ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第15話「次は動物園に行きなさい」

 七海ちゃんの気晴らしになるかなと、前野さんの優しさに甘えさせてもらったドッグランでの一件。

 

 どうやら前野さんの愛犬、こころとの触れ合いは想像以上に琴線に触れたらしい。あれから七海ちゃんは毎日のように犬の動画を見ている。

 

 このまま葵さんに飼いたいとお願いするんじゃないか、という勢いだったけれど、残念ながらそうもいかなかった。軽いけれど葵さんは犬にアレルギーが、ついでに猫にもあるらしい。

 

 かくして犬と触れ合う機会を失くした七海ちゃんは、ほんのりと落ち込んでしまった。

 

 しかし今の俺に前野さん以外のあてはなく、かといってこころ目当てに声をかけるのもなんだか良心が咎める。

 

 その上最寄りの動物園は電車をいくつも乗り継いだ場所にあり、間違いなく俺では辿り着けない。多分七海ちゃんも怪しい。

 

 それで色々と考え調べ、最終的に掃除道具の買い物がてら七海ちゃんを連れ出した先が、

 

「こんなところにペットショップなんてあったんだ。私知らなかった」

「こういうところ、あんま七海ちゃん縁なさそうだしね」

「うん。それにお母さんが危ないから一人で行っちゃ駄目だよって」

 

 ペットショップ『ラブラブワン』である。口に出すのが恥ずかしい店名だ。

 

 ここは大きなホームセンターの中に併設しているお店で、犬や猫以外にもハムスターやうさぎ、更には魚の類なども取り扱っているそう。

 

 見たこともない機械や工具に興味を惹かれながら辿り着いた店内は、想像よりも広々としていた。

 

 幅広い通路に余裕のある配置。入口近く、丁寧に置かれた透明なケースの中で、ハムスターが両手で餌を抱え懸命に食べている。

 

 七海ちゃんは目を輝かせてケースの中を覗き込んでいた。お気に召したらしい。達成感と安心感にほっと息を吐く。

 

 同時に生じた、お店を動物園代わりにするのは駄目でしょ、なんて罪悪感は犬用の玩具を買うことで相殺しよう。

 

 今度お礼も兼ねて前野さんに献上するつもりだ。これでこころと遊べたらな、なんて下心が芽生えたのを自覚して、また別の罪悪感が生じた。結局プラマイゼロ。

 

 一応のお題目のため玩具コーナーへと向かう道中、いくつもの動物達とすれ違う。

 

 多種多様な出会いの中、一番目に留まったのは白いもこもこの生き物だった。

 

「七海ちゃん、ウサギいたよウサギ」

「……ウサギかぁ」

「あれ、ウサギはそんなに好きじゃない?」

「ううん、好きだよ。可愛いし、学校でお世話したこともあるし。でも」

 

 そこで言葉を区切り、何故か七海ちゃんは遠い目になった。

 

 着ぐるみの中身を見てしまった子供のような、悲しみと成長を感じさせる眼差しをしている。いったい何が七海ちゃんにこんな瞳をさせたのか。

 

 夢を壊すファンシーと言えばらびらびだけど、七海ちゃんには一切関係ない存在だし。

 

 そういえばあいつ、よくよく思い出すと形はウサギもどきだったっけ。中身があれだからすっかり忘れてた。

 

「……ウサギかぁ、ウサギなぁ」

「兄さんにもうつっちゃった!?」

 

 おかげで七海ちゃん同様、俺もなんとも言えない気持ちになった。

 

 そんな感じで寄り道をしながら、むしろ脇道ばかり進みながら店内を冷やかし続ける。

 

 どれもこれも初めて見る顔ぶればかり、最初のハムスターもそうだった。好奇心が刺激されるのを感じる。実は俺の方が楽しんでいるのかもしれない。

 

 そう実感したのは、七海ちゃんの方が先にその人に気がついたから。

 

「兄さん、あの人って」

「だと思う。やっぱり目立つね」

 

 俺達以外にも他のお客さん、店員さんですら、ケージの中の猫と向かい合うその人のことを遠目に窺っている。

 

 日本人離れした銀色の髪と瞳はもちろん、百八十を超えていそうな長身は男の少ないこの世界では更に際立つ。注目を集めてしまうのは必然だろう。

 

 そしてそんな風に無遠慮に眺められていれば、当然いつか視線に気がつく。俺もよく見られているから、その感覚は理解出来る。

 

 ゆったりとその人が辺りを見回す途中、目が合った。七海ちゃんがびくりと震える。

 

 どうしようか迷ったけれど、こうして認識された以上挨拶くらいはしておこう。

 

 七海ちゃんと共に歩み寄り、その人へ声をかけた。

 

「こんにちは、ヴェインさん」

「君達か」

 

 無表情で抑揚なし、何の感情も籠っていない声。絵に描いたような無愛想だ。

 

 俺の中で無愛想と言えば朝地だけれど、なんだかんだであっちは愛嬌にまみれている。それと異なり、ヴェインさんは心底まで深掘りしても何も出てこなさそう。

 

 七海ちゃんはそんなヴェインさんのことが苦手なようで、会釈をした後は俺の後ろに隠れてしまった。

 

 だからさっさと立ち去るべきとは思いつつ、軽く世間話を持ち掛けた。挨拶だけっていうのも、それはそれで失礼な気がする。

 

「猫、興味あるんですか?」

「……ふむ、どうだろうか。犬と同じく情操教育に用いられると聞いたことはあるが、現時点では特に響きはしない。しかしそれはアインも同じこと。以前君が話していた通り、時間とともに変わる可能性はある」

「あんまりなさそうですね」

 

 重ねて失礼だとは思いつつ、つい苦笑いをしてしまった。男子三日なんとか、とは言うけれど、この短期間でヴェインさんの情緒はどうにもならなかったらしい。

 

 こうして今も動物に何の感慨も抱かないこの人が、どうしてわざわざペットショップにいるのか。その理由は単純明快なものだった、理由自体は。

 

「ここには、アインの新しい首輪を探しに来た」

「新しいの。ははぁ、おしゃれ的なあれですね?」

「いや、今まで身に付けさせていたものは先日の実験で消費してしまった」

 

 実験。

 

 以前聞いたお仕事で一瞬納得したものの、頭の中ですぐちゃぶ台がひっくり返った。

 

 いや実験ってなんだよ。ヴェインさんって生命科学が専門って言ってなかったっけ。首輪使う要素どこだよ。

 

 首を捻りまくる俺の背中から、その時七海ちゃんが顔を覗かせた。ヴェインさんの話に引っかかりを、俺とは別のところに感じたようだ。

 

「あ、あの、ヴェインさん、今日はその、アインちゃんは」

「知人とともに、今は首輪の試着をしている」

「へー。首輪もそういうこと出来るんですね」

 

 出来なきゃ大変か。犬にだってサイズとか成長とかあるだろうし。

 

 なんて納得しているところ、

 

「逆に問うが、君達は何故ここに?」

 

 と聞かれたので、ありのままに話す。

 

 俺の話をヴェインさんは一瞬瞳を伏せた後、一歩横にずれた。見下ろす先は俺の後ろの七海ちゃん。服の裾がぎゅっと、強く握り締められた。

 

「もうじき試着は終わる。その後アインの相手を少し頼めるだろうか」

「え、いいんですか!?」

「構わない」

 

 その代わりに。

 

 そう続けるヴェインさんの視線は、今度は俺に向いていた。

 

 

 ヴェインさんが会計を済ませてからお店を出てすぐそこに、ホームセンターの駐車場の横にある小さなドッグランへ移動した。

 

 この間前野さんと遊んだところよりは数段小さい。あそこにあった遊具的なものはなく、高いフェンスと人工芝が敷いてあるだけの原っぱもどきと言ってもいいほどだ。

 

 それでも七海ちゃんとアインには十分なようで、楽しそうに駆け回っている。

 

「と、時枝ちゃん、こ、転ばないよう、気をつけてっ!」

 

 一緒にいる背の高い女の人はヴェインさんの知人、末永芽衣さん。ヴェインさんのプロジェクトチームの一員なんだとか。例の如く、何のプロジェクトかは教えてもらえなかった。

 

 そんな末永さんとした会話は、残念ながらちょっとお話にならなかった。 

 

『初めまして。時枝耕太郎です』

『うっす』

『……ええと、それじゃあ少しの間、この子のことお願いします』

『うっす』

『……』

『うっす』

 

 体育会系かな?

 

 百六十くらいと前に聞いた朝地はもちろん、百八十を超えてそうなヴェインさんよりも高い身長。酷い猫背でもそれくらいはありそうな末永さんは、どうやら背骨以上に人見知りが深刻らしい。一度も目が合わなかった。名前も結局ヴェインさんから聞いたし。

 

 それはそれとして、七海ちゃんとアインに振り回されている様子から、とても親切な人だということは伝わる。

 

 なので七海ちゃんのことは任せて俺も頼まれごとを、ヴェインさんの望む雑談に取り掛かる。

 

 話題は何でもいいらしいから、最近気になっていることを聞いてみた。

 

「ヴェインさん、バレンタインってどうします?」

「……バレンタイン?」

 

 まず説明の必要が生じたけれども。

 

 簡単に解説を、朝地よろしく前野さんと財前の話を織り交ぜて横流しする。

 

 ヴェインさんは納得したような素振りで頷いた。

 

「なるほど、男女交際に関する行事の一つか」

「ヴェインさんの国だとなかったんですか?」

「思い返せば覚えはある。故にあったはずだ」

「でも興味はなかったと」

 

 そもそもヴェインさん、どこの国の人なんだろうか。西欧っぽい雰囲気はあるけれど、それ以上が分からない。アメリカ、イギリス、はたまたドイツとか。

 

 隣にいるから聞けばいいのに、余計な思考を回す。

 

「……よい機会だ。この場合、思慕の念が集う場所は」

 

 そしてヴェインさんもヴェインさんで、なにやら考え込んでいるようだった。

 

 聞けばまた何かびっくりなことを言われそう。でもそのびっくりが少しだけ楽しみになっている自分がいる。

 

 しかし今回のびっくりは、俺から聞く前にヴェインさんから投げ込まれた。

 

「君はそのバレンタインを利用し、恋人を作るつもりなのか?」

「え!?」

「……ふむ、いや失礼した。この手の質問にはデリカシーというものが必要だったか」

「や、大丈夫です。ただ、ヴェインさんからそういう話が出ると思ってなくて。びっくりしただけです」

「君の出した話題を繋げたつもりだったが。会話とは難しいものだ」

 

 それだけ言って、ヴェインさんは口を閉じて俺を見た。

 

 分かりやすい催促だ。視線を逸らしつつ、端的に告げる。

 

「俺は、そういうのは全然です」

「何故だ? 君達くらいの年代は何よりもそれを優先すると、以前知人は言っていた」

「滅茶苦茶踏み込んで来ますね」

「失敬。だが教えて欲しい」

 

 牽制交じりの相槌は一蹴され、ヴェインさんは重ねて俺に問いかける。

 

 ヴェインさんの問いに含むものは一切なく、純粋な疑問だと思えた。そしてこの僅かな時間で、目の前のよく分からない人は変な話をしても笑わない、仮に理解出来なくても最後まで聞いてくれる人だと思えた。

 

 それで、なんとなく話す気になってしまった。本当は俺も、誰かに語りたかったのかもしれない。

 

 

「……まあ、色々と理由はあるんですけれど、一番は終わっちゃうからです」

「終わるとは?」

「関係と、気持ちがです」

 

 恋とは終わるものだ。

 

 大昔に一度だけ、血縁上の父と母の友人を名乗る人と話したことがある。大学が一緒だったと言っていたけれど、今となっては本当か嘘かも分からない。顔も名前もうろ覚えだし。

 

 偶然病院のロビーで出くわしたその人曰く、母親の面影があってすぐに俺が二人の子供だと気がついたとか。母の素顔を知らない俺には、それも確かめようがなかったのだけれど。

 

 とにかくその人が言うには、大学時代の二人はとても仲が良かったらしい。

 

 大学内、サークル内でも評判になるほどで将来は絶対一緒になる、それどころか在学中に結婚しかねないほどだったとか。

 

 その人が本当に血縁上の父と母の友人で、本当に本当のことを言っていたとする。

 

 それなら実際二人は傍から見て分かるほど、強く愛し合っていた恋人だったんだろう。

 

 でも、そんな二人であっても、結局その数年後に血縁上の父は母を捨てた。そしてその母も、復讐のために命と俺を投げ捨てた。恋は終わった。

 

 そんなものよりもずっと、遥かに強い絆を教えてくれたのは、田中の兄ちゃんと鈴木の姉ちゃんだ。あの二人の間にあったのは、死ですら断てないほどの深い友情と親愛。儚い恋なんてものとはまるで違う。

 

「だったら、俺は友達の方がいいと思います。あっさり消えるらしい恋と違って、友情はずっと続きますから」

「永遠の愛、というものも存在するそうだが」

「よくある戯言ですね。でも本当のところは、そういうのも探せばあるのかもしれません。結局俺はしたことありませんし」

 

 そもそもエアプが何を語ったところで、という感がある。

 

 話終えて、少し落ち着いた。そのせいで中身も話し方も、熱くなっていた自分も恥ずかしくなって、顔から火が出てしまいそうになる。冷静な自分が、拗らせすぎだよ気持ち悪い、と告げている。

 

「なんて、いきなり変な話してすみません」

「いや、礼を言おう。あまり聞くことの出来ない類の話だ、よく語ってくれた」

「情緒の勉強になりました?」

「……ふむ、どうだろうか。どちらも覚えたことがない以上、私には両者の価値を計ることは出来ない」

「正直ですね」

「だが」

 

 心なしか強く区切った後、ヴェインさんは堂々と言い放つ。

 

「どのような形であれ、『絆』とは素晴らしいものだ」

 

 その内容に、思わずぽかんとしてしまった。

 

 そんな俺を依然無表情のまま見下ろすと、ヴェインさんは変わらない声で続ける。

 

「私には似合わない言葉だろう」

「すみません。思いました」

「謝罪は必要ない。口にはしたが、私がそう思っている訳ではない」

「……つまり、受け売り?」

 

 頷かれた。ちょっと安心した。本心から言っていたら、キャラ変過ぎて驚きでぶっ倒れていたかもしれない。

 

 胸を撫で下ろし、ついでに少し笑ってしまう。

 

「ヴェインさんって、本当に正直ですね」

「一々なんか企んでるから心が貧しくなるの、まずは頭空っぽにして正直に話せば」

「え」

「以前、忌々しい知人にそうアドバイスをされた。忌々しいが、彼女には賞賛すべき実績がある。よって取り入れるべき助言と感じたため、出来るだけ噓偽りは避けるようにしている。忌々しいが」

「忌々しいが多い」

 

 そこだけ情緒の発達が凄い。気のせいか、若干ヴェインさんの眉間に皺が寄っているような。どれだけその人が忌々しいのか。

 

 驚く俺を、小さく鳴ったスマホのアラームが更に刺激する。画面を確認すると、そろそろいい時間になっていた。

 

「すみません。時間になっちゃったから、そろそろ帰らないと」

「門限というものか。まだ早い時間だが」

「家に犬のアレルギー持ってる人がいるんです。その人が帰ってくる前に、掃除とか風呂とか済ませないといけなくて」

 

 抜け毛とかでもアレルギーは反応してしまうらしいから、服にも身体にも痕跡は残しておけない。だから普段よりどちらも念入りに洗う必要がある。

 

 七海ちゃんとも事前にそんな話をしていたから、声をかけたらすんなりと戻って来た。

 

「ありがとうございました、末永さん!」

「い、いやぁ、こちらこそ。時枝ちゃんのおかげで、アインの機嫌も戻ってよかったっす」

「俺からもありがとうございました」

「うっす」

「俺には体育会系」

 

 というよりは、どこかクラスメイトに似た気配を感じる。目は合わないのに、身体のあちこちに視線は感じるし。

 

 何歳かは知らないけれど、多分末永さんはいい大人だ。それなのに中学生をそういう目で見るなんてちょっとどうかしている。

 

 まあでも、学校の先生でもそういう視線を感じることはたまにあるし。そういう先生も、四六時中じゃなくて本当に時々だし。本能的なことだから、理性じゃどうにもならないのかもしれない。

 

 それにしたって世の中変な人が多いなぁと思いつつ、続いてヴェインさんにもお礼を告げた。

 

「ヴェインさんも、今日はありがとうございました。機会があればまたよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそお願いする。君との会話は想定以上によい刺激となるらしい」

 

 手を差し出されたから、反射的に俺も出す。すぐに強く握られた。

 

「次の邂逅を楽しみにしている。また会おう、少年」

 

 ヴェインさんの手は、思いのほか力強かった。

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