つい先ほど魔法少女達が集合場所にしていたビルを中心に、新たな結界が生じていた。
規模は小さく、いくつかのビルを呑み込む程度のもの。その内最も広々としている屋上で、クリアガイアは奇妙な鎧を身に纏う女に羽交い締めにされていた。
彼女もそれなりに背が高いが、女のそれは遥か上を行く。おおよそ百八十を超える女に捕まり、クリアガイアの足は宙に浮いていた。
さて、その女の鎧はドクターのものとよく似ていたが、無論相違点はある。
細かい意匠もそうだが、最も大きなのは色合いだろう。紫の目立つドクターとは異なり、女の鎧は地味な茶色があちこちに刻まれていた。
「よ、ようやく捕まえたっす」
「くっ、放しなさい!」
「放せと言われて放つ奴はいないっすよー。苦しいかもだけどじっとして欲しいっす」
じたばたと暴れるクリアガイアの耳元で囁いた後、不意に女の鎧が輝きを放つ。
背後からとはいえ強烈な光だ。クリアガイアは反射的に目を瞑ってしまう。
そして次に、すぐに目を開いた時、鎧の女は彼女の前に移動していた。
だが未だ足は浮いたまま、身体は身動きが取れないまま、腕と背中には硬い感触が残ったままだ。
辛うじて振り返ると、目の前の鎧と同じものが依然彼女を拘束していた。
「な、まさか、分身!?」
「どっちかと言えば残像みたいなものっす。毎度お馴染み、『トルーパー』クオリアの力っす」
リードブレスに嵌められた茶色の宝玉を、女は自慢げに見せつけてみせた。
クリアガイアに息を呑ませた満足感、一仕事終えた達成感に浸りつつ、女は額の汗を拭う仕草をする。
鎧を纏う彼女がしても今は何の意味もないのだが。
「しっかし」
そんな茶番染みた振る舞いは留まることを知らず、女は続いて腕を組み、しみじみとクリアガイアのことを観察する。
なめ回すようなその視線に、彼女の背筋に悪寒が走った。
「見れば見るほどとんでもない美少女っすねー。同じ次元の生き物とは思えないっす」
「……」
「……それにボクが言えたことじゃないけど、あちこちの育ちっぷりも凄いっすね。ほんとに中学生っすか?」
「っ」
クリアガイアの纏う服は極めて露出が少なく、全身の意匠もあって体格がほとんど分からないようになっている。
例えば足はロングスカートに隠れており、普段覗くのはブーツの足先程度。激しく動いて大きくめくり上がっても、白いタイツに素肌は守られている。
だが職業柄衣服の下を想像、想定することが得意な女は、クリアガイアが秘匿する肢体を見抜いていた。
胸元、腰つき、足回り。深く念入りに隠されたそれらは、どこもかしこも年齢離れした色気を感じさせる。
女は一瞬与えられた使命について考え、すぐさま本業に走ることに決めた。
「ちょっとくらいなら触っても、バレへんかな」
「ひっ」
「へっへっへ。いやー、モデルや人形だとどうしても限界があるんすよねー。肉感って言えばいいのかな。そういうのはやっぱり、触れて確かめないと実感しにくいし」
手をワキワキと動かしながら迫る姿は、まぎれもない性犯罪者のそれだった。
謎の鎧が気味の悪い動きでじわじわ寄って来る。傍から見ればシュールな光景ではある。
だが実際に迫られる、下卑た視線を向けられるクリアガイアからすれば、それは身も凍るほどに恐ろしい。
「い、いや」
逃れようと駄々っ子のように暴れても、四肢を固める石像擬きはびくともしない。いたずらにスカートが揺れるだけだ。
「やだっ、やめて、来ないでっ」
それでも声を震わせながら何度も身を捩り、無駄と分かっていても懸命に抵抗する。
大人びた少女が幼く怯える姿は、心の底から恐怖し拒絶する様子は、女の罪悪感を痛いほど、それこそ死にたくなるほどに刺激した。
「な、なーんちゃってー、隙あり!」
「きゃあ!?」
「クリアシフター、ゲットっす!」
よってあっさり心折れた女は、全力で気まずい空気を誤魔化しに走る。
奪い取った錫杖を天高く掲げる姿は、どうしようもないほど間抜けだった。
その滑稽さは、瞳の潤んでいたクリアガイアが呆然と瞬きを繰り返すほど。
「こ、これが本当の狙い、さっきのどうしようもないゴミ屑系セクハラ仕草は、そう、注意を逸らすためのナイスなジョークっす! はっはっはー!」
「……」
そして時間が経つにつれ、それは馬鹿を見る目に変わっていった。
「ふ、ふふん、さ、更になんと、この杖にドクターの道具を近づけるとー?」
「……スフィアクオリアが!?」
だが女が取り出したカードのようなもの、それがクリアシフターに収納していたスフィアクオリアを解放し吸収することで、今度は驚愕へと変わる。
「ふっふっふ、それだけじゃないっす!」
得意げな女の言う通り、カードが吸い込むのはスフィアクオリアだけではない。
続いて解き放たれたもの、光り輝く球体にクリアガイアは大きく目を見開く。
それは力の結晶、あらゆる願いを叶える願望機、イデアと呼ばれるものだった。
「か、返しなさい! それは、人が触れていいものじゃ」
「スフィアクオリアは元々こっちのものっすー。大体イデアだって君のじゃ」
言いかけて、女は空を見上げた。ちらりと動く影を見つけた。
通常、結界内の夜空に星は輝かない。あるのは月だけ。空には風もなく、雲もなく、自然に動くものは存在しない。
女は影の意味に気がついた。だが、察するのがあまりにも遅かった。
「お、らぁッ!」
「ぶへぇ!?」
空から降って来た耕太郎の踵落としが直撃し、女は汚い悲鳴と共に叩きつけられる。彼女はビルの屋上を突き破り、一階目掛けて落下していった。
それを濡れた刃のような視線で見下ろした後、彼はクリアガイアのもとへ駆け寄る。打って変わって、彼女を見る目は温もりに満ちていた。
「悪い、遅れた」
「……時枝?」
「見ての通り、でいいんだっけ。変身中だけど」
変身魔法に搭載された認識齟齬は、相手の正体を知っていれば無効化される。
そのため彼のことをよく知るクリアガイア、朝地桜からすると、クリアグレイはいつでも耕太郎に見えている。
そんな詳細など知らないが、彼は特に気にしないまま仲間のことを心配した。
「それより、ガイアは大丈夫?」
「……私は、平気。でも、貴方は、どうして?」
「シャインが、あんた一人が一番速いからよろしくって。とりあえず解放するから」
クリアガイアの四肢を縛る女の石像擬きを、耕太郎は容赦なく顔から砕く。
彼女は半ば浮くように羽交い締めされていた。よって石像の支えがなくなった、今も足が竦んでいる彼女が着地に失敗するのは当然のことだった。
「わ、ととっ」
そして正面にいた耕太郎が慌てて彼女を抱きとめることも。
「いや全然平気じゃなさそうじゃん。立てる?」
「……」
「あれ、おーい、ガイアー?」
耕太郎の肩に顔を埋めながら、クリアガイアは硬直していた。
彼は少年だ。身体の影響か、未だ成長期が来ているのかも怪しく、今のところ彼女より背は低い。
それでも彼は少年、男の子だ。彼女や彼女の妹、友人よりも触れた身体はどこか硬く、筋肉も多い。なりかけではあるが、確かに男の身体をしていた。
クリアガイアもそれくらいは、耕太郎が男の子だということくらい理解している。
彼女が理解出来ないのは、不思議なのは、ここまで直接全身に触れて、触れられて、男を感じてなお身体に震えが走らないこと。恐怖が微塵も湧かないこと。
熟慮に熟慮を重ねた謎の特訓により、彼女は一定の耐性を得たことを自負していた。だとしても、これほど密着しても平気だとは一切考えていなかった。
予想だにしなかった一足飛びの成果に、彼女の思考が止まる。
その時、突然幼い子を宥めるような手つきで背中を叩かれて、ようやく彼女は自分の世界から戻った。
「ねえガイア、本当に大丈夫?」
「え、ええ、ごめんなさい。まだ、難しそうだから、その」
「いいよ、しばらくこのままで」
もう一度耕太郎はクリアガイアの背中に手を伸ばす。ただし今度は叩くのではなく、優しく手を添え、何度も撫で始めた。
普段の特訓とは異なる、彼の方から触れられた手。例え他意はなくとも、かつてなら恐怖を覚えただろう行為。
それでも彼女の身体が、心が拒絶することはなかった。
それどころか起き上がりかけた顔を伏せ、再び甘えるように肩に埋めている。その無意識の行いを、彼女は疑問にも思わない。
一分にも満たない短い間、背中を摩る微かな音だけが響いた。
「穏やかだけど熱い心を持つ少年。それに絆され、心解けるクールな少女。そんな二人の到達点、あるいは通過点たる抱擁。うーん、いいっすねー。絵にしたい。心が躍るっす!」
その安らぎの間を女の野暮な声が裂く。
出歯亀を絵に描いたような姿勢で座り込み、彼女はビルの隅で興奮を露わにしていた。
誰も彼女が這い上がったことに気づかせなかったその隠遁力は、ある種驚嘆に値するだろう。
粘つく視線と声でようやく気がついた耕太郎は溜息を吐く。それから一歩踏み込み、クリアガイアを女の目から隠した。
「で、下世話なお前は誰だ?」
「よくぞ聞いてくれたっす!」
鋭い問いもなんのその、女は両手を腰に当てて高らかと名乗る。
「ボクのことはリードアルファと呼んでくれてもいいっす! 今はドクターの助手をやってるしがない女っす! 以後お見知りおきを!」
女、リードアルファの自己紹介はハイテンションであり、茶目っ気を出そうという努力を感じさせるものだった。
いつも通りの耕太郎であれば、もしかするとある程度は、多少は温かみのある対応をした可能性もあるかもしれない。
だが今日の彼は冷たく鼻で笑った後、侮蔑に満ちた視線で強く睨んだ。
「あっそ。なんでもいいから杖とか全部返せよ」
「自分から聞いておいてその言いぐさ! いけない子っす、教育が必要っすね!」
憤りつつリードアルファは茶色の魔法陣を展開し、そこから勢いよく武器と宝玉を引っ張り出す。
≪ロードリアライザー≫
それはドクターの使用する銃と同じもの、スフィアクオリアの力を安全な範囲で最大限に引き出すだめのものだ。
≪Set Code『Gold』 Loading≫
であれば、使用方法も同じとなる。
≪Single Double Triple≫
力を解放されたスフィアクオリアは、金色の輝きを銃身全体にもたらす。
それだけではない。ロードリアライザーを通してリードアルファの身体に流れ込み、彼女の全身に黄金のラインを形成していく。
その回路はやがて彼女の背中に集合し、翼のように羽ばたき形を成す。
「これが憧れのフルバースト! 当たったら絶対痛いっすよー? それが嫌ならさっさと逃げるっす!」
それはいつかのバイクレギオンが展開したもの、魔法で作られたミサイルだ。
大小問わず、その数はおよそ数十発。狭い屋上ではとても避けきれるような規模ではない。
よってクリアガイアは小さく息を呑み、耕太郎は値踏みをし、冷たく一笑した。
「きゃ」
それから突然横抱き、いわゆるお姫様抱っこのように抱え直され、クリアガイアは目を白黒とさせる。
「と、時枝?」
「まっすぐ行ってぶっ飛ばすから、しっかり掴まってて」
有無を言わせないお願いにこくこくと頷き、クリアガイアは耕太郎の首に手を回した。
リードアルファがにやにやと、気味悪く彼らを眺められたのは数秒もないだろう。
耕太郎がクリアガイアを抱えたまま、馬鹿正直に正面から突撃したからだ。
「……は? いや、これ見て正面突破とか、頭おか」
≪Overload Shooting 『Robot』≫
「あ、やべ、押しちゃ」
焦るリードアルファだが、その心配は無用だ。
彼女はミサイルを広く展開し過ぎており、屋上程度の距離では直撃させられない。当てるためには、最低でも空中で一度大きく迂回する必要がある。
耕太郎はそれを読んでいたからこそ、このように直進していた。
そもそも力が解き放たれるよりも早く、彼の飛び蹴りは彼女のもとへ届く。
今回、悲鳴はなかった。何故なら蹴り飛ばされた先で構えたミサイル等が爆発し、その音で全て掻き消えたからだ。
凄まじい勢いで吹き飛ぶ人影を見送りつつ、耕太郎はクリアガイアを抱えたまま緩く着地する。
それから上を見て少し歩くと、その場に留まった。
そしてすぐにそこへ錫杖が、クリアシフターが落ちて来る。クリアガイアが手を伸ばすと自然とそこに収まった。
「よしよし、ナイスキャッチ」
幼い子供を、まるで兄が弟を褒めるような口振りで、耕太郎は軽く微笑む。
今の体勢にもその笑みにも、全てに対して反応に困ったクリアガイアは努めて仏頂面を維持しつつ、平然そうな素振りで指を指した。
「……リードアルファは、向こうの結界に飛び込んだみたい。ドクターと合流されたら厄介だし、シャインたちも心配。急ぎましょう」
「よし。じゃあ全力で行くから、またちゃんと掴まってて」
「……………………そうね、お願い」
クリアシフターを魔法陣の内へ収納し、クリアガイアは再び耕太郎の首に手を伸ばした。
一方、結界に残りドクターと戦っていたクリアシャインとクリアオーシャンは、
「このっ、いい加減当たりなさいっ!」
「こちらこそ、一度は当てて欲しいものだ。これでは戦いにならない」
この通り大苦戦していた。
クリアシャインが全方位から放つ魔弾はドクターに容易く避けられ、弾かれ、未だに一度も直撃していない。
「『グレイシア』!」
同時に足止めを狙った氷も、以前とは異なり最低限の跳躍で回避される。
そのまま二階建ての屋上まで移動した彼は、無手の腕を組みながら一瞬思考に耽った。
「……少年がいなければこの程度か。これでは予定が狂う」
静かな呟きだったが、結界は本来静寂に満ちている。その声は二人にもよく届いた。
歯噛みするクリアシャインと、それでもなお戦いに集中出来ないクリアオーシャン。ドクターはそんな彼女達へ失望の眼差しを向ける。
緊張で空気が張り詰める中、突如夜空から星が落ちて来た。
「ぬああああああ!?」
汚い悲鳴と共に。
「……ひ、酷い目にあったっす。あの子、容赦なさ過ぎで将来が心配になるっす」
それは、リードアルファはドクターの足元に着弾してすぐ、よろよろと立ち上がった。
その見慣れない人型、新たな敵を警戒し、魔法少女達はひそひそと相談を交わす。
「あの人がドクターの言ってた仲間、なのかな」
「……なんか、やたら三下っぽい悲鳴だったけどね」
ただし、緊張感は薄れてしまっている。ある意味ではリードアルファの人徳だった。
だがドクターにそれは通じず、その立ち居振る舞いは冷淡なままだ。現に彼は土ぼこりに塗れた仲間に手も貸さず、冷ややかに用件を告げる。
「あの少女からスフィアクオリアとイデアは回収出来ただろうか」
「え、この登場したボクのこと心配しないんすか!?」
「第一、第二世代とは異なり、リードブレスは極めて人道的な兵器だ。変身が強制解除されてない以上、君に負傷はないだろう」
「……スフィアクオリアは全部取り戻したっす。でも、イデアは抽出途中にグレイくんに、それはもう思い切り蹴り飛ばされちゃって」
「さすがは少年だ、あのタイミングから間に合うとは」
「そこボクの心配するところじゃないんすか?」
苦言を零しつつ、リードアルファはイデアを封じたカードを差し出す。
「とにかく、回収出来たイデアはこんだけっす」
「……ふむ。一パーセントにも満たないか」
「やっぱり、これだけじゃ足りないっすか?」
「いや、十分だ。予想よりは少ないが、実験には適量だろう」
なお、リードアルファが悪ふざけせず、かつまともに耕太郎を迎え撃っていれば、ドクターの予想通りの量が回収出来ていた。
「二人とも、無事か!?」
敵のやり取りを警戒し観察する魔法少女達の横に、今度は遅れて耕太郎とクリアガイアが着地する。
頼りになる姉と仲間が駆け付け、輝き始めたクリアシャインの目が、彼らを見た途端一瞬にして細まる。
「……無事だけど、なんで姉さんのこと抱っこしてるの?」
「……そういえば、なんで私、抱えられたままなのかしら?」
「姉さんも分かってないの!?」
「こっちのが速いからだけど……」
不思議そうに首を捻りながら、耕太郎はクリアガイアを下ろした。
こうしてこの場に、ようやく役者は揃った。
集まった魔法少女達を一度見回した後、ドクターは傍らのリードアルファに指示を出す。
「それでは予定通り、イデアの試行実験を開始する。願いは」
「ボクにお任せっす! ドクターのリクエスト、じゃんじゃんレムナントの発生する願いもばっちり考えておいたっす!」
「……元より期待はしていない。好きにやりたまえ」
「酷くない?」
漫才のようなやり取りに、一瞬魔法少女達の緊張が僅かに削がれる。
だがその内容を理解した瞬間、クリアガイアは反射的に大きな声を上げた。
「……まさか、イデアを使うつもり!? やめなさい! いくらその程度の欠片でも、そんなことをすれば貴方は!」
「心配ご無用っす! そのための制御術式がここにあるっす!」
リードアルファはカードを高く掲げ、そこに秘められた力を解き放つ。
するとカードの表面に数多の回路が走り、イデアを中心に球形の魔法陣が何十にも展開される。その力を縛り、向かう方向を限定させる。
「さあさあ、イデアよ、あの子の願いを叶えたまえー!」
リードアルファの叫びを聞いたカードが光り、空を貫く柱を生み出した。
それは結界の頂点に届くと反転、今度は大地に向けて突き進む。
その先にいたのは。
「……え、俺?」
「クリアグレイくんがもっとも求める異性、女の人をこの場に召喚し、修羅場を形成するのだー!」
さて、リードアルファは世代によって呼び方は異なるが喪女や干物女、陰キャ女子など、概ねこの辺りの分類に属する生き物である。
端的に言えば、彼女はその二十五年の生涯において異性との関わりがほとんどなかった。付け加えると同性ともあまりなかった。現在胸を張って友人と呼べるのは一人だけだ。
育んだ人間関係がこれだけ希薄な彼女は三十路の入口が見えてなお、交際はおろか初恋すら経験していない。そのため恋というものを未だに、まったく理解出来ていない。
恋愛など一切分からない彼女からすれば、親しい友への友愛も家族に対する親愛も同じ愛だ。そして彼女はいずれも貴賎はなく、全てが等しく尊ばれるべきものだと認識している。
故に、その結果は必然だった。
耕太郎にぶつかった光は時間と共に移動し、彼から数メートル離れた場所をスポットライトのように照らし始める。
「……これは、本当にイデアの制御を!?」
やがてその光が収まった後に横たわっていたのは一人の、黒髪の女性。
その姿を見て、クリアシャインは眉間に皺を寄せた。
女性の纏う清楚な雰囲気が自身とはまるで違ったからだ。更に言えば、すらりとした手足も豊かな胸元も、全てが大人の女性を思わせるものだったからだ。
その姿を見て、クリアガイアは疑問と胸のざわめきに首を捻った。
だが聡い彼女はすぐさま発動した魔法を理解し、その悪趣味さに眉を深くひそめた。
これはクリアグレイ、耕太郎が希う女性を呼び寄せるためのもの。それを見た少女の嫉妬、あるいは見られた耕太郎の羞恥心を煽ることでレムナントの発生を目論んだ代物だということを。
その姿を見て、クリアオーシャンは一瞬我が目を疑った。
彼女はその女性に見覚えがあった。やがてその記憶と、後ほど耕太郎が呟いた言葉。これら二つが意味することを理解した瞬間、彼女の思考、その一切が完全に止まった。
そして、クリアグレイこと時枝、神野耕太郎は。
「──」
限界まで目を見開き、石のように固まっていた。呼吸は浅いどころか止まり、逆に瞳は大きく揺れ動き続けている。
その異常な反応に、当初毒を吐こうとしていたクリアシャインも口を閉ざす。想定した様子と異なり、嫉妬と羞恥を煽ろうとしていたリードアルファも動きを止める。
こうして生まれた沈黙を破ったのは、耕太郎がその女性に向かって歩み出す音。
非常に重い、酷く乱れたその足音は幽鬼の、あるいは迷子の幼子のよう。
加えて、戦いのため作り上げた戦士としての仮面が。
田中平司と鈴木奈美を真似て象った、頼りになる良き兄としての顔が。
周囲に見捨てられないよう長年積み上げ続けた、哀れで健気な子供としての装いが。
耕太郎が心を守るために形成した衣が一歩進むごとに崩れ、消失していく。
ほどなくして黒髪の女性に辿り着く頃、彼は全ての鎧を失っていた。
よって柔い素肌の、幼いままの神野耕太郎が膝を着き、呆然と呟く。
「──お母、さん?」