ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第七話「絶対もうちょっとマシな理由あるでしょ」

 第二次世界大戦後、いわゆる冷戦時にその事故は起きた。

 

 とある秘密機関が対立する勢力を滅するために開発していたウイルス兵器が、突如として東西問わず世界各地に流出したのだ。

 

 その兵器の名はY染色体殲滅菌。この時点で俺は限界を迎え一度水を飲んだ。ウイルスじゃないんかい。

 

 詳しい理屈は気が遠くなって理解出来なかったが、なんでもこの兵器は文字通りY染色体を破壊するそうだ。その影響力はすさまじく、あっという間に地球上から男は数を減らしていったという。Y染色体って他の動物にもなかったっけ?

 

 東側と西側の両者に訪れた唐突な国家存亡、人類滅亡の危機。この重大な岐路において、なんと人類は手を取り合うことを選んだ。東西で生き残った男を奪い合うのではなく、共にウイルスと戦うことを選択したのだ。

 

 そして人類は勝利した。九割九分九厘という絶大な犠牲を乗り越え、見事ワクチンと特効薬を開発し、最終的に地球上からウィルスを殲滅することに成功した。嘘だろ。

 

 だが忘れてはならない。我々はまだこの失ったものを取り戻せていないことを。世界人口の内、男性の割合は未だ一割すら程遠いことを。かつて生き残った男やその子供達の身体を、今も兵器による後遺症が蝕んでいることを。

 

 だからこそ人類が栄光を取り戻すため、我々女性は強くなければならないのだ!

 

「カルト系B級映画かな?」

 

 まっすぐ家に帰りなさいという朝地さんの指示に従った後、部屋でざっと歴史を調べた俺の正直な感想である。途中から熱の入った記述になっているのがなんとも言えなかった。

 

「しかも現代には魔法少女がいるって。まさか闇鍋系C級映画の世界なのかここは」

「現実とフィクションを混同するのはよくないぴょん。もっと目の前のリアルを噛み締めるぴょん」

「らびらびにだけは言われたくないなぁ」

 

 部屋で待っていた一番現実感のないウサギもどきに言われると反感が大きい。

 

 ウサギだろうかぬいぐるみだろうが普通喋れないし浮かばない。ホラーとファンタジーにのみ許された事象だ。今のところ前者だと思う。

 

「本当にそんな男って少ないの?」

「呆れたぴょん。道歩いてて気づかなかったぴょん?」

「外出るの自体今日が久しぶりだったから。あーでも、そういえば先生や看護師さんも女の人ばっかりだったな」

 

 あまり意識していなかったけれど、深く思い返せばここ一週間男の先生達をほとんど見ていない。担当の先生がいつも通りだったから、休みと思って普通に流してしまっていた。

 

 恐らくはこの家に父親がいないのも、こうして男が著しく減少したのが原因だろう。今の社会で子供を作るのは、精子バンクからの人工授精が一般的らしい。

 

 てっきり離婚や別居、あるいは亡くなってしまったのかと思っていたけれど、実際はそもそも存在していなかった、ということなのかもしれない。

 

 どんな事情でも気まずいからと聞かないでいてよかった。更に頭の異常を疑われるところだった。

 

 それはともかく男が減った、女性が中心の社会、あのギャル二人組と朝地さんの振る舞い。

 

 らびらびの言った通り、現実とフィクションを混同するのはよくない。だけど今調べた情報と今日の出来事から察するに、ここはいわゆる男女比崩壊社会、一歩踏み込むと貞操逆転世界というものなんだろうか。

 

 俺も一応、概要くらいは聞いたことがある。何らかの理由で男女の数のバランスが崩れ、男が貴重品になった世界のお話。それにより性の価値観も変わって、主に女の人が常識外れなほど強く男を求める社会に変わった物語だとか。

 

 雑にまとめると大体えっちな話らしい。十四歳の俺じゃ読めないからよくは知らない。

 

 昔教えてくれた田中の兄ちゃんが一瞬このジャンルの漫画を貸してくれて、それに気づいた兄ちゃんの幼馴染、鈴木の姉ちゃんにすぐ没収された記憶がある。そして代わりに俺には優しいデコピンを、兄ちゃんには強烈な腹パンを贈っていた思い出がある。

 

 とりあえずこれでずっと抱えていた問題、世界と俺のどちらがおかしいか、という二択がしばらく解けないことが確定した。

 

 元の世界が男のいない世界に改変された。ヤバい科学者がタイムリープして過去改変した。平行世界の俺がこの世界の自分に憑依した。単純に俺が意味不明な走馬灯を見ている。

 

 それ以外にもフィクションの先例を挙げれば、現状を説明出来るものはいくらでもある。そして魔法というファンタジー極まりないものの実在も俺は知っている。

 

 よって今は何も証拠がない、見つけられない以上、この二択について考えるのは時間の無駄だ。やるにしても暇つぶしくらいにしておこう。

 

 ただ、世界の問題に区切りをつけても思考は止まらなかった。自然と視点はミクロになって、やがて自分自身の元に辿り着く。

 

「……俺の立場がこうも違うのは、男女の価値が変わったから?」

「耕太郎」

「でも、それもおかしい。俺が、男がそこまで貴重なら、あの人にだってもっとやりようがあったはず。あんな馬鹿なこと」

「……」

 

 人が死を選ぶのにはそれ相応の積み重ねがある。ここまで世界の歴史が違う以上、血縁上の両親の人生も俺の知っているものとは大きく異なっていると考えるのが道理だ。

 

 にもかかわらず俺の身体がああだったのは、いや、でも、今こうして実際俺は退院していて、目覚めた時点から信じられないくらい調子がよくて。

 

 なら俺が病院にいた理由は、実はこうなる前とは違ったのか? それこそあの馬鹿げた兵器の影響とか。

 

 葵さんが本当に俺の母親なんだとしたら、それもまたあり得るのかもしれない。

 

 だけど鏡に映る顔に名残はなくて、あるのは前と同じ血縁上の父と母のもの。まるで意味が分からない。いったい何がどうなって。

 

 答えの出ない考えが回り続ける。それに倣って、視界も回り吐き気を催してくる。

 

 一人で意味のない思考に溺れかけた俺を、らびらびの大声が掬い上げた。

 

「……耕太郎!」

「わっびっくりした。いきなり何?」

「突然だけど、時間があるなら魔法少女の説明の続きをさせて欲しいぴょん」

 

 本当に唐突だ。唐突だけど、助かった。愚にもつかない考えを繰り返すよりマシだ。

 

 頷いて話を促すと、今日もどこから取り出したのか分からない紙の束を手渡される。

 

「という訳で今日の資料ぴょん」

 

 相変わらずコピー用紙、しかもホチキス留めだけど、この間のドピンクとは違う真面目な雰囲気を感じる。でもこれはこれでミスマッチ感があるな。

 

 ぺらぺらと簡単に確認している内に、見慣れた単語が見当たらないことに気がついた。

 

「今日はマジカルないんだ」

「違和感あるから止めたぴょん。大体、いちいちマジカルつけてたらキリがないぴょん」

「らびらびって梯子外すの上手いね。ぶっ飛ばしていい?」

「仕方ない、ちょっとだけぴょん」

「いいのかよ。しないよそんなこと」

 

 らびらびはアホほど弱い。気持ちのままぶん殴ったら弾け飛びそうだ。しかも一応赤い血が流れているから、弾けたらそれはもうスプラッターなことになる。

 

「今日は魔法少女のデメリット、というよりは禁止事項について説明するぴょん」

「デメリット自体はないの? えぇと、そうだ、使命を果たさないと怪物になるとか」

「うわっ趣味が悪いぴょん。耕太郎、今日何か嫌なことあったぴょん?」

 

 引かれた上に心配された。八割ホラー系の癖に邪道系魔法少女を知らないらしい。

 

「最初にさわりを言うと、正体を知られること、犯罪行為全般、過度の私的利用が主に禁じられているぴょん」

「……なんというか、普通だね」

「普通ぴょん。でも耕太郎も経験した通り、魔法少女の力は人知を超えるぴょん。好き勝手に使えばどうなるか、君なら想像出来るはずぴょん」

 

 正体は分かる。魔法少女というか、変身系の王道だ。バレたら色々と大変にな目に遭うことは、フィクションの大先輩達が身をもって教えてくれている。主に人質とか、脅迫とか襲撃とか。

 

 犯罪も分かる。他の魔法少女がどんな魔法を使えるのかは知らないけれど、自分の力に限定しても使い方はいくらでも思い浮かぶ。強盗でもなんでも、暴力関係ならなんでもお任せあれって感じだ。

 

 だから前二つは納得した。代わりに最後の一つには疑問がある。

 

「私的利用は過度じゃなきゃいいんだ」

「たとえば目の前で誰かが轢かれそうになった時、大抵の魔法少女は咄嗟に魔法を使うぴょん。尊い行いだけどこれだって本来の使命以外の用法、ある意味では私的利用ぴょん」

「なるほどなぁ」

「それに人間、故意じゃなくてもうっかりやらかす時は必ずあるぴょん。ちょっとのお茶目は乙女の特権ぴょん」

「俺乙女じゃないんだけど」

「……」

 

 沈黙。おい。

 

「そしてもう一つ、魔法少女に絶対許されないことがあるぴょん」

「流したよこいつ」

「それは」

 

 意味ありげに溜めてる。ツッコミまで流したよこいつ。

 

「性行為ぴょん!」

「……は?」

「端的に言うとセックスぴょん!」

「二回言わなくていいよ」

「耳を疑ってるのかと思って」

「疑ってるのは品性だよ」

 

 なんだこいつ、本当に魔法少女のマスコットか?

 

「耕太郎も年頃、いきなり可能性すら禁じられて反感を抱く気持ちも分かるぴょん」

「まあ、それくらいならいいか」

「ただ、君はまだ子供ぴょん。魔法少女関係なくそういうことは大人に、いやちょっと待て、耕太郎今なんて言った?」

「えっ、まあ別にいいかって」

 

 田中の兄ちゃんみたいな人なら苦しいかもしれないけれど、幸い禁止されるまでも無くその手のことに興味はない。反応したこともないし、そもそも肉体的に機能しているのかどうか。

 

 だかららびらびもさぞ安心したかと思いきや、今まで見たことがないくらい震えていた。

 

「馬鹿な、中学生なんて皆猿みたいなもんじゃないのか…………!?」

 

 なんだこいつ、本当に魔法少女のマスコットか?

 

「というかさ、魔法少女って普通小学生とか中学生の女の子なんでしょ? わざわざ禁止するまでもなくない?」

「甘いぴょん。耕太郎の想像以上に最近の子供は進んでいるぴょん」

「子供の性事情に詳しいマスコットってなんかやだな……」

 

 呆れはしつつ、そういえば今の世界は男女比崩壊社会、貞操逆転疑惑まであるんだった。

 

 これが正しいと仮定すると、田中の兄ちゃんみたいに前のめりな欲望を抱えている女の子が数多くいる可能性もある。その子が魔法少女をしていることも考えられる。

 

 その場合残念ながら、なんだか癪に障るけれども、らびらびの懸念は当たっている。

 

「魔法少女になる子は情が深く、好奇心旺盛な子が多いぴょん。もちろん、そういうことに興味を持つのはいいことぴょん。だけど軽はずみに欲望のまま試すのではなく、身も心も大人になってから、誰かを愛する準備が出来てからするべきぴょん」

「……まあ、そういうのなら、納得?」

 

 若干思想を感じなくもないけれど、思ったより真っ当な理由だ。らびらびの言い方があれなだけだった。それはそれとして、なんか気持ち悪いなーという思いは変わらなかった。

 

 いずれにしてもこの掟は俺には関係ない。先に教えてもらった方を掘り下げよう。

 

「ちなみにその禁止事項って破ったらどうなるの?」

「程度にもよるぴょん。軽いもの、ちょっとした悪戯なら数日の変身不能で済むぴょん。ただ殺人や強盗などの質の悪いものの場合、能力永久はく奪の上に魔法に関する記憶を全て消去されるぴょん」

 

 さらっと記憶消去とか言ってる。重いし怖いしヤバい。人権はどうなってるんだ。

 

 人権なんて存在してなさそうな目の前の物体は、そんな俺の恐怖なんて気づいてなさそう。不気味にふわりと浮かび上がり、ご機嫌な動きで意味不明なことを語り出す。

 

「そしてお待ちかね、性行為をしてしまった時のペナルティぴょん」

「待ってないよ」

「おいたをした箇所が爆発するぴょん!」

「は?」

 

 は?

 

「つまり股間、耕太郎ならちんちんが爆発するぴょん!」

「今一気に俺の好感度落ちたよ」

「……馬鹿な。男とは、いくつになってもちんちんで爆笑するものじゃないのかッ!?」

「なんだこいつ、本当に魔法少女のマスコットか?」

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