ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第16話「このショッピングモール呪われてんじゃないかな」

 バレンタインを名目に迫る女子をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

 

 そうやって対応を頑張り続けた結果、二月を迎える頃には周りも少し落ち着き始めた。まだちょこちょことお願いされることはあるものの、毎日毎時間ということはもうない。

 

 こうして若干の平穏を取り戻した日常の中で、ふと俺の中で対抗心が目覚めた。

 

「そうだ、俺もチョコを作ろう」

「……急にどうした?」

「だってバレンタイン、女子だけ楽しそうでずるくない? あれこれ準備したり考えたり、なんかイベント感あるの向こうだけじゃん」

「まあ、確かに僕達は待ち構えるばかりだが」

 

 俺はずっと季節のイベントを楽しみにしている、たとえばお祭りなら神輿は担いでみたい派だ。どたばたしていたせいでハロウィンを見逃したことを、俺は今更ながら強く後悔している。

 

 だからこそ二月のイベント、今回のバレンタインは楽しんでみたい。もちろん本命チョコは受け取れないけれど。

 

 そこで俺が思いついたのは、かつて田中の兄ちゃんがあれこれ言い訳しながら実行した計略。一か月越しにチョコを貰うため、男子から女子へ送る友チョコ。

 

 この友チョコという大義名分を、今こそ俺は振りかざそう。このへんてこな世界なら、田中の兄ちゃんよりは正当性があるはず。

 

 だがしかし、財前に肩を竦められながら立てたこのアイデアには、無数の問題があった。

 

 まず俺はチョコを作ったことなんてなくて、そもそも世界にどういうチョコがあるのかすらよく知らない。

 

 知っているのは田中の兄ちゃんと鈴木の姉ちゃんが作ってくれたものと、あとは板チョコとかクッキー付きとかのスーパーで買えるようなものくらい。

 

 だから材料の確保も兼ねて、参考資料を探すために駅前のショッピングモールまで向かったのだけれども。

 

「これは、無理があるな」

 

 お正月には巨大な鏡餅が飾ってあった一階の広場。あそこは季節ごとに姿を変える、イベント会場のような場所らしい。

 

 本日そこに特設されたバレンタインのコーナーには、女の子の群れが出来ていた。

 

 赤とピンク、茶色の装飾に満ちた空間は、色合いに似合わない緊張感に満ちている。可愛らしいパッケージを見つめる瞳は鷹のように鋭い。戦場に立つ武士の如き眼光。寄らば斬る。それほど剣呑な輝きだった。

 

 あんなところへ突っ込めば最後、どんな目に遭うか分からない。きっと元の世界なら社会的な、今の世界なら精神的な死を遂げる予感がしてならない。

 

 戦慄のあまり後ずさりした足が、後ろに気配を感じて止まった。

 

「……こんなところで、何をしているのかしら?」

 

 会場に満ちる熱気と殺気を一切感じさせない控え目で落ち着いた、最近は安心感すら覚える冷ややかな声。

 

 振り返った先には、すっかり見慣れた不愛想な同級生の姿があった。

 

「あれ、朝地じゃん。やっほー」

「……や、やっほー」

 

 不愛想でも、意外とノリはいい朝地桜さんである。片手を挙げたら向こうも挙げた。

 

 その所在なさげな右手と瞳が、さっきした質問の回答を求めている。

 

「俺はあれ、ぶらぶらと、散歩?」

「こんなところまで?」

「うん。そういえば俺、ここ全体見て回ったこととかなかったから。社会科見学的な」

 

 これも一応、わざわざショッピングモールまで来た理由の一つだ。

 

 時たま葵さんと七海ちゃんと一緒に訪れることはある。でもその時は二人に合わせているから、自由気ままに動けはしない。変に付き合わせるのも悪いし。

 

 そんなことを適当に話していると、続いて新たな、またしても馴染みのある人が現れた。

 

「あら、耕太郎さんじゃない」

「やっほー、陽香さん」

「ええ、やっほー」

 

 ぎくしゃくした動きだった姉とは違い、陽香さんは自然に手を振り返す。

 

 一方朝地は陽香さんが来た途端、何故かちらちらと辺りを気にしている素振りをし始める。それを見て妙な、嫌な予感がした。

 

「……もしかしてなんだけど、もう一人いたりする?」

 

 その答えはすぐさま耳に届いた。

 

「あれ? 陽香ちゃんも桜さんもどこ行ったんだろう?」

 

 この数か月で誰よりも聞いた声。一番心地よいはずの音で、この時ばかりは肩が跳ね上がりそうになった。

 

 いったいこの声はどこから来たのか。七海ちゃんは今どこにいるのか。まだ俺がいることはバレていないのか。

 

 朝地が眉をひそめて問いかけるほど、俺の態度は不自然だった。

 

「……今日は、七海に内緒で来たのかしら?」

「来ました」

「それで、今見られたら」

「あんまり、よくないです」

 

 俺は七海ちゃんにサプライズで、手作りのチョコを贈るつもりだった。

 

 どこで作るんだよどうやって作るんだよ、という問題は一旦横に置く。それは後で考えればいい。

 

 そのために適当な理由で七海ちゃんを誤魔化し、今日はこそこそとここまで調査に来ていた。

 

 しかし七海ちゃんは意外と鋭い。家を出る前すら微妙に訝しんでいたあの子を、不意に出会ったここで再び煙に巻ける自信がない。

 

 目を泳がす俺に大きく溜息を吐いた後、朝地はそっとエスカレーターを指差した。

 

「なら、見つかる前に早く行きなさい」

「ありがとう。また何か、今度お礼するから」

「そういう話は後にして。あの子はすぐそこにいるわ」

 

 ちらりと向けた視線はエスカレーターとは逆方向。どうやらそっちに七海ちゃんはいるらしい。

 

 そして朝地は目を逸らしたまま、小さな声で続けた。

 

「それと私たちは多分、しばらく一階にいるから」

 

 だからその間は別の階にいなさい、ということだろう。

 

 今日も垣間見える朝地の親切に感謝しつつ、あわてず騒がずエスカレーターへ足を向ける。

 

「……なに、そんなにやにやして?」

「べっつにー、なんでもー」

「だったらそのなんでもある言い方はやめなさい」

「んふっふっふっふー、やめないー」

 

 微笑ましい姉妹のやり取りがちょっと気になったけれど、足を進めた。

 

「よ。陽香ちゃんのほっぺがお餅みたいに!?」

 

 とても後ろが気になったけれど、なんとか足を進めた。

 

 

 そんな感じで朝地に逃がしてもらった後、残念なことに俺はすぐにまた別の問題に遭遇した。

 

 襲い掛かるそれから逃げ隠れ、俺が辿り着いたのは三階の非常階段。分厚い扉に分けられたこの空間まで足を踏み入れる人はほとんどいないようだ。

 

 壁越しに遠く聞こえる店内の音楽と案内だけが耳に届く。静けさにほっと息を吐いた。

 

 それから気を取り直し、人気のないここならと、半ば確信を持って虚空に呼びかける。

 

「らびらびー、いるー?」

「もちろんぴょん」

 

 今日も今日とて俺をストーカー、もとい見守っているらしいウサギもどきがどこからともなく降って来た。

 

 ふわふわと浮かぶ産地偽装マスコット(自称天使?)に対し、俺は唐突で意味の分からない問いを投げかける。

 

「らびらびって人型に変身出来たりしない?」

「藪から棒ぴょん」

 

 期待とは裏腹に、らびらびは首を横に振った。さすがに無理らしい。

 

 がっかりしつつ、いきなりこんな無茶ぶりをした理由を説明する。

 

「想像以上にナンパが凄い。ちょっとはあるかもなー、なんて想定自惚れだと思ってたけど、もの凄い」

「耕太郎は格好いいから仕方ないぴょん。これはいい男の定めだから慣れるぴょん」

「何故に自慢げ」

 

 世界が世界だから仕方ない、では諦められないほどの頻度で声をかけられた。具体的には三歩ぐらい。いにしえに伝え聞く、原初のRPGに匹敵するエンカウント率だ。

 

 同い年からちょっと上、中学生から高校生くらいの子はまだ分かる。でも大学生、はたや社会人が俺に声をかけるのはありえないだろう。法に触れる。

 

 反対に小学生、それも七海ちゃんより幼い子にナンパされたのもびっくりした。こっちはませてるなぁ、なんて微笑ましさで済むからいいんだけど。

 

 とにかくこれでは、ショッピングモールを歩くことすら難しい。

 

 そこで考えたのが同行者を作ること。

 

 せめて一人じゃなければ、誰か一緒に歩く大人でもいれば、攻撃の手は緩むはず。

 

「人型が無理ならさ、じゃあ人間くらい大きくなれない? 前キーホルダーくらいになってたのと逆パターンのやつ」

「なれるぴょん。でも、なってどうするぴょん?」

「俺にいい考えがあるんだ」

 

 らびらびは思い切り首を捻った。

 

 

 誰かとすれ違う度、ひそひそ話が聞こえる。

 

「ねぇ、あれって」

「なんだろう。何かのイベントなのかな」

 

 同時に強い視線も突き刺さる。ここまではさっきと同じ、何も変わらない。

 

 けれど声をかけられることは一切なく、一度も足を止めずになんと数十歩も進められた。

 

 作戦成功。想像以上の成果だ。

 

「うーん、快適。我ながらナイスアイデアだった」

「……これが?」

 

 鼻歌でも歌いたくなってきた俺の横で、らびらびがとても大きく首を傾げる。

 

 その頭は大きい。ついでに背も高い。生意気にも俺より高い。多分百八十はある。マスコットの癖に生意気だ。

 

 そんな妬みはともかくとして、らびらびは今こうして俺の横を普通に歩いている。まるで何かの着ぐるみを着た人のように、平然と人の目に映っている。

 

 これが俺の考えた対策、らびらび着ぐるみ作戦である。

 

 インパクトの強い同行者を伴うことで、ナンパする人の気持ちを萎えさせる先手必勝の構えだ。

 

 唯一の懸念だった、らびらびが人前に出ても大丈夫かな、という点はあっさりオッケーが出た。別にいいぴょん、という適当な返事とともに。いいんだ、それで。

 

「凄い疑う感じしてるけどさ、でもなんかご機嫌じゃない?」

「気のせいぴょん」

「そう言いつつ尻尾が動いてるし。え、ウサギの尻尾って楽しいと動くの?」

 

 スマホで調べたところ、犬とは違って主に緊張で動くらしい。

 

「へー、らびらびでも緊張することあるんだ」

「らびらびのことをなんだと、いやそれ以前に、それは普通のウサギの反応ぴょん。マジカルでラブリー、ダンディーなこのらびらびとは別の話ぴょん。紳士はお尻を振らないぴょん」

「ふっ」

「今鼻で笑ったぴょん?」

 

 むしろ笑わないところがなかった。

 

 そんな感じで注目を集めつつ、モール内を歩み進む。途中声をかけて来たのは、小学生以下の小さな子ぐらいだった。

 

 もみくちゃにされながらも結構なファンサをしてあげたウサギもどきの勇姿は、今でも俺の目に焼き付いている。

 

「ここが目的地ぴょん?」

「とりあえずはね。七海ちゃん達が移動するまで、ここで時間潰そうと思って」

 

 それで疲れ果て、背中の煤けたらびらびと共に到着したのがここ、ゲームセンターだ。

 

 外から見てもUFOキャッチャーに何かのアニメを元にしたゲーム、なんだかよく分からないものが回っている機械。

 

 知っているもの、見たことも聞いたこともないもの、多種多様なゲームがあちこちに設置されている。

 

 やたらと光る景色は色彩がうるさい。そしてそれは音も同じ。色んなゲームの音声と音楽が入り混じり、耳に入る音はカオス極まったもの。その上やたら大きくて、普通に考えれば耳障りで仕方ないはず。

 

 にもかかわらずどこかわくわくしてしまうのは、ゲームセンターの魔力的なものなんだろうか。

 

「ここなら多分、らびらびと一緒でも違和感少ないでしょ?」

 

 何かのゲームのキャンペーンとかで、よく分からない着ぐるみとかがその辺をうろついているイメージがある。実際にゲームセンターを見たことはほとんどないから、これは紛れもない偏見である。

 

「それにずっと一回来てみたかったんだけど、葵さんに反対されちゃってさ」

「このご時世、盛り場に男の子一人は危ないぴょん」

「そうそう、同じこと言われた」

 

 大昔ならともかく今は大丈夫でしょ、という驕りはもう撤回された。今日ここまでの道のりを思い返せば、それはもう危険が満ち溢れている気がしてならない。一人だと秒で囲まれると思う。

 

 けれども今この瞬間、俺は一人じゃない。

 

「という訳で、ちょっと付き合ってよ、らびらび」

「……?」

「一緒に遊んでってこと。らびらびだって見てるだけじゃつまらないでしょ?」

「………………私で、いいのか?」

「いいでしょ、ここまで来たんだから!」

 

 腹立つぐらい触り心地のいい、そういえば初めて触れた気がする手を引っ張り、俺達はゲームセンターに足を踏み入れた。

 

 それから俺達はゲームセンターを駆け抜けるように巡った。

 

「耕太郎、やるならこっちの機体がおすすめぴょん」

「どっちも同じUFOキャッチャーに見えるけど」

「配置がこっちの方が甘い、爪も強いぴょん。こっちなら二百円で取れるぴょん」

 

 妙にプロ目線のアドバイスを貰ったり。

 

「ゾンビ撃つ奴だ。やってみたいけど、らびらびあれ出来ないよね。指ウサギだし」

「問題ないぴょん。ぴょん!」

「うわ指生えた気持ち悪」

「流れるような罵倒ぴょん」

 

 らびらびの新たな生態にドン引きしたり。

 

「車もバイクもいいよねー。まだまだ先だけど、免許取れるようになったらドライブとかしてみたいなー」

「残念ぴょん。らびらびの愛車が手元にあれば、いつでもどこでも連れていけたのに」

「……気持ちは嬉しいけど、嬉しいけど色々置いといて、らびらびの運転する車には乗りたくないな」

 

 レースゲームでクラッシュ寸前までボコボコになった白い車、命名らびらびカーに苦笑いが止められなかったり。

 

 そんな感じにあれこれ見たりやったり、当初の目的を忘れて遊ぶこと一時間ほど。

 

 一旦休憩しようということで、心地よい疲労感と共に近くのベンチに腰を下ろした。

 

「……思わず満喫してしまったぴょん」

「ならよかった。にしても意外とやるね、らびらび」

「昔取った杵柄ぴょん。青春の残光ぴょん」

「言うことがおっさん」

 

 妖精なんだか天使なんだか、自称する種族はどれも疑わしいけれど、おっさんということだけはまず間違いないと思う。肩に手を当てる姿に年齢を感じる。

 

 時間を見ようと取り出したその時、ちょうどスマホが震えた。

 

「朝地から連絡だ。もう一階から移動して、今は二階にいるって」

「……あの娘、耕太郎にはやけに優しいぴょん。もしかして気があるぴょん?」

「言うことがおっさん」

 

 田中の兄ちゃんと鈴木の姉ちゃんの関係を邪推していた患者のおじさんを彷彿とさせる。男子と女子がちょっと仲いいと、すぐに恋人とかなんとか結びつける系の人だ。

 

 俺がどうこうではなくて、これは単純に朝地が優しい人なだけ。一見分かりにくいけれど、よくよく見ればいつでも親切なのが朝地桜さんである。

 

 分かっていない相棒に呆れながら立ち上がった俺を、らびらびが鋭く呼び止める。

 

「待て、耕太郎」

「どうしたの?」

「来る。気をつけろ」

 

 何が、と問うことは出来なかった。

 

 それよりも早く世界から色が消える。鮮やかなゲームセンターは光を、電気を失っていく。けたたましく鳴り響く音楽、効果音、音声は一様に消え去り、異様な沈黙が一瞬辺りを満たす。

 

 続いて響くざわめきの意味を悟る前に、驚きのあまり一人呟く。

 

「これは、結界……!?」

 

 世界は灰色に変わっていた。

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