ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第1話「現状整理」

 二月の厄災の日、その夜のことだ。

 

 満月だけが妖しく輝く結界の中、らびらびは呆れを露わにしていた。

 

「全員、無駄に緊張し過ぎぴょん」

 

 当然そんなものを向ければ、帰って来るのは強い反感の視線だ。

 

 しかし、らびらびはそれをものともせず、なんと重ねて溜息までしてみせる。ついでにわざとらしく、大仰に肩まで竦めた。

 

 激しい苛立ちが魔法少女を、とりわけクリアシャインを襲う中、らびらびは子供に説くような口調で続ける。

 

「ドクター、だったぴょん? 未知の敵を前に焦る気持ちは分かるぴょん。けれど、今君達がそこまで気にしたところで何も得るものはないぴょん」

「じゃあ諦めて、誰かが巻き込まれるの待ってろって言いたいの?」

「そうは言ってないぴょん。カリカリし過ぎぴょん。飴舐めるぴょん?」

「いらない。不審者から物貰っちゃ駄目って、お母さんにも先生にも言われてるから」

 

 腕を組みながら、クリアシャインは明後日の方向に大きく顔を背ける。

 

 少女から露骨な拒絶を受けてもなお、らびらびに一切動揺は見られない。自然な素振りで耕太郎の近くへ寄ると、そのまま飴を差し出した。

 

「ありがとう。でも変身中って食べられるの?」

「もちろんぴょん」

「そっか。じゃあいただきます」

 

 ミルク味かぁ、などと宣いながら、耕太郎はころころと呑気に飴を転がす。

 

 その姿に毒気を抜かれたのか、魔法少女達の口元も僅かに緩んだ。

 

 らびらびはその空気を、説き伏せるチャンスを見逃さない。

 

「仮にドクターを警戒するにしても、一日中どこもかしこも、なんてものは意味がないぴょん。そんな適当にレギオンを放つ可能性は著しく低いぴょん」

「どうしてそんなこと分かるの?」

「グレイが聞いたドクターの目的ぴょん」

 

 ドクターの目的、魔法の触媒となるレムナントを効率よく集めること。

 

 そのためにはより多くの人を結界に巻き込み、レギオンの脅威を味合わせる必要がある。

 

 よって考慮すべきは場所と時間。出来る限り多くの人が集まる場所とタイミングを選ばなければならない。

 

 早朝や深夜などの時間帯はまずありえず、更に結界の面積において人口密度の低い箇所、街中も考えにくい。

 

「それに数日前のような騒ぎをいくらでも起こせるのなら、ドクターは既に何度も同じ結界を作っているはずぴょん。けれど、そうではないことは君達も知っているはずぴょん」

「なら、あいつもそんなぽんぽん出来ないってこと?」

「恐らくそういうことぴょん。向こうも向こうで、吟味と準備が必要だと思われるぴょん」

 

 どれも状況証拠でしかないが、魔法少女達を納得させるものではあった。

 

 ドクターの思考は冷血極まりない、非人道的なものである。先日の邂逅にて、誰もがそう感じ取っていた。

 

 故に前回と同じことが簡単に出来るのであれば、もう既に何度も実行していなければおかしい。現実はそうなっていないため、らびらびの予測は正しいと信じられる。

 

 忌々しい敵について考える内、耕太郎はふと別のことを思い出した。

 

「そういえば、らびらびも前レムナント回収してなかった?」

「話題が急展開ぴょん」

「頑張ってついて来て。で、あれって今もやってるの?」

「もちろんぴょん」

 

 集まる注目の前で堂々と頷き、らびらびがどこからか取り出したのは半透明の水晶玉。それは先日耕太郎の前でドクターが掲げた物によく似ていた。

 

 当然彼は、魔法少女達も疑念に眉をひそめた。しかしらびらびはそれをものともせず、一切後ろめたさを感じさせない口振りで説明する。

 

「レムナント、世に屯う魂の欠片を天に還し、生命の循環を巡らせる。らびらびが遣わされた理由の一つぴょん」

「生命の循環って言うとあれ、生まれ変わり、輪廻転生、みたいな?」

「最も近い概念はそれぴょん。死した魂は漂白され、やがて新たな命になるぴょん。いわゆるリデュース、リユース、リサイクルぴょん!」

「急に胡散臭くなってきたな……」

「SDGSぴょん!」

「重ねがけやめて?」

 

 色鮮やかなバッチを付けていそうな発言に耕太郎の表情が苦くなる。中学生の彼にはまだ、社会派の言論は荷が重かった。

 

 ただし、小学生の二人はそもそも何を言っているのか分かっていない。

 

 特にクリアオーシャンは、らびらびの語る前半部分に気を取られていた。

 

「あの、らびらびさん」

「質問ぴょん? どしどし聞くぴょん!」

「……魂や生まれ変わりがあるなら、もしかして幽霊もいるんでしょうか?」

「極めて強烈な心残りによって生じたレムナントが世界やもの、人に刻まれることで、一種の疑似人格が産まれることはありえるぴょん」

 

 ただ、とらびらびは続ける。

 

「元の人格や記憶をある程度引き継いでいる、けれどまったく別種のそれをその人の幽霊と呼ぶのか。それはそれぞれの感性にお任せするぴょん」

「なんかやな言い方だなぁ」

 

 茶々を入れながら、耕太郎は横目でクリアオーシャンの様子を窺う。

 

 彼女はらびらびのどこか突き放したような口振りを気にも留めず、ただ彼が語った内容を深く考え込んでいた。

 

 その想像以上に真剣な様子に、クリアシャインの胸にも困惑が浮かぶ。そこから生じたのは、不安を誤魔化す笑みと揶揄い染みた詮索だった。

 

「どうしたの? 最近ホラーでも見た?」

「お父さんが私たちのこと見守ってくれてるのか、気になっちゃって」

 

 恥ずかしげな呟きに、クリアシャインの笑みが凍る。

 

「私のお父さん、私が産まれて少しして、交通事故で亡くなっちゃったらしいんです」

「……何の加工もされていない只人の魂では、長時間世界を漂うことは難しいぴょん。今君の周りにそういった気配は感じない以上、申し訳ないけれど」

「あ、ううん、平気です。私はその、写真でしか見たことないから」

 

 ぱたぱたと慌ただしく両手を振った後、クリアオーシャンは胸の前で指を合わせる。

 

「だけど、もしお父さんが近くにいるなら、お母さんに会わせてあげたくて」

 

 しんとした空気が生まれ、少しの間沈黙が流れた。

 

 それを破ったのは、クリアシャインが大げさな素振りでクリアオーシャンに抱きついた音。

 

 彼女は勢いのまま親友の背と頭に手を回すと、全力で両手で撫で始める。

 

「よしよし」

「わ、な、なに、どうしたの、シャイン?」

「なんでもー。ほら、じっとしてなさい」

「えー、もうっ、くっすぐたいよー」

「いいからいいから」

 

 ただし、その手つきはとても柔らかく、温かいものだった。

 

 そこに参加はしないものの、妹達を見守るクリアガイアの瞳も同様、もしくはそれ以上の温もりを感じさせる。

 

 耕太郎も一度彼女と同じ視線を送った後、らびらびに声を潜めて問いかけた。

 

「らびらび、俺にはなんか気配ない?」

「見えないぴょん」

 

 一瞬生じた瞳の揺れは、瞬きに隠れて消える。

 

「そっかぁ」

 

 続く返事は普段と何も変わらない、とりとめのない雑談にするような声色だった。

 

 そのためすぐに会話は本題に、ドクターに関するものへ戻る。

 

「貴方の理由が世界に還すためだとして。それならドクターは、いったい何のためにレムナントを集めているのかしら?」

「残念だけど用途が広すぎて、集めているという情報だけではとても断定出来ないぴょん。強大な魔法の触媒や魔道兵器の素材、いくらでも考えられるぴょん」

「ふははははー、この俺様が最強のレギオンを作ってやるぞー、みたいなのもあり?」

「ありえるぴょん」

「えぇ……」

 

 迷いのない首肯にクリアシャインはドン引きしていた。クリアオーシャンはピンと来ないため、訳も分からず苦笑いで誤魔化していた。

 

 そしてクリアガイアは、至って真剣な様子で最終兵器の可能性を考え込んでいた。

 

 訪れた沈黙に話の途切れを感じたのか、らびらびは魔法少女達を見回しながら告げる。

 

「とにかく、今君達に出来ることは少ないぴょん。だから君達がすべきことと言えば」

「と言えば?」

「……よく遊び、よく学び、よく眠ることぴょん」

「校長先生かしら?」

 

 耕太郎以外の三人にとっては、耳にタコが出来るほど聞き覚えのある薫陶であった。

 

 

 

 らびらびの話も特訓も終わって帰路に着き、部屋に戻ってから数十分は経った。俺はその間、ずっと物思いに更けていた。

 

 今は遊ぶ気にも勉強する気にも、何をする気にもなれない。だから机に座り、ただひたすらぼうっとしていた。

 

 その様子があまりにも露骨過ぎたのか、らびらびは今日特訓が終わっても家までついて来ていた。

 

「耕太郎、何か悩み事ぴょん?」

「……急にどうしたの?」

「さっきから難しい顔しているから気になったぴょん」

「……あぁ、それは」

 

 言おうか迷って、音にしたくないから口を閉ざす。

 

 代わりに捻り出した時間稼ぎは、我ながら中々曖昧なものだった。

 

「らびらびに聞き忘れてたことがあったような気がして、でもなんだったかなって思い出せなくて、ずっと頭の中迷路してただけ」

「その年でもの忘れは心配ぴょん」

「うっさい。今思い出したから」

 

 そして続けて出した疑問は、実際今日まで聞き忘れていたものだった。

 

「前言ってた魔法少女の禁則事項ってさ、あれどこまで本当なの?」

 

 魔法を私的に利用する、正体がバレる、性的な行いをする。

 

 確か以前教えられたこの三つが禁止事項、魔法少女が破ったら罰せられる行為だ。

 

 果たしてこの禁則事項は本当に実在するのか。ショッピングモールの一件で思い浮かび、ドクターの登場で吹き飛んだ疑問。

 

 らびらびは平然とした様子で、衝撃の事実をけろっとぶちまけた。

 

「全部でたらめぴょん」

「えぇ……」

 

 あの時一緒に話していた協会云々が嘘だった以上、こっちの信憑性も怪しい。

 

 そうは思っていたけれど、実際ちゃぶ台をこうも見事にひっくり返されると、さすがに思うところはある。この間はこれのおかげで、危うくあの親子を怪我させるところだったし。

 

 大体なんでまたあんな嘘を吐いたのか。その疑問には被告人自ら語ってくれた。

 

「あれはらびらびが考えた、いわゆる東北のなまはげのような脅し文句ぴょん。仮に破ったところで何も罰なんてないぴょん」

「いや、えー、でもさ、もし俺が禁止されてるような、悪いことしだしたら」

「その時は変身のロックをかければいいから、こんなものは必要ないぴょん」

 

 変身前でも俺は魔法の恩恵にあずかり、とても高い身体能力を得ている。けれどそれはあくまで人間の範疇であって、アメコミのヴィランのように滅茶苦茶なことを出来るほどでもない。

 

 確かにそう考えると、変身さえ封じれば俺に大したことは出来なくなる。らびらびの言う通りだ。

 

「じゃあ、なんであんなルールとか言い出したの?」

「魔法少女の協会という虚構を飾るための彩りぴょん。それと一応念のため、万が一君が変なことをしないための予防策ぴょん」

「……あっちの、性的なこと云々は?」

「そっちは君の身を守るためのものぴょん」

 

 俺の身を守るとは。

 

 いまいち理解出来ない俺に向け、らびらびはとても大きく肩を竦めた。何度も見たアメリカンな仕草が今日も鼻につく。

 

「耕太郎も知っての通り、思春期の少年少女は皆下半身で生きている猿ぴょん。あれはそんな野獣達に君が貪られないよう徹夜して考えた、我ながら最高の制約ぴょん」

「……それで、爆発?」

「爆発ぴょん」

「うん。間違いなく徹夜テンションだ」

 

 細かいコメントは抜きにして、とても正気では出てこないだろうアイデアだ。どうして俺はこんなものを信じていたんだろう。

 

 自分自身にすら呆れ果て、ついつい目が遠くなる。

 

 らびらびはその前にふわりと躍り出ると腕を組んで訳知り顔、表情はないけれど、そんな雰囲気で語り続ける。

 

「もっとも耕太郎は想定よりずっとその手のことに興味が薄い、もっと言えば潔癖だったから、今思うとこれは不要だったぴょん」

 

 そして何故か、突然俺をびしりと指差した。

 

「というか耕太郎、むしろ君はもう少し関心を覚えた方がいいぴょん!」

「会話のハンドリング急だな……」

「恋のドライビングはいつも突然。よく覚えておくぴょん」

「意味不明な上にうざい」

 

 ポエミーな感じが滅茶苦茶うざい。

 

「もちろん遊び惚けろとまでは言わない、それはよくないぴょん。けれど触れずに辟易とするのはもったいないぴょん。経験すれば新たな世界が見える可能性もあるぴょん」

「はあ」

「らびらびとしては、誰かとお試しでお付き合いするのもありだと思っているぴょん」

「はあ」

 

 らびらびは何目線で語っているんだろう。婚活アドバイザーとか?

 

「個人的なおすすめは、前野貴子さんぴょん!」

「はあ、前野さん」

「明るく優しく人当たりもいい、あの子はとてもいい子ぴょん。まさに友達系彼女の理想形、親御さんも安心ぴょん!」

「なんだこいつ気持ち悪いな」

 

 前野さんはらびらびの言う通りいい人、女の子としても魅力に溢れている子だとは思う。けれど勝手に値踏み、しかも本人も知らないおじさんがするのは極めて気持ち悪い。

 

 呆れてものも言えない俺に、らびらびは容赦なく追撃を加える。

 

「それとも、耕太郎的には朝地桜さんの方がいいぴょん?」

「は?」

「あの子はやめておいた方がいいぴょん。悪い子ではない、むしろとても優しい子だけれど、絶対クソ重たくて面倒くさいとんでも地雷ぴょん。端的に言って度し難いメンヘラぴょん」

「ぼろくそだぁ」

 

 そして俺以上に、朝地に対する容赦はなかった。

 

 いやまあ確かに、朝地はちょっと変わった、ややこしいところもある人だけれど。気難しくて時々偉そうで、その割にやたら繊細なところもあるけれど。それ以上にいいところもたくさんあるし。

 

 本人がいないのに、言い訳のように頭が勝手に朝地の美点を探す。

 

 なんだかんだ言って優しいところとか、喋ると面白いところとか、家族と仲がいい、人見知りの七海ちゃんにもあんな慕われているところとか。

 

 そんな俺を置き去りに、らびらびのエンジンはますます加速する。

 

「まあ見た目は抜群にいいから、観賞用で楽しむならありかもしれないぴょん」

「ゲス」

「でも実際に手を出すのはNGぴょん。あの手のタイプは一度出したら最後、人生の墓か物理的な墓に直行することになるぴょん。だからやっぱり、後腐れのない前野さんの方がいいぴょん!」

「カス」

 

 なんだこいつ、本当にマスコットか?

 

「その反応、実は耕太郎的には朝地陽香か、もしかして七海ぴょん?」

「いやそろそろこの話やめたいんだけど」

「らびらびとしては止めたいぴょん。分かっているとは思うけれど二人ともまだ小学生、いやでも二歳差ではあるのか。それなら別に、だが耕太郎達の年代でその差は」

「聞いてる?」

 

 俺の文句も馬耳東風、ウサギっぽい長い耳は役立たずらしい。

 

 そしてらびらびは勝手に何かに思い至り、一人で戦慄して震えていた。

 

「………………まさか、葵か? 趣味はいいが、さすがに歳が」

「いい加減にしなさい」

「ぴょん」

 

 チョップで止まった。

 

 頭のへこんだウサギのカスぬいぐるみもどきを前に、深い深い溜息を吐く。

 

 マスコットとは思えないほど、おじさんとしてどうかと思うほど、ゲスな口ぶりだった。本気で言っていたらそこそこ軽蔑する内容だった。

 

 だけど。

 

「ありがとう、らびらび」

「……何のことぴょん?」

「なんでも。言いたかっただけ」

 

 馬鹿みたいな話のおかげで、憂鬱な気持ちはいつの間にか吹き飛んでいた。

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