意外と早く決着はついたらしい。先生は夕方ごろに帰って来た。
先生からの手土産は街で売っていたたい焼きと黒服ちゃんからの情報。
ホシノちゃんからの手紙でアビドス内にはいるという事は分かっていたけれど、そんな分かりやすいところにいるとは思わなかったな。
「それじゃあ行きましょ!」
「早くホシノ先輩を助け出さないと!」
『ちょっと待ってよ後輩ちゃんズ』
さあいざ行かんアビドス砂漠へと気合を入れる後輩たちを宥める。
僕は先生からたい焼きを受け取ると、包み紙を開いて机の上に広げる。
『幾ら僕がいるからってカイザーPMCの基地に四人で殴り込みに行くなんて』
『それは勇敢じゃなくて蛮勇って言うんだよ』
『というか最大限の助力はするけど、結局は君たちの問題でしょ?』
『寧ろ僕とか戦力の内に数えない方が良いよ。ほら僕って非力な男子だし』
たい焼きの中腹を齧って中身の餡を飛び出させる。そのまま貪る様に食べ進める僕を見て、後輩ちゃんズの顔が引きつった。
おいおい何だよそんなに人の食べ方をじろじろ見ちゃってさ。
「まあ球磨川先輩ですし、今は置いといて、それじゃあどうしろって言うんですか?」
『今何かとんでもない流され方されたなぁ』
『まあいいや。それよりも――自分達より強い相手に勝つ方法……ね』
『この
『《質問を質問で返すな、ただし相手は赤ん坊》みたいな。という訳で、はいセリカちゃん!』
「うぇっ!? 私!? え、ええっと……が、頑張るとか?」
『ジャンプキャラかよ』
『頑張っただけでジャイアントキリング出来るなら僕みたいな奴はいないねぇ』
『そうじゃなくて、もっとあるでしょ?』
『ある意味修行よりも難しくて、だけれど手っ取り早く強くなれる方法』
「何でしょう……ホシノ先輩がいないから、幾ら先生の力があったって、私達だけじゃあ……あ」
どうやらノノミちゃんが気づいたようだ。大きく頷きながら僕はその続きを言う。
『そ……力が無ければ助けてもらえばいい』
『この前僕らを襲ったゲヘナ、生徒をブラックマーケットから助けたトリニティ、そして裸エプロン同盟……もとい便利屋68。偶然にも君たちはこの勢力から助けを求める事が出来る』
『武力だけが力じゃ無いんだぜ。三人寄れば文殊の知恵。三陣揃えば奇策も通せる』
『仲間を集める交渉力だって立派な力だ。自分だけが強くなるだけじゃ時代遅れなのさ。ジャンプと同じくね』
「……みんなの力を」
セリカちゃん達の反応はバラバラだった。シロコちゃんは気合十分といった感じで諦めていなさそうだけれど、他の子たちは少しだけ恐れている。怖がっている――もしも負けちゃったら? といった顔をしている。
少しだけ意外だった。いや意外というよりも――不思議に思っていた。
だって僕は一度だってそんな顔をした事が無かったから。
ふと疑問に思った。
ならば僕は、あの時勝てると思ったのだろうか。
マイナスの皆と出会えて、水槽学園に乗り込んで、全校生徒を相手取った時も、めだかちゃんを前にした時も、僕は常に自分が勝てると思った事が果たしてあったのだろうか。
『……いや、そんな事一度だって無かったな』
仲間がいたからって敗ける時は敗ける。
成長したからって勝てない時がある。
努力だけじゃいつだって届かなくて。
それでも諦めるのは何だか少し格好悪い。
そんな調子でのらりくらりとやってきた。
だからあの時だって、勝てるとは微塵も思ってなかったんだろう。
何度も負けてきた。負け戦なんて慣れっこさ。
だけどそれで失ったものなんか、一つだって無い。
僕の敗北から何かを得た事はあっても、何かを失ったことなんて一つも無い。
でも、彼女たちは違う。
敗けたら大切な先輩がいなくなってしまう。
だから彼女たちが一抹の不安を抱えても仕方ないのかもしれない。
こればっかりは僕が言える立場でもないしね。先輩が一人くらい消えたって大丈夫さ、なんて――今の僕じゃあ、口が裂けても言えないや。
だから。
『まあ本気で、全力でぶつかってごらんよ』
今の僕だからこそ、言える言葉があるとすれば。
『もう一人、いざとなったら頼っても良い先輩がいる事を忘れないでね』
僕は最後まで君たちの先輩であり続ける事……そのくらいだろうか。
その言葉に皆きょとんとした顔になって、少しだけ笑ってくれた。
◆
さて話が終わった後に解散となったけれど、こんな夜にいきなり各学園に出向くわけにもいかないので、きちんとアポイントメントを取って向かう事となった。
先生がゲヘナ、後輩ちゃんズは便利屋、そして僕がトリニティ担当。僕か先生が早めに終わればどちらかの加勢に入るという事で、早速僕はトリニティという学園に向かう事になった訳なのだけど――。
「どうしたんですか? 球磨川さん」
『いやあ。ヒフミちゃんが通っている学校って訳だから、全員あのキモ鳥狂いか治安が終わっている学園を想像していたんだけど』
僕は真正面にある校舎を見上げる。白を基調とした佇まい、そこかしこにいる生徒は全員御淑やかそうな子達で、あの噴水前でエロ本読んでいるピンク髪の子を無視すれば、お嬢様学校の気風があった。
つーかお嬢様学校だった訳だ。
『ちょっと計算狂ったかな。いや元々四則計算すらあやふや何だけどさ』
「よく高校卒業出来ましたね……ところで」
ぎらりとヒフミちゃんの双眸が光った。
「その『キモ鳥』というのはひょっとしてペロロ様の事ですか?」
『……おいおい失礼な事を言わないでくれよヒフミちゃん』
『僕がそんなこと言うはずが無いだろう?』
『そんな単語で、直ぐに結びつく君の方こそ、実はそう思っているんじゃない?』
「そ、そんな事ありませんっ! ペロロ様は崇高な存在です!」
そう可愛く憤慨するヒフミちゃん。僕はそんな彼女の頭を軽く撫でながら校舎の中を歩いていく。
このまま可愛いヒフミちゃんを可愛がるのもアリだけど、彼女の存在なしで僕がトリニティの生徒会長様とお近づきになれる訳がない。一応、シャーレとして訪問するという事も可能だけれど、それは最終手段として取っといてある。
今の僕は先生のお手伝い――副担任としてもあるけれど、その前にヒフミちゃんの友人の一人としての側面が強い。
まあ向こうも助けてくれた人の願いを無下に断りはしないだろう。交渉のテーブルに着く事が出来ているというだけで御の字さ。
後はその生徒会長様とやらを怒らせない様に気を付けなきゃね。
◆
「なるほど、それで球磨川様は私の所に来たと」
『話が早くて助かるよ。シャーレの先生は今頃ゲヘナにいるんじゃないかな。ごめんね僕みたいな奴が来ちゃって。シャーレの先生が来た方が君だって何かと都合が良かったんじゃないの?』
「……貴方方の事情は分かりました。少しだけ考えさせてください」
交渉の舞台は小さなテーブルの上で行われる事となった。ヒフミちゃんは僕を目の前の少女――桐藤ナギサちゃんの前に送った後に出てしまった。僕としては彼女も交えての交渉になるのかと思っていたので肩透かしを食らった気分だ。
そしてこれまた想定外――トリニティ総合学園の生徒会長は三人いる。
生徒会ティーパーティは三人いて、最高権力の有するホストの役割はローテーションで組まされるらしいけれど、今期のホスト役である百合園セイアちゃんがまさかの入院。代理として彼女が務めているらしい。
少しきな臭さが立ち込めていたけど、わざわざ突っつく僕じゃあない。
考えるナギサちゃんにお茶を進められたので、目の前にあるティーカップを持ち上げた。
輪っかに指を通して、顔をテーブルに近づけさせる。
少しだけ彼女の目がまるで弓の様に絞られた様な気がするが気にしない気にしない。
湯気の立つカップをそのまま口元に運ぶ。啜る音が木霊するが、まあこれもご愛敬ということで。
『――あつっ』
じぃゅと舌先の上で熱が弾けた。淹れたてのお茶の熱さに堪えきれずカップが手から離れる。
そうして僕の手から滑り落ちた白い陶器は、重力に則って床へとその中身をぶちまけた。
あーあ勿体ない。高かったんだろうなぁこれ。
「だ、大丈夫でしょうか? 今手拭きを――」
『あー待って待って。動かなくて良いよナギサちゃん』
「ちゃ、ちゃん……?」
僕は席から立とうとする彼女を制して、右手で割れたカップをソーサーの上に戻していく。
床にぶちまけられても尚、気品漂う匂いをさせる――お茶も相当美味しかったんだろうなあと思いながら、破片を上に戻す。途中で指先が切れて血が流れ落ちるけど気にしない気にしない。
「先ほどから何をやっておられるのですか……? 球磨川様」
『いや何。君が僕を試そうというのであれば、僕も君を試そうと思ってね』
出来れば次は、あまり熱すぎないお茶を淹れてもらいたいものだよ。
多分本当に、味自体は美味しいと思うから。破片を全て集めた僕は、そのまま残ったカップの持ち手に再び指を添えた。
「――な」
そのまま何事もなく僕は持ち手を上にあげて、勿論壊れてなどいないカップの中に入っていたお茶を今度こそ口内に入れる。うんやっぱり美味しい。一応口の中の痛覚を無かったことにしておいて良かったよ。お陰で熱さなんて感じないけれどそれでも美味しさが分かる。
「……それが球磨川様、貴方のスキルですか」
少しだけ手が震えているけど、流石生徒会長と言ったところか、御くびも見せない。
良いね。そういうのは大好きだ。
『なんのことかさっぱりだよ。ナギサちゃん』
『それよりも話の続きさ。僕のお願い――聞いてくれるかな?』
『今の出来事はこの熱いお茶で流してさ』
僕は空になったカップをソーサーに戻す。
その際に金属を引っ掻く音が響くけど、僕にとっては子守歌みたいなものだ。
気にしない。
『ぶっちゃけ、ここに来たのは先生の指揮じゃなくて僕の判断でね』
『ゲヘナのトップとは一度顔を合わせた事があるんだ。あの子は冷酷そうに見えて情に厚い所があるから、先生とは相性が良いだろう。裸エプロン同盟も確執はあるけど問題ない。みんな良い子だしね』
「……私とそのシャーレの先生が合わないと?」
『さあどうだろうね。今の君じゃあ気の合う友人なんか一人もいなさそうに見えるけど』
『一体何をそんなに疑心暗鬼に思っているか知らないけどさ』
『敵なんかいないんだよ。いるとすれば心の中に君にそっくりな奴がいるだけだ』
「……ッ」
どうやらそこがナギサちゃんの弱点か。
何やらまたとんでもない闇を抱えて居そうな気がするけど、こっちもこっちで忙しいんだ。
生憎慈善事業じゃないんでね。そう言う所じゃ僕はあの人とは相いれない訳なんだけど。
『あの先生とじゃあこういう話は出来ない。善意に見せかけた大人の事情という奴を、あの人が行えるはずがない』
『だからこその僕だ。その役目は僕が引き受ける』
『
「私を脅すというのですか?」
『そう簡単にその単語を言わない方が良い』
『今の僕は残念ながらシャーレとは無関係だ。権力なんてありゃしない』
『脅しだなんて――たった一個人の脅威度がこの学園全体と同等だって認めた様なもんだ』
僕は目の前に置かれているロールケーキに手を掴む。
大口を開けて頭を後ろにそらし顔を上にあげる。そしてそのままロールケーキを頬張った。
……うわー失敗したな。こんなに美味しかったのならもう少し味わって食べた方が良かった。
「……確かちょうど、牽引式榴弾砲を扱う屋外授業の予定があったはずです。少し足を運んで遠出しましょうか。もしかしたら慣れない場所での授業でアクシデントでも起こるかもしれませんね」
『そっかそっか。それは心配だ』
『念のためこっちも何人か近くに配置させておくよ』
『彼女らは砂漠のエキスパートだからね。困った事があれば遠慮なく聞くと良い』
視線と視線が交差する。
「貴方は助けてくれないのですか?」
『弱ったな。僕は可愛い女の子にせがまれるとつい根負けしちゃうんだ』
『それが幸薄そうな苦労人だと更に萌えるね』
『安心して。僕は弱い者の味方だよ』
僕が空になったカップと皿を重ねて彼女の前に差し出す。
お行儀なんて気にしない。彼女のお眼鏡に合うかなんてどうでも良い。
この学園に来てから、そして彼女を目の前にしてからそう思った。ここは何もかもが狂っている。
恐らく最初に小さなひずみから歪み始めたと思うけど、今は気にしていられない。
「……今の私は弱いと」
『君はもう少しおバカになっても良いと思うんだけどね』
『それこそ馬鹿正直に、それこそ主人公みたいに』
『大切なお友達を信じてあげたら良いのに』
『少なくとも、その子は君のことを信じているのにね』
『かっわいそー』
「……今回のお話はここまでです。帰りのお車を手配しますので正面校門前でお待ちください」
『うん。それじゃあまた明日とか』
「ええ――また近い内に」
◆
やれやれ、やっぱり僕には政治とかそういうのは無理そうだな。
ナギサちゃんの手配した車に乗り込んだ僕はそう思いながら少しため息を吐いた。
思えば中学時代は安心院さんが、水槽学園の時は
タクシーはゲヘナに向かって真っすぐに発進している。案外予定より早く終わったため先生の助力へと――まあ必要無いとは思うんだけどね。本当の理由はあの時姿が見えなかったアコちゃんに会いに行くため、僕は流れゆく景色をぼぅっと見ながら、ふと考え事をしていた。
あの人ならば、一体どんな言葉を投げかけるのだろう。
めだかちゃん並みの主人公力を持っていて、この僕を前にしてちゃんと目線を外さず見ている、あの先生ならばどんな言葉でナギサちゃんと向き合っていたのかな。
『……酷い戯言だ』
全く、この僕も良いように絆されたもんだよ。
おまけにそれを無自覚でやってるんだから始末が悪い。本当にとんでもない人たらしだ。
だからゲヘナでの協力の申し出も僕とは比べ物にならないくらいスムーズにいくだろう。もしかしたら、そっちでお茶の一杯啜っているかもしれない。
ゲヘナに到着した僕はスマホの地図アプリを見ながら学園まで急いでいた。
そこで見たものは――。
‘‘べろべろべろべろべろべろべろべろ‘‘
「ひぃ……っ。んん……っ」
‘‘べろべろべろべろべろべろべろべろ‘‘
「ちょっといつまで舐めて……ひゃあ!?」
‘‘べろべろべろべろべろべろべろべろ‘‘
Hah?
そりゃ、幾ら天下の球磨川先輩も大の大人が美少女の生足を舐めているのを見れば脳内猫ミームになりますって。
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