それぞれ駆け出して行く魔法少女達を背に、耕太郎は改めてドクターと向かい合う。
「君は行かないのか?」
「聞いてただろ、お前の相手をするって。放って置いて、無限にあの変なの追加されたら面倒なことになる」
「元はそのつもりだった。賢明な判断だ」
「そりゃどうも!」
言葉と共に放った左の拳は、柔らかく添えられた手にぬるりと逸らされた。耕太郎の重心が前に傾き、体勢が崩れかける。隙だらけの身体を晒しかける。
だが彼は、むしろこの展開を狙っていた。
流れる重心に従いつつ、一歩踏み込み身体を思い切り回転させる。そのまま遠心力を纏った右の拳で側頭部を狙った。いわゆる裏拳だ。
不意を打ったはずの一撃は、しかしまたしてもあっさりと躱される。
「鋭い攻撃だ」
「なら当たれよ!」
回避を兼ねたドクターの反撃、身を屈めての足払いを、耕太郎は無理矢理跳ねて退けた。
それからしばらくの間、幾度も似たような攻防が交わされる。拳、足、時に銃弾。あらゆる暴威を退ける彼の中で、とある疑問が大きく膨らんでいった。
それはすなわち、どうしてまだ攻撃が一度も、それもお互いに直撃していないのか。
耕太郎が繰り出す技は最初と同じく、ドクターに全て容易く躱されている。これは彼の技が見切られていなければ起こりえないことだ。
つまり単純に考えると、ドクターは耕太郎よりも数段上の技量を持つことになる。
だが反対に、そのドクターの攻撃も耕太郎は回避、迎撃出来ていた。余裕綽々、とまではいかないものの、どれもなんとか捌き切れている。
これは何故か。シンプルにドクターが防御に長け、攻撃を不得手にしているからか。それとも理由があって手加減をしているからか。もしくは何かしらの手段をもって、攻撃を読んでいるからか。
募る違和感に内心頭を捻る耕太郎へ、ドクターは唐突な言葉を口にする。
「レムナントを、魔力を蒐集するためだ」
「は? いきなりどうした?」
「君が先ほど望んでいた私の目的だ。しかしその反応、心変わりというものだろうか」
「してねぇよ、話す順番とタイミングがおかしいんだよ」
「なるほど。今後の参考にしよう」
すっとぼけた反応に多大な苛立ちを覚えながらも、耕太郎は口を噤んだ。
眼前の謎の男、この訳の分からない存在の目的は、絶対に聞いておかなければならない。
その一心で彼は手を止めて、ドクターへ話の続きを促す。
請われた彼もすぐさま構えを、それどころか戦闘態勢を解いた。
「魔力の源泉たる魂から零れ落ちる欠片、レムナントは魔法の汎用的な触媒、燃料にもなる。このように多様な用途を持つ優れた素材だが一点、とある重大な問題を抱えている」
そして高らかに、まるで教授のように語り出す。
「供給量だ。肉体とは違い、魂はそう易々と痕跡を残さない。日常で生じる量は微々たるものであり、かつてはとても利用に足るものではなかった」
日々の生活で覚える感情で生じる程度の量では、瞬く間に世界に回収されてしまう。
この回収されたものはやがて新たな魂の原材料となるのだが、今の耕太郎達には理解出来ない、関係のない話だ。
とにかく重要な事実は、通常の世界であればレムナントはそう発生せず、したとしてもすぐさま世界から消えるということ。
こちらの重要性もまた、今の耕太郎には分かるはずもない話ではあるが。
「だが、人の欲望とは凄まじいものだ。より多くのレムナントを求めた人間は、やがてその放出を促す手段を発見した。見たまえ」
ドクターが無造作に指を鳴らした瞬間、世界が鮮やかに輝きだす。
赤、青、黄、茶、紫、緑。濃度や色味こそ違えど、概ね六種の光が辺りを照らす。
それはまるで、子供が乱雑に描いたキャンパスのような色合いであった。
「なんだ、これ」
「空中のレムナントを可視化する魔法だ。あの少女が再び結界を用意した場所、人々の集まる靴屋の方向を見ればよく分かるだろう」
言われるがまま、素直に耕太郎はドクターの指さす方を見る。
他の場所と比べ、その一帯は非常に色の濃度が高い。加えて多種多様な輝きが浮かんでおり、レムナントが極めて多く発生していることが見て取れる。
色合いとしては、混沌と言ってもよい。しかしその光には生き生きとしたエネルギーが満ち溢れており、どこか惹かれるものがある。実際に耕太郎は目を奪われていた。
その間にドクターは魔法陣を展開し、そこから無色の水晶玉を取り出す。
「本来、レムナントが生じるほどの激情は稀だ。しかし特定の魔法による干渉を伴った場合格段に閾値が下がり、加えて放出量もはるかに多くなる」
「……まさか」
「私はこの理論に従い、こうして採取場を試作した」
その水晶玉を高く掲げ一言呟いた途端、周囲の輝きが一瞬震えた。そして次の瞬間には、光の速度で水晶玉へ吸い込まれていく。
咄嗟に目を庇った耕太郎が瞼を開いた時には世界は元に戻って、レムナントの煌めきは姿を消していた。
「魔力の質が高い人材を結界内に招き入れ、作成したレギオンを用いて感情を揺り動かす。死傷や適応により放出量が少なくなった段階で時を、記憶を巻き戻すことでパフォーマンスを回復させる。この繰り返しにより効率よく、無駄なくレムナントの蒐集を進めることが可能となる」
虹色となった水晶玉を再び魔法陣の中へ収納しながら、ドクターは満足げに語りかける。
「疎い概念ではあるが、これをエコロジーと言うのだろう」
返答は拳だった。
「まだ説明の途中だが、何か分からないところでもあっただろうか」
「ああ。何にも分かんねぇよ、お前の考えてることなんてな!」
「そうか。では今回はここまでにして、逆に問おう」
それを大きく後ろに跳び避けたドクターは、今も戦闘態勢を崩したままだ。
非常に鋭い、とても強い戦意に満ちた目で睨まれながらも、彼は平然と続ける。
「君は何故戦う?」
「お前には関係ないだろ」
「ない。だが興味はある」
端的で一切の遠慮のない口ぶりに、耕太郎の視線は更に尖る。それでもなお、ドクターの興味は止まらない。
「君は戦いを強制されていない。また、戦いを重ねたところで得るものもない。そして争い自体を目的としている訳でもない。むしろ逆だと見受けられる」
つらつらと並び立てた中にはこの場にそぐわない、ドクターが語るには不自然なものも含まれていた。
しかし耕太郎は彼の疑問に満ちた物言いに気を取られている。
「そんな君が、何故?」
「……ここにいる人もいない人も皆、誰かの大切な人なんだ。その人達を俺は守れる、だから戦う。それだけだ」
よって結局感づくこともなく、気づけば答えていた。
問われたから返す。戦場でも発揮してしまう耕太郎の素直さに、この場にクリアガイアがいれば溜息でも吐いていたことだろう。
「素晴らしい」
けれどそこにいたドクターは、感嘆に息を漏らしていた。
「私という怨敵を前にしながら、君の戦意に今悪意は含まれていない。純然たる、無垢にして無私の決意。それはまさに英雄の至るべき境地、我が英雄と同じ輝きだ」
「急な早口きっしょ」
無論、耕太郎は思い切り気を悪くしたが。
同時に彼は、今回はとある言葉に引っかかりを感じた。
「……悪意?」
思考が回ったのは数秒のこと。その気づきを得た瞬間、耕太郎の懐中時計が赤い光を放つ。通信魔法、クリアシャインの輝きだ。
静かに立つドクターの様子を窺いつつ、耕太郎はそっと時計に手を添えた。すぐに仲間の声が彼の頭の中に響き始める。
『三階まで避難終わった! グレイ、すぐに行くから!』
弾む息と切れのいい口振りは、クリアシャインが大いに焦っていることを伝えている。
耕太郎はそれに釣られず、覚えた安堵も胸に秘め、落ち着いた口調で返事をした。
「来る前に、オーシャンと合流出来る?」
『えっと、うん。というか、あの子もちょうど結界に到着したから』
「ナイスタイミング。じゃあ二人で、前ここでやったやつお願い」
『……そっか、分かった! あたしたちに任せなさい!』
威勢のいい返事を最後に通信、一瞬の作戦会議が終わる。
ここから先、耕太郎に求められているのは時間稼ぎ。クリアシャインとクリアオーシャンの準備が終わるまで、ドクターの相手を続けること。
そのために耕太郎は戦闘よりも確実な手段、対話を取った。
「どこのどなたか知らないけど、その人もあんたみたいのに好かれて大変そうだな」
「おかしな話だ。好意とは、向けられるだけ喜ばしいものだろう」
「俺も昔はそう思ってたけど、そうじゃないのもある。困るのも、はっきり言って迷惑に思うくらいのも」
肩を竦めながら、耕太郎はぼそっと呟く。
「たとえば、ナンパとか」
「……なるほど。あれも好意の一種か。確かに例外はあるようだ」
「心当たりあんのかよ」
納得したように頷くドクターを見て、耕太郎は素で驚いていた。
この世界の女の人、いくらなんでも見境なさ過ぎだろ、というツッコミは音にもならず消えた。
彼が呆れに浸る中、ドクターは静かに二階、結界のある靴屋の方角を見上げる。
「『赤』と『青』の魔力の高まり。遠距離からの合体魔法か」
「……」
「だが、それも無駄だ。彼女達の力では届かない」
そして冷ややかに告げた。
合体魔法の威力は通常の魔法とは比にもならない。
たとえロードリアライザーとスフィアクオリアをもってしても、単独では迎撃することすら出来ない。弾丸ごと、容易く赤と青の光に打ち砕かれるだけだろう。
その上で断言する様子はどこか不気味であり、耕太郎の背筋にも冷汗が流れる。
それでも彼は、にやりと挑発的な笑みを浮かべた。
「それはどうかな」
同時に、クリアシャインが高らかにその力を世界に告げる。
「『クリアシャイン・オーバージャッジメント』!」
紅の焔が耕太郎とドクターの間で生まれた。それは爆発的に広がり、凄まじい勢いで彼らを呑み込んでいく。
ただし、その焔は耕太郎を傷つけない。これは『悪』を焼き尽くす『正義』の焔。彼を心から信じる想いは、むしろその身を守るために包み込む。
そして反対に、クリアシャインとドクターには容赦なく牙を剥いた。
猛る焔は意志を持つ龍のように蠢き、彼女にとっての『悪』を消そうと果敢に襲い掛かる。
当然、前回同様クリアシャインについては、クリアオーシャンの魔力で保護されていた。
「これが『正義』を騙る炎。恥を知らない、傲慢な力だ」
一方ドクターも半透明の障壁でそれをあっさりと弾く。小さく、嫌悪感とともに吐き捨てながら。
慣れない苛立ちに気が逸れたのか、それとも焔に目を焼かれたのか。
「……少年は?」
見渡すドクターの視界に映るのは、『正義』を謳う紅い焔の海のみ。先ほどまで相対していた耕太郎の気配はない。
彼が気づいた時には、耕太郎の姿は消えていた。
果たして耕太郎はどこに消えたのか。仲間のもとへ退いたのか、それともどこかに身を隠したのか。
その答えは、ドクターの背後から迫る影にある。
音も光もなく襲い掛かる姿はまるで豹のよう。耕太郎は密かに魔力を溜め、背中に跳び蹴りを叩き込もうと試みる。
だが、ドクターはそれすらも読んでいた。
彼は耕太郎の戦意を肌で感じている。英雄の素質を持つ少年が逃げることはないと思っている。よって奇襲が狙いだと察していた。
また、熟練の戦士でもある彼であれば、素人の奇襲がどこを目指すかくらいは簡単に予想出来る。
そのため彼は依然として自然な素振りでロードリアライザーを構え、耕太郎に銃口を向けようと振り返る。
「『バインドシュート』」
その身体を、上空から飛来した黄金の矢が縫い留めた。
「な」
着弾した矢は網目状に変形し、ドクターの動きを阻害する。
身動きを封じられた彼が目だけで見上げた先、矢本の五階で、クリアガイアが静かに佇んでいた。
一見して冷ややかな両者の視線が一瞬交わる。片方に深い侮蔑の輝きが宿り、もう片方は怯えに竦んだ。
そんなやり取り、感情の発露など耕太郎には分からない。
彼は奇襲の勢いそのまま、拘束されたドクターに向けて跳び蹴りを放つ。
「でいやあああああッ!」
インパクトの間際、黄金の拘束が弾け飛んだ。ドクターは身構えた。それで時間切れとなった。
辛うじて身体の前に出した両腕に、灰の輝きが炸裂する。それはリードブレスがもたらす守りを貫き、ドクターに痛撃を与えた。
「ぐっ!?」
衝撃はそれだけに収まらない。
直撃を受けたドクターの身体はミサイルのように吹き飛ぶ。新路上にあったショッピングモールの柱やテナントはどれも粉々に砕け散った。
そのため生じた土煙も大量だ。向こう側の景色はまったく見えない。
二階から飛び降りて来た二人を迎えつつ、耕太郎は一切の油断なくその先を見据える。
「やった!?」
「……いや、浅かった」
クリアシャインの期待は裏切られ、耕太郎の予想は的中した。
まず届いたのは規則正しい金属音。鎧を纏う者特有の足音。そして拍手の音。
続いて土煙の合間を縫うように、紫の人影がゆっくりと歩き出て来る。
「『悪』を焼く炎を用いて、悪意の気配を燃やし尽くす。よく考えたものだ」
賞賛するように手を叩くドクターの両腕、正しくはその鎧には、大きく罅が走っていた。加えて断続的にスパークも生じており、耕太郎の一撃が響いたことを示している。
謎の武器、ロードリアライザーを握ることすら困難に見えるほどの負傷。
天秤の傾きを感じ、再び魔法少女達は戦いの体勢を取る。
対照的に、ようやく拍手を止めたドクターは、何の構えを見せていなかった。
「君の輝きを更に見せてもらいたいところではあるが、残念ながら時間がない」
「もうお疲れか? こっちはまだまだ付き合ってもらわないと困るんだけど」
「君と私ではない。周りを見たまえ」
警戒しつつ、それぞれ注意深く辺りを見回す。異常はそれだけで見つけられた。
空間に罅が入っている。それは少しずつ大きくなり、微かに不協和音を奏でている。
これは何かと誰かが問う前に、ドクターが先んじて答えを告げる。
「見ての通り結界の限界が近い。今回の実験は終了だ」
「待て! まだ話は」
「今日もまた、君のおかげでよき学びを得た。次の機会を楽しみにしている」
耕太郎の制止を気に留めず、ドクターは紫の巨大な魔法陣を床に展開させる。
それはつい先ほど一度見た魔法陣、結界内の時間を巻き戻す魔法。
またしても紫の輝きが世界を照らす中、最後に届いたのは別れの言葉。
「では少年、また会おう」
それだけを残して、ドクターは結界から消えていた。