ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第4話「制服と特訓」

 照れ笑いを浮かべながら、七海ちゃんはくるりと緩くその場で回る。

 

 釣られて長めのプリーツスカートもふわりと揺れる。浮かれる七海ちゃんの笑顔に負けないくらいのふわふわ具合だ。

 

 いつもの癖、胸の前でもじもじ合わせる指は、普段と異なり先っぽしか見えない。残りは袖口に隠れていた。

 

 七海ちゃんは同年代と比べると正直少し幼く見える。けれどこうして白いブラウスと紺のブレザー、赤いリボンまできっちり身に付けていると、中々どうして様になっているように思えた。

 

 そう、七海ちゃんが身に纏っているのは狭間中学校の制服だ。再来月の進学に備え注文していたものが、本日ようやく到着した。

 

 それにはしゃいだ時枝親子、主に葵さん主導により、こうしてお披露目会となったのである。

 

「ど、どうかな?」

 

 この光景を見て、そう問いかけられた俺達の答えは一つしかありえない。

 

「十点」

「もちろんお母さんも!」

「どういう感想の出し方なの!?」

 

 二つ掲げられた十点の札を前に七海ちゃんは仰天していた。なお、この札は葵さんがやたらと持っているジョークグッズの一つだ。

 

 もちろん十点満点は冗談でもなんでもないのだけれど、七海ちゃんはお気に召さなかったらしい。もうっ、と頬を膨らませている。

 

 この分だと、今はどう褒めても揶揄いとして受け止められてしまいそうだ。そこは俺達の自業自得である。

 

 なので褒め称えるのは一旦諦めて、他に気になったところを話題にした。

 

「ちょっと大きめなんだね」

「うん。私、まだ成長期来てないから」

 

 ふんす、とでも言わんばかりに七海ちゃんは意気揚々と答えた。握った拳が袖に隠れているのも含め、今日も全身が微笑ましさと愛嬌に満ちている。

 

 そんな七海ちゃんが大人になる未来、朝地くらいの身長になる可能性。とても申し訳ないけれど、まったく予想がつかなかった。

 

「大きくなった七海ちゃんかぁ。あんまり想像出来ないなぁ」

「むっ。兄さん、それどういう意味?」

「ごめんごめん。俺にとって七海ちゃんってこう、これくらい小さいイメージあるから」

「私そんな小さくないよ!?」

 

 七海ちゃんは可愛らしい小動物感、とりわけリスとかハムスター感がある。

 

 だからおにぎりを握るような素振りで表現すると普通に怒られた。当たり前だった。

 

 謝ってもなお七海ちゃんはぷりぷりと怒っていて、何を思ったのかその場でぴょんぴょんと跳ね始める。その度にふわりふわりとスカートも揺れる。

 

「絶対っ、これくらいっ、大きくなるからっ!」

 

 余計に小動物感、おまけであざとさと可愛らしさも増した。未来への期待感は減った。

 

 止めるべきか、それとも可愛いし、このまま眺めておくか。

 

 俺が決めるまでもなく、七海ちゃんは葵さんに止められた。

 

「お、お母さん?」

 

 無言の抱擁で。

 

「わっと」

 

 しかも何故か、ついでに俺も。

 

 二人纏めていきなり抱き締められ、身体がつんのめりそうになる。二人分の温もりと、今も複雑になる懐かしい香りを感じる。

 

 覚悟が決まっている時ならともかく、不意打ちは心臓に悪い。嫌とかそういうのではない。でも、この温かさにどうすればいいのか分からなくて、未だに身体のあちこちが落ち着かなくなる。

 

 だからとりあえず解放してもらおうと身動ぎしかけて、

 

「本当に二人ともこんなに、無事に大きくなってくれたね」

 

 けれどその声で、両手から力が抜けた。

 

 向けられているのは抱えきれないほどの安堵と感謝と、恐らくは、多分だけど、愛情。

 

 どう反応していいか分からず、受け止めきれず、視線だけが辺りを彷徨う。

 

 同じく抱き締められている、俺ともぴったりくっついている七海ちゃんと目が合った。制服を見せた時のような、それ以上の照れ笑いを浮かべている。母親に愛されている子供の、隠し切れない喜びを見せている。

 

 葵さんに応えるためにも俺もなんとか、こういうのをした方がいいのかな。

 

 でもそれは、あの人への。

 

 迷っている内に、自分が何に悩んでいるのか気づく前に、葵さんは俺達を手放す。そのまま一歩下がってから、穏やかな微笑みで俺を見つめた。

 

「特にこうくんなんて、そろそろ私のこと抜いちゃいそうかな?」

「……今年中には、なんとか」

「ふふふ、楽しみに待ってるね」

 

 多分、あと二三センチくらい。退院してからちょっとずつ伸び幅が大きくなっているから、もしかすると夏より早く追い抜けるかもしれない。

 

 解放されてなお落ち着かない思考を不確かな未来予想図へ寄せる。それで少しだけ、ほんの僅かに頭が冷えた。

 

「ななちゃんは」

「わくわく」

「……ふふふ」

「せめて何か言って!?」

 

 そうして俺だけ真面目にやっている中、二人は漫才を繰り広げていた。

 

 なんか、馬鹿らしくなってきたな。

 

 一度深呼吸をすると肩から力が抜けた。

 

「大丈夫だよ。お母さんも成長期遅い方だったから」

「本当?」

「ほんとほんと。同い年の時は確か、今のななちゃんよりも小さかったし」

 

 七海ちゃんの瞳が輝き始めた。自分の遺伝子に希望を抱いたらしい。

 

 それはそれとして小さい頃の葵さん、想像するのも難しい。

 

 茶目っ気に溢れ毎日ふざけ倒しているように見えて、実際そうではあるけれど、それ以上にとても温和で優しく、頼りになるお姉さん。それが俺にとっての葵さんだ。

 

 おかげでこっちも大人になった七海ちゃんよろしく、方向性は逆だけど想像も出来ない。

 

 七海ちゃんも俺と同じらしい。すぐに自力での空想をやめ、本人に直接聞いていた。

 

「私くらいの時のお母さんってどんな感じだったの?」

「あの頃の私は暗かったからなぁ。因習村の入口で変な唄歌ってる子供みたいだったよ」

「それじゃ分かんないよ。私、ホラーなんてちゃんと見たことないもん」

「じゃあ因習系のホラー、見てみる?」

「絶対見ない!」

 

 七海ちゃんはホラーの類が大の苦手だ。

 

 その苦手意識は、狭間中学校の七不思議を教えようとしたら両耳を塞ぐほど。悪戯で外そうとした陽香さんが滅茶苦茶、へこむほど怒られたくらいにはもの凄い。

 

 よって未来永劫、七海ちゃんが幼い葵さんの似姿を知ることはないだろう。普通に写真でも見ればいいんじゃ、とは思ったけど言わない。

 

「あれだよね、鞠とかついてる子」

「そうそう、まさにそんな感じ。だからそういう映画で子供見かけると思っちゃうんだ。あっこれ、私のことだって」

「そこに自分見出す人いるんだ」

 

 歌のコメント欄だけだと思ってた。

 

 やたらと神妙にうんうんと頷いていた葵さんが、今度はハッとした表情で顔を上げた。こういういつも忙しそうな感情表現が、七海ちゃんとの血の繋がりを感じさせる。

 

「来週の授業参観と三者面談の日、ちゃんと休み取れたよ」

「ありがとう。でも仕事は大丈夫?」

「もちろん! この手で理解ある職場に変えましたから」 

「含みが凄い」

 

 どうも職場での話を聞く限り、葵さんは事務所を実質的に牛耳っている疑惑がある。

 

 これが因習村を脱出した人特有のバイタリティーなんだろうか。強い。

 

 

 

 授業参観と三者面談。

 

 どちらも葵さんが出席してくれるのはいいのだけれど、そもそもこの二つ、特に後者はいったい何をやるものなのか。

 

 文化祭や修学旅行とは違い、創作だとそこまで見ないイベントだ。おかげでモザイクよりも酷いふわふわとした、曖昧な想像しか出来ない。しかもこの世界は変だし、余計に不安が深まる。

 

 よってここは、学校生活の先輩である朝地先輩に聞いてみることにした。

 

「授業参観はまだ分かるけど、三者面談って何やるの?」

「新田先生がこの間言っていた通り、先生と保護者と一緒に話をするだけ。クラスでのこととか成績とか、あとは進路とか、そういうことを相談するくらいよ」

「へー、そうなんだ。ありがとう」

 

 朝地のなんてことない口振りからして、本当に大した話はしないらしい。

 

 いざ本番当日になったら、きっと改めて緊張する。でも今は安心出来た。朝地様様だ。

 

 そう、朝地様様、ではあるのだけれど。

 

「……あのさ、朝地」

「なにかしら」

「これ、楽しい?」

 

 視線を机の上に落とすと、朝地のそれも一緒についてくる。その先には机に置いた俺の手と、それを熱心につっつく朝地の指。

 

 三者面談について聞いている間も、今質問してからもずっと、朝地はぺたぺたと俺の手をつつき触り、時々擦ったりしている。

 

 昔何かの動画で見た、子猫がボール遊びする時のような振る舞いだ。あの子は楽しんでいるように見えた。

 

 しかし、似たようなことをしている朝地の瞳は極めて真剣だ。真剣過ぎて、妙なシュールさすら感じる。

 

 そんな諸々の感情を抑えて聞いた質問に、朝地は見惚れるほど格好よく答えた。

 

「特訓だもの、楽しいとかそういうものではないわ」

 

 きりりとしたこの顔と発言だけなら、ストイックでクールな印象を受けるかもしれない。実態はひたすら人の手を指でつつく、子供の悪戯染みたものでしかないのだけれども。

 

 これは以前朝地にお願いされた、異性への恐怖心を乗り越えるための特訓の一環、らしい。この間から本人は真顔でそう主張している。

 

 そんな訓練らしきものもこれで何回目になるか。思い返してみると、あれから二日に一回くらいの超ハイペースで朝地家にお邪魔しているような気がする。

 

 おかげで朝地の両親ともすっかり顔見知りだ。今ではこの客間まで素通しの上、俺用の座布団まで用意してくれるようになった。専用の湯飲みが貰える日も近いかもしれない。

 

 なんだかよく分からない感情に浸る俺とは反対に、目を閉じて考え込む朝地はしっかり感慨を覚えているようだ。

 

「でも、自分の成長を確認出来るという意味では、確かに楽しいかもしれないわ」

「成長?」

「ええ。時枝、手を挙げて」

 

 そう言いながら、朝地は俺に向けて手を広げた。視線で促される。同じ構えをしろ、ということらしい。

 

 言われるがまま腕を伸ばすと、すぐさま朝地がそこへ手を重ねる。ハイタッチのような、押し相撲のような姿勢になった。

 

 細く長く美しい、どこかひんやりとした朝地の指。

 

 手が冷たい人は心が温かいという都市伝説を思い出した。手が冷たいのは筋肉や自律神経、緊張などの心身両方の問題だということも思い出した。

 

 実際以前の朝地であれば、手を伸ばす前に決心するため深呼吸を重ねていた。伸ばした後も肩に力が入り、手は強張り微かに震えていた。

 

 けれど今触れる先は柔らかく、落ち着き払って止まっている。

 

「こうして、貴方となら手を合わせることも出来るようになった」

「……これでそんなに変わったことになるの?」

「大違いよ。正直に言うと、私がここまで到達出来るなんて思ってもいなかったもの」

 

 ハードル低いな、とは思ったけれど口にはしない。本人がそう言うならそうなんだろう。

 

 それに朝地が珍しく、ふわりと柔らかく微笑んだから、そんな些細なことはどうでもよくなった。

 

「貴方のおかげよ、ありがとう」

「……そっか。それで、感想は?」

「私より少し硬いのが、ちょっと不思議ね」

 

 つい目を逸らす俺には気がつかず、軽く手のひらを押しながら朝地は呟いた。

 

 求めたのは俺の手の感想ではなかったんだけど、そこはいいか。そういう風に聞こえたのかもだし。

 

 それよりも、どうしてそれを疑問に思うのかが気になった。

 

「そりゃ一応俺、男だから」

「けれど貴方、私より手も小さいし」

 

 心底不思議そうに首を傾げる姿に、結構カチンと来た。

 

 朝地め、ちょっと人より早く成長期が来たからって、俺より僅かに、ほんの数センチだけ背が高いからって、なんて偉そうな。

 

 負け惜しみの苛立ちと対抗心から密かに手を動かす。さりげなく位置を上げて、ほんの少し指が飛び出すようにする。

 

「はい俺のが大きくなったー」

「……今、ずらしたでしょ」

「してませんー」

「したわ、絶対。見なさい、根元の位置が違うもの」

 

 魔法の恩恵、身体制御力の向上を際限なく利用して、手をこっそりと戻す。

 

 朝地の指摘より早く動かした以上、向こうからすれば目の錯覚と勘違いする可能性がなくもないかもしれない。

 

 けれどその視線はじとっとした、確信と呆れに満ちていた。

 

「……また動かした」

「気のせいだって」

「絶対違う。くすぐったいからやめて」

「やめませんー」

「その言い方、もう自白してるじゃない」

 

 やがて、完全に馬鹿を見る目になった。

 

 それからもしばらくの間、手を合わせたり合わせなかったりしながら、適当なじゃれ合いを重ねていく。

 

 もはや特訓の名目を忘れ普通に遊ぶ途中、不意に廊下の方から人の気配を感じた。

 

「うわっ」

 

 同時に何かヤバいものを見た人特有の、引き攣った声も聞こえた。

 

 音に釣られて振り向けば、拳一つ分空いた戸の隙間から陽香さんが覗き見している。目が合った。泳いだ。そのまま見続けると大遠泳になった。

 

 逃げられないと察したのか、陽香さんは溜息を吐きながらそっと中へ足を踏み入れる。

 

「……いざ姉のそういう場面見ちゃうと、こんなにダメージ受けるのね」

 

 朝地の鋭い視線を無視して、そんなことを呟きながら。

 

 妙な誤解をされているような気はするけれど、とりあえず挨拶をしておこう。挨拶しとけば人間なんとかなるって、病院のお爺ちゃんもよく言っていた。

 

「やっほー陽香さん、今日もお邪魔してます」

「……そして改めて考えると、耕太郎さんってびっくりするほど肝が太いわ」

「あー、ごめんね? こう何度も来られると、陽香さん的には」

「いやそっちじゃなくて。別に七海共々、いつ来てくれてもいいんだけど」

 

 陽香さんはこめかみに手を乗せ、もにょもにょとそう言ってくれた。

 

 なお、その七海ちゃんにはそもそも特訓について教えていない。これは極めてデリケートなこと、というのもあるし、何故か想像するだけで背筋に悪寒が走るからだ。不思議と大事故の予感がする。

 

 陽香さんも多分同じ、知らないからこそこんな反応をしているんだろうけど。

 

 焦ってるのか手を離さない、それどころか逆に強く握り始めた朝地は、この状況をどう説明するんだろうか。

 

「陽香、これは違うの」

「ふーん」

「貴方が想像しているようなものではなくて、前にも話した、もっと大切な」

「へー」

 

 朝地の懸命な説得も右から左へ。さっきまで気まずそうだった陽香さんは一転、今度はにやりと悪戯小僧のような笑みを浮かべる。

 

「姉さんってば、やらしー」

 

 そのままわざとらしい、とんでもない棒読みでそう告げると、陽香さんはパタパタと音を立てながら足早に去って行った。

 

 戸も開きっぱなしでお別れの挨拶もなし。普段の朝地ならお姉さんらしく一言、何かお説教でもしていただろう行儀の悪い振る舞いだ。

 

 では何故沈黙を守っているのかというと、

 

「……」

 

 朝地は石像になっていた。

 

 その固まりっぷりは堂々たるもので、これはなんとかフォローしないと、後々大変なことになると確信させるほどだった。

 

「あ、あははー、や、やらしーだって、ははは、陽香さんもお年頃なんだなぁ」

「……時枝」

「はい」

 

 ぎぎぎ、なんて音が聞こえそうなほど、錆びついた動きで朝地が机の上を、繋いだままの手を見る。錆びつく辺り、石像じゃなくて銅像だったのかもしれない。

 

「これって、いやらしいことなのかしら」

「そんなことは」

 

 たかだか手を合わせてふざけ合うくらい、別に全然なんてことないこと。

 

 そう言いかけて、不意に田中の兄ちゃん達との懐かしい思い出が蘇った。

 

 あれは確か、二人が高校二年生の頃だったはず。

 

 鈴木の姉ちゃんとお話しているところにいきなり田中の兄ちゃんが妙ちくりんな、とても怪しい占い師のような恰好をして飛び込んで来たのをよく覚えている。

 

『耕太郎、突然だが俺は手相占いを極めることにした』

『ほんとに急だ。どうして?』

『よく聞け。大抵の女子は占いが好きだ。そして、俺は大抵の女子の身体が好きだ』

『本当にどうしたの?』

 

 性欲旺盛発言への正しい返事なんて今でもまったく分からない。昔から思い浮かぶのは精々お盛んですね、元気でよかったね、くらい。

 

 当時の俺は疑問以上の声を出せず、続く田中の兄ちゃんの説明にもただただ首を捻るだけだった。

 

『要するに、俺が占い出来れば需要と供給が一致するんだよ。凄腕占い師となった俺に占われて女子はハッピー、俺も女子の手に触れられてハッピー。誰もが幸せになれる世界だ』

 

 要するに、よくある手法の一種だった。もっと前に田中の兄ちゃんがくれた、胡散臭い合コン必勝本にも書いてあった気がする。

 

『どうだ、この完璧な理論武装!』

 

 武装どころか裸の王様にしか見えなかった。

 

 そして念のためジャッジを求めて見上げた鈴木の姉ちゃんは、視線だけで人を凍え殺せるほどに冷たい眼差しをしていた。

 

『きもっ』

 

 田中の兄ちゃんはその日、手相占いの本を古本屋に売ったらしい。

 

 そんな田中の兄ちゃんの無数にある恥の一つを思い出すと、これも、朝地の特訓もなんだか少しあれな気がしてきた。

 

 本人が言う通り、朝地に変な気持ちは一切ないだろう。異性への苦手意識と恐怖心に立ち向かうため、至って真剣に取り組んでいると断言出来る。だからこうして俺も友達として応援して、特訓にも付き合っている。

 

 けれどもそれはそれとして、朝地がべたべたと好き勝手に俺の手を触っているのは事実だ。それにこの状況を元の世界に例えると、男子が女子に好き放題触れている構図となる。

 

 では何も知らない、この逆転世界の一般常識を持っているだろう陽香さんからすれば、さっきの状態は果たしてどのように見えたのか。

 

 思考を回す度に自信はなくなって、自然と視線は明後日の方向へ逸れていく。

 

「別に、やらしくは、ないんじゃない、かなー?」

「……………………………………そう。これ、セクハラなのね、そう、そうよね」

「かもだけど、俺は気にしてないし、朝地もそこまで」

「あの程度のお礼にかこつけて、時枝の厚意につけこんで、こんな、卑劣なこと。いったい、どうやって責任を取ればいいの?」

「あの、朝地さん?」

「とりあえず、まずはお腹でも斬ればいいのかしら」

 

 唐突過ぎる発言にぎょっとする。朝地さんちは武士じゃなくて代々神社の家系では。

 

 そんなツッコミを入れるのを躊躇するほど、朝地の瞳はどんよりと、光を失っていた。

 

「悪いけれど時枝、蔵まで小刀を取りに行ってもらえる? 私は着替えて他の用意をするから。蔵の鍵は、陽香に聞けば分かると思うわ」

「おーい?」

「大丈夫、介錯はいらないわ。これは、罰だから」

「朝地壊れちゃった」

 

 その後、また覗きに来た陽香さんにお願いして、三回くらい頭を叩いてもらったら直った。

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