混沌より這い寄る透き通った青春   作:過負荷の後輩

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二番目に書きたかった回。
時間が無く三時間で仕上げた作品ですので誤字脱字多いかもです。
一応、閲覧注意です。


第十話『お願いします』

 

 死んだ人を蘇らせる、ね。

 聞こえは綺麗だけど、実態はそんな上品な魔法じゃないよ。

 

 蘇りって言葉は優しいけど、本当は“現実への否定”なんだよ。

『いなくなった』という事実を、『なかったことにしたい』って願望で上書きしようとする、あの甘くて苦くてひどく未成熟な衝動。

 

 でもまあ、人間って残酷だから、

 傷ついた心ほど“消したい”“戻したい”って思うんだよね。

 癒すためにじゃなく、痛みが耐えられないから。

 

 だけど──もし本当に蘇ったらどうなると思う?

 失った痛みが消える代わりに、“あの日の喪失”がもたらした成長も、優しさも、覚悟も、全て消えるんだよ。

 

 悲しみに耐えた経験ごと、まるっと“無かったこと”になる。

 

 それって結局、

『死んだ人のため』じゃなくて

『自分のため』の蘇生なんだよ。

 

 だから僕は思うんだ。

 蘇らせるって、

 死者への愛じゃなくて、生者のエゴだって。

 

 ……まあ、それでもね、人が誰かを失って泣き続ける気持ちは、嫌いじゃないよ。

 それだけ本気で誰かを好きだった証拠だから。

 蘇らせたいって願い自体は、とても人間らしくて、美しいんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叶わないからこそ、だけれど。

 

 ◆

 

「死んだ人を蘇らせるって事も出来る?」

 

 その問いに僕は暫く逡巡し、予め決めていた言葉をぶつけた。

 

『出来るんじゃ無いの? 知らないけど』

『昔なら出来たのかな』

『でも今は面倒くさいから僕はやりたくない』

 

「そこを何とかお願いでき──」

 

『ダメ』

『やだ』

『やりたくない』

『僕は面倒くさいことが嫌いなんだ』

 

 僕の返答にそっかとホシノちゃんは笑った。

 笑って、微笑んで、仕方ないとばかりにはにかんでいた。

 

「うへ、元々私たちってあんまり仲良く無かったもんね?」

 

 さながら会話が出来ない道具を前にしているかのように、ホシノちゃんの瞳から光が消えていく。

 笑ってはいるけれど目は笑っていない。そして終いにはその笑みさえ消え去った。

 普段対抗委員会としての年長者、マイペースでのんびり屋で、強くて可愛い小鳥遊ホシノは既にそこにいなかった。

 

「じゃあ無理やり言う事聞かせるしかないか」

 

 白いショットガン──Eye of Horusがこちらを向く。

 ホルスの目──で、合っているんだっけ?

 こうしてホシノちゃんに銃口を向けられるのはこれで二度目だ。

 

 一度目はなんやかんやあって停戦(なかったこと)になったけど、今回ばかりはそうはならないのかな。

 ならないんだろうね。

 それくらいの覚悟があるって事は、認めてあげるよ。

 

『おお、っと──流石に二度目となると』

『僕の避け方も板についてきたでしょ』

 

 姿勢を低くし、地面を舐めるかのように左前方向へと前転がりになる。

 直後に僕がいた空間に無数の弾丸が飛び交い、地面を黒ずみにさせる。

 危ない危ない、この僕に回避行動をさせるなんて、ホシノちゃんくらいなものだよ。

 

 僕は両手に螺子を携えながら、振り向きざまにそれを遠投するようなポーズを取る。

 そして──それと同時に、上空へ大量の螺子を出現させた。

 目の前に映る如何にもな攻撃態勢、それを突いた二段構えの戦法──という感じなんだけど。

 

「やっぱり甘いね」

 

 ホシノちゃんは投擲した二つの螺子をその場から極力動かず左右へ最小限の動きで交わしつつ、真上へとショットガンの銃口を突きつけ、見向きもしない(ノールック)でぶっ放した。

 降り注ぐ大量の螺子とばらけた銃弾が暫しの拮抗を見せる。あの様子を見るにただの銃弾では無さそうだ──神秘が込められているとみても良いだろう。

 

 暫しの拮抗を見せた螺子達は指向性を失い僕が想定外の場所へとさながら雨の如く降り注ぐ。

 

 その中を僕とホシノちゃんは駆けていた。

 両手に柄が長く鋭い螺子を有した僕とショットガンを走行しながら発砲するホシノちゃん。

 僕は全力疾走だけれどホシノちゃんの場合どうなんだろう。一気に距離を詰めたい所だけど、そうした場合僕の射程距離内(レンジ)に入ってしまう事を恐れているのだろうか。

 

 いや、それとも──。

 

「っく──ああもう、鬱陶しいなあ!」

 

 足止めを目的とした細々とした螺子の礫攻撃に、ホシノちゃんは両手で抱える銃身で弾きながら僕との距離を詰めていく。ここまでホシノちゃんが撃って来た回数は二回。前回の戦闘だと六発以上は撃たなかったから、恐らくあの散弾銃(ショットガン)──Eye of Horusの総弾数は六発が限界だと予測する。だけど弾丸補充(リロード)に掛ける時間を僕は知らない。あの大きさで、ホシノちゃんの小さい両手だと、果たしてどのくらい時間が掛かるのだろうか……。

 

『──っ!?』

 

 三発目。ホシノちゃんが狙いを付けた場所は僕の足元だった。正確に言えば次に僕が足を置くはずの地面へと向けて──銃弾により、僅かばかりの凹みが出来上がる。そこに躓かない僕ではない。

 ホシノちゃんの狙い通り、平衡(バランス)を崩し真横から転倒した僕は、苦し紛れに螺子を投げて見るも、ホシノちゃんは悠々と躱して一気に距離を詰める。

 

 片手で僕の襟元を掴んで強引に地面へと押し付ける。

 そのまま馬乗りになったホシノちゃんは、もう片方の手で散弾銃を僕に当てる。

 可愛い女の子に片腕で捻じ伏せられるとは、僕もいよいよ焼きが回ったのかねえ。

 

『強くなったねホシノちゃん』

『僕は嬉しいよ』

 

「なに師匠面しているんですか」

 

『一年前とは違うね』

『大切な先輩のお陰だ』

 

「──っユメ先輩の事、何か知っているの!?」

 

『いいや僕は何も知らない』

『知らないけど──』

『へえ』

 

『ホシノちゃんにとって大切な先輩って、ユメって言うんだね』

 

『もしかして蘇らせたい人って、その人の事なのかな?』

 

「~~~~~っ」

 

 ホシノちゃんの表情が歪む。ああダメだよそんな風に弱点を見せたらさ──弱い僕はそこを突くしか無いんだから。

 元々ホシノちゃんは対話で済ませるつもりは無かったのだろう。でなければこんな──何もない屋上で僕を起こさなかったはずだ。四面を壁で囲まれている教室や廊下ではなく、何もない屋上だからこそ螺子による磔が不可能になった。

 

 だけどそれは同時にある弱点を僕に晒す事になる。

 

 ホシノちゃんでもあの磔は脱出するのが難しいという事だ。

 それは立派な弱点でもあり、それが分かればおのずと僕の作戦も立てられる。

 

『因みにホシノちゃん』

『僕を拘束するなら、両手は封じなきゃね』

 

「……? ──まさかっ」

 

大嘘憑き(オールフィクション)

 

 戦う場所がホシノちゃんに有利であれば、僕に不利であれば。

 その有利不利条件を無かったことにすれば良い。

 ホシノちゃんはすぐさま上へと大きく跳躍した──だけどもう遅い。

 

『屋上を無かったことにした』

 

 音もなく消失する屋上、なす術無く落ちる僕の身体。

 落下先は空き教室だった。思い切り机や椅子などに身体をぶつけて悶えること数秒、即座に僕は起き上がって行動を開始した。

 

 ここで問題。バトロワゲー等で弱者が強者を倒す簡単な方法って何だと思う?

 

『正解はねホシノちゃん』

『リスキル──リスタートキルだよ』

『幾ら君とて地面へと足を着けて直ぐに行動できる訳じゃない』

『着地の瞬間は必ず隙が出来る。まるで幾らでも突いて下さいと言いたげにね』

 

 なまじ大きく跳躍したのが良くなかったね。

 僕は遥か上空で落下しているホシノちゃんに微笑んだ。

 

「──超陰湿っ」

 

『陰湿で結構』

『さてと僕としても三度目の勝利だからね』

『勇気とか愛とかが籠った一撃で終わらせ――』

 

 螺子を携え着地を今か今かと待ち構えていながら、上空へと視線を送ると。

 まだホシノちゃんの表情は諦めていなかった。

 ショットガンの銃口を真下へと向けて、撃ち続ける。神秘を込めた弾丸は床を貫通し──ちょっと待って、貫通する!? 

 

 僕は慌てて退いて──直後、ホシノちゃんが彗星の如く落下してくる。

 床は先ほどの弾丸で貫通しているため、酷く脆くなっている。そこにホシノちゃんの着地がとどめとなり、音を立てて教室は崩れ落ちた。

 

『……あっちゃあ』

『ホシノちゃんからの性格上、校舎の破損行為は控えると思ったんだけど』

『そろそろ僕も歳かな。判断が鈍くなったもんだ』

 

 開いた大穴を見ながら、僕は陥没した教室から抜けて、階段を降りる。

 階段を降り切って角を曲がった瞬間、発砲音と共に角の壁面が半壊した。

 慌てて階段側へと身体を引っ込める。

 

「ちょっとちょっと、なに屋上無くなったことにしたのさ。私の絶好のお昼寝スポットだったのに」

 

『君だって教室を半壊させていたでしょ』

『まあ安心しなよ』

『終わったら全て僕が無かったことにしてあげるから──さ!』

 

 これまでとは違い極太の螺子を壁へと突き刺す、そのまま壁を壊して進んだ先は空き教室。

 ホシノちゃんのいる位置は声の方向からして廊下の最奥だろう。

 教室の壁をぶっ壊しながら、僕は突き進む。

 君はこの校舎に強い思い入れがあるだろうけど、生憎僕にはそんな気持ち無いからさ。

 破壊行為にそこまでの罪悪感は抱かないんだ。どうせ無かったことにする訳だし。

 

『悪いけど今の僕は結構悪党だという自覚がある』

『さながら改心する前に戻った様な……ね』

『だから厳しいんだよ。もう二度と後悔しないためにも』

 

「あーもう! 掃除するの大変なのに!」

 

『だろうね。僕も壊すたびに砂が舞って……うぇっぺっぺっ!』

『……ホント、ここまで砂漠化が進んできてるんだ』

 

 口に入った砂を吐きながら、教室を文字通り壁を壊しながら横断し、ホシノちゃんの声がする方へと足を運ぶ。

 色々なものを見た。生徒の影がないただの空き教室。人の気配が無い校舎。引き出しの中身も何も無い。ただ砂が大量に床にあるだけ。廃校に近い──というか、本当にただの廃校だ。それを廃校にさせたくない生徒達がいる。その意味を、意義を僕は知らないけれど。

 

『分かろうとは、思うんだよ』

 

 教室を抜けた先、彼女の桃色の髪が見える。

 僕はそこに目掛けて螺子を差し込んで──壁に亀裂が走ると同時に一気に駆け抜けた。

 螺子の頭を蹴りつけ、壁を破壊する。そのまま廊下に飛び出た僕はホシノちゃんがいるであろう箇所に螺子を大量射出した。

 

 無数の螺子が廊下を滑る様に飛行し、ホシノちゃんがいる方向へと──。

 

「そう言えばこの盾は見せなかったね」

 

 ホシノちゃんは大きな黒い盾を展開して、螺子の猛攻を凌いでいた。

 とんでもない防御力だ。いや銃弾でさえ通さない大盾だ、螺子如きで敵うはずもないか。

 僕は螺子の猛攻の中を優雅に歩きながらホシノちゃんとの距離を詰める。

 

『そうか、てっきりハルカちゃんと同じ防御無し(ノーガード)かと思ったけど』

『本業は皆を守れるタンクだったんだね』

『今まで見せてこなかったのは、僕に手札を晒したく無かったから?』

 

「それもあったけど、みんな強くなっちゃってさ。昔は私一人で何とかしなくちゃいけない事が多かったけど、もうその心配も無いみたいだし」

 

 既に互いの射程距離内に入っている。どちらが先に動くか、どちらが先に仕掛けるか──廊下という事もあいまって宗像君との戦闘を思い出すなあ。あの子もあの子で大概だったけど、ホシノちゃんはそれ以上だ。

 

『気づいていると思うけど』

『この勝負だいぶホシノちゃん分が悪いと思うよ?』

『今は午後の七時で、朝まで耐久出来ればみんなが登校してくるから僕の勝ち』

『でもホシノちゃんの勝利条件は違うね。僕を叩き潰して言う事聞かせるんでしょ?』

『──僕にそれが出来ると思っているのかよ』

 

「……流石に十二時間も耐久は出来ないでしょ。殺しはしないよ。全身の骨をバキバキに折って、屈服させる」

 

 例えばこんな風に──と、ホシノちゃんは大盾を振り回して、僕へと近づいた。

 細身の体躯からは予測も出来ない程の膂力、鉄の塊が頭部へと当たり、僕は薙ぎ払われる様な形で側面の壁に叩きつけられる。おかしいな、螺子を数本突き刺したつもりなんだけど、どれだけ固いんだこの大盾。

 

 砂埃が舞い辺りが見えなくなった。

 

 気持ち悪い──頭蓋が破壊された様な気もする。

 赤い液体が零れ落ち、脳が圧し潰され容量いっぱいになった血液の逃げ道として鼻からも流れる。

 僕はそれを悟らせない様に密かに『大嘘憑き(オールフィクション)』で無かったことにする。

 そしてその隙を突くかのように、ホシノちゃんが僕へと肉薄してきた。

 

 螺子を左手に持って突き立てようとする──が、その前に一気に跳躍してきたホシノちゃんの蹴りが僕の左腕をあらぬ方向へと曲げる。続けて左手に持っていた大盾で僕の右腕を叩きつける。関節からあり得ない音が響いて、あっと言う間に両腕が使い物にならなくなった。

 

 それじゃあ足で捻じ込むかと、肉薄してきたホシノちゃん目掛けて足を伸ばし蹴り上げようとするも、即座にその可愛らしい小さな足で踏みにじられてしまった。

 そのまま壁際まで押し倒され、僕は教室の壁に背中を預ける状態へとなった。そのままホシノちゃんが左右の逃げ道を塞ぐように僕に跨る。

 

「……両手両足は潰した。これで私の言う事聞いてくれる?」

 

『そんなに近づくと可愛らしいパンツが見えちゃうぜホシノちゃん』

『夜の校舎でそんな情熱的なことを僕としたいのかな?』

 

「それ以上戯言を繰り返すつもりなら、喉も潰すよ。スキルは声を発さなくても使えるんでしょ? いやそれどころかスキルに関係ないものは全部壊す。そうすれば流石の球磨川先輩だって参るでしょ?」

 

 ホシノちゃんは大盾を収納して、余った左手を喉元に添える。

 右手で構えるショットガンは相変わらず僕の腹部に押し当てている。

 僕が何か行動(ワンアクション)を起こせば、それがまさしく動作に至る起こりだと言えど、容赦なくその牙を突き立てるのだろう。

 とはいえ全身を駆動するに必要な関節は全て破壊されている。ここまでして死なないというのは単に紙一重の部分を避けているのか、それとも僕の虐め慣れている肉体を信頼してのことか。

 

 だけどホシノちゃん──それは甘いぜ。

 

『僕は』

『例え──骨が折れようが』

『背後からドライバーで突き刺されようが』

『頭にアンチマテリアルライフルをぶっ放されようが』

『スタンガンを押し付けられようが』

『濃硫酸を全身に掛けられようが』

『蹴り倒されようが』

『拷問されようが』

 

 

 

『何度でも立ち上がってヘラヘラ笑うよ』

 

『それが過負荷(マイナス)だ』

 

 

「……分からない。私には」

 

 心底ゾッとするような、何かを恐れている様な目つきでホシノちゃんは戸惑う。

 

「どうしてそこまで痛めつけられて、立ち上がれるんですか?」

 

『勝ちたいから──例えば、仲間の為に自己犠牲に走る愚かで可愛い後輩に、とか』

『……因みにホシノちゃん』

『ここまで校舎をぶち壊した僕が言うのも何だけど』

『教室見た時思ったんだけど、本当に丁寧に掃除していたんだね』

 

「……球磨川先輩はサボりながらやってましたけどね」

 

『昼寝を理由に遅刻してきたホシノちゃんには言われたくないな』

『それでもホシノちゃん、ある部屋だけは唯一、他のメンバーには掃除をさせず自分が担当していたよね』

『それだけ他の人に見せられたくなかったのか、それとも自分だけの思い出に他人の余地を残したくなかったからか──』

『んでさ。まだこの校舎についてよく理解できない僕に教えて欲しいな』

『生徒会室って、どこにあるんだっけ?』

 

「──っまさか!」

 

 顔を上げたホシノちゃんはその表情を苦痛なものに歪める。

 気づいたのだろう――僕が今背にしている教室が、そこだという事に。

 普段であれば絶対に気づけたことであろう自身の致命的な弱点。

 それに気づけなかった。それほどまでにホシノちゃんは追い込まれていたという訳だ。自分自身に。

 

僕は目を丸くし呼吸を荒くさせているホシノちゃんに顔を近づけた。

 

『ところで! ホシノちゃんのさっき言った言葉は的を射ているよ』

『喉を潰そうがスキルは発動できる。これまではね、見栄え重視で手とか使って発動していたけど』

『別に手を使わなくとも出来るんだよ。ほら、孫悟空だって足からかめはめ波撃てたでしょ?』

『あそうか、この世界じゃ少年ジャンプ無かったんだ。失敬失敬』

 

少し改まってから、僕は言う。

 

『つまるところさ、腕や足なんか使わずとも、出来る訳なんだよ』

 

「……待って」

 

 これから起こる事を予測したのか、ホシノちゃんの表情が凍った。

 

 

 

 

「待ってください」『断る』

 

「それは私の……大切な思い出なんです」『嫌だ』

 

「せめてやるなら私に──」『もう遅い』

 

「お願いしますそれだけは辞めてください」『僕は悪くない』

 

 

 

 

『「大嘘憑き(オールフィクション)」!』

 

 

 

 

 

 

『生徒会室を無かったことにした』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、ホシノちゃんが物凄い勢いで僕の身体を押していき、壁を破壊する。

 まあ無論予め壁の耐久を無くした僕による仕業だけどね。そうして部屋の中に押し倒された僕は、天井が空いて開放的になったその部屋を見る。

 

 その部屋はやはり綺麗に掃除されていて、机や椅子などが丁寧に整えられていた。

 だがそれだけだ。そこに何の人の痕跡も無い。

 真っ白なホワイドボード。何も置かれていない棚。

 ポスターやらといったものが何一つとして飾られていない白地の壁。

 

 それらを目にしたホシノちゃんは──。

 

「ああ、ああああああああ」

 

壊れ、

 

「あああああああ、ああああああああ」

 

壊れて、

 

「あああああああああああああああああああ」

 

破壊しつくされた。

 

「ああああああああああああああああああああああっっ!!」

 

憐れな人形の様に、

 

「ユメせんぱい、ユメせんぱい、ユメせんぱい──っっ!!!!!!!!」

 

 ただ僕の胸を強く叩くばかりだった。

 何度も、何度も、強く叩いて。

 僕の胸や時には顔面を強く殴りつけていた。

 その眦からは涙が零れ落ちていき、悲痛そうな声色で叫び続ける。

 それに対して僕は治した手を伸ばして、そして──。

 

「ぐ、ぅ……!?」

 

 ホシノちゃんに当てようとすると避けられるので──絶対に見つからない場所から攻撃することにした。それは下──床から生えた長い螺子が僕ごとホシノちゃんを貫く。

 

「な、なんで……力が、抜けっ、て……」

 

 とはいってもそれは数秒のことで、螺子は徐々に縮み始め、僕の身体を通って彼女の胸元に頭が来るまで縮小した。

 ホシノちゃんは初めて自分が喰らった螺子に驚いているよりも、圧倒的なまでの脱力感に見舞われた様で困惑している。

 その様子を僕は立ち上がりながら、眺めて、何も無い部屋を見回す。

 

 この部屋がホシノちゃんのトラウマの核心──いや、それに近いところと言うべきか。

 

 僕は呼吸を落ち着かせる。この時間が欲しかった。とてもホシノちゃんを前に手加減なんか出来やしないから、可哀相だけれど少し乱暴してしまった。

 

 精神を──

 

 落ち着かせる。

 

 そうして僕は何も無くなった机に手を当てて、一言。

 僕にしては珍しく祈るように、成功しますようにと声を出す。

 

『「虚数大嘘憑き(ノンフィクション)」』

 

 目を瞑ること数秒、誰かの息を呑むかのような声が聞こえた。

 僕が意を決して目を開けると、そこには綺麗に整頓されていながらも、様々な物で溢れている小さな室内があった。

 

 良かった──成功して。

 

 僕は気づかれない様小さく息を吐いて、後ろを振り返る。

 そこには、細長い螺子で貫かれ白髪と化しているホシノちゃんの姿があった。

 

「どうして……『大嘘憑き(オールフィクション)』がスキルなんじゃ」

 

『君と同じだよ。僕も隠し持っていたんだ、奥の手ってやつをさ』

 

「……完敗ですね。こんな切り札持っているなら最初から使えば良かったじゃないですか」

 

『勝負による利益が無いんじゃ素直に喜べないね。僕はただ駄々っ子の暴走に付き合わされただけなんだから』

 

『また、勝てなかった』

 

 ホシノちゃんはよろよろと動きだして、近くの簡易椅子を引っ張ってその上に座った。

 大抵の人は動けるようになるまで時間が掛かるというのに、屈強な精神性だ。それとも僕が甘くなっただけなのかな? そう思いながら、僕も彼女と同じく椅子を展開してから、その上に座る。

 

 少し落ち着いてきたのか、ホシノちゃんはちゃんと部屋が元に戻ったことを確認するかの様にゆっくりと見回した後に、安心したのか息を吐いた。

 そうしてぽつりぽつりと思い出を語っていった。

 

 僕に語り掛ける様でもあり、それは自分自身が過去へと浸る様でもあった。

 

 それは──とても、とても良くある不幸(おはなし)だった。

 お馬鹿で間抜けでそれでも明るく前向きな大切な人と過ごし、些細な事で喧嘩をしてしまい、別れ、そしてそれが死別へとなる。とてもよくある普遍的な悲しい童話でありそうな不幸話。

 だけどそれが悪辣さを秘めているのは、人生はバッドエンドで終わらないという所だろう。

 人生は続く。バッドエンドでもそれがデッドエンドで無い限り、その人の苦しみはどこまでも続く。

 

「私が──私がいけないんです」

 

 ホシノちゃんは卑屈そうに笑った。

 

「私があんな事を言わなければ、ユメ先輩は死ぬことが無かった」

 

「私のせいで……私が、先輩を──」

 

 

 

 

 

 

 

私が。

 

 

 

 

 

 

 

『ホシノちゃん!』

 

 嫌な気配を察して僕は無理やりホシノちゃんに螺子を突き刺す。

 突き刺されたホシノちゃんは暫くぼんやりと天井の空を眺めながら、小さくすみませんと謝った。

 一体何だったんだあれは……全く、二投目の『却本造り(ブックメーカー)』を使うのは安心院さん以来だぜ。肉体的なダメージはほぼ無いとは言え、相変わらずショッキングな見た目だ。

 

「私のせいで死んでしまった先輩……アビドスの為に尽力した生徒会長」

 

「本来死ぬべきなのは私のはずなのに──」

 

「だから球磨川先輩――」

 

 ホシノちゃんは椅子から降りて、僕の前まで近づくと、その膝を折って身体を小さく縮めた。

 それはまさしく土下座の仕草で。二色のオッドアイからは雫が零れ落ちた。

 

「今までの非礼をお詫びします」

 

『ちょ、ちょっとやめてよ!』

 

「どんな事でもやります。どんな事でもします」

 

『止めて、やめてってば』

 

「だから──」

 

『そんなもの僕は見たくなんかない──』

 

「ユメ先輩を生き返らせて下さい……っ」

 

 その切実な頼みに、お願いに、懇願に、僕は椅子から崩れ落ちる様に降りて、ホシノちゃんの顔を上げさせる。

 

『顔を上げろよ……ホシノちゃん』

『こんな最低野郎に君が頭を下げちゃ駄目だぜ?』

 

「球磨川先輩……っ」

 

 ホシノちゃんの顔が近い。

 少しでも前へと重心を傾ければ、キスしてしまいそうなくらいに、近い。

 

 ホシノちゃん──小鳥遊ホシノ。

 強くて格好良くて可愛いみんなの頼れる先輩にして僕の可愛い後輩。

 だけど今はそんな可憐な強さは無く、僕の目の前には、触れれば崩れてしまいそうな一人の女の子しかいない。

 

『正直に腹を割ってくれた君に、僕も誠意を見せよう』

『茶化さずに、格好つけずに、括弧つけずに──』

『ありのままの僕の言葉を君に伝える』

 

『ホシノちゃん――』

 

 

 僕は少しだけ息を吐いて、()()()()()()()()()()()()()()()()ホシノちゃんに向かって、その言葉を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘えるな

 




ク~モクモクモクモ! 
ホシノの曇らせは最高クモねぇ~!
も~っと曇らせるクモよ!

というのは戯言です(ホントマジです。殺さないでください家に火炎瓶投げ込まないでください)
でもまあユメ先輩が生き返ったら救われると思い違いをしているホシノちゃんが悪い。

後々に解明する伏線を張っておきました。今まで『大嘘憑き』が『虚数大嘘憑き』に変化したりコロコロ変わったりしていたのは伏線だったのだよ……! 
とはいえかなりの独自解釈が加わっていますので、生暖かい目で見ていて下さればありがたいです。

私生活がかなり忙しくなっていますので暫く更新頻度が下がるかもです。
なるべく早く帰還したいと思っています。
皆さまのコメントには全て目を通してコメントを返していますので、軽い気持ちでコメントを送ってくれると嬉しいです。









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