「それで、どうして私たちがお呼ばれされたのかしら?」
「なんか強いて言うなら、俺の友達と話がしたいって言うから」
そういう訳で招いた中で、一番近所の朝地姉妹が最初に到着していた。
ちなみに今日は月曜日だけど昨日の事件、オックスレギオンの影響で学校は休みになった。
謎の怪物が突然現れて暴れて、街のあちこちを破壊したのだから当然だろう。
ただ、その壊れた街については、何故かおよそ半日をかけて自動的に再生したらしい。こっちは映像が残っている。
今朝ニュースで見たその光景は、まるで動画を逆再生しているようだった。
あれはヴェインさんの仕業、なんだろうか。ショッピングモールで結界内の時間を巻き戻した時の応用、みたいな。
これで街は直って、しかも一応死傷者もいなかったようで、目に見えた被害はなくなった。
けれどそれはそれとして、巻き込まれた人達の記憶と映像は残っている。だからそれらを頼りに、朝からニュースは大騒ぎしていた。
「陽香ちゃんは飲み物どうするー?」
「お、お茶でお願いします」
「あはは、そんなに緊張しないで、昨日も一緒に遊んだ仲じゃない。陽香ちゃんはすっごく元気で豪快な子って聞いてるから、もっと自然に話してくれると嬉しいな」
「……七海、あたしのことなんて紹介したの?」
「に、兄さんがしたから、それは兄さんに聞いて?」
飛んで来た鋭い視線には気づかないふりをする。陽香さんは朝地の妹だな、と思った。
まあそれでやり過ごせるはずもなく、にゃーにゃー言いに来た陽香さんと入れ替わるように朝地は移動する。
通りすがりにちらっとこっちを見た視線は若干呆れていた。
「悠乃さん、お身体は大丈夫ですか?」
「この通り元気一杯だよ、ありがとう。桜ちゃんは優しいね!」
「いえ、そんな」
謙遜しているけれど、実際朝地は優しい。今もさりげなく魔法を、お母さんの状態を確認してくれている辺り、ずっと俺達のことを気にしてくれている。
俺が陽香さんに軽く怒られた後しばらくは雑談、内容が俺のことだから若干、いや結構恥ずかしかったけれど、至って普通の会話が続いた。
その途中、不意にお母さんがにやにやと笑う。
「やー、それにしても超絶可愛いなーちゃんに飽き足らず、こんな可愛い子たちともお友達なんて。こーちゃんったら隅に置けないなぁ、うりうり」
「とてもうざい」
滅茶苦茶うざい。
俺の肩をわざとらしく、うざったく何度も肘を突いていたお母さんは、途中で飽きたのかそれを止めた。
というよりは突然覗き込んで来た表情的に、余計な心配を抱いたのかもしれない。
「でもこんな世界だから仕方ないけど、女の子の友達ばかりなのは心配かなぁ」
「いるよ一人、男の友達。財前ってやつ」
「財前って、あの財前家の子?」
「うん。財前家のこと知ってるの?」
「それはもちろん。神野家の分家でしょ? 一応こーちゃんとは親戚になる訳だし」
まったく意識していなかったけれど、そういえばそうなるのか。
財前と親戚、親戚かぁ。かなり遠いけれど、財前とも血が繋がってるのかぁ。
七海ちゃんと葵さんの時とは違って、なんだか微妙な気分になる。決して嫌な訳ではないんだけどなんとも言えない、釈然としない気持ちが浮かぶ。
思わず眉間に皺を寄せる俺のことを、朝地が瞬きを繰り返しながら見つめていた。
「時枝、財前と親戚って、いったい」
「言ってなかったっけ? 俺って神野家の庶子だから、血縁的にはそうなるらしいよ」
「…………そう。だから財前の家に行った時、あそこまで」
やっぱりあの日朝地には気づかれて、気を遣われていたらしい。
だとすると、前野さんはさておき、恐らくは財前にも。
なんて考えていたところで、インターフォンの音がした。ちょうど来たようだ。
「はーい」
聞こえないだろう返事をついしつつ、足早に玄関へ向かう。
早速開けた扉の向こうには、俺の友達が二人立っていた。
「ごめん二人とも。こんな時に、急に来てもらって」
「構わない。君の体調が気掛かりだったから、こうして顔を見られてよかった」
財前もあれからすっかり風邪が治ったようだ。その証拠に財前の眼鏡は今日も眩しく光っている。
一方ずっと元気なはずの前野さんと言えば。
「お、お、おじゃじゃじゃじゃ」
「……壊れたラジオの方が、まだまともに動くだろうな」
「軽く叩いたら直るかな?」
「平成生まれだ、無理だろう」
なんか壊れていた。
財前の説明だと、迎えに行った時はまともに動作していた。しかし俺の家に近づくにつれて異性の家に遊びに行く緊張感が増し、結果的にショートした、らしい。よく分からない。
朝地の家に初めてお邪魔した時は俺だって緊張したけど、さすがにここまでじゃなかったし、最近はもう半分日課になってるところあるし。
大きく首を傾げる俺の前で、財前も不思議そうに眼鏡の位置を直していた。
「ところで時枝、そちらの方は」
その視線の先でお母さんがさりげなく、いや全然さりげなくないな、露骨に顔を出してこっちを覗いている。
どうやら待ちきれなかったらしい。好奇心とわくわく感がここからでも伝わる。
仕方ないから諦めて手招きすると、早速自己紹介し始めた。
「どうも、こーちゃんのお姉ちゃんです!」
「やめろ気持ち悪い歳考えろ」
「ガチ拒否!」
フィクションでよくある姉を名乗る母の姿。我が身で体験するとここまで反感を覚えるとは思わなかった。
思わず強い言葉を使ってしまったけれど、それで前野さんも正気に戻ったみたいだから結果オーライだ。オーライということにしておこう。
「あ、あんな辛辣な時枝くん、初めて見た!」
「時枝にもそういう時はあるだろう。ただ、姉ではないにしても、とてもよく似ている気はするが」
それにしても、相変わらず財前は鋭い。
お母さんについては、遠方から来た親戚、という体で紹介することになっている。嘘はついていない。十四年前という遥か遠くからだし、血も繋がってるし。
改めてちゃんと伝えようとした時、財前達の後ろでもう一度扉が開いた。
「失礼いたします」
そう言って続いて入って来たのは、毎度見る財前家の執事のお爺さん。
今日も今日とて絵に描いたような執事だ。一般家庭の玄関にいると違和感が凄い。
「耕太郎様、本日はお招きいただき、誠、に」
けれどその完璧な執事の装いが、お母さんを見た途端崩れ落ちた。
「……仙波さん?」
財前が呼びかけても執事のお爺さん、仙波さんは反応しない。
呆然とお母さんを見上げ、信じられないもの、まるで幽霊でも見たかのような表情をしている。
困惑に満ちた空気が生まれ、俺と財前達が視線を交わし合った瞬間、手を思い切り合わせる音が響く。
それはお母さんが満面の笑みで両手を叩いた音だった。
「今日は来てくれてありがとう! さあさあ、二人とも早速上がって! 私は執事さんに、車停めるところ案内してくるから!」
「え、いや、財前ちの車って大きいから、普通の駐車場だと無理そうな」
「そうなの? なら横にすればなんとかなるよ!」
「どんな停め方だよ」
雑な提案に心配しつつ、俺は俺で二人を案内する。
リビングに入る途中なんとなく振り向いたその時、仙波さんと家を出る瞬間、お母さんは一切笑っていなかった。
総括すると、根掘り葉掘りな一日だった。
仙波さんを案内しに行ったお母さんは三十分くらいしてから戻って来て、早速財前と前野さんに絡み始めた。
クリアグレイとして初対面した時の図々しさと馴れ馴れしさを思い出し、正直どうなるか心配していたのだけれど、結局それは杞憂だった。
『うふふ、いつも耕太郎と遊んでくれてありがとう』
なんかお姉さんぶって擬態していた。これはこれで気持ち悪い。
まあ、それはそれとして、途中から割といつもと同じ感じになっていたけれど。
その調子で、本人が近くにいるのに俺の学校でのことや遊びに行った時のことを二人からたくさん、それはもうたくさん聞き出していた。
おかげさまで疲れ果てて、朝地達が帰ってすぐ俺も一度自分の部屋に避難した。
「こーちゃん、入っていいー?」
休憩すること十数分、そろそろ戻ろうかな、という時にノックと共に声をかけられる。
「どうぞー」
「ありがとー、開けてー」
「いや自分で開けないんかい」
でも開けてみたら納得、お母さんはコップが二つ乗ったお盆を両手で持っていた。
「見て見て、なーちゃんにココア淹れてもらっちゃった! もちろんこの通り、こーちゃんの分もあるからね
!」
「ありがとう」
なみなみと注がれたココアは油断すると零れそうだ。
だからそのまま部屋に入ってもらい、テーブルの上まで運んでもらう。俺はその間にクッションを用意した。
お母さんが座るのを待ってから、一緒にココアを一口いただく。甘くて美味しい。
その糖分で頭が余計に回ったのか、何故か不意に失礼な疑問が湧いた。
「どうしたの?」
「……お母さんって意外とノックとか、そういうのは守るよなーって」
「もちろん、見ての通り出来る女ですから」
「出来るのハードル低いな……」
いやでも、因習村で暴れ回ったという前歴を思うと、これでも高い方なのか。
そんな俺の内心などいざ知らず、お母さんは今日の思い出に浸っていた。
「いやー、桜ちゃんたちもそうだったけど、透くんも貴子ちゃんも凄くいい子だったねー」
「でしょ? 昔から友達運はいいんだ」
昔から、と首を傾げるお母さんに、田中の兄ちゃん達のことを教える。
七海ちゃんにも話した出会いのことから、お母さんにはお別れしたことまで。
お母さんは嬉しそうに楽しそうに、最後の話は寂しそうに聞いてくれた。
「そっかぁ。奈美ちゃんとは、その後は?」
「あれからずっと、こんな世界になってからも連絡取ってない。というかお別れした日に連絡先消して、全部ブロックした」
「え、なんで!?」
「出来るとしたくなっちゃうから」
あんなことがあっても連絡を取れてしまったら、俺はきっと鈴木の姉ちゃんにずっと縋り続けていた。その度に深く傷つけて、いつか共倒れに、道連れにしてしまっていただろう。
俺と違って鈴木の姉ちゃんには未来があるんだから、そんな目には遭って欲しくなかった。だから全部消した。
「……そっかぁ」
お母さんは一言そう相槌を打ってから、少しの間黙ってしまった。
ちょっと明け透けに話過ぎたかな、という後悔は、次にお母さんが口を開いた瞬間置き去りにされた。
「あのね、こーちゃん。心中のこと、分かったよ」
不意にそう告げられて、心臓が止まるかと思った。
なんで今、そもそも、どうしていきなり分かったのか。
お母さんはその理由から話してくれた。
「今日透くんと来た執事のお爺さん、あの人ね、元々神野家で働いてた人なんだ」
「……そっか。神野家が崩壊したらしいから、再就職的な感じで」
「やー、びっくりしたよね。あんな家でも潰れることあるんだって」
神野家は後継者争いというお家騒動、古風な内乱で滅茶苦茶になったそうだ。
その争いは最終的にお父さんが勝ったらしいけれど、それからすぐに亡くなってしまった。
しかも前当主まで続けて亡くなったせいで家全体の手綱を取れる人が消えて、後継者争いの傷跡を拭えず、神野家は事実上崩壊してしまった。
その混乱の中、元々お父さんの運転手だった仙波さんは、財前家に拾われる形になったそうだ。
「それでね、事故みたいなもの、だったって」
お母さんはあの日、高熱でせん妄状態だったらしい。
せん妄に陥った人は意識が朦朧として幻覚や幻聴を感じることがある、ありえない行動に出てしまう人もいる。
そのせいでお母さんは、普段は考えもしていなかった暴挙に出た。
もう自分は駄目だと諦めて、俺をお父さんに預けようとした。
その証拠に、お母さんの遺体には認知をお願いする手紙が、よれよれで読むに堪えない文章で書かれていたものがあった、らしい。
けれどお母さんは元々、俺のことをお父さんに伝えていなかった。
だから直談判をするため、手紙と俺だけを抱えてタクシーに乗って神野家の別邸を目指した。そこにお父さんがいるとは限らないのに。
そしてその日、神野家ではちょっとしたトラブルがあったそうだ。
仙波さんが口を濁したそうだから、詳しい内容は分からない。でもそれ自体は重要じゃないだろう。
トラブルの内容はともかく、それで屋敷全体が慌ただしく、てんやわんやの大騒ぎになっていた。
だから突然連絡もなく訪れた、得体の知れないお母さんの対応なんて、誰もしている余裕はなかった。
インターフォン越しにお引き取りを願われても、熱で朦朧としていたお母さんの耳にそれは届いていなかったのだろう。
だってお母さんはずっと、偶然門の前を通りかかった仙波さんが気づくまでずっと、神野家の人が出迎えてくれるのそこで待っていたそうだから。
その日は三月なのに雪が降っていた。それだけ気温も低かった。既に限界が近かったお母さんが耐えられるはずもなかった。
「私が悪いって予想、当たってたね」
だからお母さんはそのまま亡くなって、その胸に抱かれていた俺も身体に大きな傷が残った。
この前後の状況や懐にあった認知を迫る手紙から、世間的には心中と判断されてしまった、というのが真相らしい。
本当に、そうなんだろうか。
無意識に覚えた違和感は、頭を下げるお母さんの姿で一旦心の隅に片づけられた。
「本当にごめんなさい。私が中途半端だったから、そのせいで耕太郎は」
「……いいよ、許してあげる」
お母さんに俺を傷つけるつもりはなかった。むしろ自分の命を捨ててでも、俺を助けてようとしてくれていた。
それにこれは、もう全部終わってしまった、取り返しのつかないことだから。
そして何よりも。
「だって謝るべきなのは、一番悪いのは」
「あっ、あー、こーちゃんは、過去に戻ってやり直したいことってある?」
まだ話しているのに、お母さんが早口で割り込む。
「何、急に?」
「まあまあ、他愛ない会話、親子のコミュニケーション第一歩だよ」
「この流れでするの?」
突拍子のまったくない話題転換に呆れたものの、同時に安心もした。危うく口が滑るところだった。
だからこれ幸いと話に乗って、ずっと意味なく後悔していたことを言ってみる。
「戻るなら、一昨年の春くらい、かな」
「ほうほう。それで何をどうするの?」
「さっき話した田中の兄ちゃんに病院で検査受けてもらう。あの頃なら多分、まだ間に合うと思うから」
「……こーちゃんは優しいね」
「そんなんじゃないよ、ただの我儘。俺が一緒にいて欲しかっただけ」
そうすれば入院している間は田中の兄ちゃんとずっと、お見舞いに来る鈴木の姉ちゃんとも一緒にいられた。
それでも残された時間は精々数年くらいだったとは思うけれど、十分だ。それ以上は贅沢になるから。
どうしても沈みがちになる思考を強引に持ち上げる。お母さんはやたらと鋭いから、こういうのも察してしまいそうだ。
「俺はこんな感じ。そっちは?」
「よくぞ聞いてくれました!」
「この流れで聞かない方がおかしいでしょ……」
ツッコミと一緒に漏れた溜息は、途中で止まった。
「私はね、こーちゃんが産まれた瞬間!」
お母さんの答えが、あまりにも予想外だったから。
「今なら最初の頃よりずっと上手く、ちゃんとお母さん出来る気がするんだ。あーちゃんにも色々制度とか助成金の話とか教えてもらったし、こーちゃんにもっと楽させてあげられると思う」
「……」
「いわば強くてニューゲーム、転生チート? みたいな。これ最近流行りのやつだよね。ふふん、この辺も先取りしちゃおうかな!」
まるで輝かしい未来を語るようにお母さんは胸を張る。
その様子に、願いに、困惑を禁じ得ない。
俺の望む答えとは、あるべき過去とはまるで違ったから。
「あの人と付き合う前に戻る、じゃないの?」
「雷さんと? どうして?」
「だって、お父さんと付き合って、それで、そのせいで、お母さんは」
「違うよ」
お母さんは迷いなく言い切った。
「こーちゃん、私はね、自分の人生に後悔なんてほとんどない」
その言葉にも、瞳にも嘘は感じられない。
「村人全員ぼこぼこにしてなーちゃんと飛び出したことも、必死にあーちゃんを高校に入れて、ついでに私も大学へ行って、そこで雷さんと出会って付き合ったことも、別れた後こーちゃんを産んだことも。全部全部私の大事な人生、誰にも否定させない」
「……」
「でも一つだけ後悔してるのは、こーちゃんを一人にしちゃったこと」
話す間、お母さんはずっと俺と目を合わせていた。
本当のことを、本心を言っていると、言葉だけじゃなくて瞳でも語っていた。
「それも、余計な心配だったみたいだけどね。今のこーちゃんには素敵なお友達がたくさんいて、なーちゃんって可愛い妹とあーちゃんって優しいお母さん、私よりもずっと立派な家族だっている。私がいなくてもこーちゃんは大丈夫。それは、絶対に絶対」
ただ、最後だけは、
「だから私に、心残りなんてないんだよ」
最後の言葉だけは、強く言い聞かせているように思えた。