ガイアが俺に早く消えろと囁いている   作:差六

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第7話「お見舞いが明らかにしたこと」

 一晩寝てすっかり治った七海ちゃんとは異なり、世間の風邪はまだまだ収まることはなかった。

 

 ニュースを見ればテレビもネットも風邪の話ばかり。やれ病院が混雑してるとか、どこの学校が学級閉鎖になったとか。

 

 その流行はもちろん、狭間中学校にも届いていた。

 

「はっくっしょんっ!」

 

 朝のホームルーム前、豪快なくしゃみが教室に鳴り響く。

 

 うっかり反応して、相手と目が合ってしまったのは申し訳なく感じる。恥ずかしいところを見られた袴田さんは、耳までしっかり真っ赤になっていた。

 

「……あんたさぁ、少しは音抑えたら? 時枝くんめっちゃ見てたよ?」

「い、いいんだっ、おかげで目も合ったし! それにそんな取り繕うよりも、私はありのままの私を見てもらいたいから」

「だからって汚物見せちゃ駄目でしょ」

「なんだとこのやろー!?」

 

 激しいくしゃみはともかく、あの感じだと元気ではあるらしい。何よりだ。

 

 今日も明るく楽しいクラスメイトのじゃれ合いを眺めた後、右隣の席に目を移す。

 

 こっちもすぐに目が合って、にこりと微笑まれた。いつもと同じ快活な笑顔。こちらも、前野さんもとても健康そうだ。

 

「最近風邪流行ってるよね。前野さんは大丈夫?」

「うちは代々頑丈だから平気だよ! 私なんて小学校から皆勤賞だし」

「へー、凄いなぁ」

 

 羨ましい、という言葉は喉元で止めた。小さい頃うっかり口に出して、病室が葬式みたいな空気になったことがある。まだ生きてるのに。

 

 代わりに取り出しかけた二番手は、先日の授業参観の時密かに思ったこと。躊躇ったのは、親御さん系トークだったから。両親がアレな俺はその辺の間合いがよく分からない。

 

 だがしかし、前に座る朝地桜さんは何の躊躇もなく踏み込んだ。

 

「確かに授業参観で見た前野さんのお母さんは、とても強そうだったわ」

「朝地もそう思った? なんだろうね、あのとんでもない猛者感」

「……二人とも親弄りはその辺にしないと、私も全力で反撃するよ?」

「ごめんなさい」

 

 それに釣られて一緒に突っ込んで、結局二人揃って頭を下げることになった。いざ想像してみると、葵さんで反撃されたら負ける自信しかない。

 

 そしてどうやらこの感じ、朝地もあのお母さんに触れられるのは弱いらしい。自分から突っ込んだくせに。

 

 確かにあの人はあの人で、前野さんちとは別ベクトルでもの凄く手強い。朝地の特訓に付き合う度、毎回意味深な笑みで俺にダメージを与えて来る。何か深刻な誤解をされている気がしてならない。

 

 けれど、観測しなければ事象は確定しない。シュレディンガーシュレディンガーと脳内で唱えて現実から目を逸らす。

 

「時枝くんこそ平気?」

「うん、この通り。前野さんほどじゃないけど、俺も復帰してから皆勤賞だから」

「凄いよね! 復帰してからの時枝くん、いっつも元気だもん。何か秘訣とかあるの?」

「……こう、神秘パワー?」

 

 魔法のおかげだから嘘は吐いていない。

 

 それはそれとして詳細を言えるはずもなく、前野さんも首を傾げたままだ。

 

 なので神秘パワーを感じさせるもの、実際はなくても心に元気を与えてくれるものを鞄から取り出した。

 

 その小袋、昨年のクリスマスに贈ってくれた御守り達を見て、朝地がなんとも言えない顔になる。

 

「この朝地神社の御守り、その御利益かもしれませぬ」

「おぉ、ありがたやーありがたやー」

「……私に拝まれても困るのだけれど」

 

 前野さんに参拝されて戸惑う視線は、俺に向かう時にはとても鋭くなっていた。

 

 多分照れているだけだけど、御守りを鞄にしまう素振りでそれは気づかなかったことにする。重ねて話題を移すことで、朝地のもの言いたげな態度をなんとかやり過ごす。

 

「まあ俺はそれでよしとして、財前は大丈夫かな」

「元々休みがちだったけど、今日で一週間だもんね」

 

 俺の向こう側、窓際の空席を眺めながら、前野さんは心配そうに呟く。

 

 今でも信じがたいことだけれど、この世界では意味不明なウイルスだか細菌だかで男が著しく減少した。そしてその影響で、男は身体が弱くなってしまった。

 

 財前もメンタルはともかく、身体の方はその例に漏れず病弱だ。体育を休んだり、体調不良で早退したり、なんてこともあまり珍しくはない。

 

 けれども、さすがに一週間も休み続けるのは初めてだった。

 

 一応連絡は取れていて、曰くだいぶよくはなっているらしい。学校にも来ないのも大事に大事を取っているから、だとか。

 

 それでも、元病弱の身としては心配になる。

 

「時枝、ちょっといいか?」

 

 どうしようかと考える俺に、それ以上に頭を悩ませていそうな新田先生が声をかけた。

 

 

 

 華だかなんだかの、腹立たしい気取った装飾がされた、分厚く背の高い白い壁。唯一の入り口にはこれまた巨大で重そうな、背筋が凍ってしまいそうになる鉄の門。

 

 この門は、二度と見たくなかった。記憶にないはずの遺体を幻視する。

 

 その先には無駄に金をかけた、自己満足の極みのような庭園が広がっている。単体で見れば美しいだろう花も緑も、ここにあるというだけで著しく価値を下げる。

 

 極めつけは奥の家、建物。おおよそ人が普通に済むに適していないだろうそれは、建っているだけで迷惑な代物だ。庭も含めて何世帯も住めるだろう土地が、この意味不明な建物に埋め尽くされている。

 

「うっわー、でっかー、なにこれー。ねぇねぇ桜ちゃん、本当にここなの?」

「ええ。住所は、ここで合っているみたいだけれど」

「にしても大きすぎだって。こんなホテルみたいな家見たことないよ」

 

 はしゃぐ前野さんとは裏腹に、俺の気分はどこまでも下がっていく。

 

 ここが財前の家、らしい。少なくとも、新田先生に教えられた住所だとそうなっている。

 

 何故俺達がこんなところを訪れたのかというと、その先生に頼まれたからだ。

 

『悪いんだが、お前たち三人でプリントを届けてくれないか?』

 

 一週間も休めばプリント類も溜まるもので、しかも新田先生は試験の準備やらで忙しくて中々家まで行けない。だから代わりに届けて欲しい。

 

 それにしたってわざわざ俺達、しかも三人指定でお願いするなんて。

 

 もしかすると、先生的にはお見舞いの口実を作ってくれたのかもしれない。

 

「……」

 

 そんな適当なもの、何でもいいからとにかく思考に身を任せなければ、今は冷静さが保てなかった。

 

「財前家ってそんな大家族なのかな? 時枝くんは何人兄妹だと思う?」

「……」

「時枝くん?」

「……」

「おーい? 返事してくれないと、さ、触っちゃうよー? ほ、ほほ、ほっぺとか、いいのー?」

「やめなさい前野さん。現行犯よ」

「の、ノー! 未遂未遂!」

 

 乱れる思考をまとめるのに夢中で、横の寸劇に一切気がつかなかった。

 

 危うく前科者になるところだった同級生に、出来るだけ自然に声をかける。

 

「ごめん、なんでもない。ちょっと、ほら、びっくりしてただけ」

「だよねだよね! こんなお家、絶対びっくりするよね!」

 

 豪邸を前に興奮する前野さんは誤魔化せた。けれど朝地はどうだろうか。

 

 朝地は少しの間俺をじっと見た後、小さく溜息を吐いた。見逃してくれるらしい。

 

「そろそろ行きましょう。呼び鈴は」

「こっちだと思う」

 

 うろ覚えの記憶に従い案内すると、数年前と変わらない場所にあった。

 

 もっとも、門の周囲にはいくつも監視カメラが据え付けられている。先生が事前に連絡したそうだし、何より十四年前の事件もある。しっかり監視しているから、俺達が到着したことくらい既に気づいているだろう。

 

 俺の予想は正しかったようで、インターフォンを通して挨拶を告げてから、一分もしない内に門は開いた。

 

「お待たせしました、耕太郎様。それのご学友のお二人も」

 

 出迎えてくれたのは、以前ボウリングに行った時にも見た執事のお爺さん。今日も典型的執事をそのまま具現化したような姿をしている。

 

 記憶通りにやたらと広い庭、道を歩き、無駄にデカい扉を開いて館に足を踏み入れる。

 

 中も同様、無駄に豪奢で豪華だ。エントランスからして苛立ちが募る。

 

 目に刺さるシャンデリアの輝き、正面の大階段、壁の絵画。どれにも罪はないけれど、心は過敏に反応してしまう。

 

 出来るだけ衝動を内に秘めながら、黙って先導する執事について歩く。

 

「ま、真ん中は高そうなカーペット、壁側にはよく分かんない絵とツボ! こんなの、ど、どこを歩けば」

 

 その道中、内装に威圧されたのか、横を歩く前野さんは小動物のように震えていた。

 

「こんな豪邸、二人も緊張するよねっ」

「……いや、あんまり?」

「私も家の手伝いで、たまにこういうところもお邪魔するから」

「小市民の疎外感……!」

 

 おかげで、荒んだ気持ちがちょっと和んだ。

 

 前野さんが与えてくれた癒しのおかげで、なんとか表面上冷静なまま目的地、財前の部屋まで辿り着く。

 

「皆、よく来てくれた」

 

 ベッドに座る財前の顔色はいい。想像していたよりずっと元気そうだ。

 

 一安心し雰囲気が緩和した合間を縫い、執事のお爺さんが穏やかに告げる。

 

「それでは皆様、私は外におりますので、何かあればお声がけください」

「はい。案内ありがとうございました」

「もったいないお言葉です、耕太郎様」

 

 去り際のお辞儀も扉の閉め方まで優雅、音もしなかった。この建物はともかく、あのお爺さんは超一流の執事だ。尊敬に値する。

 

 なんて俺が偉そうな品表をしている間に、二人は早速財前のお見舞いを始めていた。

 

「まさか、朝地まで来てくれるとはな」

「……前野さんに頼まれたから」

「そうか、へたれたか」

「うるさい! そんな憎まれ口聞けるなんて。なんだ、結構元気そうじゃん」

「ああ。熱はとうに下がって後は空咳ぐらいなんだが、周りに引き留められてしまって。念には念を、ということらしい」

「ふーん。まあ、学校も風邪流行ってるからね」

 

 溜まっていたプリントやノートのコピーを渡しつつ、三人は適当な会話を交わしている。

 

 今はそこに混じる気にもなれず、時間稼ぎで財前の部屋を見回す。

 

 俺の部屋より数段は広い。けれどなんとなく寂しげな印象を受ける。物が少ないからかもしれない。

 

 あるのはベッドと机、それにクローゼットくらい。これまでとは違い、この部屋は逆に質素が過ぎる。

 

 俺が不躾に部屋を物色する中、皆も俺のことを観察していた。

 

「ところで、時枝はどうしたんだ?」

「……分かんない。ここについた途端、なんだか上の空になっちゃって」

「ふむ。朝地なら分かるか?」

「いえ、私も心当たりは」

 

 強化された聴覚はそんな内緒話も拾ってしまう。バレバレだったらしい。

 

 それならいっそ、堂々と確認させてもらった方がいいのかもしれない。

 

「……あのさ財前、変なこと聞いていい?」

「ああ」

「この家って」

 

 一度唾を飲み込んで、息を整える。

 

「この建物って、神野家の別邸じゃなかったっけ?」

 

 財前の反応は言葉にせずとも回答を表していた。俺の朧げな記憶は正しかったらしい。 

 

「確かに昨年まではそうだったが、何故君がそれを?」

「……それは脇に置いといて。じゃあどうして、今は財前の家が?」

「勝手に脇に置かれるとは」

「ごめん。聞かれると困るから、むしろ捨てといて」

「仕方ないな、いいだろう」

「いいんだ」

 

 前野さんもびっくりの懐の広さだった。さすがは財前。

 

 友達の器に大きさに甘えつつ、解説を待つ。

 

「さて、どこから話せばいいのか。まず財前家は、神野家の分家筋にあたる訳だが」

「……マジで?」

「マジだ。この家のことは知っていても、これは知らなかったのか」

 

 それなら、最初から話した方がいいのか。

 

 財前はそう呟いた後、数秒ほど目を閉じてから語り出した。

 

「財前家は財の前、神野家の金庫番を務めるため誕生した分家だ。初代当主の命により、次男が開いたと言われている」

「金庫番。なんか、厄介ごと多そうだね」

「歴史の上の例に漏れず、それゆえにこれまで色々とお家騒動もあったらしい。それらは内々で解決出来る規模ではあったそうだが」

 

 そこで一度言葉を区切り、財前は口に水を含んだ。

 

「しかし昨年の夏ごろ、大事件が起きた」

「大事件?」

「前当主及びに新当主が、続けて世を去ってしまったんだ」

 

 そんな不幸な事故があったらしい。

 

 思い返せば年末だか年始だか、あの頃に財前がそんなことを話していた気がする。

 

 あの時もっと掘り下げていれば、というのは後の祭りだ。それにもし聞いて知ったとしても、恐らくろくなことにならなかっただろう。

 

「元々前当主が主導した後継者争いにより、神野家では十余年もの間骨肉の争いが続いていた。おかげで内部の繋がりはボロボロ、良くも悪くも権限の集中が進んでいた。しかしそれを勝ち取った新当主が突如亡くなり、家内は混乱に満ちてしまった」

「……聞いといてなんだけど、それ話していいの?」

「よくはない。だが変にゴシップ混じりで知られるより、僕から告げた方がマシだ」

 

 長年身内で争いを続けた結果、この件はどこの誰を叩いても埃が、真偽の分からない罪過が飛び出るようになった。そう財前は語る。

 

「近頃は奥方様の手腕により、神野グループは一定の平静は得た。だが、事実上家としての神野家は滅亡寸前、もはや以前のようにはいかないらしい。その影響で、この別邸も昨年から財前家が管理するようになった、ということだ」

「……ありがとう。ごめん、具合悪い時にこんな話させて」

「ちょうど刺激に飢えていたところだ、僕は構わない。それよりも、まだ聞きたいことはあるか?」

「じゃあ、一個だけ」

 

 さっきから一緒に来た二人を置き去りにしてしまっている。特に前野さんなんて、訳の分からない話に魂が抜けかけている。

 

 だから、これが最後だ。一番気になっていたことを、この世界で目覚めた俺が、本当なら最初に確認しなければならなかったことを尋ねる。

 

「財前はさ、神野雷蔵って人のこと、知ってる?」

「もちろんだ」

 

 深く頷いて、財前は端的に教えてくれた。

 

「先ほど話した、昨年亡くなられてしまった新当主。そちらが雷蔵様だ」

 

 その答えに息が、思考が一瞬完全に止まる。

 

 どうやら俺の血縁上の父親はやたら偉い人で、しかも既に死んでいたらしい。




という訳で本名は神野耕太郎でした。
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