ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第3話「バレンタイン当日」

 そんなこんなでとうとう訪れてしまったバレンタイン当日。

 

 公園で待ち合わせをお願いした財前と共に、俺は教室に足を踏み入れた。

 

 一見すると普段とあまり変わらない光景だ。

 

 強いて言えば、この時間にしてはクラスメイトの数が多い。いつもなら朝練でいない子、遅刻ぎりぎりで駆け込んで来る子も既にいる。それぞれ思い思いに過ごしながら、ちらりちらりとこちらを窺っている。

 

 しかし一つ、あるいは二つ、どう見ても普段とはかけ離れた異常がそこにはあった。

 

「山だ」

「山だな」

 

 俺の机に色とりどりの山が出来ていた。

 

 多種多様な包装で彩られた、大小多数の箱の山。チョコレートの群れだ。どれも甘い匂いがするから分かる。

 

「財前も」

「この通り、山だ」

「山だね」

 

 視線を横にずらすと、似たようなものが財前の机にも立っていた。

 

 かつてタコより多く股を広げた財前は、こんな世界でも若干女子に遠巻きにされている節がある。それでもイベント、バレンタインともなると話は別らしい。チョコレート無法地帯は隣の陣地にも広がっていた。

 

 マナーを無視する人はいると思っていた。でもまさか、ここまで盛大に横紙を破るとは。

 

 あまりのルール無用っぷりに、呆れや嫌悪を超えていっそ感心してしまう。

 

「朝来た時点でこんなことになってるとはなぁ」

「押し売り、いや押し贈りか? どちらにしても恐ろしいな」

 

 やれやれと言わんばかりに溜息を吐いてから、財前は鞄の中から何かを取り出した。

 

 見慣れない、それ以上によく分からないそれが、チョコの山よりも俺の興味を引く。

 

「……それ、何?」

「財前家特製の探知機、ごようだたんち君だ。主に無線、金属、赤外線に反応する」

 

 いわゆる岡っ引きの格好をした、二頭身の変わったぬいぐるみにしか見えない。

 

 試しに触らせてもらってみると感触もふわふわ、こちらも普通のぬいぐるみと同じだ。

 

 着物や十手もよく出来ている。どこかの観光地、浅草とかに置けば人気が出そう。

 

 興味本位であちこち弄る手がちょんまげを引っ張ったその時、突然異様な音が生じた。

 

『ゴヨウダッ』

「うわ喋った」

「ふっ、朗報だ。どうやら何も仕掛けられてないらしい」

「今のが作動音なの……?」

 

 『御用だ』一回なら何もなし、二回なら問題ありだとか。分かりづら。

 

 この意味不明なフォルムと音声はともかく、たんち君の機能は財前家の折り紙付き。そんじょそこらの機械よりよほど性能はよくて、なんでもプロの偽装でも見抜くほどだとか。

 

 なんとか外見と声を意識から放り投げると、続いて湧いたのは同情だった。

 

「こんなもの持ち歩かなきゃなんて、金持ちって大変だね」

「……これは僕が男というのも大きいから、君も無関係ではないと思うんだが」

 

 まあいい、と肩を竦めながら呟いた後、財前はたんち君を鞄にしまった。

 

「調べた限り盗聴器や発信機はなさそうだが、どうする?」

「どうするも何も、全部お断りしたものだし」

 

 当然受け取るつもりはないのだけれど。

 

 でも贈り物を捨てるのは良心が咎めるし、かと言って全部返すのも大変そうだし。一旦考えるにしてもこの量、机から動かすのすら難しいし。

 

「……どうしようか?」

「なら、そうだな。こういう時はまず担任に、新田先生に報告をしよう」

 

 朝地の忠告を守るため、財前と二人で職員室へ向かう。途中エンカウントした女子生徒は、財前が威風堂々とした振る舞いで相手をしてくれた。

 

 到着したところでちょうど朝の会議が終わったらしく、新田先生はすぐに捕まえられた。

 

 事情を聞いて額を押さえた先生を連れ、台車と共に戻ったのは、恐らく教室を出てから数分後のこと。

 

 にもかかわらず、チョコレートの山は更なる進化を遂げていた。

 

「……これは、塔か?」

「塔ですね」

 

 今度は塔になっていた。

 

 多分これ以上は横に広げられないからだろう。積み上げられたチョコの箱は高く高く、俺の身長よりも、財前すら超えて天井を目指そうとしている。

 

 これもはやチョコを渡すとかではなく、まったく別の楽しみを見出しているんじゃ。

 

 いつの間にか登校していた朝地と前野さんは揃って絶句していたけれど、少なくとも俺は逆に面白くなってきた。

 

 ただ、対処しなければならない先生からすれば、これは文字通り問題の積み重ねに他ならないようだ。新田先生の視線がますます鋭く、声は低くなった。

 

「中はもう見たか?」

「まだです。一応財前が、たんち君で外から調べてくれはしましたけど」

「たんちくん?」

「財前家開発の探知機らしくて」

 

 首を捻る新田先生に、財前がどこか得意げにたんち君を手渡した。

 

 先生は胡乱気な素振りでたんち君のあちこちを、着物や十手を引っ張る。

 

 やがて、その手はちょんまげに辿り着いた。

 

『ゴヨウダッ』

「……財前、今日は仕方ないが、あまり学校に不要なものを持ってくるな」

 

 新田先生はそれだけ言って、何事もなかったかのようにたんち君を返した。

 

 これが大人の余裕、スルー力。さすがは新田先生、今日も凄まじいクールさだ。

 

 朝から変なものをいくつも見せられて、俺も思考が明後日の方向へ飛んでいるのかもしれない。自分がアホになっているのを感じる。

 

「いいかお前たち、今後のためにも覚えておけ。ルールを破って送るような奴には自制心も羞恥心もないんだ。自分の好意は相手を必ず喜ばせると、無邪気にも思い込んでいる」

 

 そう語りながら新田先生はチョコレートの塔から一つを無作為に拾い上げ、接着面から几帳面に包装を剥がしていく。そして外した包装を小さく丁寧に折りたたみ脇に置き、そっと箱を開いた。

 

 中には手作り特有の少し歪な、恐らくはトリュフチョコレートと思しきものがいくつかと、二つ折りの手紙が入っている。

 

「だからこうして、恥ずかしげもなく自分の名前を伝えられる」

 

 新田先生は容赦なく手紙を拾い上げ、さっと目を通した。

 

 はたしていったい誰からのものだったのか。

 

 気になっているのは俺だけでなく周りも、黙って聞き耳を立てているクラスメイトも同じらしい。気がつけば朝の喧騒は止んで、教室には痛いほどの沈黙が流れていた。

 

 催促をするその空気に惑わされず、新田先生は手紙を箱に戻し、もう一度包み直す。

 

 その時ちょうど予鈴が鳴った。ホームルームの時間だ。

 

「とにかく、この塔は一度職員室へ引き上げる。この箱に入れて持ってくから、悪いが手を貸してくれ」

「私も手伝いますか?」

「前野、気持ちはありがたいが、それは角が立つから」

「でも新田先生、もう桜ちゃんが」

「……人がいいのは喜ばしいが、朝地はどうもこういうところで脇が甘いな」

 

 無言のまま、当然のような素振りで朝地が手を貸してくれた。

 

 それから四人でせっせと箱に詰め、終わり次第職員室から持ってきた台車の上に載せる。職員室から押して来たのはこのためだったらしい。

 

 その最中もホームルームはいつも通り進む。出欠の確認中、空席に気づいた新田先生が眉をひそめた。

 

「袴田はどうした?」

「せんせー、いいんちょー、トイレから全然帰ってきませーん」

「そうか。なら万が一ホームルームが終わるまでに戻って来なかったら伝えてくれ。少し話したいことがあるから、後で職員室に来いって」

 

 あれ、袴田さんのだったんだ。

 

 口にせずとも、それぞれ表現は違えども、クラス中の思考が一致した瞬間だった。

 

 無情にも見せしめになった感がある袴田さんの影に隠れ、何人か胸を撫で下ろしているのが見えた。恐らくあの子達も同類で、たまたまピックアップされなかっただけなんだろう。

 

「他にも心当たりがある者はいつでも遠慮なく、今日中に職員室まで来るように」

「こ、心当たりですかー? いやー、そんなー」

「忘れているかもしれないが、来週から三者面談が始まる」

 

 けれど続いたその言葉で、クラスメイトの大半が固まった。

 

 新田先生は何度目か分からない大きな、それはもう大きなため息を吐きながら、懇願するように語り掛ける。

 

「私も保護者の前で酷な話はしたくない。だから、お前たちも協力してくれると嬉しい」

 

 その日、職員室には長蛇の列が出来たという。

 

 

 

 今日も今日とて寝る前に部屋に現れたウサギもどき、らびらびがどこかうきうきとした様子で聞いて来る。

 

「それで、その後どうなったぴょん?」

「先生の釘が思い切り刺さったみたいで、結局一日平和に終わったよ」

 

 一部効いてない人が休み時間に来ることもあったけれど、その度にすぐ色んな先生が飛んできて生徒指導室へ連行して行った。今日は巡回を強化していたらしい。

 

 ついでにクラスメイトも、クリスマスの時と同様に何故か俺を守ってくれた。曰く、死なば諸共らしい。

 

 そういう訳で俺が今日貰ったチョコは、勉強机に並べられる程度に落ち着いた。

 

「残念ぴょん。耕太郎がリヤカーいっぱいのチョコを引いて帰って来る姿、楽しみにしていたぴょん」

「どんな期待だよ。てかリヤカーって。持ってないよそんなの」

「大丈夫、用務員さんに言えば貸してくれるぴょん」

「経験談なの?」

 

 実感の籠ったアドバイスだった。

 

「貰ったのはこの通り六個だよ。七海ちゃんと葵さんと、朝地姉妹と前野さんで五個。あとはシャイン達のがこれ、三人で一つだって」

「……ガイア達のはこの、魔法のこめられた包装ぴょん?」

「よく分かったね。そうそう、それそれ」

 

 らびらびが迷いなく指差したからちょっと驚いた。

 

 代表してシャインが、髪を弄りながら渡してくれたチョコレートの入った箱。この包装には視界から外す度に模様が変わるという、とても面白い魔法がかけられているらしい。

 

 実際貰った時は赤と白の縞々、家で戦果を見たがった七海ちゃんに披露した時には雪の結晶、今はこうして黒一色のシックな包装に変化している。

 

 戦いで使うものとは違って凄く魔法らしい魔法、童話や絵本で見たことのあるような、穏やかでほのぼのとしている、それでいてわくわくする魔法だ。

 

 おかげで包装を解くのすらもったいなくて、何度もしみじみと眺めてしまう。

 

「なるほど、周囲の魔力に感応し姿を変えているのか。涙ぐましい努力ぴょん」

「これってそんな大変な魔法なの?」

「それほど大したものじゃないぴょん。ただ、試行錯誤を感じただけぴょん」

 

 らびらびは何の試行錯誤かは言わなかった。

 

 サプライズとか、喜ばせてあげようとか、そういうあれかな。だったら大成功だ。俺はこの通り食べる前からはしゃいでいる。

 

 華やかな外見に加え、そもそもチョコを六個も食べられるのも嬉しい。

 

 一時期俺の栄養管理マシーンと化していた七海ちゃんも人間に戻ったから、俺を止める人はいないだろう。

 

「チョコ六個もあるよ。大事に食べればどれくらいもつかなー」

「……中身次第だけれど、二三日で食べ終えた方がいいぴょん」

「えっなんで?」

「市販品ならともかく、耕太郎が貰ったのは恐らく全部手作りぴょん。ならそれくらいしかもたないぴょん」

「そっかー。なら早めに、大事に食べないとね」

 

 ちびちび食べて一か月、なんて夢物語は消えて散った。

 

 けれどそれはそれとして、短期間でたくさん食べられるのはいい。太く短くって感じがする。贅沢極まりない。

 

 早速一つ食べようか、その前にもうらびらびに見せたから冷蔵庫にしまってこようか。

 

 考えながらチョコを一旦まとめている途中、ふと疑問に思ったことがあった。

 

「俺は大丈夫だったけど、隣のクラスの男子は本当にリヤカー必要なくらい押し付けられててさ。あんな量、どうすればいいんだろうね」

「未開封の市販品はそのまま横流し、何かしらの寄付にも使えるが、手作りの方は扱いに困るぴょん。とりわけ匿名のものは品質が不明、中に何が入っているか分からない以上、よそへ回すのも食べるのも難しいぴょん。だからもったいないけれど、大抵の場合はお気持ちだけいただいて、もの自体は処分するぴょん」

「経験談なの?」

 

 やけに具体的な手法だった。

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