緑地化されたアビドスを見てホシノが晴れるそしてまた曇らせる!
永久機関が完成しちまったなああぁぁぁ!!
過去は現在に勝る。禍根は顕在と成る。
死者は蘇らず過ちは覆らず。
無限罪過の螺旋渦の最果てに貴女は何を幻視する。
『そんなもん忘れちまえよ』
『君は一人じゃないんだし』
『敵も単独じゃないんだぜ』
◆
「ちょおっとぉぉぉ! 起きろーーっ!!」
『ふぎゃん!!』
古典的なうめき声をあげて、僕は椅子から転げ落ちる。
なんだなんだ、とうとう世界が終わってしまったのか。いやそれならこんなにも世界は明るくないし、つーか何だか明るすぎるし――。
目をぱちくりさせながら、僕は今しがた起しに来たセリカちゃんの方を見やる。
セリカちゃんはそれはもう如何にも『私、怒ってるんだからね!』みたいな様相で、腰に両手を当てて猫耳を立てている。
『ああおはようセリカちゃん』
『中々衝撃的な目覚ましだったね』
『僕としては頬にキスの一つでもくれてやっても良いと思うんだけど』
『君のそのつっけんどんな性格も、愛情の裏返しだって事は分かっているから』
「勝手に私の性格をツンデレにしないで! いつも球磨川先輩には呆れてるけど、今日は本気の本気で怒っているんだから!」
そう言ってセリカちゃんは天井の方を指差し、続けて自身が通って来たであろう半壊して大きな穴が露出している壁に目線をやった。
「朝来てみたら屋上無くなっているし、校舎は半壊しているし、壁はぶっ壊れているわ教室は陥没しているわで!カイザーの仕業かと思えば――ああもうどうせアンタのせいでしょ!」
距離を縮めてセリカちゃんは、僕の両肩を持って揺さぶる。
ぐわんぐわんと揺れる僕の顔。
『ま、まって頂戴よセリカちゃん』
『僕のせいじゃ――僕だけのせいじゃないって』
「それじゃあ半分はあんたのせいって事ね」
しまった。つい口を滑らせてしまった。
‘‘ミソギ‘‘
その声音に、僕とセリカちゃんは教室の壁に開いた大穴を覗く。
そこにはアビドス対策委員会のメンバーが集まっていて、その後ろには先生もいた。
何が起こっているか分からずに混乱しているみんなとは違って、先生はまだ余裕こそあれど、少しだけ厳しい眼差しで僕を見ていた。
へーこの人にもこういう感情があるんだな。
意外な発見と共に僕は呟く。
『直ぐに元に戻すから安心してくれよ先生』
『修繕工事や日曜大工なんて必要ない。手や足なんて使わず念じればほら御覧の通り――』
‘‘違う‘‘
‘‘ミソギ――その怪我はなに?‘‘
……流石に、誤魔化せないか。
いつから寝てしまったのか分からないが、僕はどうやら眠る前に全てを無かったことにするのを忘れていた様で、だからこそ校舎の破損も勿論のこと、僕の制服に掛かった夥しい量の血液も健在のままだ。
『あーいやアハハ』
『僕ってば夢見がちな男子高校生――はもう卒業したとして』
『少年ジャンプに心を打たれた読者だからね、ひっそりと夜の校舎でかめはめ波の練習を――』
‘‘本当のことを話して‘‘
そうして先生は、アビドス対策委員会のメンバーを見渡して、そこにいない一人を思い返すかのように何にもない空間を眺めながら、言った。
‘‘ホシノがまだ来ていないんだ‘‘
◆
酷いことを言った様な気もするし、最低な発言を口にしていたかもしれない。
もしかしたら良い事も言っていたかもしれないけれど、口内に滲む血の味がその事を否定する。
あれから少し経過して、僕は取り敢えず事後の痕跡を無かったことにして、いつもの場所――委員会の部屋に集まった。
ホシノちゃんは――ホシノちゃんは、消えてしまった。
何も言わず何も告げず何も痕跡を残さずに――煙とみたいに消えてしまった。
僕は正直にあの夜起きた出来事について話した。ホシノちゃんが『ユメせんぱい』なる人物を僕の『
「ユメせんぱい……恐らく、アビドスの前生徒会長の事だと思います」
ノノミちゃんが言った。
「私達『アビドス廃校対策委員会』が出来上がる少し前のアビドスには、ホシノ先輩とその前生徒会長の二人しかいませんでした。二人で生徒会を運営していたって事ですね」
「ホシノ先輩と二人で……ただでさえ、五人いる今でも厳しいって言うのにそれじゃあ――」
恐らく悲惨なものだったのだろうと、セリカちゃんは青ざめる。
「ええ、ただ確か前生徒会長は仕事に圧し潰されて死んでしまったという訳では無く、確か砂漠での遭難の後に亡くなってしまわれたはずです」
砂漠での遭難――か。それは幾ら身体が頑丈なキヴォトスの人でも厳しいんだろうね。
全員の顔が曇ったところで、ノノミちゃんが続けた。
「ホシノ先輩が私達を生徒会室から遠ざけたのも、わざわざこの対策委員会を作ったのも、自身とその先輩の思い出を穢したくなかったから――」
『それは違うと思うぜノノミちゃん』
『ホシノちゃんはそんな理由で、思いで君たちとつるんでいたとは僕は思わない』
『多分、自分には荷が重いと感じたのかそれとも――
『と、思っているのか思い込んでいるのかが妥当だろうよ』
そう、だからこそ。
だからこそホシノちゃんは壊れた。
いやまだ壊れてはいない――だけど何かしらの一押しさえあれば、簡単に崩れてしまう。
「しかし困りましたね……ただでさえ、カイザーローンが黒だと判明した今、ホシノ先輩の意見が欲しかったのですが……」
寧ろそれを黒服ちゃんは狙っているのか――?
キヴォトス最大の神秘。『暁のホルス』。様々な要素と単語がひっきりなしにぶつかっては消える。
何かとても嫌な予感がするんだよな……小骨が喉に引っかかって、水を飲んだら更に奥に入り込んでしまった様な、途轍もなく嫌な予感が悪寒として背中を過る。
心なしか部屋全体も寒くなって来た。身体も震え始めているし――。
『ぶわっくしょい!!』
「ちょっと! こっちに咳飛ばさないでよ汚いわね!」
「あら? 球磨川先輩、何だかお顔が赤い様な……」
『ごめんよセリカちゃん。ずびび』
『完全に風邪だねこれは』
「ん。あんな寒いところで毛布も無しに寝ていたから当然」
シロコちゃんが小さくため息を吐くと、自分の首元に巻いてあるマフラーを解こうとする。
僕はそれを片手を挙げて制した。相変わらず優しいんだからシロコちゃんったら。
しかし、どうりでこんなにも怠いと思ったよ。あの時のインフルエンザよりかはマシだけれど、こんな状態じゃあ真面な会議も出来ない。
『僕はちょっくら休んでいるから』
『何か会ったら電話してくれよ』
『それじゃあ、また明日とか』
僕は席を立って、咳をしながら教室を後にした。
◆
勿論この僕が風邪や熱如きでダウンするはずが無く(いやたまに学校サボりたい時とかはそのままにしているけども)、僕は頭に手を当てて『大嘘憑き』を発動する。
頭がスッと軽くなった様な感覚、全身の怖気や震えが収まり、鼻づまりすらも解消された。
本当に便利だな……どうして以前までの僕はこれを乱用しなかったのか不思議になるくらいだ。
さてと、熱が引いたところで向かうべき所がある。
僕が拠点にしている廃ビルだ。今はカイザーからの契約を一方的に打ち切り見事一文無しとなってしまった裸エプロン同盟――またの名を便利屋68のメンバーも居候している。昨日はホシノちゃんとのいざこざがあったから、これでは連絡も無しに朝帰りという訳だ。これは怖いぞぅ。特にハルカちゃんの宥めるのに時間が掛かりそうだ。
そう思いながら僕は廃ビルの階段を登って部屋の扉を開ける。
『あれ……誰もいない』
『おかしいな。遂に不法侵入がバレて立ち退きかな?』
それにしては随分とあっけらかんとしているような。するとゴミ捨て場から持って来た丸いテーブルに一枚の紙が置かれていた。文字からしてアルちゃんのものだろう。まったく、今のご時世スマホを媒介にしてのやり取りが普通だというのに、携帯端末を断ち切って旅に出た僕でさえスマホを駆使してやり取りを――。
――ん?
あれ、そういえばどうして僕はスマホを持っているんだ?
今にして考えてみれば、この水槽学園の制服も、もう僕には必要がないとしてあの時
いや全てというには相違点があるんだけれども(スマホがこの世界の最新モデルのものになっていたりとか)、概ねあの時の――僕が箱庭学園で過ごしたあの頃の僕のままだ。
だけれど記憶は、僕が過ごした経験は、そして何よりもあの時収めた僕の初勝利の感動は記憶している。
『この世界に流れるまま行き着いて』
『先生と出会ってアビドスに行って――』
『考える余裕つーか、当たり前の様に流れる非日常を漠然と受け止めて来た僕だけれど』
『色々考えるとやっぱりおかしいよね』
あまりにも、あまりにも作為的過ぎる。これがまだ私服で携帯すら無かったとすれば突発的な異世界転移という可能性もあった訳だけど、こうもお膳立てされれば誰だって気づいてしまう。
僕は誰かに呼ばれてこの世界に来た。
そしてそんな神がかり的な芸当が出来る人外を、僕はかつて一人だけ知っている――。
『まさかこの世界にいるのかい――?』
『安心院さん』
僕が割れた窓から映る景色を呆然と眺めていた時、スマホの着信音が鳴ると共に、どこか遠くの方で地響きみたいな振動が襲って来た。
◆
遠くの方から爆発音と振動が木霊する。私はそれを横目で見ながら、少しばかり校舎を歩いていた。
昨夜あれだけの戦闘があったのにも関わらず、アビドス高校の砂だらけの校舎は依然としてその廃墟さを前面に押し出していた。無かったことになっても生徒がいなければただの大きいだけの校舎だ。
大きくて、毎日の様に砂が入り込む。だから毎日掃除しなくちゃ、あっという間に砂まみれになってしまう。
対策委員会の部屋の前まで足を向ける。ちらりと中の様子を伺うと、そこにはパソコンを前に何やら指示を飛ばすアヤネちゃん一人しかいなかった。私に気づいていない様だ。
「……ごめんねアヤネちゃん。でも、これで楽になるからね」
もっと早くからこうしていれば良かった。一人の犠牲で他の全員が助かるならそうすべきだったのに、どうして私は今日まで――あんな希望を抱いていたんだろう。
私は用意していた『退学届け』を対策委員会の隣の教室に目立ちやすい場所に置いておく。
さてこれでやるべき事は全て終わった。
道中、気になって生徒会室の方を覗いてみた。
壁にあったはずの大穴が塞がっていた事や、消えたはずの屋上が戻って来た所を見るに、こちらも想像に難くないのだが、一応、念のために。
扉を抜けたその先には、いつもの風景が待っていた。
ここだけは二年前と何も変わらない。
……昔はそこだけが二年前に戻ったかのような錯覚さえ覚えたものだ。
懐かしい匂いも、二人しかいない癖にあれだけうるさかったはずの生徒会室も、今となっては見る影もない。
当たり前だ、どれだけ部屋の形を記憶通りにしたとしても、もうそこに生きている人はいないのだから。使う人がもういないのだから、
いつからだろう、この部屋に訪れても反応が薄くなったのは。
昨日の私より心が冷たくなっていっている様で、まるで私がユメ先輩の死を悲しんでいない様に思えて、それが恐ろしくて、だから私もここに来ることも少なくなった。
死者は蘇らない。どれだけ祈ってもどれだけ願っても、死んだ人はもう二度と帰って来ない。
ああ嫌だな。これが最後の機会になるというのに。
どうしてあの男との会話が脳内を埋め尽くしていくんだろう。
ユメ先輩との思い出に耽っていたいのに、どこまでウザいんですか、球磨川先輩。
「――それで、さっきから私の背後に憑いている君は、一体誰かな?」
私はそう言って後ろでは無く、天井の方を見上げた。
そこには、一人の少女が立っていた。もう一度言おう、一人の少女が天井に足を着けて立っていた。
どこか巫女服を彷彿とさせる出で立ちの女の子の顔は見えない。口も閉口で固定されている。薄い仮面でも付けているのか、よく観察しようとすると、黒目線が邪魔をして良く見えない。
「おっと気づいていたのか。流石『
剣呑の使い方を間違っている様な気がするがそこを指摘する気分にはなれない。
私の不機嫌に気づいたのだろう。少女は固定された表情のまま喋り出す。
「ああこの仮面かい? とある戦争屋から購入した『
「いやそうじゃなくてさ。一応ここ生徒会室だから――天井から降りてくれないかな」
今すぐにでも飛び掛かりたい衝動を抑えながら、私は努めて平静を保った声色で呼びかけた。
その少女はこちらに向かって小さく跳ぶと、空中で一回転して目の前に着地してきた。
顔馴染みがあるとは言わないが、その少女については少しだけ見覚えがあった。
確か、あの黒服と名乗る男の傍にいた様な……。
「長い付き合いになりそうだし、いい加減自己紹介をしようか。いやこの場合はもう事後紹介というべきかな? まあ
そう言ってから、その少女は付けていた仮面を半分だけずらして、その可愛らしい顔立ちを見せた。
真白に脱色したような白髪に切れ目のある双眸。自身が無手であること、武器など何も持っていない事をアピールする為に、両手をこちらに見せて融和的な態度を見せつけている。
そして彼女は自愛の微笑みを浮かべながら言った。
「僕の名前は
「よろしく仲良くしておくれよ、ホシノちゃん」
名称:安心院ナジミ。
血液型:AB型。
備考: 『個人情報縫合法』によるプロテクト
所属:ゲマトリア
迫りくる試験に追われながら書いています。
誰か私を助けておくれ。
コメント等よろしくお願いします。
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