ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

60 / 72
第11話「イデア」

 不気味な月明かりだけが世界を照らす結界の中、屋上の手すりに寄りかかりながら、耕太郎はクリアガイアに家での出来事を話をしていた。

 

「て感じで、変な風に誤魔化されちゃってさ」

「……………………………………それを私に言うのは、どういうつもり?」

「つもりもなにも、ただの愚痴? あとは女の世界とか本当にあるのかなー、みたいな確認も込めて」

 

 耕太郎に他意はない。ついでに知識もない。そのため配慮が出来るはずもない。

 

 彼は、ついでにクリアシャインとクリアオーシャンは、この期に及んでお互いの正体を知らない。これは妹と妹分の友情を守るため、クリアガイアが定めた方針によるものだ。

 

 前回の尋問にて不意を打たれ問い詰める機会を失っていた重要事項。らびらびが彼女達の素性を知っているかどうか。

 

 それを先日問いかけた答えが、以下の一言である。

 

『以前の君達のような危険人物、知っていたら近づかないよう注意するぴょん』

 

 らびらびの方針、魔法少女を危険視しているため耕太郎を別行動させるつもりだった、という言葉は真実だった。これは嘘を見抜く結界が証明している。

 

 そのためこの答えをそのまま受け取れば、らびらびは魔法少女の素性を知らないことになる。なにせ耕太郎は七海の兄として日々を送り、また陽香ともそれなりに親しい。

 

 そして何より紆余曲折を経た結果、桜とは立派な友人となった。らびらびが忠告していれば、彼女の正体を知っていれば起こりえないはずの変化だ。

 

 しかし本名よりも重大な秘密、彼女達が魔法少女になった経緯をらびらびはほのめかした。それを知りながら、素性は分からないということがあり得るのか。

 

 三日ほど眠れぬ夜を過ごしてから、彼女は決めた。らびらびは知らないということにしておこうと。あのウサギもどきが耕太郎に教えていなかったという事実に一点賭けをして。

 

 よって桜が、クリアガイアが今内心頭を抱えているのは、正体を明かさないと決めた彼女の自業自得である。以前の事故と同じく、彼に責任は一切ない。

 

 そう考えている彼女は、溜息を重ねることで心中の葛藤を鎮めた。

 

「貴方の想像しているものかどうかは知らないけれど、男の子には見えない、見せない話や関係は確かにあるわ」

「へー、どんなの?」

「……言ったでしょ。男の子には見えない、見せないものだって」

「それもそっか」

 

 耕太郎は朝地姉妹に犬っぽいと称される所以、年齢不相応の素直さを再び発揮していた。

 

 そのあまりにも無防備な、幼気な返事と表情に、自然とクリアガイアの心も緩む。そしてリラックスしたおかげか、好奇心がそのまま言葉になった。

 

「男の子にも、そういうものはあるのかしら」

「あるんじゃない?」

「適当な返事ね」

「俺も話には聞いたことあるけど、今はそんな世界作れるほど男いないしなぁ」

 

 退院前の耕太郎に男だけの世界を作れるほどの交友関係はない。加えて最も親しかった田中平司には異性の幼馴染、半身とも呼べるほどに深い仲の鈴木奈美がいた。彼らの間に秘密はなく、作ろうとしても全て秒で瓦解していた。

 

 昔を懐かしむ耕太郎の横で、クリアガイアは今度は気まずげに視線を逸らす。そして気づかれる前に、それは咳払いでどこかへ片付けた。

 

「雑談は終わり。これを見て」

 

 クリアガイアが錫杖を振るい、先端から光とともに取り出したのは水晶のような何か。手のひらほどのそれに色はなく、ただ純粋な輝きだけを辺りに放っていた。

 

「この間のあれに似てる。ただの水晶玉、じゃないんだよね?」

「これはイデア。分かりやすく言うと、もの凄い魔法の力を秘めている道具よ」

「もの凄い」

「……その目はやめて。そうとしか言いようがないの」

 

 男の子、耕太郎の語彙に合わせたつもりで生じた悲しいすれ違いだった。

 

 クリアガイアは生来、男と距離を取って過ごしてきた。そのため異性の友人との正しい接し方などまったく分からず、席替えの日から毎晩いい感じの会話を布団の中で考えている。今回は不発だった。

 

「もの凄い魔法の力かぁ。具体的にどういうこと出来るの?」

「なんでも出来るわ。それこそ願望機、なんて呼んでもいいくらいには」

「それが本当なら滅茶苦茶もの凄いけど、じゃあなんで」

「今までこれを使っていなかったのか、かしら?」

 

 強力なレギオンの対処や怪しい存在、自身の調査。

 

 今初めて聞いた耕太郎が一瞬で浮かび上がる程度には、これまでイデアを使うべき場面はいくつもあった。

 

 にもかかわらず使用した形跡がない理由を、クリアガイアは淡々と告げる。

 

「秘めた力が大きすぎてコントロール出来ないのよ。たとえば、貴方のことを調べるためにこれを利用したとする。するとどうなると思う?」

「……もの凄いんだから、全部丸わかりになるとか?」

「ええ、恐らく丸わかりになるわ、文字通り貴方の全部が」

 

 首を傾げる耕太郎に対し、クリアガイアは重々しい口振りで続ける。

 

「主観的なもの以外全て、貴方に関する情報が同時に注ぎ込まれてしまうはず。でも人の頭は、そんな膨大な情報量にはとても耐えられない」

「……頭がパーンってなる?」

「良くて廃人、最悪の場合は死に至るでしょうね」

 

 人間の物理的な身体情報は、仮に遺伝子の塩基配列に限定したとしても、約三十億文字で構成されている。これだけで容量にしておおよそ七百五十メガバイトになる。

 

 更に塩基それぞれの情報や実際に身体が作られる過程、十四年間の変化も含めると、情報量は比較にならないほど増大していく。よって身体的な情報の極一部のみでも莫大な量となる。

 

 更にそこへ概念的な情報も無限に加わるのだから、とても人間の頭で処理出来るものではない。

 

「私が一度使った時は変身していたから、一週間寝込む程度で済んだけれど」

 

 『探知』の力を持つ、情報処理に長けたクリアガイアですら強制的に変身解除され、後遺症が残る可能性もある。

 

 イデアはただそこにあるもの。人の言葉で無理にでも形容するならば、現象や力そのものに近い。使用者を気遣うような機構は存在しなかった。

 

「他の使い方でもそう。何をするにも、コップに水を入れるため滝に投げ込むようなもの。過剰なまでの力を発揮して、何もかも壊してしまう可能性が高いわ」

「取り回し悪いなぁ。最初は凄そうって思ったけど、それ持ってるだけ損じゃない?」

「そうね。あの日からずっと、爆弾を抱えている気分」

 

 言葉を一度区切り、クリアガイアは大きく息を吸った。

 

「そしてこのイデアは去年の七月七日、七夕の夜に突然空から堕ちて来たもの。これが、私たちがこの力を手にしたきっかけ」

「……いいの? それ話して」

「あのウサギではないけれど、貴方にもまだ言えないことはあるわ。申し訳ないとは思ってる」

「や、別に」

「それでも、話せるだけ話しておかないといけないと思ったから」

 

 耕太郎の気遣いを遮って、クリアガイアは彼を見据えた。決意を受け取って、彼は話を促した。

 

「あの日訳も分からず何が起こったのか知りたいと願った私に、イデアは『探知』の力と現状に関する知識を与えたわ。悪と理不尽に強い怒りを抱いていたシャインには『正義』を。オーシャンには」

「……オーシャンには?」

「いつか、あの子から自分で聞いてあげて。これは私が話していいことじゃないから」

 

 今のクリアガイアに語ることが出来たのはこれだけ、ほんの僅かな内実のみ。それでも耕太郎は真剣な面持ちで受け止めた。

 

「イデアに関しては、今はこれくらい。次はこれを見て」

 

 彼女は錫杖を振るい、イデアをその中に収納する。そしてもう一度振るい、今度は別の球体を取り出した。

 

 それは先日彼女達がレギオンを倒した後、壊れたバイクと共に残されたもの。不思議な力を感じさせる、金色の宝玉のようなものだ。

 

「……なんとなく、イデアに似てる気がする」

「そして、私たちのクリアシフターにも似ている」

「え、そうなの?」

「正しくは、クリアシフターの動力にね」

 

 魔力の色がもたらすそれぞれの力、その根源に近い『火』や『氷水』などの概念を形にしたもの。それが魔法少女の振るうクリアシフターを稼働させている。

 

 今回の宝玉と構成が似ていることにクリアガイアが気づいたのは、調査を始めたその日の夜のこと、開始数分のことだった。

 

 それでは何故ここまで調査が難航しているのか、十日以上経った今も終わりが見えていないのか。

 

 その理由を語るため、彼女は助走として現時点で判明した事実を伝えた。

 

「これまで調べて分かったのは、これもある種の概念が宿った結晶みたいもの、だということ」

「またややこしい話になってきた」

「我慢して聞いて。貴方にまで全然分からないで放り出されたら困るわ」

 

 あらかじめ家で説明されていた妹、そしてその時偶然遊びに来ていたクリアオーシャンは既に理解を放り出していた。

 

 彼女達はまだ小学生。概念などと重苦しい二文字を前にしてしまえば、逃げの一手を打つのもある意味当然ではあった。

 

 そして耕太郎もその子供達とたった二歳差。与太話であればともかく、真面目な話で概念という概念に向き合う器量はあまりない。

 

 ないのだが、クリアガイアの珍しい露骨な困り顔を前にした彼は、懸命に頭を回した。

 

「……概念が宿ってるっていうと、じゃあこれ疾風とか切り札とかそういう、強化用の属性アイテム的な?」

「属性アイテム的な、は私の方が分からないけれど、その可能性はあるわ」

「いや分かんないんかい」

 

 その甲斐はあまりなかったが。

 

「とにかくこれが、私たちのものと同じ概念の結晶なのは間違いないと思う。でも、言葉にすると難しいのだけれど、とても大きな違和感があって」

「そこは頑張って言葉にしてもらって」

「……概念にしては一方的な見方、偏見? のようなものを感じるの」

 

 この結晶は『ロボット』の概念が結晶化したものだとクリアガイアは語る。

 

 ロボット。有体に言えば、自動的に動く機械全般のことを指す。

 

 しかし前回のレギオンが発揮した力は、彼女がこの結晶から見出した概念は、フィクションに登場するような戦闘用のものばかり。いわゆるスーパーロボットに準ずるものだけだった。

 

 先日の摩訶不思議な戦いを思い出しながら、耕太郎は無意識に呟く。

 

「偏見偏見一方的。個人的、自分的、主観的、……主観?」

 

 そして思い付きのまま言葉を並べる内、なんとなく答えに辿り着いた。

 

「あー、あれじゃない? この間社会の授業でやってた小難しいの」

「…………この間と言われても、貴方と同じ授業を受けていたとは限らないわ」

「いや義務教育なんだから受けてる授業は一緒でしょ。同い年だし」

 

 クリアガイアの無駄な抵抗、耕太郎は無駄ということすら知らない、を一蹴した後、彼は指を一本立てながら得意げに語る。

 

 ちょうどそれは先日、ドッグランにて聞きかじった言葉でもあった。

 

「そう、確か、あれ。クオリアってやつ」

 

 クオリア。個人の感覚意識やそれに伴う認識や経験。

 

 通常の概念よりもよほど複雑怪奇、圧倒的に七面倒な言葉を取り出され、さしものクリアガイアも眉をひそめた。

 

 しかし彼女がその是非を考える前に、空から慌てふためく声が降って来る。

 

「二人とも大変!」

 

 続いてその声の主、クリアシャインも落ちて来て、つんのめるように耕太郎達の傍に着地した。

 

 彼女は二人の間に駆け込むと、勢いそのままに告げる。

 

「あのウサギが、新しいレギオン現れたって!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。