ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

59 / 72
第10話「この世界変な人多くない?」

 ヴェインさんに合わせて俺達も自己紹介をした後、気づけばシートに座って荷物番をする男組、犬と遊ぶ女子組の二手に分かれていた。

 

 七海ちゃんが人見知りしたのと、ヴェインさんの連れていた子犬、ポメラニアンのアインに興味を惹かれていたこともある。

 

 ついでに前野さんは、ここにいると私は欲望に負けてしまう、と至言を残してから七海ちゃんを追うように駆けて行った。

 

 こうしてその場に残された俺達は、というより俺は、沈黙の気まずさを嫌ってなんとか雑談を持ちかける。会話の中身はヴェインさんの仕事について。なんとヴェインさんの職業は科学者、専門は生命科学という分野だそう。

 

「生命科学ってどういうことしてるんですか?」

「主に細胞や生体分子の働き、生態反応など幅広い研究をしているが、私の専門は遺伝子だ」

「うーん、遺伝子の研究。……そういう病気の治療とか、クローンとか?」

「概ねその理解で間違いない」

 

 曰く医療研究も生命科学の一分野らしい。だからもしかすると、俺も既にヴェインさんの研究のお世話になっているのかもしれない。

 

 こんな風に会話、というよりは質疑応答の感があるけれど、俺とヴェインさんは一応のコミュニケーションは取れていた。

 

 けれども向こう、七海ちゃんとアインに関しては、どうも上手くいっていないらしい。七海ちゃんは懸命に何度も声をかけているものの、アインは座り込んで無視を決め込んでいる。

 

「アイン、アインくん、アインちゃーん?」

「……」

「ど、どうしよう。こころと違って全然、こっちも見てくれない」

「それでは、私がコツを教えて進ぜよう」

 

 そこに颯爽と、右手にこころのリードを握り締めた前野さんが割り込んだ。

 

 前野さんは目を丸くしている七海ちゃんの隣にしゃがむ。それからリードを手渡すと、空いた手をアピールするようにひらひらと振った。

 

「しゃがんであげるのはよかったよ。それから手を出して軽く握ってー、手の甲をゆっくり近づけてー」

「……」

「匂いを覚えてもらったらー、そのままゆっくり身体を撫でて―」

「……わふ」

 

 説明通りの手順を踏んだ結果、最終的にアインは前野さんの手のひらに首を乗せた。もう片方の手で頭を撫でられてご機嫌らしい。ここからでも耳が垂れているのが分かる。

 

「この子ちょっと警戒心強いけど、こんな感じなら大丈夫。七海ちゃんもやってみて?」

「は、はいっ。ありがとうございますっ」

 

 凄腕ブリーダー前野さんだ。七海ちゃんの声も視線も尊敬に満ちている。

 

 そんな牧歌的な光景を目の当たりにしたからか、俺の中で話題の優先順位が変わった。今は生命科学より犬だ。

 

「可愛いですよね、犬。大きいのもいいけど、ヴェインさんちみたいな小さい子も。あの子は、ヴェインさんが好きだなぁって思って選んだんですか?」

「……? 私は特段、犬に関して感情は抱いていないが」

 

 変わらない表情の中、俺を映す瞳の中に微かな疑問が見えた。こっちはもっと大きい疑問生じたんだけど。

 

「ああ、にもかかわらずアインを飼っている理由か。先日、知人に情操教育の一環として勧められてね」

「ははぁ、情操教育。もしかしてお子さんのとかですか?」

「いや、私のだ」

「えぇ……」

 

 真顔でとんでもないことを告げられた。

 

 薄々感じてはいたけれど、この人だいぶ浮世離れしている。同じ浮いてる俺に察せられるぐらいだから、それも相当のレベルだ。

 

「……ちなみに、教育の成果あります?」

「ふむ、どうだろうか。それを明言するには客観的なデータが必要だが、生憎とこれは私の精神性の問題、現時点で私が提示出来るものは主観的感覚のみだ。クオリアの明示は困難であり、また過去の私と照合するためのデータは乏しく」

 

 駄目っぽい。

 

 つらつらと理屈っぽいワードは並んだけれど、情緒を思わせるものはさっぱり出てこない。口振りもまったく変わらず抑揚がなく、事務的という表現をそのまま音にしたようなもの。

 

 やたら整っている見た目も相まって、失礼ながらサイボーグ染みた印象を受ける。

 

「察するに、傍から見た成果はなさそうだ」

「……あー、で、でも、ほら、あれです。筋トレも三か月くらいで効果が出るって言いますし。ヴェインさんがあの子を飼い始めたのは」

「先月から、およそ一月になるか」

「じゃあまだ全然、準備運動くらいの段階ですって」

 

 七海ちゃんと葵さんと一緒に暮らすことで俺の心境が変わったのが、大体三週間くらい経った後のこと。それも魔法少女絡みの出来事がなければもっと時間が必要に、下手をしたら今でも病院にいた時と同じ心持のままのはず。

 

 だから少し、遠慮せずに言えば割と人の心がなさそうなヴェインさんなら、なおさら時間やきっかけがいるだろう。

 

「なるほど。確かに君の言う通り、検証期間はまだ不足している。あれを実験に回すのは一旦取りやめておこう」

「……実験? え、生命科学の、ですか?」

「守秘義務に反するため、残念ながらそれは言えない。恐らくは聞いたところで、君のような人間は気を悪くするだけだろう」

「いやもう、飼い犬を実験って時点で正直ドン引きですけど」

「そうなのか。中々難しいものだ」

 

 病院の外は魔境だ。そう思ってしまうほど、退院して以来パンチの強い人と出会うことが多い。その中でもヴェインさんは今までとは方向性が違う、相当な傑物だ。

 

 友達とドッグランに遊びに行っておきながら、この日俺が得たのはそんなよく分からない人との出会いだった。

 

 

 

 七海ちゃんはよっぽど楽しんでくれたのか、ドッグランから帰った後もしばらくの間興奮しっぱなしだった。

 

 帰り道も家に着いた後もこころ達とどう遊んだか俺に話してくれて、同じような話を仕事終わりの葵さんにもしていた。

 

 それを聞く葵さんも負けないくらい楽しそうだったから、誘った俺としては大満足の結果だ。話を聞きながら、時々にやにやしながら俺を見るのはやめて欲しかったけれども。

 

 そして一日経った今でも七海ちゃんのご機嫌は続いていた。

 

 七海ちゃんは本日も遊びに来た、リビングのこたつで寛いでいる陽香さんに昨日のことを満面の笑みで話している。

 

「それでね、こころもアインちゃんもすっごく可愛くてね」

「へぇ、写真とかある?」

「あるよ! 兄さんがたくさん撮ってくれたんだ!」

 

 七海ちゃんが見て見てと言わんばかりに取り出したスマホの画面を眺め、陽香さんは頬を緩めた。

 

「……犬と子犬ね」

「え、まだアインちゃんの写真じゃないよね?」

 

 画面を見ずとも分かる。今見ているのはこころと七海ちゃんが遊んでいる写真だろう。

 

 一人不思議そうに首を傾げる七海ちゃんに向け、陽香さんが極めて自然な動作で右手を差し出した。

 

「七海、お手」

「うん。って何やらせるの!?」

 

 見事なノリツッコミだった。陽香さんが満足そうにするのも納得だ。

 

「おかわり」

「……もうっ。二度とやらないからねっ!」

「そう、じゃあしょうがない。耕太郎さん、おかわり」

「はい」

「兄さん!?」

 

 通りすがりにせっかく振られたから乗ってみると、ますます陽香さんは満足げになった。

 

 その流れで俺もなんとなくこたつに入り込み、そのまま二人の会話に混ざる。

 

「七海ちゃんは犬っぽくて、陽香さんは猫っぽいよね」

「あら、そう? 七海はともかく、あたしライオンっぽいとはたまに言われるけど」

「一応猫科ではある」

 

 確かに家猫とライオンのどっちか、と聞かれたら陽香さんは確実にライオンだ。女の子には失礼かもしれないけれど、湧き出る雄々しさが違う。

 

 なんて納得のもと頷いていると、不意に袖を緩く引かれた。その先で七海ちゃんが非難混じりの上目遣いで俺を見上げている。犬は不満らしい。

 

「私ってそんなに犬っぽいの?」

「さっきお手してたじゃない」

「それは陽香ちゃんが意地悪だからでしょ! 兄さんもしてたし!」

「その耕太郎さんも、どっちかというと犬っぽい感じよね」

 

 二人の言い合いを眺めていたら陽香さんにより話の矛先が急カーブ、いきなり俺に向いてきた。ついでに二人分の視線も。

 

 じっと、七海ちゃん達に穴が開きそうなほど見られる。無言でこれだけ観察されると、いくら相手がこの二人でもなんかプレッシャー感じるな。

 

 その圧力から逃れるため、俺は思いつきの言葉で沈黙を破った。

 

「俺も犬っぽいかぁ。自覚ないんだけど、どういうところが?」

「そうねぇ。素直なところとか、人懐っこいところとか」

「……年下の子に言われると、ちょっと微妙な気分になるとこだね」

「あら、ごめんなさい。でもいいところでしょ? 姉さんも前そんなこと言ってたし」

 

 陽香さんだけでなく、朝地にも犬っぽいと思われていたらしい。褒められている気はするのだけれども、嬉しいかと言えば。

 

 このなんとも言えない気持ちを共有したい。そう思って振り返った時、七海ちゃんは今日一番の、ぱあとした眩しい笑みを浮かべていた。

 

「じゃあ私と兄さん、お揃いだね!」

「……お揃いだと嬉しいの?」

「うん!」

「そっかぁ」

 

 昨日の帰り道にも負けないくらいのご機嫌さ。さっきまでの不満はどこへやら。

 

 それはいいこと、いいことだとは思うのだけど、なんか、なんかこう、あれな気がする。ずっと見ないようにしていた、気づかないようにしていた、七海ちゃんのヤバいところが見え隠れしているような。

 

 参考意見が欲しくなった、もしくは不安を内に留めておけなくなったから、陽香さんにそっと耳打ちする。向こうも俺と同じ、微妙な表情をしていた。

 

「七海ちゃんって、昔からこんな感じ?」

「こんな感じになっちゃったのは、多分耕太郎さんが退院してからね。でも、あたしも仲良くなったのは去年の夏くらいからだから」

「意外、てっきり幼馴染かなんかだと」

 

 つーと言えばかー、みたいな雰囲気がある二人だ。田中の兄ちゃんと鈴木の姉ちゃんのように幼馴染だと思っていたのに、どうも違うらしい。

 

 思いがけない事実に驚いていると、またしても袖を引かれた。しかも今度はとても強く。

 

「もうっ、二人だけで内緒のお話?」

 

 そして前回よりもよっぽど不満そうに。

 

「ごめんごめん。学校での七海ちゃんについて聞きたくてさ」

「学校のこと? でも兄さんにはいつもお話してるよ?」

「第三者目線から伺いたかったというか、あー」

 

 訝しげな視線を七海ちゃんに、そんな話をしていなかった陽香さんからも向けられる。

 

 咄嗟に出してしまった言い訳だけど、むしろちょうどいいかもしれない。どうせ俺に回りくどいことなんて出来ないんだから、ここで正面から聞いてみよう。 

 

「はっきり言っちゃうと、冬休みの前と学校始まってから七海ちゃんの様子がおかしかったから。それでもしかしたら学校で何かあったんじゃないかと思って、陽香さんに聞いておきたくて」

 

 我ながら唐突かつ曖昧な聞き方だった。にもかかわらず、効果は絶大だった。

 

 七海ちゃんは、何故か陽香さんまで、あからさまに目が泳ぎ始める。

 

「い、いやー、わた、私たち、全然、何も困ってないよねー?」

「え、ええ、そうそう、そう! あたしたち、何にもトラブルとか抱えてないから!」

「滅茶苦茶ある感じ」

 

 それどころか、返答は聞いたこっちが驚くほどにぐたぐだだった。

 

 わざとかと思うくらい隠し事が下手だ。別の方向で心配になって来た。

 

 呆れて続きを待っていると二人はそっとこたつから立ち上がり、素早く部屋の隅に移動する。そして俺の方をちらちら見ながら、絵に描いたような内緒話を始めた。

 

「よ、陽香ちゃん、どうしよう。不安だったこと、兄さんに気づかれてるなんて」

「ええ、正直驚いた。耕太郎さんって七海のことよく見てるのね」

「……うん、そうみたい、えへへ」

「えへへじゃなくてね?」

 

 べしっと陽香さんのチョップが決まる。それをきっかけに更に声が小さくなったのか、二人の内緒話は聞こえなくなった。

 

 それから数分後、暇になってみかんの皮を出来るだけ細く剝いている間に、ようやく二人の相談も終わったらしい。回答の時間となった。

 

「学校は、毎日楽しいよ? 卒業するのはちょっと寂しいけど、中学校は楽しみだし」

「それに卒業って言っても、大体学校の皆そのまま上がるしね」

 

 さっきとは打って変わっていつも通りの、嘘偽りなんてない口ぶりだ。

 

 学校は楽しい。中学も楽しみ。それならどうしてこの時期に。

 

 感じた疑問を言う前に、ストップでもかけるかのように陽香さんが俺の前に手をかざす。

 

「七海を心配してるのは分かる。でも残念だけど、耕太郎さんには教えられないの」

「……どうして?」

「これは、女の世界の話だから!」

 

 あまりにも堂々とした、清々しさすら感じる宣言に一瞬言葉を忘れた。

 

 それを狙っていたのか、それとも普通に素の発言だったのか。

 

 続く陽香さんのもったいぶった言い方的に、恐らく後者の可能性が高い。

 

「女にはね、貧弱な男の子には教えられない世界があるの。耕太郎さんも興味があるかもしれないけど、分かってくれる?」

「お、おお?」

「大丈夫、心配しなくても平気。ここだけの話、姉さんも一緒にしてることだから」

「……朝地も。なら、安心?」

 

 いや本当にこれ安心か? 朝地って大層な雰囲気こそしてるけれど、普通に間が抜けてるところあるし。

 

 内心疑問を抱えつつ、陽香さんの勢いに呑まれてその場の追及は終わった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。