ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第20話「未知の力」

 異形となったドクターに対し、まず飛び込んだのは耕太郎だった。

 

 彼は力強く踏み込むと、右足を高く跳ね上げる。非常に強烈な、鋼鉄すら粉々に砕くハイキックだ。威力に見合うその速度は、只人では目で追うことすら許さないほど。

 

「お、らぁッ!」

「美しい見事な技だ」

 

 しかしドクターはたった一歩下がるだけ、あたかも道を譲るかのような足取りで避ける。

 

 無論耕太郎も一撃で仕留められるとは思っていない。次の一手が本命だ。

 

 彼は避けられた足を軸にもう一度回転、先ほどよりも強力な回し蹴りを敵の胴体目掛けて叩き込む。

 

「しかし技とは魅せるものではなく」

 

 だが、それも読まれていた。

 

 ドクターは下げた足で滑らかに身体を半回転していた。よって耕太郎の蹴りは空を裂き、彼の前を素通りする。

 

 その隙を見逃すほど、彼は甘くない。

 

 目の前の足をそっと掴んでから更に半回転、勢いを利用して耕太郎を思い切り放り投げる。

 

「うおっ!?」

「戦闘とは、重ね積み上げるものだ」

 

 そのまま吹き飛べば、したたかに壁へ激突しただろう。

 

 けれど耕太郎は空中で何度か回転し体勢を整え、壁に激突ではなく着地する。そのまま縁に指をかけ留まり、上から不快げに鼻を鳴らした。

 

「はっ! お説教どうも!」

 

 そんな一瞬の攻防を魔法少女達は、クリアシャインとクリアオーシャンは黙って見ていた訳ではない。

 

 彼女達は耕太郎の稼いだ僅かな時間で、ドクターを仕留めるための一手を用意していた。

 

「合わせて! あたしは上から!」

「うん、私は横から!」

 

 二人が息を合わせてドクターの周囲に展開したのは、数十を超える魔弾の包囲網。

 

 色合いこそ煌びやか、とても美しいが、その実態は敵意に満ち溢れたものだ。魔弾の檻に隙間はなく、どう身を動かそうと回避の択は成しえない。

 

 底知れぬ力を纏う、今のドクターですらそれは不可能だろう。

 

「二種の魔弾による包囲。確かに命中はするだろう」

 

 しかしそもそもドクターは避ける、防ぐ素振りをまったく見せない。

 

 やがて魔弾が迫っても、命中しても彼が動くことはなかった。

 

「だが、意味はない」

 

 その言葉通り、魔弾がいくら当たってもまるで効果はない。ダメージどころか、一歩後を退かせることすら出来なかった。それほどにドクターを守る、リードブレスがもたらす力は硬い。

 

 彼を動かしたのは背後からの奇襲、魔弾に乗じて襲い掛かる耕太郎の跳び蹴りのみ。

 

 それもまた、緩やかに振り向いたドクターの両腕に防がれてしまったが。

 

「たとえ、目くらましが目的だったとしても」

「……チッ!」

 

 舌打ちを一つ残し、耕太郎はドクターの腕を土台に跳躍、もう一度後ろに下がる。

 

 状態としては挟み撃ちとなり、極めて有利な位置取りだ。また、今も分析を続けているクリアガイアを除いたとしても、人数においても勝っている。

 

 それでも今どちらに勝利の天秤が傾いているか。問えば誰もがドクターだと答えるだろう。

 

 風向きを一刻も早く変えるため、クリアシャインは傍らの相棒に声をかけた。

 

「威力上げる! だからオーシャンは」

「あの人の、動きを止める!」

 

 二人の間に相談は必要ない。僅かな言葉で次の作戦が決まる。

 

 先に魔法を放ったのはクリアオーシャン。彼女の杖が輝くと同時に、ドクターの足元に巨大な青の魔法陣が展開される。

 

 イベント会場を埋め尽くしかねないほどのそれは、決してドクターを逃がさない。

 

「『グレイシア』!」

「ほう。広範囲の足止めか」

 

 クリアオーシャンが愛用するこの魔法は効果範囲の全てを、空間を凍らせる。

 

 そのため避けるためには範囲外へ移動するか、もしくは障壁を用意する必要があるのだが、ドクターはそのどちらもしなかった。

 

 今回の対象は彼の周囲、その足元周辺。何故か甘んじて受けた彼の足、及びその付近はみるみるうちに凍っていく。

 

 通常の人間とは異なり、変身した状態ではこれ一つで凍傷などのダメージは受けしない。しかし身動きは取れない。

 

 それこそがクリアオーシャンの、そしてクリアシャインの狙いだ。

 

「『ジャベリンレイン・ブレイズ』!」

「重ねて、威力を上げた再度の包囲網での追撃。良い選択だ」

 

 先の魔弾よりも数倍強力な魔法、炎の槍がドクターの上に生じた。その数は二十を超える。とても足を固められて捌き切れる数ではない。

 

 けれども、相も変わらず彼に焦りは見えない。

 

 機械のような冷徹さのまま、彼はスフィアクオリアを取り出した時と同じく、虚空に魔法陣を再び描いた。

 

≪ロードリアライザー≫

 

 そこから取り出されたのは、リボルバーを二回りほど大きくした銃のようなもの。

 

 全体に刻まれた幾何学模様も含め、最も目に留まる特徴は弾倉に当たる部分に穴が空いていることだろう。

 

 ドクターは炎槍の輝きに照らされながら、淀みなくそこへ茶色の宝玉を嵌め込む。それはつい先ほどチョコレギオンが残した石、『トルーパー』スフィアクオリアだ。

 

 装着されたスフィアクオリアは輝き、その光は幾何学模様を走って行く。

 

≪Set Code『Blown』 Loading≫

 

 ロードリアライザーが言葉を終えるのと同時に、ドクターはその引き金を何度も引く。

 

 その銃口から放たれるのは鋼の弾丸。『茶』の魔力に包まれた弾は空気を抜き去り、次々に空中の槍へと向かう。

 

 衝突、否、貫通は一瞬で終わる。打ち抜かれた槍は解け、空へと消えて行った。

 

「なっ、全部打ち落とされて」

「こちらもお返しをしよう」

 

 反射的にクリアシャインが声の先、ドクターの方を向く。銃口が向けられていた。引き金の先、指が動こうとしていた。彼女の身体は動かない。

 

 その身体を、横から耕太郎が引っさらうように抱えて飛びのいた。

 

「ギリギリセーフ!」

「あ、ありがとう、グレイ」

「どういたしましてっと」

 

 そのままクリアオーシャンの近くへ運んだ後、耕太郎は横目で着弾点を確認する。

 

 ショッピングモールの壁には無数の、無慈悲な穴が空いていた。魔法とは異なる、現実的な暴力の香りが残っている。

 

 走る寒気から目を逸らしつつ、彼は冗談を重ねて気を逸らそうと試みる。

 

「……にしても今度は銃かよ。世界観迷子な奴だな」

「技術とは収斂するものだ。魔法であれ科学であれ、優れた武器の形は一致する」

「魔法も何もないだろ、その形じゃ」

 

 収斂進化の理論はさておき、銃は銃である。そこに魔法の気配を感じる者は少ない。

 

 当てつけと時間稼ぎで放ったツッコミを受けたドクターは、耕太郎の予想を裏切って深く頷いた。

 

「貴重な意見だ。では魔の証をお見せしよう」

 

 そしておもむろに、ロードリアライザーの撃鉄を弾く。

 

≪Reloaded Single≫

 

 すると嵌め込まれたスフィアクオリアが一回転し、銃身に刻まれた模様を更に輝かせる。

 

 新たな力を前に警戒を露わにする耕太郎達、ではなく上空に向けて、ドクターは引き金を長く引いた。

 

≪Load Realizing 『Trooper』≫

 

 放たれた光は空中で反転、五つの光となって戦場へと落ちた。

 

 それは着弾した先で徐々に人型となり、色と形を整えていく。兵士の姿を得ていく。

 

 耕太郎達はその姿に見覚えがあった。

 

「さっきのレギオン!?」

「不正解だ。情念を取り込んだ先ほどの個体とは異なり、これは『兵士』の力を借り受けた一兵卒に過ぎない」

 

 事実、細部に異なりはあった。最も違う点は色。先ほどのものと比べ、今回の兵士は樹木のような色、全身が茶色で構成されている。

 

 五体の兵士が悠然と立つ中、これまで探知に全力を尽くしていたクリアガイアが思わず疑問を口にする。

 

「……随分、色々と教えてくれるのね」

「言っただろう。もの知らぬ子供に知識を授けるのが大人の使命だと」

「お前に子供とか大人とか、ごちゃごちゃ言う資格はないけどな」

 

 続けて話を遮る耕太郎の声には怒りが満ちていた。

 

「何が目的かは知らない。でも、いい大人がこんなことするのか? お前のせいでたくさんの人が怖い思いして、怪我までして。せっかく楽しい日を台無しにされてんだよ」

 

 彼が思い浮かべているのは変身前に同行していた二人の親子、年端もいかない子供と妊娠した女性のこと。どちらもレギオンから逃げられるような状態ではなかった。

 

 もしも二人が耕太郎とも、魔法少女とも出くわさなければ。

 

 容赦ない兵士の暴威が彼の脳裏に過ぎる。結果は考えるまでもなく明らか、全ては手遅れになる。

 

「それだけじゃない。ここにはあんな小さい子も、妊娠してる人だっていた! あの人達はあのままだったら怪我じゃ済まなかった! 絶対取り返しがつかないことになってたんだぞ!?」

 

 だからこそ、耕太郎は声を大きく荒げた。

 

 かつてないほど、そもそも自分達の前で初めて怒りを露わにする彼を目の当たりにし、魔法少女達は揃って息を呑む。

 

 しかし、やはりドクターだけは平然としていた。

 

「安心したまえ。全て取り返しはつくようにしている」

「……お前、何言って」

「ふむ。やはり言葉のみでは不十分か」

 

 言うや否や、ドクターは自身の足元に紫の魔法陣を展開する。

 

「それでは、実証してみせよう」

 

 そして指を鳴らした途端、それは瞬く間に大きく広がった。

 

 魔法少女達を超え、イベント会場を包み、果ては結界全体を囲い込む。

 

 明らかな異常、大規模な魔法の前兆だ。

 

 当然止めようと試みた彼女達の攻撃は、しかし茶色の兵士達によって全て防がれる。身を挺したその防御を抜くことは出来なかった。

 

 魔法陣が、結界が光を放ったのは一瞬のこと。

 

 すぐに輝きが治まった一帯に、場にそぐわない呑気な、平和ボケした会話が響いた。

 

「……え? なにこれ暗っ、いきなり停電?」

「てかあの子たち何? すっげーふりふりの可愛い子。コスプレショーとか?」

「しかもイケメンまでいる! あれ絶対何かのイベントだって!」

 

 音に釣られて魔法少女達が見た先には、三人の女子高生がいた。

 

 明るく楽しげに語る、まったく危機感のない様子は普通の高校生そのもの。

 

 見覚えのある彼女達を前にして、クリアオーシャンとクリアシャインは揃って声を震わせた。

 

「しゃ、シャイン、あの人たちって」

「最初に見つけた、クレープ屋の前にいた人たち、だと思う」

 

 助けたはずの人がそこにいる矛盾。そしてこちらを見て放った言葉に対する違和感。

 

 両者を解消する手段を、にわかには信じがたい現実を、ドクターは淡々と告げる。

 

「結界内の時を戻した」

「……時間遡行ですって? そんな、ありえないわ」

「いいや、ありえる。結界とは疑似的な世界、よって作りし者は結界の創造神とも言える。また、神の力をもってすれば世界の時間を操ることも出来る。合わせて考えれば、極めて自然なことだろう」

 

 はたして理屈が通っているのか。それは反論を受けたクリアガイアが押し黙ったことで判断出来るだろう。

 

 けれど姉はともかく、そんな理屈などクリアシャインにとって今はどうでもいいことだった。

 

「そんなことより姉さん、早くまた助けに行かないと!」

「……ええ。でも安心して。どうやら、ただ巻き込まれた場所に戻されただけみたい」

 

 最初の救助活動も含め、クリアガイアはこの結界内で何度も探知の魔法を唱えている。

 

 その慣れと習熟もあってか、焦る妹を前に彼女は瞬く間に結界内の情報を把握した。

 

 人数は巻き戻る前と変わらず、バイタルは戻ったことでむしろ安定している。肉体も精神も、魔法で探知出来る範囲では何の問題もない。

 

 加えて最後に、彼女自身胸を撫で下ろしている理由を語る。

 

「それに今は、結界内にレギオンの反応はないから」

「当然だ。君達やレギオンも含め、魔法の力を纏う者への時間干渉は難しい」

 

 そのため時間が巻き戻ったのにもかかわらず、今も魔法少女達はここにいる、チョコレギオンも復活していない。

 

 よって結界内に脅威は存在せず、人々の命が脅かされることもない。

 

 そんな安心を、続くドクターの言葉が粉砕する。

 

「故に、後から加えることにしている」

≪Reloaded Single Double Triple≫

 

 三度撃鉄を弾く。その度にロードリアライザーはスフィアクオリアの力を取り込んでいく。宿る輝きは重ねて強くなっていく。

 

 その光が最高潮になった時、ドクターは強く長く引き金を引いた。

 

≪Overload Realizing 『Trooper』≫

 

 高く掲げた銃口から無数の、数え切れないほどの光が辺り一面に放たれる。

 

 目の前、視界の奥、二階三階、四階五階の見えないどこかまで。

 

 それらはまたしても着弾した先で形を得る。兵士の姿となって、人々の前に立ち塞がる。

 

「は、えっ? きゅ、急にこれ、なに?」

 

 クリアシャイン達が最初に助けた少女達の前にもそれは発現していた。

 

 少し時間が経ったこと、魔法少女達の不穏な空気、加えて科学では説明出来ない不可思議な出来事。

 

 これらが彼女達から楽観を奪い、不安と困惑を代わりに与えていた。

 

 その戸惑いごと命を断とうと、兵士は無慈悲にも剣を振りかざす。

 

「しッ!」

 

 だが、耕太郎の踵落としは更に無慈悲だ。一切の容赦なく兵士を頭から蹴り砕く。

 

 ばらばらになった兵士を冷たく見据えながら、彼は怒りの滲む口振りで声をかけた。

 

「この辺危ないから、ちょっと下がっててください」

「は、はい!」

 

 向けられているのが自分でなくても、思わず背筋が伸びるような怒気。

 

 そのおかげで高校生三人組は、一つ返事で物陰まで駆けこんだ。

 

 彼女達を見送った後、耕太郎は苛立ちを抑え込んだ、それでもなお、とても冷ややかな声で問いかける。

 

「ガイア、この兵士どんくらい出た?」

「……ショッピングモール全体に、百体以上」

「本当ですか!?」

 

 驚きに声を上げるクリアオーシャンの脳裏に、いったい誰が浮かんでいるのか。

 

 もちろん耕太郎にはさっぱり分からない。しかしその内心、深い心配だけは察知した。何故なら彼もまた、同じ想いを抱えていたからだ。

 

 しかし彼はそれを奥歯で噛み潰し、あるいは仲間への信頼に託し、平静を装って告げる。

 

「じゃあ決まりだ。ガイア達は手分けして、皆を助けに行って」

「ええ、分かったわ。貴方は?」

「あれの相手」

 

 ドクターを睨む瞳に宿る怒りは、まったく隠せていなかったが。

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