結局全然見つけられなかったし」

「私は裏の方で掃除や作業をしてたから。事前に来るって言ってくれたら迎えに、は行かないわ、絶対」

「うんうん。そうやって恥ずかしがって来てくれないと思ったから、サプライズしようと思ってたの。それで朝地さん、ちゃんとその時巫女服着てた?」

「……赤と白の服は着てたわ」

 

 また無駄な抵抗してる。それジャージじゃん。

 

 最近ちょくちょく感じるようになった朝地の変なところを見守った後、視線を財前に戻した。

 

「休み終わっちゃったけど、今度こそ皆で遊びたいな。財前は今週の三連休どっか平気?」

「すまない。今週末は成人式の準備があるんだ」

「おー、開催側の人だった」

「僕じゃなくて財前家だがな。僕はあくまで、将来のための顔繫ぎが本命だ」

 

 そこで一旦話を区切り、財前は大きく溜息を吐く。

 

「昨年本家の当主と候補の方々が突然亡くなられた影響で、ここ半年一族全体がとても浮足立っているんだ。本来なら、僕にこのようなお役目が回って来ることはありえないはずなんだが」

「ふーん。財前家も大変だね」

「……露骨に興味を失ったな」

 

 実際ない。特に金持ちの御家事情とか、聞くだけで巻き込まれそうでとても面倒くさい。

 

 耳でもほじりそうなほどに興味関心のなさを示す俺の様子を、財前は愉快そうに一笑する。そしてお返しとばかりに聞いて来た。

 

「それじゃあ、今の君の興味は?」

「今日って何やるの? 確かまた半日ぐらいで終わるよね」

「終業式の日と大して変わらない。強いて違う点を言うなら」

 

 思い出すようにふと天井を見上げた後、財前は教室全体、並ぶ机と椅子を見回した。

 

「恐らく、あとで席替えをするくらいだろう」

 

 

 そんな財前の予想は正しく、始業式が終わった後のホームルームで席替えが行われることになった。今回はくじ引きでランダムに決めるらしい。

 

 もっとも、教卓の周りでがやがやと大騒ぎしている大半の女子とは異なり、俺と財前は大人しく席に着いている。

 

 そのまま振り返ってすぐ後ろ、教室の壁に寄りかかる新田先生に問いかけた。

 

「俺達はここ、最後尾固定なんですね」

「……慣例的に、どうしてもな。男子が前にいると女子生徒の気が散って、授業に悪影響が生じることが多いから」

 

 黒板じゃなくて男子を目で追うとか授業の間もちょっかいを出すとか、そのプレッシャーで男子生徒のメンタルがやられるとか。これまでに色々と問題が起こったらしい。

 

 二か月くらいこの変な世界の学校に通ったおかげで、なんとなくその様子は目に浮かぶ。

 

 想像通りもしも情熱的な女子に囲まれてしまったら。インペリアルクロス。間違いなく真ん中が一番危険な場所だ。

 

 だから俺達が席替えに参加出来ないのは納得出来るけれど、残念に思う気持ちもあった。田中の兄ちゃんが毎年最低三回は大騒ぎしていた席替え。一度くらいどういうものなのかやってみたかった。

 

 席替え。それは大体一学期に一度訪れる、大いなる運命の分かれ目。

 

 かつて田中の兄ちゃんがそんなことも言っていた。そして鈴木の姉ちゃんは、九割くらい誇張してるから適当に聞き流してね、とも言っていた。だから面白いものではあっても、実際はそこまで必死になるものじゃないんだろう。

 

 そう思っていたのだけれども。

 

「……誰から引く?」

「ほら委員長、先陣切って先陣。ファースト、なんだっけ、インゲン? でしょ」

「ペンギンだよ! それに今日は私最後、最後がいい! 残り物には福があるから!」

 

 クラスメイト達は想像よりもずっと本腰を入れて臨んでいる。あまりにも真剣だからか、あそこに集まって十分経つのにまだ誰一人としてくじを引いていない。

 

 わーわー騒ぐだけ騒ぐ光景を見ていると、後ろから溜息が聞こえた。新田先生が深い、それはもう深い溜息を吐いている。

 

 これは怒られてくじ引きどころじゃなくなるかな、と思ったその時、一人の女子が突然口火を切った。

 

「うわー、委員長だっさー」

「は?」

「だってビビってるんでしょ? 残りものなら悪い席になっても自分で選んだ訳じゃないしー、とか予防線引いてるんでしょ? へー。代々八百屋の癖に、クジ引く前に芋引くんだー」

「なんだとこの野郎! 八百屋は関係ないだろ!」

「そこはほんとごめん。言い過ぎた」

 

 なんだかよく分からない挑発の末、結局袴田さんが一番最初に引くことになったらしい。

 

「よっしゃ引いたらぁー!」

 

 やたらと雄々しい叫びと共に、袴田さんは箱からくじを取り出した。

 

 続けてさっきまでの動きとは正反対、今度はどこかおずおずとした小さな動きで、そっとくじを開いて中を覗き見る。

 

「──」

 

 そして石のように固まった。

 

「委員長? おーい?」

 

 周りの女子達が呼びかけても、肩を揺すっても叩いても、袴田さんは微動だにしない。

 

 やがてしびれを切らした子がくじを手から引き抜き、ぱっと広げた。

 

「どれどれー。委員長の席は、うわ、廊下側の一番前か」

「時枝くんたちとは対極の場所だ。こりゃ討ち死にだね」

「じゃあこの固まってるの死後硬直かぁ」

 

 憐みを込めて袴田さんを席に戻した後、女子達は再びクジ箱の前に集合した。

 

 そして顔を寄せ合って、真剣極まりない様子でクジ箱を覗き込む。

 

「残る大当たりは時枝くんの前と横。確率的には」

「当たるか当たらないかだから五十パーだよ」

「脳筋かよ。いや、でもその心意気こそ勝利を掴み取る力なのかもしれない」

「もうこの際財前の近くでもいい。とにかく後ろの方、出来れば時枝くんの周りでー!」

 

 そんな感じでわいわいと、やんややんやと女子達はなおも騒ぎ続けている。

 

 楽しそうなのはいいんだけど、醸し出される熱量が凄い。クリスマス前を思い出す。

 

 親切な前野さんと妄想しなければ物静かな榎本さんがご近所さんだったから、今まで俺は平穏にやってこれた。

 

 けれども、この間みたいにうるさ、じゃなくて情熱的なアプローチをする子に囲まれたらどうしよう。

 

 今更ながら不安になってきた俺は、教室の対角線から一瞬飛んで来た視線に反応する余裕がなかった。

 

「……仕方ないか。あんな顔、見ていられないもの」

 

 そしてそこから聞こえた不思議な独り言については、意味を考えようともしていなかった。

 

「……なんか今、箱光らなかった?」

「ふっ。それは私の運命力の輝き。この通り、私こそが最高の席を……!?」

「教卓の真ん前じゃん。ざっこ」

 

 袴田さんが率先してくじを引いてくれたおかげで、ようやく皆決心がついたらしい。

 

 それからは次々とくじを引いていき、数分もしない内に席が決まった。悲喜こもごもの結果に従い、俺達以外がたがたと机と荷物を持って移動して。

 

 結局俺の前に座ったのは、もうすっかり見慣れた友達だった。

 

「一番遠かった朝地さんが一番ご近所さんになった」

「……それで?」

「一番安心感ある人が来てくれて安心した」

「そう」

 

 素っ気ない返事をする朝地も、どこか胸をなでおろしているように見える。

 

 色々とあったけれど今の俺達はれっきとした友達。席替えで仲がいい人の近くになって、朝地だって安心したんだろう。

 

 その上ここにはもっと仲良し、俺と朝地にとっても親しい人がもう一人いる。

 

「そして前野さんが横野さんになった」

「あー! とうとう時枝くんまで名前の雑弄りを!」

「実は前からちょっとやってみたかったんだ」

 

 友達っぽいじゃれ合い方で羨ましく思っていた。ようやく実行出来て満足。

 

 意地の悪い笑みを浮かべているだろう俺にむっとしたのか、前野さんは渋い顔をした。

 

「そういうことすると、私からもお返ししちゃうよ?」

「本当? 楽しみに待ってるね」

「むむむ、なんて挑発、じゃなくて、これは本当に楽しみにしてるパターン!?」

 

 更に眉間に皺を寄せて、前野さんは考え込んでしまった。前の席の朝地から呆れた視線が飛んでくる。それでも俺は撤回せず待った。

 

 以前の俺はセンシティブな苗字と地雷の血縁関係を抱えていたから、田中の兄ちゃんでさえその辺りはネタにはしなかった。だから実は、雑弄りされる方も体験してみたかった。

 

 俺から、意外なことに何故か朝地からも期待の視線を送られて、結局前野さんはそのプレッシャーから逃げた。

 

「ざ、財前は、財前、前なのに、いつまで後ろの席にいるの?」

「何故僕に飛び火する」

「だって時枝くんの名前、どこを雑に弄ればいいか分からないし!」

「……まったく、それは八つ当たりだろう」

 

 大げさに肩を竦めた財前は、大仰に首を横に振る。

 

「やれやれ。自分が期待されているのだから、右野も少しは努力を見せるべきだ」

「そうは言っても、いやちょっと待って? 今右野って言わなかった?」

「ああ。時枝の右隣に移動したのだから、君は今日から右野だろう」

「我が家の苗字って時枝くんとの位置関係で決まるの!?」

 

 そんなツッコミから、ぎゃーぎゃーと俺を挟んで財前と前野さんの応酬が始まった。

 

 左から来る冷静なボケとそれに応える右の冴えたツッコミ。それが何度も続く。

 

 両方を堪能している内に、自然と感想が口から零れ出た。

 

「平和だねー」

「これを聞いてそれを言うの……?」

 

 気のせいか、朝地に引かれてる気がする。

 

 だけどもクリスマスイブ以降レギオンが出ることはなく、クリスマスに朝地とは仲直り出来た。

 

 心配が消えたそれからの毎日は、楽しく健やかなだけの穏やかな日々。終わってしまった冬休みも、今繰り広げられている漫才だって平和な日常があってこそ。

 

「このままずっと、こんな感じだったらいいなぁ」

「……ええ、そうね」

 

 続いて口に出た願望には、引いていたはずの朝地も同意をしてくれた。

 

 そして気のせいじゃなければ、その口元は微かに緩んでいた。

 

 

 

 耕太郎達が始業式を終えた日の夜。駅前の巨大なスクランブル交差点を見下ろすビルの屋上に、今日の彼らは集まっていた。

 

 そこから真下を、交差点の中央に立つ黒の異形を指差しながら、クリアシャインは小さく姉に呼びかける。

 

「……姉さん」

「……なに?」

「……あれ、なに?」

「……レギオン、じゃないかしら」

 

 あからさまな見た目も、クリアガイアが唱えた魔法も、眼下の存在がレギオンだと告げている。彼女がこの先一か月は出現しない、などと先日断言したものだと告げている。

 

 沈黙が少しの間流れ、冬の冷たい風が吹いた後、クリアシャインはぼそっと呟いた。

 

「姉さんの嘘吐き」

「…………………」

 

 クリアガイアは気まずそうに目を逸らした。

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